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合なくして考えられない。 こうした認識はまだ
一般には少ないが、ドラッグストア業界と調剤
薬局業界では共通認識となっている。 そして、
両者の融合を前提とした企業戦略がすでに展開
されている。
ところで、ドラッグストアと調剤薬局が結び
つく必然性はそもそも何なのだろうか。 これを
一つの業態にしたものを、業界では「かかりつ
け薬局」と呼んでいる。 日本ではまだ確立され
ていない新しいビジネスモデルだが、そのコン
セプトはすでに欧米で実現されている。 医薬分
業体制が確立されている欧米では、「かかりつ
け薬局」はごく一般的な小売業態だ。
アメリカやヨーロッパでドラッグストアと言
市場を拡大する「かかりつけ薬局」
小売業としてのドラッグストアと、病院が発
行する処方箋に基づいて薬を販売する調剤薬局
の融合が進んでいる。 大手ドラッグストアチェ
ーンは現在、調剤薬局の機能を店内に取り込む
ことに躍起になっており、「ドラッグストア+
調剤薬局」を合わせた業界が急速に形成されつ
つある。 その結果として、近い将来、一〇兆円
規模になるであろう巨大市場が見えてきた。
物販業であるドラッグストアと、医療の一端
を担う調剤薬局を、一体化した一つの業界とし
て見ることに違和感を持つ人もいるだろう。 し
かし、この分野の小売業の未来像は、両者の融
えば、化粧品や雑貨、医薬品を並べた売場の奧に調剤部門があることが多い。 クリニックや病
院で受診すると、病院では処方箋だけをもらっ
て調剤薬局に行く。 ここで処方箋に基づく薬を
受け取るのが、いわゆる医薬分業だ。 このこと
自体はいまや日本でも珍しくないが、欧米では
この調剤薬局がドラッグストアの一部門になっ
ている。 これが「かかりつけ薬局」である。
つまり「かかりつけ薬局」は医薬分業体制の
推進につながるもので、その受け皿でもある。
小売業であると同時に、地域医療に関わる公共
性を持った特異なビジネスモデルなのである。
ドラッグストアと調剤薬局の接点は、医薬品
の販売にある。 医薬品には、セルフサービスで
第12回
ドラッグストアが秘める可能性ドラッグストア業界の市場規模が、コンビニエンスストアと同じくら
い巨大であることを多くの人たちは知らない。 ここで言うドラッグスト
ア業界とは、正確にはドラッグストア+調剤薬局を指す。 二〇一〇年頃
におよそ一〇兆円になるとされるこの業界で勝者になるためには、情報
システムと物流体制の整備が不可欠だ。
55 SEPTEMBER 2005
販売できる一般医薬品と、薬剤師が扱う調剤と
がある。 一般医薬品と調剤を一カ所でまとめて
扱う「かかりつけ薬局」が、利用者の利便を向
上させることは言うまでもあるまい。
社会性を持つことによる強み
それにしてもドラッグストアと調剤薬局を融
合した業態を、なぜ?かかりつけ薬局〞と呼ぶ
のか。 この業態のポテンシャルを理解するため
の重要なヒントが、ここにある。 「かかりつけ
薬局」という呼称には、行きつけのレストラン
とか、行きつけの飲み屋などと同様の、日常生活の中でこれと決めた身近な薬局という意味合
いが込められている。
どうして薬局に行きつけが必要なのかと言う
と、ある人にとって「かかりつけ薬局」と位置
づけられたドラッグストアには薬剤師がいる。
薬剤師は、その人の薬歴と健康状態を知ってい
て、健康維持に関する専門的なアドバイスをで
きる。 このようなドラッグストアは、時の経過
とともにその人の日常生活に組み込まれていき、
欠くことのできない存在になっていく。
こうした「かかりつけ薬局」の多くは、居住
地の近くの店舗が有力候補になると考えられて
いる。 そして、このような小売りは、最終的に
はコミュニティごとに必要とされる社会インフ
ラとも言うべき存在になっていく。 その具体的
なイメージは、すでにコミュニティに根を張り
つつあるコンビニエンスストアと似ている。
現在の一般的なドラッグストアだけを想定し
ていては、この分野の小売業の成長ポテンシャ
ルは見えてこない。 物販と調剤とが合体した
「かかりつけ薬局」という新しいビジネスモデ
ルに着目した時に、初めてこれが明らかになる。
調剤薬局と接点を持たないドラッグストアの
成長余地は、成熟した他業態に比べれば大きい
ものの、「かかりつけ薬局」の比ではない。 地
域医療に関わることを通じて、社会性を持てる
か否かが、小売業としての可能性を大きく拡げ
られるかどうかの別れ道になる。
社会性があるということは、なくてはならな
い存在としてコミュニティに根を張った小売業
になることを意味している。 仮にこの市場で、
コンビニエンスストア業界におけるセブン
―イ
レブン・ジャパンのような高いシェアを確保で
きれば、その企業の存立基盤は安定し、強固な
ものになるはずだ。
高齢化社会の進展に伴って「かかりつけ薬
局」は介護との接点も拡げつつあり、これなど
も社会性を表わすものといえる。 ただし、この
新しいビジネスモデルは、物理的にドラッグス
トアと調剤薬局を合体すれば完成するわけでは
ない。 ここで重要な役割を果たすのが、調剤部
門の薬剤師だ。
「かかりつけ薬局」における薬剤師は、処方
箋に基づいて調剤をするだけではない。 地域医療の一端を担う存在として、その専門知識を積
極的に活用することが求められる。 病気になら
ないような健康維持、健康増進などの知恵を、
カウンセリングを通して顧客に授けていく。 そ
して「かかりつけ薬局」化を推進する企業は、
これを薬剤師の個人的な活動に依存するのでは
なく、全社的な企業戦略として明確に位置づけ
なければならない。
最近では、薬剤師に加えて、管理栄養士を店
舗に配置するドラッグストアも増える傾向にあ
る。 栄養という観点から、健康な生活を送るた
めの食生活の指導、カウンセリングを行うため
SEPTEMBER 2005 56
単なる小売業とは一線を画した社会的な存在へ
と脱皮していくことになるはずだ。
薬剤師不足がスピードを左右する
「かかりつけ薬局」とコンビニエンスストア
には多くの類似点がある。 しかし決定的に異な
るのは、前者では、薬剤師や管理栄養士といっ
た専門知識を持つ人材がカウンセリングまで行
うところだ。
一般に小売業が店舗の売り上げを息長く伸ば
し続けるためには、ストアロイヤリティ(店舗
への忠誠心)の高さが必要だ。 サービスレベル
の高さと商品の魅力がストアロイヤリティにつ
ながるが、ここにカウンセリングが加われば一
層効果は大きい。 このカウンセリングを別の角
度から捉えると、顧客へのソリューション(問
題解決)の提供ということになる。
つまり「かかりつけ薬局」という新しい小売
り業態の店舗のあり方は、「美と健康と衛生(日
用・衛生雑貨)をテーマに、薬剤師と管理栄養
士、美容部員によるワンツーワンのカウンセリ
ングを受けられるソリューション型の店」とま
とめることができる。 こうした方向性を志向す
るドラッグストアは、美と健康に関するソリュ
ーション型リテーラーなのである。
もっとも薬剤師や管理栄養士の配置は、特別
手当ての支給が必要な現状ではコスト負担要因
につながる。 それでも「かかりつけ薬局」とい
うビジネスモデルの強みを発揮するうえで不可
欠である以上、経営としては、このコスト増を
だ。 さらに美容品については、美容部員のカウ
ンセリングも行う。 つまり、「かかりつけ薬局」
の分野で先行している小売業者は、薬剤師や管
理栄養士など専門知識を持った人たちによるカ
ウンセリングを柱に営業展開をしている。
現状では、薬剤師も管理栄養士も我々の日常
生活にとって身近な存在とは言いがたい。 しか
し、「かかりつけ薬局」という新しいビジネス
モデルが成長するに伴って、これが身近な存在
に変わっていく可能性が高い。 そして、こうい
う努力を積極的にしたドラッグストアだけが、
前提としながら、吸収できるような戦略を積極
的に展開することが求められる。
なかでも戦略的に臨むべき分野が、人材の確
保だ。 薬剤師の確保が「かかりつけ薬局」の大
前提になるのは言うまでもないが、これが近い
将来、企業の成長スピードを決する要因にもな
っていきそうだ。
大学の薬学部は、従来の四年制から六年制に
変わることが決まっている。 今年四月に入学し
た人たちが四年制の最後の入学となり、二〇〇
六年四月入学から六年制に変わる。 今年の新入
57 SEPTEMBER 2005
生の卒業予定は二〇〇九年三月だが、その後の
二年間は新卒の薬剤師は基本的にゼロ。 六年制
の第一期生が卒業する二〇一二年三月まで、「か
かりつけ薬局」に欠かせない薬剤師の供給が途
絶えることになる。
薬剤師の確保が困難な状況は、「かかりつけ
薬局」を志向するドラッグストアの企業間格差
を拡大する要因になると考えられる。 このよう
に薬剤師にとって売り手市場的な状況下では、
薬剤師に選ばれるドラッグストアが成長するは
ずだ。 見方を変えれば、こうした時代には、ド
ラッグストアによる「かかりつけ薬局」戦略が、
薬剤師の側から評価されることになる。
コンビニに匹敵する一〇兆円市場へ
ドラッグストアと調剤薬局を合わせた市場規
模は、現在のところ八兆円と推定される。 これ
が二〇一〇年頃までに一〇兆円に拡大するとい
うのが、業界関係者のコンセンサスになってい
る(
図1)。 もっともドラッグストアチェーン
の将来を考えるときに、ドラッグストアだけを
単独で見ていると予想を誤りかねない。
ドラッグストア単独で考えた場合には、議論
は小売り業態の一般的な成長予測の範囲以上に
は拡がらない。 しかし、調剤薬局と一体化した
「かかりつけ薬局」という新しいビジネスモデ
ルの成長ポテンシャルを考えるとき、その未来
像は一気に拡がる。
現存する小売りの業態には、百貨店や総合量
販店(GMS)、各種専門店、ホームセンター、
コンビニエンスストアなどさまざまなものがあ
る。 業態ごとに市場規模があるが、「かかりつ
け薬局」を中核とするドラッグストア業界ほど
成長ポテンシャルの高い業態は、小売業界においては他にない。 このことは、まだ一部の関係
者にしか認識されていないが、ぜひ「かかりつ
け薬局」としてのドラッグストア業界の今後に
注目してほしい。
推定八兆円という現在の市場規模の内訳は、
物販のドラッグストアと調剤薬局が、ほぼ半分
ずつと考えられる。 これが一〇兆円まで拡大す
るというのが業界に共通する見方だが、およそ
五年間で二兆円も市場が拡大するというのは通
常では考えにくい。 ここでは物販を扱うドラッ
グストアよりも、調剤薬局が全体の市場を拡大
させる要因となっている。
では、なぜ調剤薬局の市場は今後の数年間で
急拡大するのか。 これは医薬分業の進捗状況を
あらわす?分業率〞が着実に上昇すると予測さ
れるからだ。 医薬分業率とは、病院やクリニッ
クなどの医療機関が一年間に発行する処方箋の
うち、何%が医療機関以外の調剤薬局で処理さ
れたのかを示す指標である。
二〇〇三年度に医療機関以外の調剤薬局で
処理された処方箋の数は約六億枚で、総額は三
兆七〇〇〇億円だった。 この時点での分業率は
五一・六%。 日本全国で発行された処方箋の総
数は約十二億枚ということになる。 そして医薬
分業率は毎年、五%程度上昇している。 二〇一
〇年頃には八〇%まで上昇し、それ以降の上昇
率は穏やかになると考えられている。
医薬分業率が毎年五%程度上昇し続ける背
景には、国民総医療費の抑制を主たる目的とす
る国の施策がある。 現在の国民総医療費はすで
に三〇兆円を超えており、高齢化の進展ととも
に増加する傾向にある。 これを抑制するための
措置として、薬価差益の政策的な引き下げや、
医療費の個人負担の二割から三割への引き上げ
が行われている。 このような国家レベルでの医
療行政が背後にあるため、医薬分業率のさらな
る上昇は必至だ。
処方箋一枚当たりの単価は年々着実に上昇し
ているが、二〇〇二年度は六二〇〇円だった。
こうした数値をもとに単純な試算をしてみると、
およそ五年後には全十二億枚のうち二八・四%
(八〇%―五一・六%)、すなわち三・四億枚の
処方箋が新たに調剤薬局で処理されるようにな
るとみなせる。 つまり三・四億×六二〇〇円= 二・一兆円の市場が、新たに医療機関の外に出
てくる計算になる。
「かかりつけ薬局」の業界は、このように医
薬分業率の上昇とともに全体の市場規模を拡大
していく。 物販としてのドラッグストアの売り
上げも伸びていくはずだが、それ以上に、医薬
分業率の上昇による調剤薬局の拡大がこの業界
の市場規模を拡大するのだ。
こうした市場構造があるため、個々のドラッ
グストアが成長するためには調剤薬局を取り込
むことが不可欠となっている。 調剤薬局を制す
る企業が、ドラッグストア業界を制するとすら
SEPTEMBER 2005 58
て展開しているのは後者だ。 医療機関の立地に
こだわらずに利用者の近くに出店し、多店舗展
開によって広い地域を面で押さえるという戦略をとっている。
欧米の例を見ると、大型医療機関に張りつく
門前薬局よりも、利用者を意識した「かかりつ
け薬局」型が主流になっているようだ。 もっと
も門前薬局と地域型のどちらが有力かという議
論は不毛だ。 「かかりつけ薬局」としては多店
舗展開する面展開の方が機能するが、専門性の
高い医薬品を調剤する門前薬局へのニーズも残
る。 特定の専門病院に直結した調剤専門薬局と
して、「かかりつけ薬局」と共存する構造にな
っていくと考えられる。
上場ドラッグストアの業績
この分野で上場している会社は、ドラッグス
トア一八社、調剤専門薬局七社の合計二五社
ある。 ドラッグストアで売上トップはマツモト
キヨシで、連結売上高が三五一三億円。 これに
カワチ薬品、サンドラッグ、CFSコーポレー
ション、ツルハ、スギ薬局の五社が一〇〇〇億
円台で続く。 調剤専門薬局ではアインファーマ
シーズが最大で連結売上高五七一億円。 これを
日本調剤とクラフトが追っている。
増収率と増益率を見ると、ドラッグストアの
中には減益企業がある一方で、調剤薬局は全体
に力強い決算となっている。
ドラッグストア企業は、展開する主力業態に
よって次の二つに分類できる。 一つは「かかり
言い切ってもいい。 従って、個々のドラッグス
トアの成長性を予測する際には、そのドラッグ
ストアの調剤薬局としての取り組みが重要な判
断材料となる。
調剤薬局には、病院など大型の医療機関のす
ぐ近くに出店する?門前薬局〞と呼ばれるタイ
プと、住宅地に立地する地域型がある。 いま多
くのドラッグストアが「かかりつけ薬局」とし
つけ薬局」を志向する企業で全店に調剤薬局を
併設しているスギ薬局がその代表例。 もう一つ
はドラッグストアとしては大型の、ディスカウ
ント型の店舗を展開する企業だ。 ディスカウン
ト型を志向する企業としては、カワチ薬品、サ
ンドラッグ、サッポロドラッグストア、ゲンキ
ー、コスモス薬品をあげることができる。 そし
て決算をみると、これらのディスカウント型の
業績がより好調だ。
ディスカウント型の中でも、業界でメガドラ
ッグストアと呼ばれる売場面積三〇〇坪以上の
大型店を展開するチェーンの特徴は、食品と雑
貨部門の売上構成比が高いことだ。 客層を増や
すためだが、ドラッグストアの主力部門である
医薬品と化粧品の売上構成比が低く、これはも
はやドラッグストアというよりディスカウント
ストアと認識した方がいい。 本業の利益率を表す営業利益率を見ると、一
般に調剤薬局の方がドラッグストアより高い。
総合量販店やスーパーマーケットなど他の小売
業態と比べると、ドラッグストアは全体として
高いが企業間の格差が大きい。 成長著しいディ
スカウント型ドラッグストアの営業利益率は一
般に低いが、サンドラッグの七・二%や、これ
に次ぐカワチ薬品の六・五%など高い利益率を
残している企業もある。 これは販管費率が低い
ためで、業界で最も販管費率が低いのがサンド
ラッグで、カワチ薬品がこれに続いている。
売上総利益率は、粗利率の低い雑貨・食品
部門の売上構成比が高いと低下し、反対にドラ
59 SEPTEMBER 2005
ッグストアの主力部門である医薬品・化粧品の
売上構成比が高いと上昇する。 雑貨と食品を合
わせた構成比がもっとも高いのはカワチ薬品で
七六・八%に達する。 反対に「かかりつけ薬
局」の展開で日本で最も先行しているスギ薬局
のそれは三五・八%と低く、残りの六四・二%
を医薬品と化粧品部門が占めている点はカワチ
薬品とは対照的だ(
図4)。
「かかりつけ薬局」の指標となる調薬専門薬
局を除いたドラッグストアの調剤売上高は、最
も大きいところでも約七七億円とまだ小さい。
売り上げに占める割合も約四%と低いが、医薬
分業率の上昇を反映していずれも二桁の高い伸
び率を示している。 スギ薬局の場合は三六・
二%増となっており、今後も高水準の成長が予
想される。 調剤薬局併設型ドラッグストアでは、
客数・既存店売上ともに伸びており、「かかり
つけ薬局」というビジネスモデルの有効性を証
明している。
業界再編で一兆円企業が生まれる
「かかりつけ薬局」というビジネスモデルが
欧米で確立されていることは前述した通りだが、
すでにアメリカとイギリスではダントツのナン
バーワン企業が出現している。
アメリカのウォルグリーンは、調剤薬局を併
設した世界最大のドラッグストアだ。 二〇〇四
年八月期の売上高が三七五億ドル(約四・一
兆円)。 世界の小売業の売上高ランキングの二
〇位以内に入る巨大企業である。 イギリス最大
のドラッグストアのブーツは、日本市場からは
撤退したが売上高は約一兆円ある。
日本でも二〇一〇年頃に一〇兆円に拡大する
であろう市場を見越して、熾烈な覇権争いがすでに始まっている。
口火を切ったのはイオンだ。 イオンは「二〇
一〇年ビジョン」という中期計画の中で、日常
生活に密接な総合量販店、スーパーマーケット、
ドラッグストアの三分野で、それぞれにマーケ
ットシェア一〇%を確保する目標を掲げ、その
ための戦略を展開している。 ドラッグストア以
外の小売業のなかで、イオングループのように
ドラッグストア事業をコアビジネスの一つと位
置づけているところはない。
イオンの計画では、ドラッグストア部門の売
上高一兆円、マーケットシェア一〇%を実現し
ようとしている。 自社のヘルス&ビューティケ
ア(H&BC)部門を基盤にして、同部門を拡
充し店内への調剤薬局の設置を進める。 その一
方で、全国規模で「かかりつけ薬局」事業を展
開するため、合計一〇社のドラッグストアや調
剤薬局と資本提携して「イオン・ウエルシア・
ストアーズ」(以降、ウエルシア)を結成して
いる。
現在のウエルシアの合計売上高は、イオンの
H&BC部門の売上高を含めて七二〇〇億円。
目標の一兆円は目前だ。 このようなウエルシア
の動きは、業界トップのマツモトキヨシを刺激
した。 同社は一五社と提携してマツモトキヨシ
グループを形成している。
グループ化の動きは活発で、現在のところ約
八〇社の企業によって七つのグループが形成さ
れている。 当面はこのグループ間の競争が展開
されるが、共同商品開発を中心としたグループ
戦略では、ウエルシアが一歩先行している。 こ
こにマツモトキヨシグループが続いているとい
う状況だ。 すでにグループ間の格差が出ており、
今後は成長スピードの差が一段と明らかになる
はずだ。
SEPTEMBER 2005 60
他方、マツモトキヨシの場合は、ウエルシア
とは対照的に業務提携が中心で、資本のタガが
存在しない。 それだけにグループからの離脱を阻止できない難しさがある。 もっともグループ
からの離脱については、資本関係のあるウエル
シアについても過去に二社が離脱しており、今
後もないとは言い切れない。
企業間格差が開いている現状は、統合によっ
て全体の力を強め、一気にシェア拡大に動く絶
好のチャンスだ。 だが大半の企業がオーナー企
業であることと、業界全体にまだ追い風が吹い
ているところから、ダイナミックな再編劇はま
だ展開されていない。 しかし、これは再編に向
けたエネルギーの蓄積を意味しており、力のバ
ランスが崩れたときには統合再編が加速度的に
進む可能性を否定できない。 近い将来、日本版
ウォルグリーンと呼ばれるようなパワフルな企
業が誕生する公算は高いはずだ。
ドラッグストアと調剤専門薬局を比べると、
ドラッグストアの方が規模が大きく成長もダイ
ナミックだ。 ただ調剤専門薬局の強みは「かか
りつけ薬局」の中核となる調剤薬局のノウハウ
を持っている点だ。 業界再編の動きはドラッグ
ストア業界と調剤薬局業界のそれぞれにおいて
進むはずだが、今後はドラッグストアと調剤薬
局の統合というケースもありうると思われる。
課題は情報システムと物流
このように非常に高いポテンシャルを持つド
ラッグストア業界だが、日本版ウォルグリーン
一〇兆円の巨大市場とは言っても、七グルー
プ・約八〇社もの小規模企業がひしめいている
業界構造が、いつまでも続くとは考えにくい。
今後、短期間に淘汰と再編が進むのは必至だ。
ウエルシアのようにマーケットシェア一〇%
の確保に向けて先行しているところは、いずれ
はアメリカのウォルグリーンのような存在にな
る可能性が高い。 ただし現状のウエルシアは、
加盟一〇社に対するイオンの持株比率は低い。
イオン主導で統合を進めていく状況にはなって
おらず、オーナー会社の連合体を統合に導いて
いく難しさを抱えている。 それでも構成メンバ
ー一〇社のうち六社が上場企業であり全体とし
て力がある。
に脱皮したい企業は大きな課題を解決する必要
がある。 高度な情報システムと、効率的な物流
体制の構築がそれだ。 望ましい情報システムと
物流体制がどのようなものかは、コンビニエン
スストアのセブンイレブンの機能からイメージ
することが可能だ。
コンビニエンスストアと「かかりつけ薬局」
との間に類似点があることは前述した通りだが、
仮に日本版ウォルグリーンが誕生するとしたら、
その店舗総数は一万五〇〇〇店程度に達すると
思われる。 人口から割り出したドラッグストア
業界の最終的な総店舗数が五万店という予測に
照らすと、これは全体の三〇%に相当する。 ち
なみにセブンイレブンの二〇〇五年二月期の国
内店舗数は一万八六二店で、前期比五二三店
の増加だった。
この日本版ウォルグリーンが一万五〇〇〇店の店舗を効率的に運営するためには、規模とそ
のレベルにおいてセブンイレブンと同等、もし
くはそれ以上の情報システムが必要になる。 こ
れは物流体制も同様なのだが、実は話の順序は
逆だ。 セブンイレブンと同等またはそれ以上の
情報・物流体制を構築できた企業こそが、日本
版ウォルグリーンと呼ぶに相応しい勝ち組企業
になる可能性が高い。
従って、イオンのウエルシア連合なり、マツ
モトキヨシ連合にとっても、情報システムと物
流体制の構築は、成長戦略のための重要課題と
いえる。 これを明確に認識して全国戦略を進め
ていく必要があろう。 そして、その場合の研究
61 SEPTEMBER 2005
対象としてはコンビニエンスストア、なかでも
セブンイレブンから徹底的に学ぶべきだろう。
情報システムと物流体制のいずれにおいても、
コンビニエンスストアのノウハウを活用できる
余地は大きいはずだ。
ここまでに見てきたように、ドラッグストア
業界には大きな成長余地がある。 豊かな経験を
持っている人々にとっては、ビジネスの対象と
して見逃せない業界だ。 だが現状のドラッグス
トア業界の情報システムと物流体制は、いずれ
もレベルが高いと言える状況にはない。 情報シ
ステムや物流を手掛ける企業には、ぜひドラッ
グストア業界の企業と良いパートナーシップを
構築してもらいたい。
情報システムについては、売上高、商品、在
庫、発注という小売業に共通するシステムに加
えて、調剤に関わる個人の薬歴管理システムの
構築も欠かせない。 これは緊急に要るわけでは
ないが、調剤薬局を柱にする以上は、医薬分業
率の上昇をにらみながらシステム開発に取り組
む必要がある。 個人の薬歴管理システムのため
には、医療機関との間で情報ネットワークを構
築しなければならない。 このシステムの優位性
が「かかりつけ薬局」としての成長性に直結す
るだけに、戦略上極めて重要と考えられる。
物流体制については、現状では業界の多くの
ドラッグストアが花王システム物流を利用して
いるが、物流システムのプランを自社で持って
いるところは少ない。 しかし、店舗数の増加と、
出店地域の広域化が進むにつれて、地域単位で
物流体制を構築する傾向は強まっている。
業界トップのマツモトキヨシは、提携戦略と
FC店の展開による全国規模の店舗網の構築を
進めている。 これに伴って、主力の埼玉に加えて、札幌、横浜、滋賀県近江八幡の合計四物
流センターを運営している。
ディスカウント型のドラッグストアのなかで
高い利益率を誇るサンドラッグは、早い段階か
ら物流体制の構築に取り組んできた。 現在、在
庫型の物流センターを四施設、通過型センター
を三施設稼働させている。 中核となる在庫型セ
ンターは、札幌、埼玉、中京、福岡の四施設で、
ほかに東北、神奈川、関西の三施設が計画中だ。
物流体制の整備が業界でも最も進んでいること
が、同社の価格競争力の源泉になっている。
調剤薬局を積極的に取り込んでいるスギ薬局
は、今年の七月に中部ロジスティクスセンター
を稼働させた。 日用雑貨卸大手のパルタックが
施設を建設し運営する。 店頭商品の七割に当た
る二万四〇〇〇アイテムを在庫する大規模な在
庫型センターで、現在、三カ所あるトランスフ
ァーセンターの機能をここ一カ所に集約する。
スギ薬局は、この施設によって約一一〇社の
取引先に発注してから店舗納品までのリードタ
イムを、従来より半日短縮できるという。 同社
は現在、本拠地の愛知県から関西地区へ進出中
だ。 二〇〇五年二月期に二八六店舗だったのを、
今後三年で五〇〇店舗まで拡大する計画を掲げ
ている。 二〇一〇年までには一〇〇〇店舗を目
指している。 中部センターは、それを支える物
流体制構築の第一段階といったところだ。
セブンイレブンやしまむら、ヤマダ電機とい
った業界トップ企業を見れば分かる通り、情報
システムと物流体制の構築は、成長と競争力強
化のために不可欠だ。 それだけに業態開発や商
品開発だけでなく、情報システムと物流で先行
したところが一気にライバルに水をあける可能
性が高い。 そして、その企業こそが一〇兆円市
場を制するはずだ。
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