ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2009年1号
keyperson
川島孝夫 東京海洋大学 教授

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JANUARY 2009  4  「サプライチェーン全域にわたる在 庫の一元管理が必要です。
問題のあ る製品がどこにどれだけ出回ってい るのか、社長が記者会見で『分から ない』、『調査中』と答えれば、世間 の不安はどこまでも増幅していきま す。
原材料に事故が起きた時に製造 ロットが特定できなければ該当する 可能性のある全ての製品を回収しな ければならなくなる」 ──日本の食品メーカーは必要なト レーサビリティ機能を備えていますか。
 「工場に原材料を調達して以降の 動きしか捕捉できていません。
例え ば日本は小麦の大部分を政府経由で 輸入して製粉会社を通じて加工食品 メーカーに供給しています。
いった ん小麦に問題が起こったときに、加 工食品メーカーに原材料を問い合わ せても、彼らに答えられるのは調達 先の製粉会社の名前まで。
製造ロッ トまでは把握できていません」  「欧米の大手メーカーは違います。
原材料の農地から自分で管理して いる。
例えば世界のコーヒー豆の四 〇%以上は、ネスレとクラフト・フー ズの大手二社が購入しているのです が、彼らは世界各地に検査機関を設 置して、検査をパスした産地の畑か らとれるコーヒー豆を丸ごと買い上げ ている。
その畑の土壌分析から栽培 在庫の一元管理を急げ ──このところ食の偽装問題やリコ ールが頻発しています。
 「統計(図1)によると、食品のリ コール件数は二〇〇七年度で八三九 件に上っています。
前年の倍以上で す。
私が〇一年に自分で調べた時に は年間四〇件程度で推移していまし た。
それがここ数年急増している。
〇 八年度は一〇〇〇件を超えるでしょ う。
その先もずっと増え続けていく と見ています」 ──なぜですか。
 「日本の食品メーカーはリコールを 減らすような投資をしていませんか ら。
実際、ハセップ(HACCP: 米国の食品衛生管理手法) にしても、 日本ではマニュアルを作れば終わり。
これが欧米企業だと、きちんとマニ ュアルを守っているかどうか、専門 部隊を設けて徹底して監視する。
手 間もコストもかけている。
放っておけ ば社員たちが悪いことをするという 性悪説に立っているからです。
日本 ではそこまでやらなくても、これま ではそれほど問題は起きなかった」 ──それが通用しなくなってきた?  「日本の食品メーカーの品質管理が 悪化したというわけではありません。
粗悪な原材料の輸入が急に増えたわ けでもない。
むしろ品質チェックは従 来と比べて格段に厳しくなっている。
これまでは臭いところに蓋をするこ とが許されていただけです。
ところ が、それが許されなくなった。
まず は法律が変わりました。
二〇〇〇年 以降、食品表示法がどんどん厳格化 されていった。
現場の実力にはお構 いなしにルールの厳格化が進んだ結 果、悪意がなくても法律を違反して しまうようなケースが続出している」  「例えば〇七年末にシューマイの崎 陽軒の偽装表示問題がマスコミをに ぎわせましたが、崎陽軒は原材料を 全て表示していたんです。
ただし、原 材料を表記する順番の一番目と二番 目を間違えていた。
本来であればホ タテの量を乾燥した状態で計測しな ければならないところを、戻した状 態の重さで表記の順番を決めていた。
これが〇三年に改正された表記方法 に違反していた。
単純な表記ミスの 問題だったのですが、このことがマ スコミに大きく取り上げられて、崎 陽軒は自主回収を迫られた。
経営ト ップが世間から厳しい批判を浴びる ことになりました」 ──リコールにはトレーサビリティの 仕組みが必要ですね。
川島孝夫 東京海洋大学 教授 「リコールはこれからも増え続ける」  リコールに適切に対応するには、原材料から最終消費に至る サプライチェーンを一元管理する仕組みが必要だ。
まさしくロ ジスティクスが求められる。
単なる効率化の手段ではなく、リ スク管理の最重要機能としてロジスティクスの位置付けを改め るる必要がある。
           (聞き手・大矢昌浩) 5  JANUARY 2009 方法、肥料の選別に至るまで、農場 経営を直接コントロールしています」  「原材料相場の変動に大きく影響 されてしまう日本のメーカーとは基本 的なビジネスモデルが違う。
サプライ チェーンの管理体制も全く違います」 ──どこで差が付いてしまったので しょうか。
 「クラフトも一九九〇年頃まではマ ルチベンダー方式で複数の調達先を 競い合わせることで価格競争力と品 質を向上させるという考え方をとっ ていました。
ところが九〇年代の中 頃になって全く逆のことを言い始め た。
これからはパートナー契約だとい う。
マルチベンダーをやめて調達先を 一社に絞れ。
物流であれば3PLを 一社選び、その会社をパートナーとし て位置付けろ。
そんなことを言い出 で強固な系列を形成している。
食品 産業も同じモデルをとるべきだとい う発想です」  「日本の自動車メーカーにしても 最初から世界市場でナンバーワンを 目指そうとは考えていなかったはず です。
彼らは日本で生産した安価な 自動車を米国で販売しようとして激 しく叩かれた。
米国の政府や産業界 は日系企業の進出を阻止するために 次々に新しい規格や基準を成立させ ていった」  「これまで通り日本で生産して輸出 しているだけでは立ち行かなくなる。
米国で販売するのであれば、米国で 現地の基準に則って生産したほうが いい。
そう考えて彼らは発想を転換 したのだと思います。
日本の自動車 産業が迎えたそうした歴史的転換点 を、日本の食品メーカーは今迎えて いるのだと思います」 しました。
サプライチェーンを自己完 結する必要があるという判断です」  「それに対して日本の食品メーカー が立ち後れたのは、一つはネスレや クラフトのような世界企業と比べて 圧倒的に規模が小さいからです。
日 本で最大手といっても欧米の大手と は規模がひと桁違う。
サプライチェー ンを垂直統合するだけの規模を確保 できていない。
そして、もう一つは ロジスティクスができていなかったこ とに原因があります。
ロジスティクス とは、サプライチェーン全体の統合管 理です。
ところが実際には工場から 先の管理しかしていない」  「これまで日本ではロジスティクス が効率化の視点からしか語られてき ませんでした。
しかし、これだけ食 の安心・安全が叫ばれている今、ロ ジスティクスをリスク管理の最重要 機能として位置付ける必要がありま す。
在庫削減やコスト削減のためでは なく、それ以前にリスク管理のために ロジスティクスが必要なんです。
その ことを日本のロジスティシャンはもち ろん経営者が知らなければならない」 食品メーカーもトヨタに学べ ──具体的な対策としては。
 「事業展開にしても、サプライチェ ーンにしても、日本の自動車メーカ ーや電気メーカーのグローバル化に学 ぶべきだと思います。
日本の国内市 場はこれから確実にシュリンクしてい く。
今後も事業規模を拡大するには パイを食い合うしかありません。
そ れなのに、いまだに日本の食品メー カーは国内志向です。
原料の調達先 としてしか海外を見ていない」  「〇八年に亡くなられた味の素の江 頭邦雄会長は、九七年に社長に就任 して間もなく、新しい経営ビジョンを 発表し、これから我々は世界メーカー になる、投資も国内ではなく海外に 振り向けて売り上げ・利益の半分を 海外で稼ぐとぶち上げました。
当時 はまだ国内市場も伸びていて、あま りに突然の話だったので、社員たち は皆面食らっていた。
しかし、今振 り返れば、あの時の経営判断は大変 な英断だった。
事実、今では味の素 の連結営業利益は海外事業が過半を 占めています」  「またこの時の経営計画では、加工 食品だけではなく素材を提供できる メーカーになるというビジョンが掲げ られていました。
その時に江頭社長 の頭にあったのは、やはりトヨタや ホンダの姿だったのではないかと思 います。
日本の自動車メーカーのサプ ライチェーンは自己完結している。
部 品メーカーから販売チャネルに至るま かわしま・たかお  1966年、大阪外国語大学 卒。
ゼネラルフーズ( 現AGF) 入社。
情報物流部長、インフォ メーション・ロジステックス部 長、情報システムセンター長兼 ロジステックス担当理事等を経 て2001年に常勤監査役。
06 年4月、東京海洋大学客員教授。
07年4月、同大学院食品流通 安全管理専攻教授。
現在に至る。
03年度04年度05年度06年度07年度 900 800 700 600 500 400 300 200 100 0 159 225 301 351 839 図1 食品リコールが急増している 農林水産消費安全技術センターが 収集した食品リコール件数 (件)

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