ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2008年7号
道場
在庫管理の原点とは

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JULY 2008  70 なる。
そして、それは毎週発注のたびに行わ れるわけだ」  編集者氏が頷きながら、自分で考えを整理 するような口調で言葉を挟む。
 「なるほど、そうですね。
毎週発注するた びにリードタイム後の在庫日数分を予測する ってわけですね。
それで、リードタイム後に 在庫量が変動する要因として何があるのかを 先ほど洗い出したんですね。
季節的な変動と か営業に起因する変動とかの要因を‥‥」  「そう、出荷に影響を与える要因を事前に 読み込めるだけ読み込む。
それは‥‥」  「たしかに、それは、予測なんてものでは ないですね。
あっ、それに、リードタイムが 一週間以内とか短い場合には、予測なんか まったく必要ないですね‥‥あ、済みません、 言わずもがなでした」  大先生の言葉を編集者氏が先取りしたまで はいいが、最後の付け足しは余計だったと反 省している風だ。
大先生が頷いて、たばこに 手を伸ばした。
編集者氏が言葉を選ぶように 続ける。
大先生にいちゃもんを付けられない ように注意をしているようだ。
 「もし、リードタイムが長くて、予測をす るとなると、それ以外の事前に読み込めない 変動を予測するってことになりますが‥‥た しかに、それは事実上ほとんど無理ですね」  「同じ商品か類似商品の過去の動きを見る  不良在庫や欠品の発生には全て原因がある。
それが誰の目か らも明らかになる仕組みを作り、証拠となるデータを常に用意 しておけ。
因果関係を明確にすることこそ在庫管理の原点だ。
在庫本の執筆依頼に来た編集者は、大先生との意地悪な禅問 答を通し、在庫管理の本質を徐々に理解していった。
湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第67回》 在庫管理の原点とは 大先生の日記帳編 第10 回  在庫の変動要因をすべて読み込む  在庫管理の本の執筆を依頼に来た出版社の 編集者氏と大先生とのやりとりが続いてい る。
編集者氏が、「突然出荷が増えたりした 場合にはどう対処すればいいのか」と質問し たところ、大先生に「在庫管理の無理解さ を露呈したいい質問だ」と皮肉られ、ちょっ と顔をしかめている。
 大先生が楽しそうにその顔を見ながら、取 り成すように言う。
 「まあ、そんな顔をしないで。
ちょっとか まっただけだから。
そのいい質問と関係する ので、ここで在庫管理における予測について 整理しておこうか‥‥」  編集者氏が小さく頷くのを見て、大先生が 説明を始める。
 「おれは、普段は予測という言葉は使わな いけど、まあ、ここでは予測って言っておこ う。
さて、もうわかるだろうけど、在庫管理 における予測というのは、たとえば在庫を一 週間分持つとして、リードタイムが一カ月だ とすれば、一カ月後の一週間分の在庫の量を 予測するってことになる。
これはいいね?」  大先生の確認に編集者氏が大きく頷く。
元 気を取り戻してきたようだ。
 「その意味では、在庫管理における予測と いうのは、ピンポイントの予測ということに 75 71  JULY 2008 ことはできる。
いま読み込んだ変動では説明 できない変動がそこで発生していたら、それ も考慮しなければならない。
ただ、その場合 も‥‥」  ここでも、また編集者氏が大先生の言葉を 先取りした。
名誉挽回に努めているようだ。
 「その説明できない変動の原因について分 析結果があることが必要になるってことでは ないでしょうか? 原因がわかってることが 必要というか‥‥」  「えらい。
そのとおり。
なんだ、よくわか ってるじゃないか」  予期せぬ事態の責任は負えない  大先生の褒め言葉に、編集者氏が照れ笑い を浮かべるが、いかにも嬉しそうな顔をする。
 「要するに、在庫の変動はすべて因果関係 が明確だということだ。
因果関係が明確なん だから、在庫管理においては予測なんて必要 ない。
そうだろ?」  編集者氏が納得したように何度も頷いてい る。
それを見て、大先生が「さて、ここまで はいいとして、さっきのあんたのいい質問に 答えないとな」と話を戻す。
元気そうな顔を していた編集者氏の顔がちょっと曇る。
 「あんたが言った『突然出荷が増える』と いうのは、たとえばある商品が突然爆発的に 売れ出したっていう予期せぬ事態だ。
そうだ ろ? もちろん、在庫管理では安全在庫を持 っているから、設定した範囲内の変動には耐 えられる。
ただ、爆発的に売れ出したなんて いう事態はどうだ? そんな事態まで在庫管 理で扱えると思う?」  「いえ、無理です。
予期せぬことなんです から、事前に読み込むことはもともとできま せん」 編集者氏が素直に答える。
大先生が頷きなが ら続ける。
 「そう、これは在庫管理においては責任を 負えない事態ってこと。
この責任を負えない 事態を明確に線引きしておかないと在庫管理 はできない。
予期せぬ事態まで在庫管理の責 任だということになると、発注担当者は自己 防衛のため根拠のない在庫の積み増しをやっ てしまう。
それが不良在庫を発生させる」  「はい。
ただ、現実問題として、この商品 は売れそうだから在庫を多めに持っておいて って営業あたりから言われることはあります よね?」  編集者氏が食い下がる風情を見せる。
大先 生が素直に同意する。
 「ある、ある。
もちろん、その場合は、そ の在庫を持たざるを得ない。
どんな根拠かわ からないけど、営業が持てという在庫は持て ばいい。
ただし、何度も言うけど、これは在 庫管理の世界の話ではない」  「そうですね。
これまでのお話からすると、 その在庫については別管理しておくことが必 要だということになると思います。
在庫管理 上はこれだけ持てばいいという数字を出した のに、営業がそれ以上持てと言った場合、そ のそれ以上分の在庫は管理上区分しておくこ とが必要ですね。
そして、それが結果として どうなったかまで追いかける」  大先生がたばこの煙を吐き出しながら頷き、 付け足す。
 「できたら、それ以上持てという判断をし た根拠もその営業から聞き出して整理してお くと、あとあと使えるデータになる」  「なるほど、わかりました。
たしかに、先 生のおっしゃるように、在庫はすべて因果 関係がはっきりしているってことなんですね。
原因不明の在庫の増減なんてないってことな んだ、うん、たしかにそうだ」  編集者氏が勝手に一人で納得している。
 「それはそうだよ。
在庫は天から降ってく るわけではなくて、すべて自ら作ったり、手 配しているんだから。
欠品も過剰在庫もす べて原因は明らかさ。
そこが在庫管理のいい ところでもあるし、管理し易いところでもあ る」  大先生の話を聞いていて、突然何か思い出 したように、編集者氏が「あっ」という声 を出す。
大先生がびっくりした顔で「どうし JULY  2008  72 た?」と聞く。
編集者氏がなぜかばつの悪そ うな顔で言い訳をする。
 「あ、いえ、別にそんな驚くようなことで はないんです。
まあ、当たり前のことですが、 いまの在庫の責任区分っていうことでは生産 にもそのまま当てはまりますよね。
在庫管理 上は百しか必要ないのに生産の都合で百五十 作ってしまったというような場合‥‥」  「それはそうだよ。
なんだ、そんなことか。
でかい声出すから何かと思った。
とにかく在 庫管理の原点は因果関係を明確にするってこ と。
過去実績でそのデータがどれだけ整備さ れているかってことが重要になる」  「はー、何か在庫管理っておもしろいです ね。
是非、そういう本を書いてください」  「だから、そのために話をしてるんだろ」  「あ、そうでした。
余計なことを言いまし た」  ただし責任放棄は許されない  編集者氏の顔を見ながら、大先生は、た ばこを消して、コーヒーに手を伸ばした。
ぼ んやりそれを見ていた編集者氏が、また「あ っ」という声を出した。
 「よくびっくりする人だねー。
今度は何?」  大先生が呆れたように聞く。
編集者氏が恐 縮したように小さな声で説明する。
 「はー、済みません。
何か思い当たること んでいるってことになれば、在庫管理上だけ でなく、全社の誰も責任を負うことができな いってことさ」  「そうですねー。
すべて読み込んでいるんだ から、これはもう誰の責任でもないですね」  ここでも編集者氏が一人で納得して悦に入 っている。
かまわず大先生が続ける。
 「そう、ただし、すべて読み込んで、そこ から出てきた数字については社内の誰もが納 得するっていう在庫管理システムが存在する ことが条件になる。
いい加減な在庫管理を やっていて、おれは欠品や不良在庫に責任を 持たなくていいんだっていうのは通用しない。
それは責任不在というか責任放棄ってことだ な」  大先生の言葉を編集者氏が整理するように 繰り返す。
 「なるほど、誰もが納得できる在庫管理の システムがあって、因果関係を明示できる仕 組みがあって、過去の実績データもきちんと 分析されていることが必要だということです ね。
私も納得しました。
余計なことを敢えて 言いますが、そういう中身で本を書いてくだ さい」  編集者魂の成せる技なのか、編集者氏がし つこく念押しする。
 「それはもうわかったよ。
そうそう、あん たの在庫管理知識の補強のために敢えて付け があると、つい声が出てしまうんです。
悪い 癖です」  「たしかに。
それで?」  「えーとですね、そうなると、いままでは 過剰在庫や不良在庫をイメージしていました が、先ほど先生が何気なく欠品という言葉を 出しましたが、欠品についても在庫管理では 免責になるってことですね?」  「あー、そういう話か。
免責という言葉が 本来の意味からして適切かどうかはわからな いけど、読み込める変動要因はすべて読み込 湯浅和夫の Illustration©ELPH-Kanda Kadan 73  JULY 2008 加えておくけど‥‥」  大先生の思わせぶりな言い方に編集者氏が 「はい」と言いながら、興味深そうに身を乗 り出す。
 「さっきの爆発的に商品が売れ出したって 事態だけど、予期できないんだから欠品が出 ても誰の責任でもないって言ったろ? たし かに、そのとおりなんだけど、実は一つ対処 法がある? 何だと思う?」  突然、大先生に質問され、編集者氏が身 構える。
ちょっと考えて、編集者氏が妙な質 問をする。
 「それは、企業の人なら誰にでもわかる答 えですか?」  大先生が質問の意図を測りかねるという顔 で「はー?」とつぶやき、素直に「もちろ んさ」と答える。
それを聞いて、なぜか編集 者氏が「いいヒントをもらった」という顔で 考えている。
ちょっと間を置いて、また「あ っ」と言葉を発する。
答えを見つけたよう だ。
大先生が楽しそうに編集者氏の顔を見て 頷く。
それに促されて、編集者氏が、それで もちょっと不安そうに答える。
 最後は生産の瞬発力の勝負  「生産力とか仕入力ってことではないでし ょうか? 生産や仕入が変動に対して即応力 が高いというか瞬発力が高いというか、そう いうことですか?」  「そう、正解。
なんか、あんたの思考過程は よくわからんけど、まあそういうことだ。
リ ードタイムを極力短くして柔軟に対応できる 生産体制を整えるってことだ。
それ以外には 対処法はない。
いま多くの企業がリードタイ ムの短縮に取り組んでいるけど、これは、変 化対応がねらい。
わかってるだろうけど、リ ードタイムを短縮しても在庫は減らない。
た だし、変化への即応力は高まる」  「なるほど、なるほど。
よくわかりました」  自分の答えが正解だったことに気をよくし た編集者氏が大きく頷く。
大先生が打ち合わ せ終了の合図を送る。
 「まあ、こんなところかな‥‥」  「はい、ありがとうございました。
おかげ で私自身、在庫管理について随分整理がで きました。
今日伺って本当に勉強になりまし た」  その顔を見て、大先生のいたずら心が頭を もたげた。
真剣そうな顔で編集者氏に話し掛 ける。
 「よし、それでちょっと相談なんだけど、い ままでの話を大雑把でいいから、あんた書い てくれない? それにおれが手を入れて、本 にしようよ。
どう?」  編集者氏が面食らった顔で、慌てて駄目だ しをするが、満更でもなさそうな返事をする。
 「えー、だめです。
そんな。
まあ、自分の 知識の整理ってことでは興味あるご提案では ありますが‥‥」  「そうだろ。
試しにやってみよう」  「いえ、やっぱりだめです。
あ、あれです、 先生は書きなぐっていただくだけで結構です。
あとは私が形にしますから」  「よし、そんなとこで手を打つか」  妙な手打ちで大先生と編集者氏の打ち合わ せが終わった。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課 程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経 て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを 設立し社長に就任。
著書に『現代物流システム論(共 著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物 流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる 本』(以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コンサルテ ィング http://yuasa-c.co.jp PROFILE

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