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ができたのを喜ぶかのように大先生に聞く。
「先生は焼き物がお好きのようですね?」
「はい、煮物、揚げ物よりは好きです」
大先生がそう言って、にっと笑う。 あっけ
にとられた顔で、部長と課長が無理に一緒に
笑う。 課長が、座を取り繕うように部長に説
明する。
「先生の事務所に行くと、ソファの横に飾
り棚があるんですけど、そこには高そうな茶
碗や花瓶が飾ってあるんです。 あっ、そうい
えば、部長はお茶をやりましたよね」
「いや、お茶をやるなんてそんな、少々た
しなむ程度です。 そうですか、茶碗ですか‥
‥是非一度事務所にお伺いしたいものです」
「いつでも来てください。 歓迎しますよ」
大先生が快く返事をするのを見て、課長は
ほっとしたようだ。 部長は社内では理屈っぽ
いことで有名で、そんな部長に大先生がどう
対応してくれるか、課長なりに結構心配して
いたのだ。
改めて課長が部長を紹介する。 部長は、こ
れまで主に本社や工場の管理部門を歩いてき
たという。 大層な勉強家で、物流部長を内示
されてから、物流関係の本をたくさん読んだ
そうだ。 その話を聞いた途端、大先生が興味
深そうに部長に問いかける。
「たくさん物流の本を読まれて、どんな印
象を持ちました?」
ビジネスの最前線に、必要なものを必要なだけ送り届ける。
そのためにマーケット情報を把握し、顧客に約束したサービス
レベルを満たせるだけの在庫を手当てする──ロジスティクスを
機能させることで、物流は最小限に抑えられる。 どんなビジネ
スにも通用するマネジメントの原則だ。
湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第67回》
ロジスティクスを始めよう
大先生の日記帳編 第8 回
新任部長との顔合わせ
五月のある夜、大先生は和食料理店の個室
にいた。 あるメーカーの旧知の物流部の課長
から、新任の物流部長を紹介したいので会っ
ていただけるかという電話があり、この日の
会合が決まったのである。
何事にも慎重な女史に「もう行かないと遅
れますよ」と急かされて、慌てて事務所を出
てきたが、十五分も前に着いてしまった。 店
の前で「さて、どうしたものか」と思案し
ていると、店の中から課長が飛び出してきて、
中に誘われた。
部屋に入ると、大先生の早めの到着に驚
き、部長らしき人が慌てて立ち上がり挨拶す
る。 大先生が席に着くと、待っていたかのよ
うにビールが運ばれてきて、小宴が始まった。
床の間に黒こげた備前の花入れが置いてあ
る。 大先生が興味深そうにそれを見る。 課長
が誰にともなく呟く。
「何ですかね、その花は?」
「備前だよ。 なかなかいいな」
「へー、備前って花ですか」
課長と大先生とのかみ合わないやりとりに
部長が口を出す。
「何言ってるんだ。 備前というのは花瓶の
方だよ」
大先生が頷くのを見て、部長が、話の糸口
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大先生の質問に部長がちょっと緊張気味に
頷き、答える。
「そうですね、同じ物流の本といっても、書
き手によりずいぶん本の構成が違うものだな
という印象を受けました。 著者の得意分野の
違いが本の構成の違いに現れているように感
じました」
大先生が頷くのを見て、部長がさらに感想
を続ける。
「私は、これまで仕事の関係上、会計や法
律の本などもずいぶん読みましたが、これら
は、何というか、読ませる工夫はいろいろし
てますが、内容はワンパターンですよね。 そ
の意味では、物流の本は、この人はどんな
展開で話を進めるのかなという興味があって、
おもしろかったです」
物流の本あれこれ
「なるほど、それは結構でした」と大先生
が素っ気なく応じる。 その素っ気なさに部長
が慌てた感じで付け足す。
「でもですね、何を言ってるのかと思うよ
うな、非論理的な記述のものも少なからず
ありました。 在庫管理の本も読んだのですが、
中にはこれを読んだら在庫管理はできないな
と思うようなものもありました」
「えっ、在庫管理の本も読んだんですか?」
課長が驚いたように部長に聞く。 それを聞
いて、部長が、大先生の方をちらっと見て、
課長をたしなめる。
「それはそうだよ。 先生がおっしゃってる、
物流は突き詰めれば在庫管理に至るというの
は、まさに至言だと思うよ。 そんなことに驚
いているようでは困るな」
「はぁ、すみません」と課長がうなだれる
のを見て、大先生がいかにも楽しそうに笑い、
課長に声を掛ける。
「いやー、いい部長が来たじゃないか。 真
面目な話、これからおたくの物流がどう変わ
るか、楽しみだ」
大先生の言葉に課長が「はい」と小さな声
で答える。 それにかまわず、部長が続ける。
「先生がお書きになった中に、物流を理に
適った存在にしろという言葉があったと思う
のですが、これにはまったく同感です。 私は、
是非それをやろうと思ってます」
「そうしてくださいな。 おたくの物流は理
に適ってないところがたくさんありますよ。
まあ、おたくだけではないですけど‥‥」
「また、先生、そんなー‥‥まあ、たしか
にそうです。 それは認めます」
課長がわけのわからないことを口走る。 課
長の言葉など聞いてないかのように、部長が
大先生に質問する。
「あのー、実は、ずっと気になっているこ
とがあるのですが、お聞きしてよろしいでし
ょうか?」
大先生が料理に手をつけながら頷く。 部長
が意を決したように身を乗り出して質問する。
「ロジスティクスという言葉がありますよ
ね。 なんか、この解釈が人によっていろいろ
違うなという感じを受けるんですが、先生は
そう感じておられませんか?」
そう問われて、大先生が一瞬いやそうな
顔をする。 いまさらそんな議論はしたくない
という風情だ。 ちょっと間を置きたいという
感じで、「人によってどんなことを言ってま
す?」と部長に聞く。
部長が「はい」と言って、鞄から分厚い手
帳を取り出して披露する。
「えー、ある人は、ロジスティクスを戦略的
物流と言い換えていたり、また、販売物流だ
けでなく調達物流や回収物流も含んだ概念だ
という理解を提示している人もいます。 それ
から、在庫の一元管理だという見解もありま
す。 そのほか物流とどう違うのだか皆目わか
らない説明をしている人もいます」
大先生が頷きながら、「その中では、在庫
の一元管理というのが妥当な見解でしょうね」
と答える。 部長が大きく頷くのを見て、大先
生が「さて」と座りなおし、話し出す。
「ロジスティクスというのは決まりきった概
念で、本来いろんな解釈があるなんてありえ
ないことです。 私は、みんな、その本質はわ
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かっているけど、人に説明するのに独自の工
夫を凝らしていて、それが解釈の違いにみえ
るのだろうと好意的にみています」
「はぁ、なるほど」と部長が頷く。 意外に
素直な人だ。
「ロジスティクスというのは、兵站と訳され
るのは知ってますよね。 兵站って何ですか?」
大先生の問いに部長が素直に答える。 ロジ
スティクスをめぐる大先生とのやりとりが始
まった。
「はい、軍事用語で前線の兵士たちに武器
弾薬や食料、衣服、薬などを供給する役割を
担う仕事だと理解しています。 第二次大戦の
日本軍ではその兵站が弱体化していたのが敗
因の一つだと言われてますよね」
「前線が伸び切って、兵站が追いつかず前
線に必要な物資が届かなかった。 そのため現
地調達せよなんて無茶な指令が出たりした。
戦死者のうち病気や飢えで亡くなった人が多
いというのは、兵站の不在を端的に物語って
いると言っていいでしょう」
部長と課長が神妙な顔で頷く。 大先生が続
ける。
「前線に必要なものを届けるという仕事を
ビジネスの世界に持ち込んだのがいま言われ
ているロジスティクスです。 最初はビジネス
ロジスティクスなどと言われていました。 も
うここまで言えば、ロジスティクスとは何か
ロジスティクスの本質を言い当てていないこ
とはたしかです。 そもそも物流はロジスティ
クスの構成要素の一つに過ぎませんから、ロ
ジスティクスの定義に物流という言葉が前面
に出てくるのは明らかにおかしいです」
この大先生の言葉に部長が敏感に反応した。
「やっぱりそうですか、そうですよね。 物
流という中でロジスティクスを理解しようと
してはいけないんですよね?」
「はい。 現実に、物流部というところでロ
ジスティクスをやってるところなんてありま
せんよ。 できるはずがない。 実際にロジステ
ィクスをやっている会社の組織、正確に言え
ば、部門間の役割分担をみれば一目瞭然で
す」
「その役割分担と関係すると思うのですが、
前線に物資、というか企業で言えば、商品を
届けるという仕事は具体的にどう展開すれば
いいのでしょうか? 初歩的な質問で申し訳
ありませんが、ご教示いただければ‥‥」
部長が真剣な眼差しで大先生に質問する。
ここでちゃかしたりしたらまずいなと思った
のか、大先生も素直に応じる。
「前線に必要なものを届ける、いいですか
『必要なもの』ですよ、その場合、まず何を
しますか? 素直に考えてください」
「えー、そうですね、まず何が必要かを知ら
なければなりませんので、それを調べます」
ということは自明でしょう」
大先生がここで一息入れる。
まず情報を把握する
大先生の言葉に頷きながら、部長が疑問を
呈する。 やはり理屈っぽい。
「はい。 ただ、そうなると、少なくとも、先
ほどの調達や回収物流まで含んだ概念だとい
うのは、やっぱりおかしいですね?」
「まあ、結果として、そういう統合概念に
なりますが、いまおっしゃった定義だけでは
湯浅和夫の
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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「そう、弾が必要なところに銃を届けても
意味がありませんし、銃が必要だからといっ
て、兵隊の数以上に銃を送っても仕方ないで
すよね。 まあ、予備程度ならいいですけど。
つまり、前線で必要とするものを情報として
把握することが第一歩です」
「その情報があることで必要なところに必
要なものが届けられるわけですね。 勝手に送
り込むんじゃないんだぞ」
部長が課長に念押しする。 課長が「はい」
と頷く。 大先生がさらに質問する。
「その情報が得られたら、次にやることは
何ですか?」
「何が必要かがわかったら、そうですね、当
然ですが、必要なものを調達します」
「調達するとは、企業の中で言えば?」
「生産させたり、仕入れるってことです‥
‥」
「それでは、何が必要かがわかってから調
達したのでは間に合わない場合は?」
「はい、当然、事前に準備しておく必要が
あります。 それが在庫ですね」
「そう、前線の動向を見て、必要になると
思われるものを事前に準備するということで
す。 つまり、必要と思われるものを生産させ、
仕入れさせるということです」
「なるほど、生産や仕入の都合で勝手に作
ったり仕入れたりしてはいけないってことで
すね」
ここで課長が割り込む。
「市場の動きを見ながら在庫を持て、つま
り生産や仕入を行えということですね。 そこ
で、在庫管理に行き着くわけですね」
部長が頷き、課長に確認する。
「うちでは、そういうことはできてないな。
物流センターに工場から勝手に在庫が送り込
まれてくるだろう。 営業とか工場がやってる
のだろうけど、誰も、市場に合わせて在庫を
持つなんてやってないってことだ」
結局、ロジスティクスとは?
二人のやりとりにかまわず、大先生が続け
る。 早いとこ、この話を終わらせたいという
気持ちの表れか、自分で答を言ってしまう。
「さて、ロジスティクスの最後の仕事は、必
要なとこに必要なものを送り届けるってこと
です。 これが物流です。 最も早く、しかも効
率的に届けられる補給線を確保し、輸送手段
を手配する。 いいですね、これでロジスティ
クスが完成する。 ロジスティクスというのは、
たったこれだけのことです」
大先生の話が自分の理解と一致していたの
か、部長が安心したような顔で頷く。 よせば
いいのに課長が余計なことを付け足す。
「だから、ロジスティクスが機能している
と、物流は必要最小限になるということです
ね。 当然、物流コストも小さくなる」
「わかっているなら、そうやらなきゃだめじ
ゃないか。 うちでは実際できてないだろ?」
課長が「はい」と首をすくめるのを見て、
大先生がとりなす。
「まあ、部長のために残されていた仕事と
いうことで、よろしいのでは」
部長が「なるほど」と満足げな顔をする。
課長が大先生にぺこんと頭を下げる。 大先生
との顔合わせは課長叱咤の会合になってしま
った。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課
程修了。 同年、日通総合研究所入社。 同社常務を経
て、2004 年4 月に独立。 湯浅コンサルティングを
設立し社長に就任。 著書に『現代物流システム論(共
著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物
流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる
本』(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コンサルテ
ィング http://yuasa-c.co.jp
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