ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年9号
判断学
ワールドMBOの意味するもの

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2005 52 株式会社は「死に至る病」に取りつかれている。
株式非公開会社になるワ ールドのMBOは、単なる買収防衛策というだけではなく、近代株式会社制 度そのものの危機を意味している。
究極の乗取り防衛策 アパレル業界の大手であるワールドがMBOを行って、株 式を非上場にすると発表し、ビジネス界にショックを与えて いる。
経営者が自社の株式を買い取って非上場会社にすること をMBO(マネジメント・バイ・アウト)と言い、アメリカ では一九八〇年代に流行した。
当時、アメリカでは株式の 買占めによる会社乗取りが盛んであったが、これに対する防 衛策として行われたのである。
ワールドの場合、寺井秀藏社長の個人会社であるハーバ ーホールディングズがワールドの株式を全株買い取るという のだが、寺井社長は創業者であると同時に大株主でもある 畑崎広敏前社長の義弟である。
株式の買取りはTOB(公開買付け)によって行うが、こ の発表当時の株価四三〇〇円を上回る四七〇〇円でTOB を行うことになるのでその所要資金は二〇〇〇億円以上に なる。
もちろん銀行から資金を借りて行うのだが、それにし ても思い切ったやり方だ。
ワールドがMBOを行う最大の理 由は言うまでもなく乗取り防止だが、一〇〇%株式を買取 るのだからこれは究極の乗取り防衛策である。
ワールドの寺井社長は、そのほかに、会社に大きな資金 需要がないこと、そして会社が短期的な業績に左右されな い開発戦略を進められるという点をあげている。
株式を非公開にすれば会社の知名度が落ちるというマイ ナスはあるが、しかしワールドの知名度は非常に高くなって いるので、その必要性はもはやないというわけだ。
そして増 資によって資金調達をする必要があるならば株式を上場し ておかなければならないが、ワールドにはその必要性もない。
それなのに株式を上場して会社乗取りの危険にさらされ るのはたまらない。
そこでMBOを行うというのだから、そ の議論は筋が通っている。
株式を公開している意味 西武鉄道の株主偽装事件が発覚して大騒動になった時、堤 義明会長が「なんのために株式を上場していたのか意味がわ からない」と発言したことが大きい話題になった。
いったい会社はなぜ株式を上場(=公開)するのだろうか。
第一の理由は、言うまでもなく増資によって資金を調達す るためである。
西武鉄道のように銀行借入金で資金を調達 している会社、あるいは増資の必要のない会社にあえて株式 を公開する理由はない。
次にあげられるのは会社の知名度を高くし、さらには社会 的なステイタスを高くするということである。
しかし株式を公開すれば会社の財務内容をディスクロー ズする必要があり、社会から監視される。
そこで大企業であっても株式を公開しない会社はたくさん ある。
日本ではサントリーや出光興産、竹中工務店などが 有名だが、同族支配を続けようとするのであれば株式を公 開しないことが先決である。
ところが日本では同族支配を続けながら株式を公開して いる会社がたくさんある。
トヨタ自動車や松下電器産業を はじめ、こういう会社が多いのだが、これこそ奇妙な現象と いう以外にはない。
もしトヨタ自動車が豊田一族による経 営支配を続けようとするのであればワールドと同じようにM BOを行ってはいかが。
もっとも、それにはケタはずれに巨 額の資金が必要で、それは到底不可能だが‥‥。
日本には現在、株式を上場している会社が三八〇〇社も あるが、そのなかには株式を公開していることの意味のない 会社がたくさんあるし、さらに株式を上場していながら、会 社の財務内容を正確にディスクローズしていない会社が非 常に多い。
それどころか、株式会社の原理原則に反している会社が たくさんある。
53 SEPTEMBER 2005 株式会社の危機 私はワールドが行うMBOを別に賛美するものではない。
それは株式会社の原理から言って筋が通っていると言いたい だけのことである。
それよりも、本質的な問題はこれが何を 意味するか、ということである。
八〇年代のアメリカにおけ るMBO、それによる会社の非公開を「ゴーイング・プライ ベート」と言ったが、これは株式会社の没落を意味すると言 ったのはマイケル・ジェンセンだった。
私はそれ以前から日 本で行われている会社乗取り防衛策としての株式相互持合 いは株式会社の原理に反するものだと主張してきた。
十九世紀なかばに成立した近代株式会社制度であるが、二 〇世紀末になってそれは「死に至る病」に取りつかれたので ある。
それは株式会社という名前を冠しているが、もはや株式会社とはいえないしろものになっているのである。
そのことが日本では異常な株高をもたらし、バブル経済を 生んだ。
一方、アメリカではエンロンやワールドコムのよう な事件を生み、会社が短期的経営に狂奔し、不正会計を行 うようになった。
アメリカの議会で企業改革法が作られたの もそのあらわれである。
このように世界的に株式会社が危機に陥っているが、そ の危機対策としてコーポレート・ガバナンスや企業の社会的 責任論が喧伝されている。
本来、全株主が有限責任で、最 後の責任を取るものがいないというのが株式会社である。
そ のように責任の主体になりえない会社に社会的責任がある というのは矛盾した話であるが、そう言わざるをえないとい うのはまさに株式会社の危機のあらわれである。
ワールドの経営者が全株MBOで自社株を買い取り、非 公開会社になるというのはアメリカでやられた「ゴーイン グ・プライベート」で、それはまさに株式会社の危機のあら われである。
このことを認識しないで、これを単なる乗取り 防衛策の問題としてとらえてはならない。
おくむら・ひろし1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『最新版法人資本 主義の構造』(岩波現代文庫)。
株式会社の原理 株式は売買自由であり、株式を公開すれば会社乗取りは 自由である。
これが近代株式会社の原理であり、いわゆる 株主資本主義論もそういう前提になっている。
そこで会社乗取りを防ぐためには株式を非公開にすると いうのが大原則である。
そこでアメリカでは一九八〇年代に MBOが流行したことは先に述べた通りだ。
ライブドアによるニッポン放送株買占め事件以後、日本 でも乗取り防衛策を打ち出す会社が続々と現れているが、そ こで問題になっているのはポイズン・ピル(毒薬条項)や黄 金株などで、肝心のMBOは全く話題にものぼらなかった。
そこへワールドの今回の発表があったのだが、ワールドの MBOは株式会社の原理に立ったもので筋が通っている。
株 式会社論からみてそう言わざるをえない。
日本でこれまで株式の買占めによる会社乗取りがなかっ たのは会社同士が相互に株式を持ち合っていたからであるが、 その相互持合いがバブル崩壊後、崩れだしたところへライブ ドア騒動が起こり、そこで慌てて乗取り防止策が問題にな っているのである。
会社がお互いに株式を持ち合うことは、資本充実の原則 に反し、不正な会社支配をもたらすもので、それは株式会 社の原理に反することである。
このことを三〇年以上も前から繰り返し私は主張してき たが、日本には株式を上場していながらこの株式会社の原 則に反することをしている会社がほとんどなのである。
株式を公開しておれば社会からチェックを受けると言うが、 日本の企業会計が果たしてそのようなチェックを受けている と言えるのか。
社会からのチェックどころか、株主からのチェックさえ受 けていないではないか。
疑う者は株主総会に行ってみるがよ い。

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