ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年9号
特集
現場を強くしよう トヨタや花王は真似できない

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2005 8 トヨタや花王は真似できない 組織のDNAとは何か 現場改善に終わりはない。
どのような仕組みにもボ トルネックとなっている制約がある。
そこにフォーカ スして改善する。
その結果として新たなボトルネック が生まれる。
また改善する。
組織の構成員一人ひとり が、それを飽きもせずに当然のこととして繰り返す。
それがトヨタ自動車や花王など、エクセレントと言わ れる「現場力」を誇る会社の強さの秘訣だ。
言葉にするのは簡単だが、実践するのは容易ではな い。
現場力はその会社の組織風土に深く根差している。
表面的に真似るだけではかえって現場は混乱する。
実 際、トヨタ生産方式は中途半端に導入すると逆に効 率が悪化すると言われる。
「かんばん」を導入し「標 準作業」を設定して「見える化」を進めるだけでは足 りない。
組織体制や人間関係が作り出す現場の空気 まで含めた全体を作り込む必要がある。
過去には日産自動車や本田技研工業もトヨタに倣って、かんばん方式の導入を試みたことがあった。
し かし、結局それが組織に根付くことはなかった。
なぜ トヨタにできることが、日産やホンダにはできないの か。
突き詰めると結局、各社の社風や組織のDNA といった話に行き着く。
それでは社風とは、いったい何なのか。
どうすれば 社風をマネジメントすることができるのか。
改善の専 門家は、現場力を高めるには管理を徹底するだけでな く、現場の一人ひとりに?改善魂〞を植え付けなけれ ばいけないと指摘する。
しかし、改善魂の構造やそれ を植え付ける方法は明らかにはなっていない。
『トヨタの労働現場―ダイナミズムとコンテクスト』 (桜井書店)の著書を持つ社会学博士の伊原亮司岐阜 大学地域科学部講師は、トヨタや日産の工場に期間 第1部 9 SEPTEMBER 2005 工や請負社員として潜り込み、実際に自分で現場を 体験することを通して、管理する側とされる側の間で 生み出されるダイナミズムや、現場における暗黙のル ールなどの「職場のコード(規範)」を読み解く研究 を進めている。
「トヨタの現場は体力的にも精神的にもキツイ。
期 間工といっても誰にでもできる簡単な仕事などではな い。
実際、私は工場と寮を往復するだけの生活を三カ 月余り続けた結果、ゲッソリと痩せてしまった。
期間 工を管理する正社員たちにとっても決して楽しい仕事 ではないはずだ。
それでもトヨタの人間は手を抜かな い。
日産と比べると社員の現場に入り込む深さや管理 欲求のレベルが全く違う」と伊原博士は指摘する。
パート職場の「現場力」 トヨタの現場は正社員と期間労働者の距離が近い。
工場内作業の多くを業務請負会社やグループ会社に 委託している他の組み立てメーカーと違って、基本的 にトヨタはこれまで正社員と期間工だけで生産ライン を運営してきた。
「職制」と呼ばれる管理職の正社員 は、期間工に担当させる仕事や与える権限を、人に合 わせて細かく調整する。
?使えないヤツ〞には何も任 せない。
自律性も求めない。
何か問題が起これば、す ぐに配置を変える。
期間工には常に職制に監視されている、自分のこと を知られているという緊張感がある。
それだけ職制は 期間工の一人ひとりを注意深く観察している。
「そう した強い管理欲求がどこから来るのか。
トヨタの社員 には何が?身体化〞されているのか。
曖昧模糊とした テーマだが、そこまで踏み込んでメスを入れないと、 社風や組織のDNAといったものは分からない気がし ている」と、伊原博士は次の研究課題の一つに社風の 研究を挙げる。
しかし目の前に現場を抱えている物流の実務家は、 学問的な研究成果を待つわけにはいかない。
将来、社 風の謎が解明されたとしても、それが他社に移管でき るものであるかは分からない。
「そもそもトヨタ自身 でさえ、現場力を今後も維持していくことに対して、 強い危機感を持っているのが現状だ」と遠藤功早稲 田大学大学院アジア太平洋研究科教授は指摘する。
トヨタの現場は今や世界中に拡大している。
日本で 培った改善魂は、文化や国民性の異なる海外の現場 には容易には注入できない。
足元の国内工場でも、そ こで働く労働者の気質は多様化している。
好調な販 売を反映して、この数年間で同社の期間工の人数は 二倍以上に増加した。
二〇〇四年の労働法改正で可 能になった派遣社員の活用も始まっている。
全国の工 場で働くトヨタの正社員約二万人に対し、今や一万人 以上が期間工や派遣社員などの臨時職員だ。
「これ以 上、現場に外部の人間が増えれば、これまでのようなやり方が機能しなくなる恐れがある。
既にその兆候も 現れている」と同社の中堅幹部は指摘する。
それでもトヨタの工場は、まだ三分の二を正社員が 占めている。
これに対して一般の物流現場のパート比 率は過去一〇年で急上昇し、今や八〇%を超えてい る。
それと同時に作業を熟知したベテラン社員は現場 から姿を消した。
現場に自律性を求めるどころか、従 来の品質を維持することさえ危うい状況だ。
そんな物流現場が、トヨタや花王を真似るには無理 がある。
自律性は短期間では育たない。
その方法も明 確ではない。
それよりもまず、物流の実務家は、パー ト労働力の使用を前提とした現場の管理技術を磨く 必要がある。
物流現場の雑巾は工場ほど、まだ乾いて いない。
( 大矢昌浩) 『トヨタの労働現場― ダイナミズムとコンテクスト』 伊原亮司(著) 桜井書店税込価格2940円

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