ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年9号
国際物流の基礎知識
多発する海賊事件

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2005 80 今年三月、日本のタグボート「韋駄天」が マラッカ海峡で海賊に襲われ、日本人船長を 含めて三人が誘拐されるという事件が起こり ました。
幸い三人は無事釈放されましたが、 この事件を通じて改めて海賊の存在を知った 読者の方も多いと思います。
今回は、現代の 海賊について解説します。
海賊の定義とは? 海賊といえば、中世ヨーロッパを震え上が らせたバイキング、女王陛下の海賊サー・ト ーマス・ドレイク、キャプテン・キッド、カ リブ海の海賊パッカニーカなどが頭に浮かぶ ことでしょう。
日本にも鎌倉時代から戦国時 代にかけて朝鮮半島や中国沿岸部で恐れられ た倭寇、戦国時代に瀬戸内を拠点にした村上 水軍などが存在しました。
最近では、映画 「パイレーツ・オブ・カリビアン」をご覧にな った方も多いと思います。
海賊が主人公の映 画です。
何となく古きよき時代で、憧憬を感 じなくもありません。
残念ながら、海賊は、小説や映画の世界だ けのものではありません。
海賊は、今も実在 します。
ただし、昔のように、海賊でありな がら英雄としてトーマス・ドレイクのように 「サー」の称号をあたえられる、あるいは憧憬 を感じるというようなものではありません。
現在の海賊の手口は複雑になり、凶悪化して いるのが実情です。
まず「海賊とは何か」について考えてみま しょう。
一九九四年に発効した国連海洋法条 約にある海賊行為についての項を要約すると、 「海賊行為とは、私有の船や航空機の乗組員 や乗客が、公海上あるいは空中において、私的目的のために行う、不法な暴力行為、抑留、 略奪行為」となっています。
この定義では、公海上や私的目的と規定さ れているため、同じ暴力行為であっても領海 内の行為や政治目的のテロなどは含まれない ことになってしまいます。
そこで国際商業会 議所国際海事局(IMB)では「海賊行為と は、盗難やその他の犯罪行為あるいは暴力を 振るう目的で、船舶に乗り込む行為」と定義 しています。
凶悪化する海賊行為 現在、IMBはマレーシアのクアラルンプ ールに海賊情報センターを設置し、情報収集 にあたっています。
報告書によると、二〇〇 三年に報告された海賊事件は四五二件にのぼ っています。
このうち、日本船や日本の船会 社が運航している外国船関係の事件は十二件 でした。
過去には年間三〇件を超えている年 もありましたので、多少ですが、減少してい るといえます。
被害の内容は、ほとんどが港や港付近の停 泊中、夜間に小型ボートで接近し、錨の鎖を よじ登って進入し、船の備品などを盗むとい うものでした。
このほか、銃器やナイフを所 持し、あるいは自動小銃をもっていたケース もありましたが、大きな被害には至っていま せん。
しかし、世界ベースでの被害は拡大傾向に あります( 図1)。
被害件数の中には、シー ジャック一四隻、行方不明船六隻が含まれて います。
また、十三人が殺害され、四五人が 負傷、五四人が行方不明となっています。
事 件は年々、凶悪化していて、地域別では東ア ジアが一九三件(二〇〇三年)と、海賊の発 生がもっとも多い地域になっています。
一九九五年、キプロス籍貨物船「アンナ・ シエラ」がタイを出港後、ベトナム沖で海賊 に乗っ取られ、乗組員二三人は小型ボートで 海に放り出されました。
幸いなことに乗組員 多発する海賊事件 《第6回》 81 SEPTEMBER 2005 は漁船によって救出されましたが、積荷の砂 糖一万二〇〇〇トンは売り払われ、船はホン ジュラス籍船「アーティック・シー」と名前 を変えているのが中国で発見されました。
一九九八年には「ペトロレインジャー」が シンガポールを出港後、インドネシア人の海 賊に乗っ取られる事件もありました。
そして 一九九九年には「アロンドラ・レインボー」 事件が起こりました。
これは、日本の船会社 が運航していた同船がインドネシアを出て間 もなく海賊に乗っ取られ、日本人船長以下乗 組員一七人が船から降ろされゴムボートで一 〇日間漂流したというものです。
幸い漁船に 見つけられて無事でしたが、もし漁船に発見 されなければ乗組員が死亡していたことも考 えられます。
記憶に新しいのが今年三月に発生した「韋駄天」事件です。
小型高速船で近づき、いき なり銃撃を加えて「韋駄天」に乗り込み、日 本人船長を含めた三人を連れ去りました。
最 後は三人とも無事に釈放されましたが、いき なり銃撃してきたこと、ロケットランチャー など重武装していたこと、船籍証書を持ち去 った手口などから、「韋駄天」を襲った海賊 は訓練されたプロ集団と見られます。
そ して従来と異なるのは貨物や船内の金 品ではなく、身代金が目的であったと いう点です。
このように、海賊はその 手口や構成要員が年々変化しています。
危険度高いマラッカ海峡 先述した通り、海賊の発生が一番多 いのは東アジアです。
中でもマラッカ・ シンガポール海峡が海賊事件の多発海 域になっています。
この一帯は多くの 船舶が輻輳(ふくそう)する世界有数 の国際海峡です。
日本に輸入される原 油を運ぶタンカーの八〇パーセント以 上がこの海峡を通航しています。
狭く 限られた通航帯であり、しかも多くの 船舶で混雑しているため、海峡通航時 にはスピードを落とします。
そこを狙 って海賊たちは高速船を使って襲撃してくる わけです。
また、近くに多くの島があるうえに、シン ガポール、インドネシア、マレーシアと複数 の国に接しているため、逃走が容易なことも 海賊たちにとっては好都合です。
例えば、シ ンガポール海域で海賊行為を働き、シンガポ ールの沿岸警備艇に追跡されたとしても、す ぐに他国の海域に逃げ込めるわけです。
この ため、今後は関係国のさらなる協力と警戒態 勢の強化が望まれています。
国土交通省では、?船会社による自主警備 強化、?沿岸国に対する警備強化の要請、? 国際海事機関(IMO)における対策検討へ の参加――などを通じて海賊対策強化を図っ ています。
二〇〇〇年には東京で「海賊対策 国際会議」が開催されました。
アジアの関係 国の海事政策当局、海上警備機関、関係団体およびIMOが参加しました。
ここで、海事関係者それぞれが取り組む具 体的行動指針「海賊対策モデルアクションプ ラン」が採択されました。
二〇〇二年に「海 賊対策専門家会合」、二〇〇三年には「日・ アセアン・海事セキュリティ・海賊セミナー」 が東京で開催され、アジアにおける海賊対策 について話し合われました。
このように、日本を中心にアジア関係国で 対策を練っています。
しかしながら、今のと ころ、船による自主警備以外に決定的に有効 な手段は見つかっていないのが実情です。
もり・たかゆき1975年大阪商船三井船舶入社。
97年MOL Distribution GmbH社長、2001年 丸和運輸機関海外事業本部長、2004年1月より現 職。
主な著書は「外航海運概論」(成山堂)、「外航 海運のABC」(成山堂)、「外航海運とコンテナ輸送」 (鳥影社)、「豪華客船を愉しむ」(PHP新書)など。
日本海運経済学会、日本物流学会、ILT(英)等会 員。
青山学院大学、長崎県立大学等非常勤講師、 東京海洋大学海洋工学部講師

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