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佐高 信
経済評論家
DECEMBER 2008 74
北朝鮮による拉致問題も、あまり人びとの
口の端にのぼらなくなっているが、かつて「被
害者家族連絡会」の事務局長として活躍し、
現在ははずされてしまった蓮池透が『奪還
第二章』(新潮社)で、こんな苦衷を告白し
ている。
全国の救う会の集会に、右翼の人たちが大
挙して押しかけ、拉致被害者を救うためと称
して募金を呼びかけるようになった。 しかし、
それがどう使われているのか、はっきりしない。
「今日の集会は何人集まり、募金がいくら集
まった」と自慢気に話している右翼もいるし、
中には「集めた金で街宣車を買った」などと
言っている許しがたい右翼までいる。
困るのは、「罪のない日本人を拉致した北朝
鮮は許せない」という表面上の主張は一致し
ていることだった。 右翼はそこから「北朝鮮
打倒」「金正日体制をつぶせ」と進み、歴史
教科書の問題や従軍慰安婦の問題にまで発展
していくが、家族会は単に「拉致された人間
を返してくれ」と言っているだけなのだから、
どうしてもズレが出てくる。
挙げ句の果ては、拉致問題に熱心でない『朝
日新聞』はケシカランという論調になるのだが、
この間まで『朝日』の論説主幹だった若宮啓
文が書いた『闘う社説』(講談社)に、北朝
鮮への帰国運動は『朝日』だけでなく、『読売』
や『産経』も煽ったのだとして、当時の両紙
の論説が引いてある。 これを『朝日』だけを
批判する渡部昇一や安倍晋三は知っているだ
ろうか。
たとえば一九六〇年一月九日の『読売』は、
平壌で新春を過ごした同紙特派員の「北朝鮮
へ帰った日本人妻たち」という大きな記事を
載せている。
「夢のような正月」という見出しで「夫の祖
国に帰った日本人妻たちはみんな喜びと幸福
にひたっています。 新潟を出港するまでの不
安や心配は、国をあげての大歓迎にすっかり
消しとんでしまったようです」と報じている。
さらに、日本人妻の代表が金日成首相に招か
れて新年宴会に出席したことや、希望の職に
ついたことから「日本で貧困と、ときには屈
辱の生活をおくっていたその妻たちには夢の
ようなお正月。 まだ日本で帰国をためらって
いる同じ境遇の人たちに『早く来るように伝
えてほしい』と口をそろえて語っている」と
続ける。 正月用に餅やおせち料理が特配され
るなど豊かな生活ぶりも伝え、「記者が見た
すべての日本人が、朝鮮にきてほっと解放さ
れたかのような安らぎを見せ」「みんなが希
望にあふれて前方を見つめている」と手放し
である。
次に『産経』の一九五九年十二月二四日の
社会面を引く。 見出しは「暖かい宿舎や出迎
え 細かい心づかいの受け入れ」。
清津での熱烈歓迎ぶりを伝えているのだが、
まず大きな休憩所に入ると「熱風を送る装置
があって部屋は暖かく、千人近い帰国者をす
っぽり収容してまだおつりがくる広さだ。 こ
ういうことのできる母国の経済力に帰国者は
驚き、安心したに違いない」
帰国者用に完成した五階建てアパートにつ
いては「六畳くらいの部屋にはタンス、家具
はもちろん小型ラジオまでついて至れり尽く
せりだ」という。 記者が感銘を受けたのは「み
んなが同胞を迎える喜びにあふれていたこと」
で、「準備が行き届いていて、たとえば料理
でも(略)万事に細かい心づかいがあらわれ
ている」。 これに感激して「肉親でもこんな
にあたたかく迎えてくれるとは思えませんで
した。 私には手に職がありませんので何でも
やって働きます」という帰国者の言葉が紹介
されている。
それから、ほぼ五十年。 こういう記事を書
いて「帰国」を煽ったことをメディアはどう
反省しているのだろうか。
『産経』が『朝日』を批判するなど、まさ
に目糞鼻糞を笑うである。
朝日を批判する産経や読売も所詮は同じ穴の狢
北朝鮮への「帰国」を煽ったメディアの無責任
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