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がある。 その一方で実務者にとって
は具体的な業務知識や方法論が必須
になってくる」
──テキストの内容が実務に寄り過
ぎることで、学問的な緻密さが失わ
れてしまう懸念はありませんか。
「その点ついては、実務者向けと
言うことで割り切って考えるべきで
しょう。 しかし学問的におかしくて
も困る。 だから監修作業には、ずい
ぶんと手間がかかりました。 例えば
言葉の定義の問題。 『物流システム』
や『物流ネットワーク』といった言葉
を、実務家の方々はそれぞれ自分の
業界や企業の言葉として使いがちで
す。 それが間違っているわけではな
いのですが、業界をまたいだ“標準
語”にしなければ教材としては使え
ない。 一つひとつの言葉の使い方を
統一する必要がありました」
「試験問題の作成でも苦労しまし
た。 試験問題というのは、教師が解
いたら試験時間の三分の一から四分
の一の時間で終わるように作らなけ
ればならない。 しかし実務家の方々
は丁寧に作ろうとして、問題文がつ
い長くなってしまう。 そのため最初
に私のところに上がってきた問題は、
読むだけでも一問当たり二分かかっ
た。 五〇問で一〇〇分。 試験時間が
一二〇分ですから、とても終わらな
実務者向け入門書を作成
──二〇〇八年三月にロジスティク
スの公的資格が、厚生労働省傘下の
中央職業能力開発協会(JAVAD
A)によってスタートしました。 先生
がテキストを監修されていますね。
「これまで日本には実務者用のロジ
スティクスの入門書といえるテキスト
は限られていたと思います。 もちろ
ん書店にはロジスティクスの本がたく
さん並んでいます。 しかし、それら
は読みもの的なテキストか、あるいは
学者や研究者の書いた専門書であっ
て、どちらも実務者向けとはいえな
かった。 そのためJAVADAから
テキストの監修の依頼を受けたとき
には良いチャンスだと考えました」
──テキストの執筆陣を見ると、大
部分が実務家ですね。
「実務の入門書であれば、現場のノ
ウハウを持つプロに書いてもらった
方が使えるものができるという判断
は妥当だろうと思います。 それにロ
ジスティクスにはまだ、数学理論で一
足す一が二であるというレベルでの
コンセンサスがありません。 まだ学問
として確立途上なのでしょう。 実際、
今回のテキストを作るに当たっても、
参考にできるような本はありません
でした。 外国のテキストにしても著者
によって少しずつ構成が違う。 執筆
者の自分の専門への思い入れがそれ
ぞれ反映されていて、スタンダードと
呼べるものが見当たらない」
「ロジスティクスという概念のカバ
ーする範囲が広すぎるのだと思いま
す。 そのため個人的には『ロジステ
ィクスの一〇〇冊』という書籍シリー
ズでも作ったら良いのではないかと
考えています。 ロジスティクスのテー
マごとに小冊子を作って一〇〇冊の
シリーズにまとめるんです。 もちろん
全部読んでもいいけれども、そこか
ら必要に応じて本を選ぶかたちでオ
ーソライズされた知識を習得できる
ようにする。 五年ぐらい前から関係
者に提案しているのですが、なかな
か実現しません」
──今回のテキストには先生が指導
されている東京海洋大学の流通情報
工学科のカリキュラムが反映されて
いるのですか。
「基本的には別ものです。 我々の流
通情報工学科では独自の考え方で学
生向けにカリキュラムを作っていま
す。 そこに含まれている応用数学や
在庫理論、オペレーションズ・リサー
チ、流通経済学、プログラミングなど
を、実務者に求めようとしても無理
苦瀬博仁 東京海洋大学 教授
「ロジスティクスに理工系の知恵を」
欧米の有力企業はもちろん中国をはじめとする新興国でも、
ロジスティクス部門には理工系出身のエリートが投入されてい
る。 ところが日本企業の多くは、いまだにロジスティクス部門
を文系の仕事として位置付けている。 その役割や専門性に対す
る経営層の理解が薄い。 (聞き手・大矢昌浩)
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い。 もっと問題文を短くしてくださ
い、表現も分かりやすくしてくださ
いと、問題作成者にお願いする必要
がありました」
──試験の難易度については?
「実務経験のない私のような人間に
とっては難しい。 試験の合格ライン
は六〇点なのですが、私が解いても
テキストを読んでおかなければ半分ぐ
らいは解けません。 実務者にとって
も、自分の担当している仕事と直接
関係していない部分はテキストを読
まないと解けないと思います」
──それでもテキストを習得してさえ
いれば試験にパスできるわけですね。
「もちろんです。 テキストに書かれ
ていないことや関連していないこと
が試験問題に出ることはありません。
問題を作成する段階でも、それぞれ
の問題がテキストの何頁のどこに対
応しているのか全て確認しています」
──〇八年三月の第一回の試験では
「ロジスティクス管理」三級が約五
五%、二級が約三六%という合格率
だったそうですが。
「やはり問題が少し難しかったかも
知れません。 でも東京海洋大学の三
年生が三級を受験したところ、半数
近くが受かったようです。 学生には
『六〇点を取るには、半分解ければい
い。 残りの一〇点は選択式だから鉛
設けている大学院はまだ少数です。
「基本的に日本企業は大学院の価
値を低く考え過ぎていると思います。
進学率で見れば今の大学生は三〇年
前の高校生と同じ。 当時の大学生レ
ベルの専門性を持ったロジスティク
スの人材が欲しいのであれば、今は
大学院卒を採用する必要があります。
ところが、そうした人材を採用し、将
来の幹部候補生として育てていくキ
ャリアパスが今の日本企業にはある
のだろうかと心配になります」
「今回のJAVADAのロジスティ
クスの資格では三級と二級があるの
に、一級がありません。 これについて
私は意見を求められましたが、ロジス
ティクスが確立途上である以上、一
級は時期尚早だと返答しました。 一
級を作れる環境が整うまでには、あ
と五年から一〇年くらいかかるかも
知れませんね」
筆転がして全部回答を埋めれば何と
かなる』とアドバイスして尻を叩きま
した。 どれだけ勉強したのか後から
学生たちに聞いたところ、テキストを
最初から最後まで、二回読んだと言
っていました」
──ロジスティクスの資格としては従
来から日本ロジスティクスシステム協
会(JILS)が物流技術管理士を
はじめ各種の資格を運営してきまし
た。 コンフリクトを起こしませんか。
「棲み分けできると考えています。
JILSの講座は管理職が対象です。
それに対してビジネス・キャリア検定
は、実務経験が三年〜五年の社員を
対象としているのでターゲットが違
う。 むしろ二つの資格が連携をとる
ことで、ロジスティクスの裾野が広が
り、ロジスティクスの仕事に対する認
知度が高まることを期待しています」
産学連携の壁
──ロジスティクスの人材教育に関
して、日本の大学教育は産業界のニ
ーズに応えられていないという批判
があります。
「それについては我々大学人からも
産業界に対して言いたいことがあり
ます。 我々は基本的に、学生の個性
と専門性を伸ばしたいと考えている。
そして日本にもロジスティクスを深く
学びたいという学生はいる。 しかし、
産業界は必ずしもそれを求めていな
い。 高度な解析技術などの専門的な
深い知識よりも、広く浅い知識のほ
うが重視される。 専門知識の価値を
認めてほしいと思います」
「採用する側がロジスティクスの専
門性と重要性を認識していないこと
もあるようです。 誰もが名前を知っ
ている有名企業に就職したウチの修
士の卒業生が、ロジスティクス部門に
配属してほしいと会社で名乗りを挙
げても、人事担当者から『なんでそ
んなことを言うんだ。 あそこは窓際
部門だぞ』と諭されてしまう。 もち
ろん専門知識の必要性を強く認識し、
ウチの卒業生を定期的に採用してい
る会社もありますが少数派です」
「ほとんどの日本企業はロジスティ
クス部門を事務系の仕事として位置
付けています。 そのため理工系の修
士を出て専門知識を習得していても、
その価値を認めてもらえない。 ところ
が欧米はもちろん、中国や他の東南
アジア諸国の有力企業は理工系の修
士以上を出たエリートにロジスティク
スを任せている。 現在の中国や韓国
では、多くの大学や大学院がロジス
ティクス・コースを設けていて、学生
の人気も高い」
──日本でロジスティクス・コースを
くせ・ひろひと
1951 年、東京生まれ。 73 年早
稲田大学理工学部卒。 81 年同大
学院博士課程修了。 工学博士。 同
年日本国土開発入社。 86 年東京
商船大学助教授。 94 年同教授。
2003 年大学統合により東京海
洋大学教授。 現在に至る。 東京大
学大学院医学系研究科客員教授併
任。 主な研究テーマは、ロジスティ
クス、都市の物流マネジメント。
日本物流学会副会長。
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