2008年4月号
物流IT解剖

山九

APRIL 2008  62 第13 回 二〇〇〇年問題に絡めて オープン化とDB統合   山九は重量物の国際物流を強みと している。
そのせいか同社のロジス ティクス事業がスポットライトを浴び る機会はあまりない。
しかし、その 実力を高く評価する荷主は多い。
本 誌でも事例を取り上げたことのある P&Gや、米国の大手化学品メーカ ーなどが、山九を3PLパートナー として大規模なビジネスを展開して いる。
こうした案件では、ITの実 力が受注の決め手の一つになってい るという。
 一九一七年の設立以来、山九は鉄 鋼業や石油化学メーカーを主要顧客 として、物流事業と機工事業(プラ ント設備の建設や保守)を手掛けて きた。
当初は労務提供によって顧客 の現場業務を肩代わりするだけの単 純な役回りが多かった。
だが現場の 運営に携わりながら省人化の工夫な どを重ね、自律的に仕組みを変えて いく企業体質を育んできた。
 七〇年代のオイルショック以降、鉄 鋼業や石油化学メーカーは不況にあ えいだ。
日本経済がバブルに浮かれ た八〇年代後半まではまだ余力があ ったものの、九〇年代になると事態 は深刻化した。
物流業にとって“勝 ち組企業”と組むことは生き残りの 知恵だ。
過去に成長産業とともに事 業規模を拡大してきた山九にとって も、新規顧客の獲得が避けられない 経営課題として浮上してきた。
 自動車部品、精密機器、流通業と いった新しい分野に打って出た。
そ うした分野で受注を獲得するために は高度なIT活用が欠かせなかった。
それまでの山九が情報システムの活 用に消極的だったわけではない。
本 社の情報システム部には約一〇〇人 の社員が在籍し、年間五〇億円程度 の資金を投じていた。
重工業を中心 に企業物流を手掛ける事業者として は、かなり大規模な陣容だった。
 ただし、この段階でのシステム投 資は、どちらかというと管理面に偏 っていた。
営業を強く意識したIT 活用ではなかったため、新規開拓で 競争力を発揮することはできなかっ た。
当時、物流事業部門の責任者を 務め、現在は技術・システム管掌役 員(CIO)になっている山本貴之 専務は、「とにかくシステムのランニ ングコストを大幅に引き下げる必要 があった」と述懐する。
 その後の山九は、情報部門の子会 社化などによるコスト削減を実施す ることになる。
その一方で大胆なI T投資も続けた。
折しも「コンピュ ータ二〇〇〇年問題」が注目されつ つあった。
多くの企業が既存システ ムの手直しによって対応しようとす るする中、同社は、どうせシステム を見直すのであればと抜本的な刷新 コミュニケーションを重視したIT運用で 先進技術の活用とコスト4割削減を両立 山 九  経営が苦しかった90年代末に脱ホストとオープン化に踏み切った。
インターネ ットによる在庫管理システムをいち早く稼働するなど先駆的な試みをつづけ、手 痛い“授業料”の支払いも経験した。
それでも90年代半ばに年間50億円かかっ ていたITコストは、30億円程度まで減少。
より高度なサービスを低コストで実現 できるようになっている。
技術・システム管掌役員(CIO) の山本貴之専務 基幹システム ◆本社組織  技術・開発本部のIT企画部に約10人。
他 に物流企画部にも、物流分野のITを専門で扱う担当者 が30人弱在籍している(一部、IT企画部と兼任)  ◆情報子会社  インフォセンス 資本金:1億円(山 九100%)、売上高:約70億円、外販比率:約6割弱、 従業員:300人余り、開発拠点を九州(福岡)に置い ている 《概要》1995年に山九社内の情報システム部門を分社化した。
約100人いたIT要員 のうち5人程度を本社に残し、管理系システムの担当者はサンキュウ・ダイネットに、 業務系システムの担当者はエス・シー・エスに移った。
この2社が2002年に合併し てインフォセンスが誕生した。
 95年に情報部門を分社化した最大の狙いは、この当時、年間50億円程度かかって いたITコストの圧縮。
実際、その後の生産性向上などによって、現状では年間30億円 と約4割のコストダウンに成功している。
 コスト削減の一方で、90年代に「コンピュータ2000年問題」への対応に絡めて、約 60億円を投じて脱ホストとオープン化によるシステム刷新を断行。
99年にネット対応 の在庫の一元管理システムを稼働したり、02年に関連企業も含めてERPを全面的に 導入するなど、先駆的なIT活用をつづけている。
                           63  APRIL 2008 駆けてネット対応の「ワンストップポ ータルサービス」を稼動。
貨物追跡 や在庫管理の情報をウエブ上で提供 しはじめた。
二〇〇〇年以降は、デ ータを一度入力すれば、そのデータ をどこでも活用できる合理的な基幹 システムを国内外で構築。
近年の業 績が改善傾向にある背景には、苦し い時期に断行したIT投資がある。
開発拠点を九州に置いて 独自の人材戦略を展開   並行して進めたコスト削減の柱は、 九五年に行った情報システム部の分 社化だった。
ITコストが高止まりし ていた原因の一つは、約一〇〇人の 要員を抱える情報部門にあった。
こ れを子会社化してスリム化すると同 時に、管理システム主体の考え方を 改めようというわけだ。
 この段階で山九は、傘下に二つの 情報子会社を擁していた。
東京に本 社を置いて管理系システムの開発・維 持を行っていたサンキュウ・ダイネッ トと、九州で物流システムの開発をし ていたエス・シー・エスである。
本 体の情報システム部門に所属してい た社員は大半がこの二つの子会社に 異動し、これを機にエス・シー・エ スは外部販売の拡大を積極化してい くことになる。
 これによってIT戦略を遂行する 際の役割分担も変わった。
本体に残 ったIT要員は、わずかに五人程度。
経営企画部の中の「IT推進グルー プ」として、同部の部長を務めてい た山本専務の配下で、どのようなI Tインフラを開発するかといった戦 略的な判断だけを担うようになった。
開発や保守などの実務は、全面的に 情報子会社に委ねた。
 サンキュウ・ダイネットとエス・シ ー・エスは〇二年に合併し、インフォ センスとして再出発した。
現在では三 〇〇人余りの従業員で、年間およそ 七〇億円を売り上げている。
収入の 六割近くを山九グループ以外から得 ており、約三億円の利益も計上。
情 報部門をプロフィットセンター化する という当初の狙いを達成している。
 この情報子会社について特筆すべ きは、開発拠点を依然として九州に おいている点だろう。
「親の面倒を見 るといった理由で、九州を離れたが らない若者は少なくない。
このこと が優秀な人材を確保するうえで有利 に働いている。
九州には大手メーカ ーの工場も多くあるため、こうした 企業に人材を送り込むニーズもある」 と山本専務はその理由を説明する。
 こうした活動を通じて人材も育っ てきた。
九〇年代末にシステムをオ ープン化したことからも分かるよう に、山九は特定のITベンダーに依 存していない。
よほど特殊な業務で は外部のITベンダーも使うが、基 本的にすべての業務をインフォセンス に任せられる状態になっている。
想定外の予算超過を機に プロマネ制度を再構築   大きな失敗をして“授業料”の支 払いを余儀なくされたこともある。
〇 一年に稼動した国際物流の基幹シス テム、「EDI─SANCS」のプロ トタイプ(試作版)を開発したとき の話だ。
 この時点ですでにインターネット対 応のインフラは整っていた。
山九は 情報子会社にとってなじみの薄かっ たコンピュータ言語のJAVAや、オ ブジェクト指向などの手法を駆使し てプロトタイプを開発した。
ところが 外注していたITベンダーが途中で 作業を投げ出したり、ネットワーク への出費が予想以上に膨らむなどの 見込み違いが続き、結局、四億円も の赤字を出してしまった。
 プロジェクトの統括責任者だった 山本専務や、IT推進グループの伊 津見一彦マネージャー(現IT企画 部長)は、経営会議で徹底的に絞ら れた。
IT子会社の能力にも疑問符 に踏み切った。
約六〇億円を投じて、 オープン化や国内外のデータベースの 統合といった近代化を一気に進めた のである。
 荷主の間で関心の高まっていたS CMや3PLへの対応が念頭にあっ た。
国際的なサプライチェーン管理を 肩代わりするにしても、3PL事業 を本格化するにしても、顧客ニーズ を満たせる情報システムがなければ話 にならない。
そのためにはインター ネット対応のITが必須であり、従 来のシステムでこれを実現するのは 難しいという判断だった。
 実際、九九年には、競合他社に先 図1 山九の物流情報システムの概要 インターネット EDI-SANCS(国際) 海上貨物輸送システム 航空貨物輸送システム トラック輸送システム 一元在庫システム 調達(P/O)システム フォワーディングシステム SANKYU-LINCS(国内) 輸出入システム 国内倉庫システム トラック輸送システム 保税倉庫システム 内航定期コンテナシステム コンテナ輸送システム ※顧客固有の暗証番号と 最新の暗号化技術によ り安全性を確保 物流情報提供サービス 貨物トレース、一元在庫情報 情報子会社 プロジェクト管理 APRIL 2008  64 がつけられ、グループ経営を進める うえでの“要監視会社”という不名 誉なレッテルまで張られてしまった。
本番の「EDI─SANCS」を開 発する際の対策も求められ、ITプ ロジェクトのマネジメント体制を抜本 的に見直すことになった。
 「プロジェクト・マネージャーとい うのは、自分の仕事をリスクがあっ ても進めようとしがちだ。
何でもか んでもやろうとするから赤字になる。
一人の意見で進めるのではなく、三、 四人の意見を複眼的に持ち寄ったほ うがいい。
だから情報子会社のなか に『プロジェクト管理部』を新設し て、案件ごとにリスクを判断する体 制を整えた」(山本専務)  一般的なシステム開発では、プロ ジェクトが思惑通りに進まなければ マネージャーの責任が問われる。
こ れに対して山九は、個人の責任を問 うのではなく、そうした失敗を防げ なかった会社の体制にこそ問題があ ると考えた。
そこで専門の管理セク ションを設置した。
効果はてきめん で、本番の開発では納得のいくコス トパフォーマンスを確保できた。
 「プロジェクト管理部」の意見によ っては開発案件を途中でストップす ることもありえる。
とはいえ、顧客 あってのプロジェクトを途中で投げ出 せば会社の信用が傷つく。
このため 現実には、リスクを客観的に指摘し て、開発をスムーズに進めるための アドバイスを行っている。
後にこの セクションはリニューアルされ、プロ ジェクト・マネジメントの標準化も推 進する「PMO推進部」となった。
 以降、重要な案件の動きについて は、インフォセンスの取締役会で詳し く報告されるようになった。
山九の IT企画部のメンバーも非常勤役員 に名前を連ねているため、計画され ているプロジェクトの内容や、それに 伴うリスクなどを、この場で共有でき る。
こうした仕組みが、関係者の円 滑なコミュニケーションを助けている。
現場ニーズを取り込み 最新技術の活用を促進   九五年の分社化によって五人程度 で再出発した本体のIT部門も、時 間とともに進化してきた。
部長級の 人材が育ったこともあって、〇五年 四月には「IT企画部」に昇格。
今 では人員も一〇人に増えた。
 山九は〇三年から社内プロジェク トを組んで、オラクル製のERPを 使った財務・会計システム「I─M AP」を構築した。
〇五年四月から 順次稼働し始め、最終的には連結子 会社三二社を含むグループ全体に導 入した。
投資額は約一〇億円。
同じ ソフトで関係各社の勘定科目を統一 し、連結決算の迅速化などを図る狙 いがあった。
 ERPの導入にメドをつけた後、プ ロジェクトメンバーはIT企画部に 合流した。
これによって人員が一〇 人に増えたのだが、新たに加わった 人たちは主に管理システムの保守・運 用を担当している。
それ以外のシス テムの担い手は依然として小人数だ。
しかも一〇人のうち二人は、営業部 門の中でより現場に近い活動をして いる。
こうした“現場重視”の姿勢 も、山九のIT活用のポイントだ。
 山本専務はこう強調する。
「システ ムというのは怖いもので、投資しよ うと思えばナンボでも出費が膨らむ。
開発する前に現場とのコミュニケー ションを徹底して、使う人たちに納 得してもらえる機能を見極める必要 がある。
実際、我々はそうしてきた。
これは何もITに限った話ではない。
当社の企業文化ともいうべきものだ」  実は山九の社内には、IT企画部 のほかにもシステムの担当者がいる。
営業部門で物流事業に特化したIT の企画・立案を手掛けている約三〇 人のスタッフである。
彼らの役割の一 つは、現場のニーズを吸い上げ、I T活用に落とし込んでいくというも のだ。
また、IT企画部が開発した システムを現場に根付かせるうえで も欠かせない戦力になっている。
 IT部門が現場から乖離している 企業では、高機能のシステムを導入し ても現場レベルで使いこなせず、宝の 持ち腐れになってしまうことが少な くない。
現に過去の山九がそうだっ 企業文化 技術・開発本部IT 企画部の 伊津見一彦部長 図2 ERP を導入した管理システム「I-MAP」 周辺システムI-MAP オープンDB(分析環境) 国内物流sys 一般会計 債権管理 債務管理 固定資産管理 決算会計 管理会計 資金管理 手形管理 国際物流sys 人事・給与sys リース検収sys 購買検収sys 貯蔵品管理sys 出勤簿管理sys 外注管理sys 機材管理sys 設備投資管理sys 他ローカルsys ERP 計画 情報 実績 情報 要員 情報 事業 情報 営業 情報 その他各種情報の統合環境整備 マスタ仕訳 65  APRIL 2008 責任を持つのはインフォセンスだ。
 こうした役割分担を徹底しつつ、必 要とあれば他部門との壁を乗り越え ることもいとわない。
連結売上高が 四〇〇〇億円を越すグループ全体の IT戦略を、一〇人程度でカバーす るのは難しい。
プロジェクトが重なれ ば、どうしても人手不足に陥る。
そ うした場合には、インフォセンスに応 援を要請して人手を借り、要件定義 などの作業を進めるのだという。
一〇年前の五〇億円から 四割のコスト削減を実現   前述したように、九〇年代半ばの 山九はITのコスト高に悩んでいた。
それが今や、より高度なIT活用を、 ずっとスリムな体制でまかなってい る。
かつて五〇億円だった年間IT コストも、約三〇億円まで減った。
四 割ものコストダウンに成功した計算 だ。
経営会議でITの担当者が批判 されることもなくなった。
 パフォーマンスも落ちてはいない。
少なくともIT部門が品質管理のた めに使っている「トラブルの発生件 数」や「業務に支障を与えた時間」 といった指標の動きからは問題は伝 わってこないという。
円滑に動くの が当然と見なされがちなシステム部 門にとっては、文句が出ないことこ そユーザー部門の評価の証といえる。
 一連の活動の成果として、ITを 評価してくれた大手化成品メーカー から包括的な3PL業務を受託する といった事例も出てきた。
 山九は自前主義を原則としてIT 活用を高度化してきた。
特定のIT ベンダーに依存せず、しかもシステム を自前で開発するとなると、往々に して使い慣れたハードにこだわって しまいがちだ。
結果として技術革新 に乗り遅れるケースも多い。
その点、 同社はドライに「システムを道具と割 り切っている。
その時点で道具とし て活用するうえで、何が一番安くて 有利なのかを常に考えている」(伊津 見部長)  だからこそ最先端のテクノロジー を追いかける意識も強い。
インフォ センスに対して約五年前にICタグ (RFID)の研究を指示したのも、 その一例だ。
既にこの分野では、三 井化学やハピネットと組んだ実証実 験まで手掛けている。
 最近では、強みを持つタイやマレ ーシアなどの東南アジアと日本を結 ぶ国際物流の現場に「RFIDラボ」 と呼ぶ実験施設を用意した。
荷主の 希望に応じてICタグを使った輸入 オペレーションを実施し、効果の計測 や問題点の検証などを行う。
専用の パッケージソフトもいくつか開発済み のため、荷物さえあればすぐに実証 実験をできるという。
 ICタグが物流現場ですぐに普及 するとは考えていない。
むしろ「あ と一〇年ぐらいはかかるのでは」(山 本専務)と冷静だ。
それでも他社よ り早く動いておかなければ勝てない。
今はあくまでも勉強の期間と割り切っ ている。
ここからも同社のIT戦略 のバランス感覚が伝わってくる。
(フリージャーナリスト・岡山宏之) た。
ネットで一元的に在庫を管理で きるシステムを稼働しながら、当初は 現場でのデータ入力が全体の三〇% しかなされない。
システムの処理能 力を発揮できる状況ではなかった。
 「作業の一週間後に実績データを入 力しているようでは、満足なサービ スを顧客に提供することなどできな い。
こうしたケースでは物流部門の 担当者が現地に出向き、システムを きちんと活用するようにローカルスタ ッフを指導している。
繰り返しこう いうことを続けてきた結果、九〇% 以上が入力してくれるようになった」 とIT企画部の伊津見部長はいう。
 単に報告のためにデータ入力を強 要するのではなく、現場のニーズを 踏まえながら浸透させていった。
例 えば現場の経理システムと連動させ て、入力が自分たちの請求処理の迅 速化にもつながるような工夫を重ね た。
このような地道な活動を行う人 たちが、山九のIT戦略を下支えし ている。
 それでもIT企画部では、彼らを システム担当者としてではなく、I Tも理解している営業サイドのスタ ッフと位置付けている。
たとえ物流 部門が主導する案件でも、システム 全体に目配りするのはIT企画部の 役割であり、実際のシステム開発に 図3 化成品メーカー向けに提供している3PL 事業の枠組み ユーザー ユーザーA ユーザーB ユーザーC ユーザーD 顧客 SAP/R3 (基幹システム) 注文 受注 3PLコントロールシステム ●受注/引当/指図 ●生産/入出庫/在庫管理 ●移庫/転送/輸配送管理 ●検査情報管理 ●物流費用管理 ●マスター管理 SanPLシステム 顧客 A工場 構内ロケーションシステム 顧客 B工場 構内自動倉庫システム 山九以外 物流業者 指図/報告 指図/報告指図/報告 輸出輸出 EDI or Web 保管/配送  生産/出荷/配送 EDI 実績情報 輸入 山九の業務範囲 貨物 情報 コスト削減

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