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二重派遣の現場に潜入
大手人材派遣会社に登録し、日雇いの派遣アルバイトと
して大型センターで働いた。 そこでは休憩時間は何の予告
もなしに突然削られ、残業は強制されるなど、労働環境
は劣悪だった。 さらに二重派遣が横行するなど、違法行
為が日常的に行われていた。 (中村文丈)
名物?朝の斉唱?
私は年末の繁忙期の約一カ月間にわたり、大手人
材派遣会社に登録し、日雇いのスポット作業員とし
て雑貨を扱う倉庫で働いたことがある。 荷主は大手
流通業、現場運営を請け負っているのは大手物流会
社。 オートソーターやデジタルピッキングシステムなど
の最新鋭の設備を備えた大型センターだった。
しかし年末の繁忙期ということもあるのだろうが、
商品が棚からあふれ出していた。 棚に入りきらない
商品が床に直置きされ、商品探しをするピッカーたち
にかき回されて散乱していた。 そして、二重派遣の
現場だった。
初日の早朝に出勤してから作業を開始する九時ま
で、私たちは休憩室で待機していた。 派遣会社が何
社も入っていて、スタッフは会社ごとにかたまって席
についていた。 私も自分の所属する派遣会社のスタ
ッフと一緒のテーブルに座った。 派遣会社の社員から
青いエプロンとバッチを渡された。
「この倉庫、評判悪いのよ」
隣に座っていた山田さんが突然、声をかけてきた。
山田さんは同じ派遣会社からきた四〇代の女性スタ
ッフで、何度もこの倉庫で働いたことがあるそうだ。
「一度来ると、もうみんな来たがらないの」
作業フロアに向かうと、物流会社の作業服を着た
若い女性社員が待っていた。 六〇人ほどの派遣スタ
ッフが彼女の前に一列五人で整列させられた。 その
女性社員は細身で、背筋がピンと伸びていた。 化粧
などの飾り気はなく、髪は短く刈り上げられていた。
「おはようございます」
キビキビとした挨拶の声は、どこかとがっている印
象を受けた。
一辺五センチほどの紙片が全員に配られ、朝礼が
始まった。 その紙には、倉庫内での注意事項が書か
れていた(図1)。
女性社員は前列にならんでいるスタッフを指名し、
前に呼んだ。 そして、まるで軍隊の教官が部下に使
うような命令口調で言った。
「彼の後に続いて大きな声で、そこに書いてあるこ
とを読み上げるように!」
とてもみんなで読み上げるような内容とは思えなか
った。 会社の理念なり哲学ならまだ理解できる。 し
かし、ここに書かれていることは、単なる注意事項
にすぎない。 馬鹿馬鹿しいと思ったが表情に出せる
雰囲気ではなかった。 女性社員のにらみが効いてい
るため、空気は張り詰め、圧迫感があった。 冗談は
通用しそうにない。 真面目に読み上げることが要求
された。
前に出たスタッフは、慣れた様子で一項目ずつ読み
上げた。 私も仕方なく後に続いた。 毎日の日課とな
っているこの斉唱はすでにリズムができあがっていて、
意外にきれいな響きだった。
しかし読み終えた後、私は屈辱感に襲われた。 書
かれていることは、普通に説明すればわかる内容ば
かりだ。 それをわざわざ斉唱させるのは、スポット
の派遣スタッフは声に出して読ませないとわからない、
とさげすんでいるとしか思えなかった。
「制服を正しく着用する」という項目で示している
制服とは、朝休憩室で渡されたエプロンのことだった。
女性社員は厳しい顔でエプロンの正しい着用法を説明
した。 といっても、後ろでひもを交差させて、きち
んと結ぶだけ。 まるで子供のしつけだ。
「喫煙は、休憩室奥の喫煙所を利用する」という項
目についても、女性社員は「階段を上がったところ
第6 部
特集もう派遣には頼れない
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にも喫煙所がありますが、そこは社員専用なのでス
ポットは使用しないように」と指示した。 仕事とは
関係ない喫煙所まで、わざわざ社員とアルバイトで分
ける倉庫はここが初めてだった。
女性社員は朝礼で幾度となく「社員」という単語
を強調した。 派遣スタッフに敬称はなく、「スポット」
と呼んで区別した。 ちなみに物流会社が直接雇用し
ているアルバイトは社員のことを「社員さん」と呼
んでいた。 アマゾンの物流センター潜入ルポ「アマゾ
ン・ドット・コムの光と影(横田増生・情報センター
出版局、以下アマゾン本)」に書かれていた、社員と
アルバイトの身分格差はここでも徹底されていた。
スチールを組み立てて設置された、メザニン式の中
二階でのピッキング作業が私の担当だった。 棚の前で、
雑然と床に広がる商品を眺めていた時だった。 階段
を上る靴音が聞こえ、棚の向こうから男の話し声が聞
こえてきた。 目を向けると、荷主企業の社員らしき
男が、取引先と思われる客を何人も引き連れて、倉
庫内を談笑しながら何か説明していた。
「ここは、アマゾンさんをまねして運営しておりま
して、誰でもできるシステムを導入しています」
案内していた男が言った。 私はその声をはっきり
と耳にした。
まるで強制収容所
スポットという立場を否応なく意識しながら働かざ
るを得なかった。 仕事中は、なるべく社員に近づか
ないようにした。 淡々とピッキングし、指示された仕
事を黙ってこなした。
一方、社員にこびるスタッフもいた。 社員に呼ば
れたら、腰に両こぶしを当てて一目散に駆けつけた。
何かあると社員の機嫌を取るように話しかけ、特権
階級である社員と親しく話している姿を得意気に見
せつけていた。
昼休みになって、山田さんに「何ですか、あの斉
唱は」とうんざりして言った。 「これじゃあ誰も働き
たがらないわけですよ」。
しかし、山田さんは「あれはここの名物よ。 みん
な馬鹿じゃないのって言ってるけどね。 でも、やれっ
て言われるんだからやってればいいんじゃない」と
別段気にかける様子も示さなかった。 「みんなこの倉
庫のことを強制収容所って呼んでるけど、私は結構
ここの仕事好きよ」。
スポットスタッフには倉庫作業が初めてという者も
多く、ピッキングミスが多数出た。 また、商品があっ
ても見つけられず、欠品として申告するケースもか
なりあった。 リストの商品が揃っていないオリコンが
山のように積まれていた。
それを見た四〇代と思われる中年の男性社員が、初
老のレギュラースタッフを怒鳴りつけた。 「こんな誰
でもできる仕事で、何でこんなに間違えるんだ。 お
前らがちゃんと教えてないからだ!」
二人のレギュラースタッフは、私たちスポットスタッ
フに作業方法を説明し、指示を出す立場だった。 しか
し、スポットスタッフのミスが多いからといって、彼
らを責めるのは筋違いだ。
送り先によって処理の仕方が違ったり、ピッキング
の完了した商品を集める場所が違ったりと例外が多
く、いくら丁寧に説明されても一度聞いただけでは
覚えきれなかった。 また、棚に収まりきらない商品
が棚の下や脇に置かれたり、リストが出ているにもか
かわらず棚入れがまだ完了していない商品も多くあ
り、慣れないスポットスタッフにミスなく作業させる
のはどう考えても無理な話だった。
図1 朝礼で斉唱する注意事項
○ 休憩室以外での休憩禁止。
○ 携帯電話は持ち込まない。
○ 結婚指輪以外のアクセサリー禁止。
○ 許可なく外出することの禁止。
○ 社員の指示には大きな声で返事をする。
○ 制服を正しく着用する。
○ 喫煙は、休憩室奥の喫煙所を利用する。
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その男性社員は、何かあるとすぐに二人のレギュ
ラースタッフのせいにした。 見るからに一回りも二回
りも年上のスタッフを「お前」呼ばわりし、虫けら
のように罵倒した。 初老のスタッフは何も言えずにう
なだれていた。
山田さんにこの話題を振っても「かわいそうよね」
と興味なさそうに答えるだけだった。
ここに来ていたスタッフは大体三つのタイプに分け
られる。 一つは、山田さんのように仕事と割り切っ
て深くかかわろうとしないスタッフ。 それから、社員
に媚びるスタッフ。 そして、様々な理由で他の職場で
はやっていけないスタッフ。 ちょっとでも仕事を前向
きに捉えて、他に仕事があるなら二度とこんなとこ
ろには来ないだろう。
アマゾン本によるとアマゾンの物流センターには、ア
マゾンジャパンの社員を頂点とする、まるで?カース
ト制度?のような身分格差が存在していた。 立場の
低いアルバイトは罵倒され、使い捨て人材として扱わ
れるという。
しかし、この倉庫がアマゾンと似ているのは、カー
スト制度だけだった。 オペレーションやシステムはち
ぐはぐで、とてもアマゾンを手本にしているようには
見えなかった。 実際、まだ商品が棚に入っていない
にもかかわらず、ピッキングリストだけ出てくること
がしょっちゅうあった。 そのために、無駄に商品を
探し回らなければならなかった。
ロケーションの管理方法は固定ロケーションで、あ
らかじめ保管場所は決まっていた。 入庫のデータ処
理が完了した時点で、棚入れが終わっていなくても
システム上ロケーションに商品があることになってし
まうようだった。 そこにタイムラグが生まれ、リスト
だけが先に出てしまうのだ。
また、容積を超えた商品数をロケーションに登録し
ているため、棚に入りきらず、床に商品があふれ出
していた。 これも棚入れと同時に、ロケーションコー
ドをスキャンして登録されるアマゾンのシステムでは
起こり得ないことだ。
ピッキングリストは取引先ごとに印刷されていた。
大口の取引先のリストであれば一枚のリストで一〇〇
アイテム以上記載されたが、注文の少ない取引先の
リストには一〇ほどしかアイテム数はない。 各アイテ
ムのロケーションが分散していれば、一〇アイテムの
ためだけに一〇〇メートル以上歩き回らなければなら
ない。 これではアマゾンのように一分三冊のピッキン
グノルマなど、到底こなすことはできない。
アマゾン本を読む限り、ピッキングリストには一四
〇ほどの商品が並んでいる。 おそらく何一〇人分か
の注文をまとめて集めるトータルピッキングを採用し
ているのだろう。 だがこの倉庫は、そこまで合理的
ではなかった。
ただし、セキュリティは厳しかった。 退館時の手荷
物検査がアマゾン本に紹介されていたが、同じことが
この倉庫でも行われた。 入館する時バッグを開けて
見せ、退館時には手荷物検査に加えて金属探知機を
当てられ体を調べられた。 さらに休憩に行く際にも、
ポケットを調べられた。
「会社はどこだ?」
昼休みを終え、山田さんと一緒に作業場に戻ろう
とした時、フロアの入り口で荷主会社のジャケットを
着た女性社員に呼び止められた。
「あなたたち、何やってるのよ!」
強い口調で責められた。 私たちは理由がわからず
立ちつくした。
特集もう派遣には頼れない
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「いつまで休憩とってるの!」
彼女は目を吊り上げた。
どうやら忙しくて業務が追いつかないため、休憩時
間を一時間から四五分に短縮したらしい。 だが、そ
んな話は聞いていない。 派遣会社からもらった就業
条件には休憩は「一時間」と記載されている。
女性社員は犯罪者でも見るように、「こっちへ来な
さい!」と居丈高に言って、そのまま別の男性社員
のところに我々を連れて行った。
五〇過ぎの腹の突き出た押しの強そうな男性社員
がいた。 話を聞いたその男性社員は「何ふざけてる
んだ」と、威圧的な低い声で私をにらみ付けた。
休憩時間が四五分だったことを知らなかったと告
げると、さらに私たちを強くにらみ付けてきて、い
きなり「会社はどこだ?」と脅すように言ってきた。
私が自分の名前と派遣会社を名のると、「このこ
とは伝えておくからな」と威嚇した。 実際、後から
「休憩時間を守らない」と派遣会社に言いつけられた。
私が腹を立てたのとは対照的に山田さんは、いっ
こうに気にする様子はなかった。 休憩室でこの話題
を出しても「しょうがないわよね」と言っただけで
お茶をすすっていた。
「会社はどこだ?」という質問を、私はこの倉庫で
何度も恫喝的にぶつけられ、その度ごとに不愉快な
思いをさせられた。
ある日、突然カッターナイフの使用が禁止された。
しかし後日、荷主会社のジャケットを着た背の低い
坊主頭の若い男に、カッターを持ってきていないこ
とを責められた。 「一体何しに来てるんだ! 倉庫に
来るのにカッターナイフは持ってきて当たり前だろう
が!」と怒鳴りつけられた。
禁止されたことを伝えると、案の定、「会社はどこ
だ?」と恫喝してきた。
理不尽なことは他にもあった。
残業はほとんど強制だった。 帰ると言わない限り
ずっと残業させられた。 しかし、帰りたいと言える
雰囲気ではなく、勇気を出したスタッフが何人か帰る
ことを告げると、男の社員が拡声器を使って、「残業
できる人を、という条件で営業と話しています。 残
業してください」と倉庫中に響き渡る声で怒鳴った。
そのうちこの倉庫には、まともなスタッフが集まら
なくなった。 そこで仕事のできるスタッフを集めるた
めに、派遣会社に履歴書を出すように要求したとい
う。 事前面接や履歴書を派遣先に送る行為は違法で、
この会社は法律さえ平気で破った。
後日、この倉庫の物流業務を受託していた物流会
社は、職業安定法で禁止されている「二重派遣」を行
っていたため、厚生労働省から事業改善命令を受け
ている(図2)。 政党系新聞による告発だった。
実際、私はこの倉庫で物流会社と荷主の両方の社
員から指示を受けていた。 さらには車で連れ出され、
違う倉庫で働かされたこともあった。
その後、この倉庫は方向転換を迫られたようだ。 セ
ンター長が交替し、運営方法も大きく変わったとい
う。 「前と違って今は何も言われなくなり、働きやす
くなった」と派遣スタッフが言っていた。
この倉庫を辞めた後も私はいくつもの倉庫で働い
たが、アマゾン本の影響は他の倉庫でも見ることがで
きた。 恣意的な階級分け、手荷物検査、高価な商品
を入れる檻の設置、時間の切り上げなど、アマゾン本
の影響を感じる倉庫はいくらでもあった。
そういう倉庫は概して効率が悪く、どこか汚かっ
た。
*登場人物は全て仮名です。
図2 通常の労働者派遣契約と二重派遣が行われた今回のケース
人材派遣会社
労働者
労働者
大手
派遣先企業人材派遣会社物流会社
労働者
派遣契約
労働者
派遣契約
労働者を
さらに派遣
指揮命令指揮命令
指揮命令
雇用契約雇用契約
大手
流通業
二重派遣
通常の労働者派遣契約今回のケース
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