2009年1月号
特集

物流機器を突破せよ 事業継続計画「BCP」の作り方

JANUARY 2009  42 ケーススタディ 倉庫が水浸しに  二〇〇八年一〇月、東海地方に上陸した 台風二一号の影響により、ABC物流の倉庫 近くにある新川が氾濫し、大洪水をもたらし た。
洪水による被害はABC物流の倉庫にも 及んだ。
庫内は水浸しとなり、保管貨物のほ ぼ五〇%を廃棄せざるを得ないことに。
 庫内に浸水した水は三日ほどで引いた。
し かし、庫内はひどい汚れと悪臭で使いものに ならない。
修復業者に依頼したが、人手不足 を理由に修復工事開始まで三週間以上も待た なければならなかった。
さらに修復に一カ月 以上を要したので、洪水による被害を受けた 日から二カ月間は業務を行なうことができな かった。
 これによる損失は、売り上げが二億円、コ スト(人件費)が一億円、修復費が二億円、 顧客の貨物水濡れ損害への賠償金等が一〇億 円で、総額一五億円にのぼった。
このうち損 害保険で補填できたのは、貨物水濡れ損害金 の二億円だけであった。
 ABC物流のA社長は、緊急洪水対策本 部を設立し、今後の対策を会社幹部と話し合 った。
その結果、会社内に「危機管理本部」 を設立することで合意を得た。
危機管理本部 長には財務部長のB氏を任命した。
 このケーススタディはフィクションだが、これま で著者が物流業界で見聞きしてきた実体験がベー スとなっている。
この話を題材に読者に一つ質問 したい。
物流企業のリスクマネジメントという観 点から見て、ABC物流の対応には問題があった と言わざるを得ない。
何がいけなかったのか。
あ なたはどう答えるであろうか。
 筆者なりに整理すると以下のようになる。
■洪水による損失が一五億円にものぼり、そのう ち保険で補填されたのは二億円に過ぎなかった という事実は保険管理システムの不備を示して いる。
既存の損害保険の見直しが必要である。
火災保険、休業に伴う利益の損失を補填する「利 益保険」、営業を継続するための費用を補填す る「営業継続費用保険」、倉庫での保管中、販 売先への輸送中などのリスクをカバーする「ロ ジスティクス総合保険」などへの加入を検討す る必要がある。
■もともと、この倉庫は洪水の被害を受け易い場 所に立地していたと考えられる。
倉庫立地に関 する戦略コンセプトに不備があったと考えられる。
■洪水の被害にあってから、初めて緊急洪水対策 本部を設立し、さらに「危機管理本部」を設立 している。
これはリスク(危険源)の洗い出し とその評価、対応策が事前には全く行われてい なかったことを意味している。
復旧および修復 に二カ月もの時間がかかったのも事前の計画が なかったからだ。
■倉庫内の汚れや悪臭を避けるための行動計画が 導入されていない。
事故後の顧客、施設、情報 システム、従業員などへの対応プロセスにも不 備があると考えられる。
 これら一連の問題は、ABC物流に「BCP (Business Continuity Planning:事業継続計画)」 事業継続計画「BCP」の作り方  企業のリスクマネジメントは「BCP(事業継続計画)」 が、その基本となる。
ところが日本では、ほとんどの 物流会社がBCPを作成していない。
外資系物流企業で 長年にわたりリスク管理に携わってきた業界のスペシャ リストが、物流事業におけるBCPの立案法とマニュアル の作り方を解説する。
宇野 修 ロジスティクスバンク 代表 宇野 修(うのおさむ) 1946年、長野県松本市生まれ。
青山学 院大学法学部卒。
英国航空、フライング タイガー航空、エア・カナダ、ジャパン・シェ ンカー、エクセル・ジャパンを経て、08 年にロジスティクスバンクを設立。
代表に 就任。
現在に至る。
著書に『国際航空貨 物マーケティング』日通総研選書(白桃 書房・1993年)、『「売る」ロジスティク ス品質の創造』白桃書房・2003年がある。
http://www.e-logisticsbank.com/ 特集 43  JANUARY 2009 が導入されていないことの証明である。
このよう な災害(洪水)は、頻繁に起こるわけではなくても、 常にその可能性を否定できないものである。
そし て、いったん事故が起きればその損失は計り知れ ないものとなる。
 事業を安定的に継続していくためには、予測 不可能な事故に遭遇した場合にも、その被害を最 小限に抑え、企業として存続する道を確保してお く必要がある。
それがリスクマネジメントであり、 その柱となるのがBCPである。
 予測不可能なリスクに遭遇した時、BCPがあ るのとないのとでは、その損失額に大きな差が出 てくる。
ABC物流の場合であれば、BCPに基 づいて事前にリスクの洗い出しを行い、倉庫立地 が危険な場所にあるということを組織として把握 していれば、そもそもその場所に倉庫を作らなか ったかも知れないし、作った場合でも洪水の被害 を避ける設計がなされていたはずである。
 またBCPに基づき、洪水の危険を予測し、利 益保険、営業継続費用保険、ロジスティクス総合 保険への加入を検討していれば、損失額は一定の レベルに納まっていたはずである。
少なくとも一 五億円─二億円=十三億円にも及ぶ損失は被らな くて済んだのである。
BCP(事業継続計画)の策定  物流企業におけるBCPの目的は、危機の際に 企業の財産(従業員、所有物、不動産)と倉庫 内に保管する顧客の財産(貨物)、協力会社の財産、 倉庫の周りにあるコミュニティおよび環境を守る ことである。
 これを実現するために必要となるのが事前と事 後の対応プロセスの構築である。
これらをBCP マニュアルに整理し、マニュアルに従って教育・ 訓練およびシミュレーションを実施し、さらに継 続的な改善を実行することによって危機による損 失を最低限に抑えることができる。
?危機管理委員会(CMT)の設立  BCPの策定は社長直轄の「危機管理委員会/ CMT( Crisis Management Team)」を組織す ることから始まる。
危機管理委員会なしにBCP の計画立案と実行はできない。
リスクマネジメン ト担当役員を委員長に任命し、各部門(財務、人 事・総務、営業、情報、オペレーション、広報など) の代表者をメンバーに揃えてチームを組織する。
?基本コンセプトの理解  まずは危機管理委員会のメンバー全員がBCP の基本コンセプトを理解しなければならない。
そ の基本資料となるのが、経済産業省技術院が〇一 年三月二一日に制定した「JIS Q二〇〇一(リ スクマネジメントシステム)概念図」(図1)である。
この概念図は七つの原則によって構成されている。
「?方針」、「?計画」、「?実施」。
「?評価」、「? 改善」、「?最高責任者によるレビュー」、「?体制 維持」である。
 つまりBCPは「ISO9001(品質マネジ メントシステム)」や「ISO14001(環境 マネジメントシステム)」、「OHSAS18001 (労働安全衛生マネジメントシステム)」、「ISO 27001(情報セキュリティマネジメントシステ ム)」等と同様に、「PDCA(Plan-Do-Check-Act)」 コンセプトを採用している。
方針に基づいて、計 画し、実行し、評価し、見直すというサイクルを 回すことにより、継続的改善を実行していくので ある。
?BCPの進め方の理解  図2はBCPの進め方(プロセスチャート)の 概要を示したものである。
この図のようにBCP のプロセスは、予防のための「事前リスクマネジ メントシステム」と、被災直後の初期対応とその 後の復旧・修復プロセスを示す「事後リスクマネ ジメントシステム」の二つから構成される。
 事前リスクマネジメントシステムは、リスクが顕 在化する前、つまり平常時において実施するもの であり、その目的はリスク顕在化の防止およびリ スクの低減(分散)である。
 一方の事後リスクマネジメントシステムは、リス ク顕在化直後に実施するものであって、その目的 ?組織の最高責任者による レビュー(Act) ?パフォーマンス評価、および 有効性評価(Check) リスクマネジメントシステム(BCP)維持のための体制・仕組み ?継続的改善・体制維持 参考文献 『リスクマネジメントシステム構築のための指針』JIS Q 2001:日本規格協会  発行/ 2001 年 『東京海上 第7 回危機管理セミナー:JIS Q 2001 新しい企業経営とリスクマ ネジメント』テキスト、2001 年5 月 図1 JIS Q 2001 リスクマネジメントシステム(BCP) の概念図(P-D-C-A) ?方針 ?計画(Plan) ?実施(Do) ?是正・改善の実施(Act) JANUARY 2009  44 は、被害の最小化、被害拡大防止、二次被害の防止、 復旧対策の早期立ち上げなどにある。
緊急時に必 要となる対策を、どれだけ平常時に備えておくこ とができるかがポイントである。
?BCPマニュアルの作成  危機管理委員会の全員がBCPのコンセプトと 進め方を理解したら、次はマニュアルの作成である。
最初に作成するのはリスクを種類別に分類したマ スターファイルである。
 企業のリスクは大きく分けると四つに分類できる。
?災害・事故などのリスク、?経営リスク、?政治・ 経済・社会リスク、?サプライチェーンリスクであ る。
これらの四つのリスクを必要に応じて中分類、 小分類することにより、マスターファイルを作成 する。
 BCPマニュアルの内容は、リスクの種類によ って変わってくる。
地震・洪水などの災害と、貨 物の損傷・遅延・盗難などの輸送事故では、その 対応プロセスに当然違いが出てくる。
分類したリ スクの各々について、BCPを事前に作っておく。
以下に物流事業を対象としたリスク別BCPマニ ュアルの作成方法を順に説明していく。
?リスクの発見  危機管理委員会の次の仕事は組織内外に潜むリ スクの発見である。
組織図、各部門の業務プロセ ス図、サプライチェーンのプロセス図に基づき、あ らゆるリスクを、災害・事故リスク、経営リスク、 政治・経済・社会リスク、サプライチェーンリス クという四つの視点から洗い出す。
 「チェックリスト」を作成することで効率的にリ スクを発見できる。
このリスト作りには「ISO 9001」や「ISO14001」、「ISO2 7001」、「OHSAS18001」、「TAPA」 の手法を参考にできる。
ただし物流企業の場合に は、一般的なリスクのほかに、倉庫資産評価リスト、 サプライヤー評価リスト、倉庫会社・運輸会社リ ストなども作成しておくことが要求される。
 荷主の工場内、フォークリフト作業、トラック での集荷、フォワーダーの倉庫内、キャリアの倉 庫内、航空機・船、目的地の空港・港、顧客へ の配送というプロセスの中には、様々なリスクの 発生原因が存在している。
サプライチェーンの「端 から端まで」の全てのリスクを洗い出すのである。
?リスクの特定  こうして明確にされたリスクを分析・整理し、 自社やサプライチェーンに重大な結果をもたらす と懸念されるリスク、および結果の重大性の判断 が困難なリスクを特定する。
これはリスクマネジ メント責任者の役割であるが、その前提となるの が危機管理委員会によるブレーンストーミングで ある。
?リスクの評価  特定したリスクが顕在化する発生確率、顕在化 した場合の影響の大きさを定量的・定性的に把握 して、リスク対応の重要度をランク付けする。
例 えば倉庫に保管してある危険品が爆発する確率、 爆発したらどのような影響があるのかを定量的・ 定性的に把握する。
リスク評価には図3のマトリ 図2:BCP の進め方(プロセスチャート) 事前(Pre-Incident) 事後(Post-Incident) リスク/危機 予防(Preventive Action) 初期対応(First Intervention) 復旧 許容限界 100% 50% 0% ?危機管理委員会の組織化 ?リスク(危険源)の洗い出し ?リスクマネジメントの計画策定 ?BCPマニュアルの作成 ?能力・教育・訓練 ?シュミレーション訓練 ?BCPの見直し 事前リスクマネジメントシステム事後リスクマネジメントシステム ?危機管理委員会(CMT)の集合/被 災後6 時間以内 ?CMT会議の開催 ?CMTチームの役割確認 ?CALL TREE(緊急連絡網)により関 係者に連絡 ?災害状況の分析(修復できるもの・修復 できないもの) ?保険でカバーできるコストとできないコスト の算出 ?復旧計画の作成と実行  (復旧開始ー復旧作業ー復旧終了ー事 業開始) (Recovery) 0 日 10 日 20 日 30 日 40 日 50 日 操業度 時間軸 参考資料:TALISMAN 経営者とリスク マネジメント/ 2001 年7 月号(東京海上 リスクコンサルティングの解説誌) 図3 リスクアセスメント(リスク評価)/リスクマトリックス ※BS8800 付属書D(英国の標準的なリスク評価手法の一つ) 軽微な危害 中程度の危害 重大な危害 あまり起こらない ささいなリスク 許容可能なリスク 中程度のリスク 起こりやすい 許容可能なリスク 中程度のリスク 重大なリスク 頻繁に起こる 中程度のリスク 重大なリスク 耐えられないリスク ※「許容可能な」とはリスクが合理的に管理可能な最低レベルまで低減されたことを、 ここでは意味する。
特集 45  JANUARY 2009 クス(BS8800 付属書D)を使うとよい。
ちなみにBS8800は英国の標準的なリスク管 理手法の一つである。
?対策の選択  リスク評価の次の作業は「対策の選択」である。
リスクを最小限に抑えるための具体的な管理方法 を確定する。
リスク対策は「移転」、「回避」、「許 容」、「対処」の四つに整理できる。
図4は損失額(縦 軸)と発生頻度(横軸)に基づくリスク対策の選 択マトリックスである。
 このうち「移転」は、リスクに対する責任は保 持しながらも、リスクが発生した場合の損害は第 三者に移転するという対策である。
ポイントにな るのは損害保険の付保である。
火災保険、利益保 険、ロジスティクス保険、運送業者賠償責任保険、 国際運送約款、国内運送標準約款などを厳密に見 直して最適化する。
 「回避」は、損害の移転が効かず、いったん発 生すれば事業を存続できなくなるほど大きな損害 が発生するリスクを対象とした管理方法である。
リスクを移転したり、低減するのではなく、行動 しないことによってリスクが発生する可能性自体 を回避するという経営判断を下すわけである。
 「許容」は管理する費用対効果が見合わないリス ク、管理するには影響が小さすぎるリスクに対応 する。
ただし「新たな対策は必要でない」と判断 した場合でも、その理由およびそのリスクの監視 方法については文書化し記録しておく必要がある。
 そして「対処」には発生・影響を減らすための 組織的な活動をして、受容可能なレベルまで低減 すべきリスクが該当する。
?プログラムの策定  それぞれのリスクについて、リスクマネジメント プログラムを策定する。
リスクマネジメントプログ ラムは事前と事後に分け、それぞれについてリス ク対策の具体的な内容、各部門におけるリスク対 策の日程、利用する経営資源、責任の範囲および 所在を明示しておく必要がある。
?復旧業者のリスト/選定/契約  冒頭のABC物流の事例でも分かる通り、災害・ 事故が起きてから、復旧業者を探し、復旧作業を 始めても手遅れである。
事前に復旧業者をリストし、 修復業務を含めた契約を結んでおく。
?緊急連絡網リストの作成  災害・事故が起きたらすぐに連絡がとれるよう に緊急連絡網リスト(Call Tree)を、従業員、顧客、 サプライヤー、公共施設、警察、消防を含めて作 成しておく。
?代替オフィス/代替倉庫の確保  災害・事故が発生し、オフィス・倉庫の復旧作 業が終了するまでの間に事業を継続するための代 替オフィス・代替倉庫の事前の確保もBCP策定 には欠くことのできない課題である。
不動産会社、 倉庫会社、復旧業者と協力し、代替サイトを確保 するプロセスを構築しておく。
一般に代替倉庫の 確保は可能であっても、代替オフィスの確保は簡 単にはいかない。
いざという時には在宅勤務によ り事業を継続できる仕組みを作っておくことも検 討すべきだろう。
?BCP維持のための体制作り  危機管理委員会による全従業員を対象にした能 力向上のための教育・訓練の実行が必要である。
完成したBCPマニュアルに基づき、BCPの全 貌を全従業員に教え込む。
その目的はリスクの発 見および特定のための情報収集、関係者との間の 誤解または理解不足に基づくリスク顕在化の防止、 関係者に及ぼす可能性のある被害の回避および低 減である。
シミュレーションは最低年一回、「あ る災害─被害想定─事故発生─会議の開催─緊 急連絡の実施─復旧開始─復旧終了─事業開始」 というプロセスで実施する。
シミュレーションを重 ねることにより、BCPを見直していく。
 以上が物流業務に関わるBCPマニュアルの全 容である。
あるリスクについてのBCPマニュア ルが完成すれば、それを他のリスクにも応用できる。
このBCPマニュアルを基にシミュレーションを繰 り返し、内容をブラッシュアップしていくことで 企業のBCPは進化していくのである。
図4 リスク対策の選択 移転(保険など) TRANSFER 回避 TERMINATE 許容(経営判断) TOLERATE 対処 TREAT 損失額 発生頻度 許容 リスクを管理する費用対効果が見合わない 場合またはリスクが管理するには小さすぎる。
対処 リスクの発生・影響を減らす活動をし、受 容可能なレベルまでリスクを低減する。
移転 損害を保険または第三者に移転する。
リス クに対する責任は維持する。
回避 リスクがあまりにも大きすぎるので、リスク対 策を行わない。
同時に、行動しないことに より、リスクを回避する。

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