2008年10月号
海外Report

サプライチェーンの危機管理

 C&Cグループは日本ではなじみが薄い が、アイルランドでは最大のリンゴ酒ブラン ドであるブルーマーズ( Bulmers)の製造元 として広く知られている。
創業はブルーマー ズの製造を始めた一九三〇年代にさかのぼる。
七〇年代からM&A(企業買収)によって 企業規模を拡大して、二〇〇四年にアイルラ ンド証券取引所に上場した。
 直近の売上高は六億七九〇〇万ユーロ (前年比七・七%減、一〇六六億三〇〇万 円)で、営業利益は二億三四九〇万ユーロ (同十二・八%増、三六八億七九三〇万円)。
〇七年と〇八年に売上高が落ち込んでいる のは、それぞれ前年にスナック部門とソフト ドリンク部門を売却したため。
同時に〇七 年と〇八年の売上高に対する営業利益率が、 それまでの一〇%台から三〇%前後に跳ね 上がっているのは、先に挙げた売却による利 益が含まれるためだ(図1)。
 C&Cグループの主要業務は三つあり、リ ンゴ酒製造、蒸留酒製造、輸入アルコール飲 料や清涼飲料水の国内卸販売となる(図2)。
輸入卸売事業は、八〇年代にアルコール飲料 の卸業者を買収したことによるものだ。
 同社でサプライチェーンを担当するエイダ ン・マーフィー部長は数年前、英国の大手3 PL企業であるウィンカントンからC&Cに 移り、現在は同社のCEO(最高経営責任者) から数えてナンバー5の位置にある。
以下に 「予測不可能なことへの準備: Preparing for the Unthinkable」と題した欧州SCM会議 におけるマーフィー氏の講演内容を紹介する。
OCTOBER 2008  58  アイルランド最大のリンゴ酒メーカーであるC&Cグループは、数年前から 全社を挙げて危機管理体制の整備に取り組んできた。
危機管理の要諦は三つ ある、と同社はいう。
一つはサプライチェーン上で想定される危機をすべて列 挙して、そこに優先順位をつけること。
二つ目はマニュアルとなる詳細な危 機管理綱領を作ること。
そして最後に、定期的に危機を想定した訓練を行う ことだ。
           (取材・編集 本誌欧州特派員 横田増生) サプライチェーンの危機管理 アイルランド C&Cグループ 欧州SCM会議? C&Cグループの概略 (数字はいずれも2008 年度の年次報告書から) 本社 創業 主業 C E O 上場 売上高 営業利益 従業員数 アイルランド・ダブリン 1937年 アルコール飲料の製造と卸売 モーリス・プラット 1,216 人 2 億3490 万ユーロ(368 億7930 万円) 6 億7900 万ユーロ(1066 億300 万円) 2004年 アイルランド証券取引所 1ユーロ=157円で換算 高額の損害保険料金が動機に  当社はアイルランドの首都ダブリンに本社 を置き、リンゴ酒と蒸留酒の製造と、アル コール飲料の販売業務を主業としています。
リンゴ酒の主要ブランドである﹁ブルーマー ズ﹂は、アイルランドで九〇%以上のシェア をおさえています。
また﹁タラモア・デュー ( Tullamore Dew)﹂は、国内二位のシェア を持つアイリッシュ・ウィスキーです。
 当社が危機管理対策に本腰を入れたのは 数年前のことでした。
工場の損害保険を更 新するときに、保険料が大幅に値上がりし たことがきっかけでした。
保険会社の主張 の一つに、当社の危機管理意識を問題視す る意見があり、それに刺激を受けて、サプラ イチェーンを包括するような形で危機管理体 制の整備に乗り出すことになりました。
 危機管理という切り口から会社経営を考 えることは、これまでとは違う視点を持つ ことにつながりました。
危機管理能力を高 めることは、企業経営にプラスの価値をもた らすという視点です。
以下に、銀行や保険 会社による調査結果を挙げます。
■事故や災害によりこれまでの記録を失っ た企業の九〇%は二年以内に倒産する。
■大規模な災害に見舞われた企業の八〇% は一八カ月以内に倒産する。
59  OCTOBER 2008 図1 C&C グループの業績の推移 (万ユーロ) (売上高) (営業利益) 営業利益 100,000 80,000 60,000 40,000 20,000 0 25,000 20,000 15,000 10,000 5,000 0 (万ユーロ) 05 06 07 08 売上高(年) 75,040 81,660 73,850 67,900 8,150 9,680 20,820 23,490 図2  リンゴ酒製造 輸入卸売 蒸留酒製造 70.1% 19.2% 10.7% 売上高に占める各部門の比率営業利益に占める各部門の比率 リンゴ酒製造 89.6% 蒸留酒製造 8.9% 輸入卸売1.5% 図3 サプライチェーンに点在するリスク 工場物流センター 工場物流センター 卸 卸 サプライヤー サプライヤー サプライヤー サプライヤー サプライヤー サプライヤー 顧 客 顧 客 顧 客 顧 客 顧 客 顧 客 3PL 3PL ■二〇%の英国企業が毎年なんらかの災害 や事故に遭遇している。
■しっかりとした危機管理綱領を持つ企業は、 災害による被害を平均値の五一%に抑え ることができる。
 当社はこうした数字を念頭に置いて、危 機管理に取り組んできました。
その結果、 危機に陥る可能性をゼロにすることはできな いけれど、十分に対策を練った上で、継続 的に訓練を重ねていけば、危機のダメージを 最小限に抑えることができるということを 社内に徹底することができました。
指揮系統を明確化  当社のサプライチェーンを俯瞰してみると、 いたるところに危機を引き起こす可能性が点 在していることがわかりました(図3)。
 まず取り組まなければならないのは、危 機の可能性を全部洗いだし、列挙していく ことでした。
サプライヤーから製造現場、卸 業者や3PL業者まで、その一つひとつの 危機の可能性について、どのくらいの確率 で起こるものなのか。
いったん起こればどれ ほどのダメージを引き起こすのか。
その結果 はどんなことが予想されるのか。
危機が起こっ た場合の担当者は誰にするのか。
 それから、すべての危機を比較検討して、 どの種類の危機に優先して対応していくの かを決めていきました。
その際に大切なこ とは、現場の人間から経営のトップまで、全 員が参加して優先順位を決めることです。
多くの人間が参加して検討することによって、 より洗練された危機管理綱領が出来上がり ますし、またその過程を通して全社に浸透 することになるからです。
 先にサプライチェーンのいたるところに危 機の可能性があるといいましたが、製造業 である当社にとって想定される最悪の危機 は、工場が事故や天災に見舞われるという ものです。
リンゴ酒と蒸留酒の工場は、アイ ルランド国内だけにあるので、いったんその 工場が事故や災害に遭えば、経営に大きな ダメージを与えるのは必至です。
そこで当社 は、工場を中心とした危機管理を組み立て てきました。
 リバースロジスティクスという意味では、 リコール対策もしっかりとした危機管理が必 要となる分野です。
多くの企業は、リコール の具体的な手順や補償の方法を社内で規定 していますが、大事な点を見落としているケー スが少なくありません。
それはマスコミ対策 です。
 製品を回収しなければならない危機にお いて、マスコミにどんなメッセージを発する のかを間違えれば、企業の業績やブランドイ メージを大きく損なうことになります。
リコー ルが起こったとき、どれほど迅速なタイミン グで、どれほど誠実なメッセージを社会に伝 えることができるのかがリコールにおける肝 心な点となります。
そのためには、あらか じめプレスリリースの文案を練っておくこと が不可欠です。
 危機管理綱領を作った後、当社では指揮 命令系統を作りました(図4)。
トップの指 揮官を決めて、その下に工場回復担当と事 業継続を担当する二番目の指揮官を置きま した。
その下には、三番目の指揮官を複数 置き、工場サイドには、従業員のサポート担 当、工場周辺の環境管理担当、健康と安全 担当など六人の指揮官を置きました。
事業 継続担当の下には、顧客支援担当、生産の 外注担当、データベースの保持担当、マスコ ミ担当など六人の指揮官を置きました。
OCTOBER 2008  60 図4 危機管理のための命令系統 トップの指揮官 二番目の指揮官(工場回復担当) 三番目の指揮官 二番目の指揮官(事業継続担当) 三番目の指揮官 ●従業員サポート担当 ●環境管理担当 ●健康と安全担当 ●ITと通信担当 ●工場の設備救済担当 ●サービス担当 ●顧客支援担当 ●株主支援担当 ●法人渉外担当 ●生産の外注担当 ●データベースの保持担当 ●マスコミ担当 災害から六時間で生産再開を可能に  工場で事故が起こった場合、その規模や種 類によって、工場への立ち入りを禁止したり、 閉鎖したりする必要が出てきます。
避難の 方法から、工場封鎖までの手順を詳細に決 めておくことが欠かせません。
 先のリコールのときにも言及しましたよう に、プレスリリースも前もって準備します。
事故が起こる前にプレスリリースを用意する のは無理だという人もいるでしょうが、会 社概要や工場の概況や連絡先などを定期的 にアップデートしていくだけでも、事故に遭 遇したときには大きな時間の節約になるは ずです。
 自前の工場が稼働しなくなったときに一 番重要なのは、どうやって短時間で外注先 を確保するかという点です。
リンゴ酒の場合 であれば、どこの工場を使って発酵したリン ゴを絞り、瓶詰めするかということです。
 当社では、リンゴ酒の工場と蒸留酒の工場 で事故があることを想定して、外注先の工 場を数件確保しています。
相手の生産能力 を勘案して、いくつかのシナリオを準備して おり、最短では工場の事故発生から六時間 以内にアルコール飲料の製造を再開できる用 意が整っています。
 こうした準備には、もちろん時間もお金 もかかりますが、事故が起こってから外注 先を決めるのでは生産再開が一週間先とい うことにもなりかねません。
そうした場合 に発生するコストと比べると、事前に対策を 練ることで、はるかに少額な金額で危機を 乗り切ることができるのです。
 先ほど挙げた指揮官の全員は、常に?レッ ド・ブック?と呼んでいる危機管理マニュア ルを身近に置くことが義務付けられています。
その?レッド・ブック?を置くのは、車の中 のような、工場や事務所以外の手近な場所 にしています。
工場で事故が発生したとき、 マニュアルが工場内にあったのでは何の役に も立たないからです。
 さらに、データベースの保持担当者には、 常にラップトップ型のコンピュータを携帯し てもらうことにしています。
データベースに 61  OCTOBER 2008 アクセスしたり、インターネットを通じてメッ セージを発信したりするときに必要となるか らです。
 ここで会場の聴衆の方に、簡単なアンケー トに答えていただきたいと思います。
手元 のスイッチを使って、貴社の危機管理体制が 次の四項目のいずれに該当するかを答えて ください。
 一番目は、明確な危機管理綱領を持ち最 低でも年一回は全社的な訓練を実施している。
二番目は、十分な危機管理綱領は持ってい るが全社的な訓練を実施するまでには至っ ていない。
三番目は、危機管理綱領は今後 策定する予定にしている。
最後は、危機管 理綱領については検討したことがない(図5)。
(注・手元のハンドスイッチを使った聴衆 への即席アンケート調査は今回の会議から 始まった試み。
この発表時、記者の目算 では一〇〇人前後の聴衆がいた)  当社が経験から学んだ一番大切なことは、 どんな立派な危機管理綱領を作り、指揮系 統を明確にしたとしても、実際の訓練なし には絵にかいた餅に終わってしまうというこ とです。
今行ったアンケートの結果からみれ ば、?の﹁綱領をもった上に年に一回は全 社的な訓練をしている﹂という二〇%の企 業しか、危機が起こったときにそのダメージ を最小限に抑えることはできないといえます。
トップのバックアップが不可欠  一つには、事故や災害が発生した時は、 通常の業務とは全く違った心構えが必要とな るからです。
日々の仕事においてわれわれは、 独創的であることが求められます。
過去の 因習にとらわれることのない新しい発想を 生み出す力を発揮することが求められていま す。
しかし非常時においては、軍隊のよう な上意下達の徹底が必要となるのです。
いっ たん指揮官から命令が下ったら、一切疑問 を挟むことなく、即刻行動に移す姿勢です。
 例えば、今この会場で火災報知器が鳴り 出したら、一体どれくらいの人が、すぐに 避難を始めるでしょうか。
二度目に報知器 が鳴ったり、ホテル側からのアナウンスを待っ てから行動するという人も少なくないと思い ます。
経験則から、火災探知機が間違って 鳴ることがあることを知っているからです。
しかしそのように各自がそれぞれの判断で 行動していたのでは、危機管理体制が整っ たとはいえません。
 当社では月に一回は、生産ラインの一部や 本社で非常事態に備えた避難訓練を行って います。
そして年一回は、全社を挙げての 避難訓練を行います。
日頃から訓練を重ね ることによって初めて、非常時には全員が 命令に従って動くという行動パターンが生ま れるのです。
 全社を挙げての訓練の際、当社は専門の コンサルタントに訓練の実施と査定を委託し ています。
専門家を活用するメリットとして は、短時間に有効な訓練が行えること、外 部の人間が訓練を担当した方が非常時に近 い臨場感が作り出せること、社内の人間に よる査定よりも客観的な査定が可能になる こと││などがあります。
そして訓練の結 果を反映して、危機管理綱領を改定してい くことも重要です。
 冒頭に当社の工場の保険料が高かったと いう話をしましたが、当社がその後こうし た訓練を積み重ねてきた結果、保険料も現 在では大幅に下がりました。
 危機管理体制を敷くには、予算も時間も かかることから、経営トップによる全面的な バックアップが欠かせません。
経営トップか ら現場の最前線まで一丸となって危機管理 に当たる体制を整えることができるかどうか が、いざというときに大きな違いとなって表 れるのです。
OCTOBER 2008  62 図5 会議場の聴衆へのアンケート結果 20% 37% 20% 17% 6% ?明確な危機管理綱領を持ち、 年1回は全社的な訓練を実 施している ?十分な危機管理綱領は持って いるが、全社的な訓練を実施 するまでには至っていない ?危機管理綱領は今後策定 する予定にしている  ?危機管理綱領については 検討したことがない ?無回答

月刊ロジスティクス・ビジネス

購読のお申し込みはこちらから