ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2008年9号
判断学
行き詰まった新自由主義

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 第76回行き詰まった新自由主義 SEPTEMBER 2008  80      格差社会を作り出したもの  ?格差社会?とか?ワーキングプア?という言葉が流行語 になり、新聞や週刊誌、そしてテレビが盛んにこれについ ての特集を組み、報道している。
 かつては「一億総中流」といわれ、日本人全体が豊かになり、 貧困者はいなくなったといわれたものだが、それが今や全 く様変わりしたのである。
 なぜ、こんなことになったのであろうか。
不況だから、 というかもしれない。
しかし景気変動はいつの時代にもあ ることだし、そしてマクロ経済指標からみれば、これまで は不況とはいえない状態だった。
それにもかかわらず?格 差社会?がこれほど大きな問題となったのはなぜか。
 それは規制緩和政策によって労働者派遣事業を自由化し、 いわゆる非正規労働者を大量に作り出したからである。
そ れは自然にそうなったのではなく、人為的に政策によって 作り出されたものである。
 なぜ、そんなことをしたのか。
それは、これによって企業= 会社が儲かるからだ。
労働者派遣だけでなく、経済のあら ゆる面で規制緩和が行われているが、それはすべて会社の ためである。
 それを推進しているのが新自由主義(ネオリベラリズム)で、 一九八〇年代からアメリカ、イギリスをはじめ世界的に新自 由主義が推進されるようになった。
 そのリーダー役を務めたのがシカゴ学派で、その先頭に立 っていたのがミルトン・フリードマンであった。
 ナオミ・クラインの『ザ・ショック・ドクトリン』という 本がアメリカでベストセラーになっている。
女性ジャーナリ ストによるこの本は、ネオリベラリズムの政策がなにをもた らしたか、ということを実にリアルに画いている。
ぜひ日 本語に訳してもらいたい本だが、なにしろ原書は七〇〇頁 近い大部の本だから出版はむずかしいかもしれない。
     国有企業の私有化と規制緩和  いわゆる新自由主義政策の二本柱とされているのは、国 有企業の私有化と規制緩和である。
 先にあげたN・クラインの本はこれに加えて社会福祉予 算の削減と高所得者層への減税をあげているが、いずれに しても、これらは一九八〇年代からイギリスやアメリカなど で行われ、やがてロシアや中国など旧社会主義国にまで波 及するようになった。
 国有企業の私有化(日本では民営化と訳されているが、 プライバタイゼーションは私有化と訳されるべきである)は イギリスのサッチャー首相が始めたもので、日本の電電公社 に当たるブリティッシュ・テレコム(BT)の私有化がその 第一弾であった。
そのあと電力やガス、水道、そして鉄道 などの国有企業の私有化を行った。
 これらの国有企業をまず株式会社に改組し、そして政府 が所有するその株式を一般投資家に売り出した。
さらに公 営住宅も住民に売り出し、それによって「財産所有者によ る民主主義」(プロパティ・オウンド・デモクラシー)を実 現するのだ、とサッチャー首相は宣伝した。
 一方、アメリカではレーガン大統領によって規制緩和(デ ィレギュレーション)が大きな政策として掲げられ、それま であったさまざまな規制が緩和された。
もっとも、これは レーガン政権以前に民主党のカーター政権のもとで始められ ていたものが、共和党のレーガン政権になって大規模に行わ れるようになったのである。
 こうして一九八〇年代から国有企業の私有化と規制緩和 が新自由主義政策として推進されるようになり、これがイ ギリス、アメリカだけでなく、世界的に流行するようになった。
 日本もやがてこれに乗っていくようになるのだが、ロシ アや東欧諸国、さらに社会主義国の中国にまでそれが普及 するようになったというわけである。
 格差社会やワーキングプア問題は規制緩和政策によって作り出されたものである。
ミルトン・フリードマンらの推進した新自由主義が、その理論的支柱となっている。
しかし今や新自由主義は壁に突き当たっている。
81  SEPTEMBER 2008         混迷状態の日本  こうして世界的に進められた新自由主義政策であったが、 それはいったい何をもたらしたのか。
大企業は一時的にそ れによって救われ、そして所得格差は大幅に拡大され、大 企業の経営者はかつての大資本家以上の大金持ちになった。
 そして経済の金融化が進み、モノよりカネの社会になった。
この金融化(フィナンシャリゼーション)は投機化を意味し ており、いわゆるバブルがそれによって発生する。
 その結果、どういうことになるか。
アメリカでは二〇〇一 年にエンロンが倒産し、翌〇二年にはワールドコムが倒産し たが、これは規制緩和政策がもたらしたものであった。
 そして今、サブプライム危機によってアメリカの大企業シ ステムが大揺れに揺れている。
このサブプライム危機はアメ リカ経済の金融化、そして証券化がもたらしたものであり、 新自由主義政策が行き詰まったということの現れである。
 そこでは住宅金融会社を救済するために、アメリカ政府 は巨額の公的資金を投入することになった。
しかしこれは 新自由主義の原理に反することである。
本来ならこれらの 住宅金融会社を国有化することが必要なのだが、なまじっ か新自由主義をタテマエにしているためにブッシュ政権には それはできない。
 こうして新自由主義政策は大企業の危機対策として打ち 出され、一九八〇年代からイギリスやアメリカ、そして世界 全体に普及するようになったが、いまやそれが行き詰まった。
それが現在の状況である。
 では日本ではどうか。
日本で新自由主義政策が本格的に 取り入れられたのは小泉政権になってからで、世界的にみ れば遅れている。
それが早くも壁に突き当たった。
といっ て新自由主義というカンバンを降ろすわけにもいかない。
そ こで、どうしていいのかわからない。
 これが現在の福田内閣である。
全く困ったものである。
        大企業の危機対策  「国家の介入をやめて、自由競争に任せておけば、すべて うまくいく」。
簡単にいえば、これが新自由主義の原理、あ るいは哲学である。
 
諭Ε侫蝓璽疋泪鵑そのことを明確に主張しているのだが、 その場合、競争の主役になっているのは誰か。
フリードマン はそれをすべて個人であると考えているが、しかし現在の アメリカはもちろん、イギリスや日本、そしてロシアや中国 でも、モノを作り、さまざまなサービス活動をしている主役 は企業=会社である。
 これがアダム・スミスの時代と根本的に異なるところであ る。
その企業=会社が大きくなりすぎていることからさま ざまな問題が生じてきた。
 一九七〇年代、二度にわたる石油危機に現れているように、 大企業が危機に陥った。
それまで第二次大戦後の資本主義 はケインズ政策によって黄金時代を迎えていたが、それが行 き詰まったのが一九七〇年代であった。
 私は当時、アメリカやイギリスの状況を調査するために二 度にわたって長期出張をした。
当時のロンドンの町はゴミの 山であり、公衆電話はほとんど壊されていた。
そして二度 にわたる石油危機で、物価は上昇しているにもかかわらず 失業者は町にあふれていた。
 そこでこの対策としてサッチャーやレーガンが打ち出した のが新自由主義であったが、それは危機に陥っていた大企 業を救済するためであった。
 大企業はそのために政治献金によって政治家に働きかけ るだけでなく、財団やシンクタンクを使って新自由主義の宣 伝をした。
そのお先棒をかついでいたのがフリードマンであ った。
このことは先にあげたN・クラインの本だけでなく、 最近邦訳の出たロバート・ライシュの『暴走する資本主義』(東 洋経済新報社)にも詳しく書かれている。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『会社はどこへ行く』 (NTT 出版)。

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