ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2008年6号
物流格差社会
アマゾン本に倣った新システム稼働派遣スタッフへの転力化狙うも失敗

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JUNE 2008  64 るはずの派遣スタッフが誰も来ていないことを 知り、「派遣の人たち来ないの?これで本当に 大丈夫なの?」と白けていた。
 永井君は最終日前日にサクセスを去った。
「こ んな冷たい会社、二度と関わりたくない」と心 底うんざりしていた。
永井君は他部署から引き 合いがあり、異動してサクセスに残るという選 択肢もあったが、断った。
そして私も今月いっ ぱいでサクセスを辞める。
 始業時間の九時半を過ぎて、物流スタッフ全 員に社員の陳さんから新倉庫で使用するハンデ ィ端末が手渡された。
新システムではすべての 作業がバーコード管理に切り替わる。
前日まで にすべての商品と棚にバーコードを貼り終えた。
新倉庫稼働の準備は整っていた。
 スタッフは新システムでの作業に取りかかった が、一時間もしないうちに業務は止まった。
昨 日まで整然と流れていた物流は、完全に麻痺し てしまった。
入荷した商品が棚にたどり着かな かった。
検品作業が終わっても、棚入れできず 検品場に商品が滞留した。
最初のうちは棚に入 らない商品を後から見てもわかるように整理し て並べていたが、すぐに追いつかなくなり、商 品は無秩序に検品場に投げ出された。
 新システムでは入荷検品の際、納品書に記載 された発注番号をハンディ端末へ入力する作業 があった。
段ボールから納品書を取り出し一枚 一枚確認しては、発注番号を打ち込まなければ ならない。
約十桁の発注番号を正確に入力して いくのは注意力を要した。
非常に面倒な作業だ った。
 多量の納品書も、入力作業を遅らせる要因と なった。
サクセスで取り扱う商品数はとても多い。
いわゆる「ロングテール」と呼ばれる少ロット多 品種販売で、一個口の梱包に、納品書が当たり 前のように一〇枚、二〇枚と同梱されていた。
 「こんな数字いちいち入力してたら、そのう ち間違えるよ」。
吉田さんはハンディ端末を操作 しながら、ぼやいていた。
ミニ基幹システムで は納品書の数量欄に赤ペンでチェックして、事 アマゾン本に倣った新システム稼働 派遣スタッフへの転力化狙うも失敗 第4 回 格  差   社  会 ●中村文丈● フリーターが見た ネット通販の裏側  著者がアルバイトをしていたPCサクセス物流 部は、倉庫の移転を機に、新たな物流システム 導入を決定した。
アマゾンの物流現場の様子を 紹介した本の影響を受け、「フリーロケーション 方式」を採用。
既存のアルバイトを派遣スタッ フに置き換えていくことになった。
しかし、肝 心のシステムが機能しない。
以前のやり方に戻 そうにも、物流部を支えていたベテランのスタ ッフは皆辞めている。
サクセスの物流部は再び 危機に陥った。
新システムのトライアルで物流停滞  二〇〇五年一〇月、秋葉原の店舗二階にあ る倉庫で実験的に新システムへの切り替えが行 われた。
この日で秋葉原倉庫での業務を終了し、 翌日には新倉庫へ移動するというギリギリのス ケジュールが組まれていた。
 秋葉原最終日のこの日は、吉田さんにとって もサクセス最後の日だった。
新倉庫で主力とな 物 流 65  JUNE 2008 務に回すだけで済んだ。
発注番号はとりたてて 気にする必要はなかった。
 しかし、発注番号の入力だけなら、対処でき ないほどの負担ではなかった。
入荷検品よりも 次の棚入れの工程が倉庫の動きをせき止めた。
 新システムでは棚割りにフリーロケーションを 採用している。
これを実現するため、個別の商 品ごとに棚入れ用の管理バーコードが新たに作 られた。
発注番号がコード化されたようだった。
商品を棚に入れる際、管理バーコードと棚に付 いているロケーションコードをハンディ端末でス キャンすることで、棚入れ作業が完了する。
 管理バーコードは、一つの仕入れ先の検品作 業が終わったときにプリンターからまとめて出 力される。
A4サイズのリストには二〇ほどの 管理バーコードが並ぶ。
複数枚に及ぶそのリス トを何人も同時にプリントするため、どのリス トが誰のもので、どの取引先のものだかわから なくなった。
 次はプリントしたリストを基に、棚入れする 商品を探し出す。
リストに管理バーコードとセッ トで表示された商品の型番を見て、検品場から 商品を引っ張り出さなければならなかった。
サ クセスの取り扱いアイテム数は三〇万を超える。
検品場には段ボールから出された商品が乱雑に 置かれており、型番だけで商品を特定するのは 一筋縄ではいかない作業だった。
 検品場には、商品探しに追われるスタッフが 右往左往していた。
開封されたまま身動きのと れない商品が次第に増えていった。
物流は止ま り、棚入れできない商品であふれ返った。
「新シ ステム、すごいことになったね。
どうせ俺はい ないからいいけど」。
吉田さんは哀れんでいた。
 現場をどれだけ理解していたのだろう。
完全 に机上で作られたシステムだった。
こんな未熟 なシステムを導入して、混乱しないほうが不思 議だ。
どこが誰でもできるシステムなのか。
 システム会社の社員は「ここまで滅茶苦茶に なるとは思わなかった」と驚いていた。
物流コ ンサルタントも入っていたが、役に立っていな かった。
物流部課長の竹原さんは、電話口で 「甘くなかった」と誰かに漏らしていた。
竹原 さんは大混乱の中、現場に出てこようともしな かった。
必死に解決方法を探せば、改善できる 可能性もあったのに、放棄していた。
ある社員 は、「こんな時こそ竹原さんが前に出て、指揮 をとるべきだろ」と嘆いていた。
社長直々にアルバイトを説得  混乱を聞きつけた社長が二階に飛んできた。
吉 田さんを見つけると、肩に手を回して「続けて くれよ」と引き留め始めた。
しかし、吉田さん はもう次の仕事が決まっている。
辞めるその日 に引き留めたところで、どうにもならない。
「助 けてくれよ」と切実な顔で吉田さんに訴えてい た。
吉田さんは困った表情を浮かべていた。
 その様子を横目で見ていたある社員は、「辞め る噂を聞いた時点で手を打っていれば、留まっ てくれる可能性があったかもしれないのに」と つぶやいた。
 社長は吉田さんに「こんな状態で見捨てる のかよ」と懇願した。
それでも断る吉田さんに、 「三日だけでいいから」としつこく頼み続けた。
吉田さんは渋々了承した。
社長は私にも「助け てくれよ。
明日から新人が一〇人来るんだ」と 言ってきた。
私は苦笑いするしかなかった。
 サクセスでは昔から収拾のつかない事態がよ く起こっていた。
その度にスタッフは明るく笑い 飛ばして、何とかやり過ごしてきた。
古株の社 員には今回の状況を楽しんでいる者もいた。
あ る社員は「キタキタキター!嵐がキター!」と 騒ぎ、喜んでいた。
ポジティブだが、それで状 況が改善されるかといえばまた違う話だ。
「サ クセスは失敗に学ばない」。
サクセスにいる誰も が口癖のようにそう言った。
 翌日、計画通り倉庫は移転した。
新しい倉庫 は東京モノレールの大井競馬場駅から歩いて五 分ほどの場所にあった。
眼前に広がる無機質な 倉庫の建ち並ぶ風景は、華やかな秋葉原と比べ ると寂しく感じられた。
 運送会社が到着するまでの間、私たちは空っ ぽの倉庫に入り、図面を見ながら、動線の通路、 棚の配置、作業場所などのレイアウトを確認し た。
そして実際にメジャーで寸法を測り、床に テープ貼って印をつけていった。
 準備が終わると、トラックが到着し、商品が 新しい倉庫に運び込まれた。
棚入れまでを運送 会社が行う契約で、私たちは立ち会うだけでい いと聞かされていた。
だが実際は、取締役の指 示の下、ほとんどの作業を私たちが行うことに 格  差   社  会 物 流 JUNE 2008  66 に棚に入れ棚卸しをすることで、入荷作業はリ セットされるのだが、次の日商品が入荷すると、 また棚入れできない商品であふれかえった。
マ ーケティング部から応援に来た社員は三日間泊 まり込んで、頭には脂汗を浮かべていた。
もち ろん彼らも本社に帰れば、自分の仕事を抱えて いる。
「俺なんか商談三つも飛ばしちゃったよ」。
応援に来た社員は見るからにいらだっていた。
 「何回棚卸ししてるんだ。
恥ずかしくないの か。
どれだけ準備期間があったと思っているん だ」と、私は責められるように言われた。
 システムの甘さはバグとしても現れた。
クレー ム処理をやっている社員が心底怒っていた。
「新 システムは本当にどうしようもないクソシステム だ。
まだ出荷していない客のところに出荷の送 り状の番号が入り、出荷した客のところには入 らない」。
ミニ基幹システムの時もバグは出たが、 ここまで致命的なものではなかった。
 マザーボード、ビデオカード、ハードディスク、 体脂肪計、デジカメ‥‥。
処理の終わらない商 品が、オリコンの中に無造作に入れられたまま、 入荷スペースを埋め尽くしていた。
前日、前々 日に入荷した商品も棚に入らずに通路まで延び、 さらに内職用の作業スペースにまで広がってい た。
「このままだと東京ドームくらいのスペース が要るぞ」。
ある社員はため息をついた。
派遣スタッフがやって来た  派遣会社から一〇数人のスタッフが送られて きた。
老若男女、様々な人が集まった。
全員が 派遣会社から支給された紺色のエプロンを着け ていたことで、辛うじて統一感を保っていた。
 取締役が先導して派遣スタッフを連れてきて、 私に指示を出すように言ってきた。
内心納得で きなかった。
派遣スタッフへの指示は、本来私 の仕事ではないはずだ。
私は新システムの説明 を受けていない。
せいぜい端末の使い方を教え てもらった程度だ。
それに私はもうすぐサクセ スを辞める。
私はむしろ派遣のスタッフに混じ って、指示を受ける立場だった。
だが、混乱し た現場を見ているだけに拒むこともできず、私 なりの解釈で仕事を教えた。
 ピッキングについては『アマゾン・ドット・ コムの光と影(横田増生・情報センター出版局、 以下アマゾン本)』に倣ったシステムはそれなり に効果を発揮し、派遣のスタッフでも少し教え るだけで戦力になった。
だが、ミスが相当数で た。
特に同じ商品の注文が複数個あることに気 付かず、一つだけしかピッキングしないといっ た、数量ミスが目立った。
 また、ピッキングリストには載っているが、リ ストのロケーションに商品が入っていないケース がかなりあった。
正確な棚入れができていない ことが原因だ。
「ロケーションがあってもそこに 商品がなかったら、意味がないですよ」と、女 性の派遣スタッフに言われてしまった。
 ボトルネックはピッキングよりもむしろ入荷作 業だった。
商品が棚に入らなければ、ピッキン グリストは出てこない。
ピッキングするものが なくなった派遣スタッフを入荷検品に回しても、 なった。
運送会社のスタッフは何もすることが なく、手持ち無沙汰だった。
吉田さんは「棚入 れするはずの運送会社の人たちが、俺たちの作 業をじっと見ているんだから。
普通逆だろう」 と呆れていた。
 新しい倉庫は、秋葉原倉庫の約二・五倍のス ペースがあったが、移転が完了した時点でフロ アの約八割が埋まった。
秋葉原のオフィスビル によくこれだけの商品が納まっていたものだ。
倉庫移転一〇日で三回棚卸し  移転した翌日から、新システムを導入した新 倉庫が稼働した。
だが、秋葉原の試運転で混乱 した入荷作業の対策は何も施されていなかった。
業務が始まると、現場はやはり秋葉原同様、棚 入れできない商品であふれた。
 サクセスはこの混乱の原因を人的なものだと 認識していた。
目の前に溢れている商品を強引 に片付けてしまえば、システムは回り始めると 捉えていたようだ。
大量の人を投入してなんと か作業を終え、社長の音頭で社員が手締めをし て倉庫移転を祝した。
 しかし、次の日にはまた棚に届かない商品であ ふれ、動線まで商品で埋まっていた。
吉田さん は社長との約束の三日がたち、サクセスを去った。
 新倉庫には連日、本社から社員が駆り出され、 徹夜して作業を行った。
ほぼ全ての部署から交 代で四、五〇人の社員がかき集められた。
 倉庫を移転してから約一〇日の間に、三回棚 卸しが行われた。
検品場にあふれた商品を強引 格  差   社  会 物 流 67  JUNE 2008 ほとんど戦力にならなかった。
 検品作業を教え込むのは厄介だった。
PCケ ースのような段ボール単位で売っている商品を カッターで開けてしまったり、商品を間違えて 捨ててしまったりと初歩的なミスが多発した。
 私は何かあるたびに質問を受けた。
そのため、 作業は遅々として進まなかった。
それ以上に私 が一番がっかりしたのは、スタッフのほとんど が一日契約のスポット作業員だったことだ。
や っとのことで覚えてもらっても、次の日来るか どうかはわからない。
“宝探し”に逆戻り  棚に入らなければ、商品を出荷することはで きない。
しかし、納期は決まっているので、い つまでも放置しておくわけにはいかなかった。
上 層部は苦肉の策として、棚付けを諦め、棚に入 らない商品をひとまとめに“S”というロケー ションをつけることを決定した。
同じ人海戦術 をするにしても、棚入れに振り回されるよりは、 かつて何もシステムを導入していなかった頃の ように、商品名と型番だけを頼りに商品を探し 回る、いわゆる“宝探し”をしたほうがマシと 判断したようだっだ。
 ロケーションの一括変換は、ハンディ端末を 使わなくてもパソコンでできる。
私はそれを聞 いて一つの対策が浮かんだ。
ロケーションをつ けなければいいのだ。
実際、新システムが入る までロケーションなしでやってきた。
 具体的には検品が終わった時点で、ロケーシ ョンを全て“S”にしてしまう。
そして、ミニ 基幹システムと同じように、アイテム別、仕入 れ先別の棚割で商品を納める。
そうすれば、煩 雑な棚入れ作業を飛ばすことができる。
 一時避難的ではあるが、実行すれば業務は流 れるだろう。
新システムの見直し・修正をする ための時間も稼ぐことができる。
 しかし、私は口に出さなかった。
すぐに無理 だとわかったからだ。
実行するためには、経験 と商品知識が豊富なスタッフの力が必要になる。
派遣スタッフではとても無理だ。
秋葉原倉庫で 働いていたベテランがいなくなってしまったこ とを、嘆くしかなかった。
三〇億の負債を抱えサクセス倒産  もはや収拾不可能だった。
新システムは二週 間で止められ、ミニ基幹システムに戻された。
コ ンサルティング会社も入ったが、彼らは数回写 真を撮りに来ただけで、それ以外に姿を見たこ とはない。
一体何をしていたのか。
私は以前、 「コンサルタントは役に立たない」という話を物 流関係者から聞いたことがある。
それを絵に描 いたようだった。
 私は辞めた後、サクセスでは今回の失敗の原因 を、「新システムが大きな会社用だったから」と 大雑把に結論付けているという話を聞いた。
も う少し掘り下げて検証すべきではなかったか。
 今改めて考えると、アマゾン本の表層的な部 分だけを意識して、自社の現実を顧みず進めた ことが一番の原因だったと思う。
私の経験から 言えば、最新鋭の設備やシステムが入っていて も、それだけでは思ったほどの効率は上がらな い。
熟練したスタッフが入って使いこなすよう になった時、初めて設備は力を発揮する。
 結局肝煎りで導入された新システムはものに ならず、ただ多額のお金を浪費するだけに終わ った。
その後、竹原さんは降格になり、他部署 から新しい責任者がやってきた。
同時に優秀な 社員が何人も物流部に移った。
その後サクセス の物流は改善を繰り返したおかげで、私が働い ていた時よりも安定し、作業効率もよくなった そうだ。
 しかし、新システム導入から一年半後の昨年 四月、サクセスは約三〇億円の負債を抱え、自 己破産を申請。
一九九九年の創業から八年で幕 を閉じた。
    (登場人物は全て仮名) 格  差   社  会 物 流 大井競馬場駅付近に移転した新倉庫の見取り図 休憩室 在庫スペース 出荷、梱包スペース 大物商品在庫スペース 事務所 在庫スペース 作業スペース (シール貼りなど) 入荷検品 スペース 棚(小物商品) 端末 入り口

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