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奥村宏 経済評論家
第77回新聞社がおかしくなっている
OCTOBER 2008 70
新聞社のおかしな行動
「新聞がおかしくなっている」「新聞が読まれなくなっている」
こんな声は以前から聞かれたが、最近はそれがますます
ひどくなっている。 そして新聞社の経営危機が深刻化して
おり、いずれ新聞社の倒産が起こるのではないか、という
声もある。 そうしたなか、新聞社の経営に関わる問題で奇
妙な事件がつぎつぎと起こっている。
日本経済新聞の元部長である大塚将司氏が、鶴田卓彦元
社長を「会社を私物化している」として告発した事件は大
きな波紋を呼んだ。 これと関連して、日本経済新聞社の株
式の売買について、元社員の和佐隆弘氏と作家の高杉良氏
が会社を訴えた裁判も注目を集めた。
このような事件が続くなかで、朝日新聞がテレビ朝日と
株式の相互持合いをすると発表し、これまた大きな波紋を
投げかけた。 というのも株式の相互持合いについては、そ
れが株式会社の原理に反するものであるということが日本
でもようやく認識されるようになり、バブル崩壊後、「持合
い崩れ」が大規模に進行している。 そのような状況の中で
全くそれに反することをやろうというのだから、その非常
識にあきれかえる。 というよりも、それだけ新聞社の経営
がおかしくなっているということを示すものである。
その朝日新聞が事もあろうにライバルで、左と右にわかれ
て対立しているとみられていた読売新聞と提携するという
方針を打ち出しており、さらにこれに日経新聞が加わって
三社連合を組んでいる。
それによって毎日新聞や産経新聞をたたくのだから、そ
れは強者連合のように思われるかもしれない。 しかし実は
それほど朝日新聞などの経営が追いつめられているという
ことである。 毎日新聞や産経新聞の経営危機については以
前からいわれていることだが、今やそれが朝日や読売にも
及んできたのである。
中立性報道の崩壊
日本の新聞の特色は「不偏不党」の中立性報道というと
ころにあるとされてきた。 アメリカやイギリスなどでは、選
挙に際して新聞社がそれぞれ候補者を支援する立場をはっ
きりと宣言するが、日本の新聞社はそういうことはしない。
あくまでも「不偏不党」で、一党一派に偏るということを
しない。
これによって一般読者の信頼を得、それによって数百万部
の発行部数を獲得することができた。 読売新聞の一〇〇〇万
部、朝日新聞の八〇〇万部などという発行部数は世界に類
がない。 もしあったとすれば旧ソ連の「プラウダ」くらいだが、
その「プラウダ」はソ連崩壊とともになくなってしまった。
中立性報道が日本の新聞の特色であり、それによって新
聞社は栄えてきたが、それが今や崩壊しつつある。 このこ
とはもう一〇年も前からいわれてきたことで、朝日新聞の
元記者である柴山哲也氏が『日本型メディアシステムの崩壊』
(柏書房)という本に詳しく書いている。
最初に中立性報道の壁を破ったのは産経新聞であること
はよく知られている。 それに続いて読売新聞も右傾化した。
そして日経新聞は「財界の御用新聞」といわれるようにそ
の立場をはっきりさせているが、今や朝日新聞もそれに続
こうとしているのだろうか。
こうして日本の新聞社が右傾化しているのは、世論の動
きに同調したまでだと考えられるかもしれないが、それば
かりではない。 新聞社の経営がおかしくなり、実際の発行
部数が激減し広告も減って、背に腹はかえられなくなっている。
そのためスポンサーの気に入るような新聞にしなければなら
なくなっているのだ。
利益をあげるためには中立性報道などとは言っておれな
くなっているのである。 このことは最近の各新聞の紙面に
よく表れているが、それはまさにマスメディアの危機である。
日本の新聞が「不偏不党」の看板を下ろす日が迫っている。 言論の自由という
大義名分の下、各社は「日刊新聞特例法」によって株式買い占めの脅威から護ら
れてきた。 しかし部数と広告収入の減少で経営危機に直面、乗っ取りの危険が生
じる株式の相互持合いに踏み込むところも現れた。
71 OCTOBER 2008
新聞社のジレンマ
朝日新聞がテレビ朝日と株式を相互に持ち合うことになっ
たのもこれと関係している。 テレビ朝日の株式は上場され
ているから、誰でもこの株を買い占めることができる。
一九九六年、前述のルパート・マードックが孫正義のソフ
トバンクと組んで、全国朝日放送(テレビ朝日)の株式の
二一・四%を買い占めたことがある。
これは当時、大事件になったが、朝日新聞がこの株式を
全株買い戻したことで解決した。 この時、どのような交渉
がなされたのか、そしてどのような条件で株が買い戻され
たのか、いまもって不明のままである。
そのあと二〇〇五年にはライブドアによるニッポン放送株
の買い占めがあり、そしてその半年後、今度は村上ファン
ドによるTBS株の買い占めがあった。 この二つの事件も
また会社側が買い占められた株式を引き取ることで解決し
たが、同じようなことが今後も起こる危険性がある。 そこ
でテレビ朝日は朝日新聞と株式を相互に持ち合うことでこれ
を阻止しようとしたというわけだ。
ライブドアが買い占めたニッポン放送の場合、ニッポン放
送はフジテレビの大株主になっているので、ニッポン放送の
株を買い占めればフジテレビ、そしてそれが大株主になって
いる産経新聞を乗っ取ることができる。
今度の朝日新聞とテレビ朝日の場合、テレビ朝日の株式を
買い占めれば、それが大株主になっている朝日新聞を乗っ
取ることができる。 新聞社の株式は公開されていないので
その株を買い占めることはできないが、大株主であるテレ
ビ朝日の株主は公開されているので買い占めることができる。
経営危機に陥った新聞社が株式会社らしい株式会社にな
っていけば、それによって会社が乗っ取られ、看板にして
いる中立性報道も駄目になり、読者離れはますます進行する。
そういうジレンマの前にいま日本の新聞社は立たされている。
奇妙な株式会社
朝日新聞や読売新聞はもちろん、ほとんどすべての日本
の新聞社は株式会社という形態をとっているが、実はそれ
は奇妙な会社で、株式会社としての実質を全く備えていない。
株式会社ではその株式は売買自由であり、誰が買おうが
自由である。 ところが日本の新聞社の株式は自由に売買す
ることができない。
これは戦後にできた「日刊新聞特例法」によって、新聞
社の株主は社内関係者に限るという規定をそれぞれの新聞
社が決めてもよいということになっているからだ。 外部の
者が新聞社の株式を買い占めて会社を乗っ取れば、それに
よって言論の自由が圧迫されるという理由によってである。
そうであるなら、そもそも新聞社は株式会社にすべきで
はない。 株式会社では株式の売買は自由というのが原則だ
から、それが嫌なら株式会社にしなければよい。
にもかかわらず株式会社という形態にこだわっていると
ころから問題が起こってきたのである。
「日刊新聞特例法」がいかにおかしな法律であるか、と
いうことは大塚将司『新聞の時代錯誤』(東洋経済新報社)
という本に詳しく書かれているが、それは新聞社が当時の
政治家に働きかけて作らせたもので、戦時体制の遺物であ
ると大塚氏はいう。
では新聞社も普通の株式会社にすれば良いのか、といえ
ばそうはいかない。 オーストラリアのマードックが「ロンドン・
タイムズ」を買収し、アメリカにも進出して言論の自由を奪
っていることは有名だが、日本にもそのおそれがある。
新聞社が本当に言論の自由を守ろうとするならば、株式
会社以外の形態をとる以外にはない。 なぜなら株式会社は
株主主権、資本多数決を原理としており、株式の過半数を
買い占めれば会社を乗っ取ることができるということにな
っているからだ。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にも希な「法人資本主義」であ
るという視点から独自の企業論、証券
市場論を展開。 日本の大企業の株式の
持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判
してきた。 近著に『会社はどこへ行く』
(NTT 出版)。
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