2009年1月号
特集
特集
物流機器を突破せよ 主要荷主の物量急減を生き延びる
JANUARY 2009 40
リーマンショックで売り上げ三割減
T社は年商九〇億円・保有車両台数三五〇台
という中堅規模ながら、全国レベルで見ても優良
と評価できる物流企業である。
大手機械メーカー と自動車関連メーカーを主要荷主として、九カ所 に事業所を配置し、それぞれ地域に密着した効率 の良い経営を行っている。
今から約四〇年前、倒 産しかかっていた同社を現社長が譲り受け、建て 直しを図りながら着実に業績を伸ばしてきた。
ところが、年商一〇〇億円の大台に手も届こう かというところまで来て、先行きに突然暗雲が立 ちこめた。
米国の金融危機に始まった世界同時不 況で主力荷主の輸出に急ブレーキがかかってしま ったのである。
その影響は想定していたよりもず っと速いスピードでT社に押し寄せた。
わずか数 カ月の間に物量が見る見る減少していく。
対前年 比の月次売上二八%減という惨状である。
これまでT社はメーンの輸送業務の他に、保管、 流通加工、庫内作業、引越しなどに事業領域を拡 大して、リスクの分散に努めてきた。
特定の荷主 や業種に依存することも可能な限り避けてきた。
実際、主要荷主二社以外にも、食品や日用雑貨卸、 小売業のセンター運営などの案件も手掛けている。
それでも、T社の売上高に占める主要荷主二社の 比率は七〇%からなかなか下がらなかった。
T社のみならず、一般に年商一〇〇億円クラス の物流会社では、最大手荷主の売り上げが全体の 三割強、二番手が二割程度という構成になってい ることが多い。
物流会社側でいくら売上構成比の バランスを変えようと努力しても、主要荷主の業 績が拡大すれば思うようにはならない。
物流会社 にとって売上拡大はもちろん喜ぶべきことだが、 特定荷主に依存する事業構造から脱せないという ジレンマには常に悩まされることになる。
かつて筆者がコンサルティングに入った、年商 一〇〇億円クラスの別の物流会社では、荷主一社 当たりの売上構成比が三%を超えた荷主を「警戒 レベル」として位置付け、最大でも五%を超えて はならないという社内ルールを設けていた。
しかし、 その結果として毎年荷主の三割が入れ替わるとい う不安定な経営を強いられていた。
売り上げの分 散はそう簡単ではない。
しかし、今回のケースのように“勢いのある大 手荷主”との取引が、物流会社にとって時に深刻 な事態を生み出す可能性もまた否定はできない。
物量と売上高が急速に膨らむため、物流会社は他 の荷主や新規荷主の獲得に手が回らなくなってし まう。
その結果、ますます主要荷主への依存度が 増していく。
T社はそのリスクをまともに被って しまったわけである。
突如として直面した危機に対応し、T社では常 務を中心とする緊急プロジェクトチームを発足さ せた。
性格の異なる二種類のアプローチが対策と して打ち出された。
一つはコスト削減。
そして、 もう一つは提案営業部隊の発足であった。
不況に 直面してコスト削減を実施するのは、どこの会社 でも同じであろう。
T社の場合はそれと並行して、 この機会に将来に向けた布石を打とうと考えたわ けである。
コスト削減のため、プロジェクトチームはまず、 事務所を巡回し“ムダ取り”を実施した。
事務所 スペースの縮小や駐車場の解約、フォークリフト の台数削減、路線運賃の値下げ交渉、派遣スタッ 主要荷主の物量急減を生き延びる 売り上げの7割を占める主要荷主の物量が一気に3 割もダウンしてしまった。
回復のメドは全く立たない。
一切のタブーを設けず、コスト削減を徹底した。
しか し、それだけでは足りない。
先の見えない世界同時 不況を生き残るために活路を開く必要があった。
あおき・しょういち青木正一 日本ロジファクトリー 代表 1964年生まれ。
京都産業大学経済 学部卒業。
大手運送業者のセールスドラ イバーを経て、89年に船井総合研究所 入社。
物流開発チーム・トラックチーム チーフを務める。
96年、独立。
日本ロ ジファクトリーを設立し代表に就任。
現 在に至る。
HP:http://www.nlf.co.jp/ e-mail:info@nlf.co.jp 事例で学ぶ現場改善《第72 回》 特集 41 JANUARY 2009 フの打ち切り、パート・アルバイトの削減、残業 の廃止、携帯電話サービスの変更、さらには蛍光 灯や紙の使い方に至るまで、徹底してムダを潰し ていった。
もちろん低燃費走行や商品事故、車両 事故の撲滅についても厳しくチェックした。
本社サイドでも、減車車両の積み増し、荷主へ の出先機関を除く事業所の統廃合、倉庫建設の凍 結など、ほとんどすべての領域にメスを入れた。
役員報酬のカットも行った。
誰からも異論は出な かった。
それでも足りなければ、後はT社のよう な地域密着型企業が最も恐れる地元採用の正社員 の整理解雇しか選択肢がなくなってくる。
これまで高い収益性を維持してきたT社といえ ども、二八%の売り上げ減少は尋常な事態ではな かった。
事業を継続していくには損益分岐点を少 なくとも二〇%は下げなければならない。
聖域を 設ける余裕などなかった。
一方、提案部隊の発足。
これまでT社には営業 の専門組織が存在しなかった。
各事業所の所長を 中心とした活動で一定レベルの受注は獲得できて いた。
しかも受注の大半は、地域密着型の運営を ベースとした「口コミ」と「紹介」というルート であったため、本社のスタッフ部門として本格的 な営業部隊を組織する必要がなかったのである。
この体制を改め今回、若手執行役員のM氏を長 として計五人の専門チームを発足させることにな った。
このチーム編成には我々日本ロジファクト リー(NLF)も一枚噛んでいる。
これに先立つ 約半年前、NLFはT社で提案営業の研修を実施 している。
その結果に基づいて適正な人事案をT 社側に提示したのである。
もっとも、新設した部隊はまだ、基礎研修を受 けた適性のある人員の集まりという段階であり、 実践は積んでいない。
部隊の長である若手執行役 員のM氏だけはT社で唯一従来から提案営業を行 っていたが、その他の四人はほとんどゼロからの 出発である。
素人集団と言ってよかった。
彼らに提案営業の研修を行った我々が、そんな 言い方をするのは無責任に聞こえるかも知れない。
確かに営業部隊のメンバーには計十二回にわたる 研修で、営業の考え方、業務の内容、マーケティ ングの進め方や提案書の作成方法、他社事例やロ ールプレイングによる実習などを実施してノウハウ を叩き込んだ。
しかし、研修でできることには限 界もある。
受注を獲得できる営業マンになるには、 やはり数多くの実践を積む必要がある。
提案営業部隊の新設に活路求める そこで我々NLFが対応しているコンサルティ ング案件のなかから、実践の機会を紹介すること にした。
具体的には、外資系化学品メーカーの物 流コンペへの参加を促し、他に中古リサイクル販 売の店舗回収業務、そして国内販売を主力として いる金属メーカーの代理店配送と保管業務の三つ の提案営業案件を紹介した。
本格的な実践を前にして、M氏を中心としたメ ンバーは少々腰が引けていた。
しかし、T社の置 かれている現状を改めて説明し、このチームが積 極的に前に出ていかなければ展望は開けないこと を伝えて、ハッパをかけた。
三つの案件のうち外資系化学品メーカーの物流 コンペでは基礎研修の知識をそのまま活かすこと ができた。
提案書は十分他社と戦えるレベルにあ った。
ただし、情報収集には課題が残った。
提案 書を作り、見積もりを出すためには、何を確認し て、どのようなデータを入手する必要があるのか、 その点が曖昧であったために、何度も荷主と連絡 を取ったり、必要以上に現場訪問を繰り返さなけ ればならなかった。
それも影響して荷主への回答や返事などのレス ポンスに時間がかかり過ぎていた。
(これは他の 多くの物流会社にも同じことが言える)打ち合わ せや商談を行っても次回の訪問日時を決めてこな いため、いざ再訪問となっても先方が出張など不 在で話が詰められないということもあった。
総じて、 要領が悪かったのである。
しかし、素人集団ならではの強みも発揮した。
既成概念を持たずに自由な発想で輸送インフラを 組み立てたり、あるいは荷主の情報に過剰反応し て提案の作成に必要以上の労力をかけてみたり、 いわゆる上手な駆け引きができなかったことで、 かえって荷主からの信頼を得ることに繋がった。
こうして苦労を重ねながらも、三つの案件すべ てについて、見積書を提出する段階まではこぎ着 けた。
荷主からの回答はまだ出ていない。
しかし、 たとえ受注を逃したとしてもT社の営業専門部隊 は経験という大きな財産を手にしたはずだ。
T社に限らず物流業界は現在、前例のない危機 に直面している。
昨夏にピークを迎えた原油の高 騰は、今になって振り返ればコストだけの問題で あった。
手の打ちようはあった。
ところが今回の 世界同時不況による物量の減少には逃げ場がない。
大部分の物流会社が損益分岐点を下げ、縮小均衡 を迫られている。
しかし、コスト削減だけでは未 来の展望は開けない。
危機を体質改善の好機とし て、将来に向け活路を開く必要がある。
大手機械メーカー と自動車関連メーカーを主要荷主として、九カ所 に事業所を配置し、それぞれ地域に密着した効率 の良い経営を行っている。
今から約四〇年前、倒 産しかかっていた同社を現社長が譲り受け、建て 直しを図りながら着実に業績を伸ばしてきた。
ところが、年商一〇〇億円の大台に手も届こう かというところまで来て、先行きに突然暗雲が立 ちこめた。
米国の金融危機に始まった世界同時不 況で主力荷主の輸出に急ブレーキがかかってしま ったのである。
その影響は想定していたよりもず っと速いスピードでT社に押し寄せた。
わずか数 カ月の間に物量が見る見る減少していく。
対前年 比の月次売上二八%減という惨状である。
これまでT社はメーンの輸送業務の他に、保管、 流通加工、庫内作業、引越しなどに事業領域を拡 大して、リスクの分散に努めてきた。
特定の荷主 や業種に依存することも可能な限り避けてきた。
実際、主要荷主二社以外にも、食品や日用雑貨卸、 小売業のセンター運営などの案件も手掛けている。
それでも、T社の売上高に占める主要荷主二社の 比率は七〇%からなかなか下がらなかった。
T社のみならず、一般に年商一〇〇億円クラス の物流会社では、最大手荷主の売り上げが全体の 三割強、二番手が二割程度という構成になってい ることが多い。
物流会社側でいくら売上構成比の バランスを変えようと努力しても、主要荷主の業 績が拡大すれば思うようにはならない。
物流会社 にとって売上拡大はもちろん喜ぶべきことだが、 特定荷主に依存する事業構造から脱せないという ジレンマには常に悩まされることになる。
かつて筆者がコンサルティングに入った、年商 一〇〇億円クラスの別の物流会社では、荷主一社 当たりの売上構成比が三%を超えた荷主を「警戒 レベル」として位置付け、最大でも五%を超えて はならないという社内ルールを設けていた。
しかし、 その結果として毎年荷主の三割が入れ替わるとい う不安定な経営を強いられていた。
売り上げの分 散はそう簡単ではない。
しかし、今回のケースのように“勢いのある大 手荷主”との取引が、物流会社にとって時に深刻 な事態を生み出す可能性もまた否定はできない。
物量と売上高が急速に膨らむため、物流会社は他 の荷主や新規荷主の獲得に手が回らなくなってし まう。
その結果、ますます主要荷主への依存度が 増していく。
T社はそのリスクをまともに被って しまったわけである。
突如として直面した危機に対応し、T社では常 務を中心とする緊急プロジェクトチームを発足さ せた。
性格の異なる二種類のアプローチが対策と して打ち出された。
一つはコスト削減。
そして、 もう一つは提案営業部隊の発足であった。
不況に 直面してコスト削減を実施するのは、どこの会社 でも同じであろう。
T社の場合はそれと並行して、 この機会に将来に向けた布石を打とうと考えたわ けである。
コスト削減のため、プロジェクトチームはまず、 事務所を巡回し“ムダ取り”を実施した。
事務所 スペースの縮小や駐車場の解約、フォークリフト の台数削減、路線運賃の値下げ交渉、派遣スタッ 主要荷主の物量急減を生き延びる 売り上げの7割を占める主要荷主の物量が一気に3 割もダウンしてしまった。
回復のメドは全く立たない。
一切のタブーを設けず、コスト削減を徹底した。
しか し、それだけでは足りない。
先の見えない世界同時 不況を生き残るために活路を開く必要があった。
あおき・しょういち青木正一 日本ロジファクトリー 代表 1964年生まれ。
京都産業大学経済 学部卒業。
大手運送業者のセールスドラ イバーを経て、89年に船井総合研究所 入社。
物流開発チーム・トラックチーム チーフを務める。
96年、独立。
日本ロ ジファクトリーを設立し代表に就任。
現 在に至る。
HP:http://www.nlf.co.jp/ e-mail:info@nlf.co.jp 事例で学ぶ現場改善《第72 回》 特集 41 JANUARY 2009 フの打ち切り、パート・アルバイトの削減、残業 の廃止、携帯電話サービスの変更、さらには蛍光 灯や紙の使い方に至るまで、徹底してムダを潰し ていった。
もちろん低燃費走行や商品事故、車両 事故の撲滅についても厳しくチェックした。
本社サイドでも、減車車両の積み増し、荷主へ の出先機関を除く事業所の統廃合、倉庫建設の凍 結など、ほとんどすべての領域にメスを入れた。
役員報酬のカットも行った。
誰からも異論は出な かった。
それでも足りなければ、後はT社のよう な地域密着型企業が最も恐れる地元採用の正社員 の整理解雇しか選択肢がなくなってくる。
これまで高い収益性を維持してきたT社といえ ども、二八%の売り上げ減少は尋常な事態ではな かった。
事業を継続していくには損益分岐点を少 なくとも二〇%は下げなければならない。
聖域を 設ける余裕などなかった。
一方、提案部隊の発足。
これまでT社には営業 の専門組織が存在しなかった。
各事業所の所長を 中心とした活動で一定レベルの受注は獲得できて いた。
しかも受注の大半は、地域密着型の運営を ベースとした「口コミ」と「紹介」というルート であったため、本社のスタッフ部門として本格的 な営業部隊を組織する必要がなかったのである。
この体制を改め今回、若手執行役員のM氏を長 として計五人の専門チームを発足させることにな った。
このチーム編成には我々日本ロジファクト リー(NLF)も一枚噛んでいる。
これに先立つ 約半年前、NLFはT社で提案営業の研修を実施 している。
その結果に基づいて適正な人事案をT 社側に提示したのである。
もっとも、新設した部隊はまだ、基礎研修を受 けた適性のある人員の集まりという段階であり、 実践は積んでいない。
部隊の長である若手執行役 員のM氏だけはT社で唯一従来から提案営業を行 っていたが、その他の四人はほとんどゼロからの 出発である。
素人集団と言ってよかった。
彼らに提案営業の研修を行った我々が、そんな 言い方をするのは無責任に聞こえるかも知れない。
確かに営業部隊のメンバーには計十二回にわたる 研修で、営業の考え方、業務の内容、マーケティ ングの進め方や提案書の作成方法、他社事例やロ ールプレイングによる実習などを実施してノウハウ を叩き込んだ。
しかし、研修でできることには限 界もある。
受注を獲得できる営業マンになるには、 やはり数多くの実践を積む必要がある。
提案営業部隊の新設に活路求める そこで我々NLFが対応しているコンサルティ ング案件のなかから、実践の機会を紹介すること にした。
具体的には、外資系化学品メーカーの物 流コンペへの参加を促し、他に中古リサイクル販 売の店舗回収業務、そして国内販売を主力として いる金属メーカーの代理店配送と保管業務の三つ の提案営業案件を紹介した。
本格的な実践を前にして、M氏を中心としたメ ンバーは少々腰が引けていた。
しかし、T社の置 かれている現状を改めて説明し、このチームが積 極的に前に出ていかなければ展望は開けないこと を伝えて、ハッパをかけた。
三つの案件のうち外資系化学品メーカーの物流 コンペでは基礎研修の知識をそのまま活かすこと ができた。
提案書は十分他社と戦えるレベルにあ った。
ただし、情報収集には課題が残った。
提案 書を作り、見積もりを出すためには、何を確認し て、どのようなデータを入手する必要があるのか、 その点が曖昧であったために、何度も荷主と連絡 を取ったり、必要以上に現場訪問を繰り返さなけ ればならなかった。
それも影響して荷主への回答や返事などのレス ポンスに時間がかかり過ぎていた。
(これは他の 多くの物流会社にも同じことが言える)打ち合わ せや商談を行っても次回の訪問日時を決めてこな いため、いざ再訪問となっても先方が出張など不 在で話が詰められないということもあった。
総じて、 要領が悪かったのである。
しかし、素人集団ならではの強みも発揮した。
既成概念を持たずに自由な発想で輸送インフラを 組み立てたり、あるいは荷主の情報に過剰反応し て提案の作成に必要以上の労力をかけてみたり、 いわゆる上手な駆け引きができなかったことで、 かえって荷主からの信頼を得ることに繋がった。
こうして苦労を重ねながらも、三つの案件すべ てについて、見積書を提出する段階まではこぎ着 けた。
荷主からの回答はまだ出ていない。
しかし、 たとえ受注を逃したとしてもT社の営業専門部隊 は経験という大きな財産を手にしたはずだ。
T社に限らず物流業界は現在、前例のない危機 に直面している。
昨夏にピークを迎えた原油の高 騰は、今になって振り返ればコストだけの問題で あった。
手の打ちようはあった。
ところが今回の 世界同時不況による物量の減少には逃げ場がない。
大部分の物流会社が損益分岐点を下げ、縮小均衡 を迫られている。
しかし、コスト削減だけでは未 来の展望は開けない。
危機を体質改善の好機とし て、将来に向け活路を開く必要がある。
