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うけど、企業は、みずから何とかなるようにし
ないといけないな」
そんな大先生の言葉に部長氏が頷く。
「たしかにそうです。 景気が悪いから業績が悪
いんだなんて、景気のせいにしては、企業は成
り立ちません。 そこで、おまえら頑張れってう
ちの部がトップから発破を掛けられてます。 い
やー、こんなときに営業の責任者なんてやるも
んじゃありませんよ」
大先生が、にっこりと微笑み、首を振る。
「口ではそう言うけど、顔は楽しそうだ。 いま
は営業が楽しいときなんじゃないの?」
大先生の言葉に部長氏が「いやー、ご賢察で
す。 先生にはかないません」などと言って、わ
ざとらしく頭を掻いている。 そこに女史がコー
ヒーを持ってきた。 また、部長氏がわざとらし
く褒める。
「いやいや、ありがとうございます。 先生の
事務所でいただくコーヒーは美味しいと巷では
評判ですよ」
それを聞いて、大先生が呆れた顔で「また、見
え透いた、いい加減なことを」と言う。 それに
はかまわず部長氏が突然話題を変える。
「ところで、先生は、今年の正月も家に篭っ
て箱根駅伝ですか? 早稲田は残念でしたね‥
‥」
「うーん、まあ、残念といえば残念だったけど、
それでもおもしろかったし、いろいろ勉強にも
暗い世相に下を向いてばかりでは、突破口は開けない。
物流コストの削減ニーズは不況の時こそ大きくなる。 物流
企業は実力を発揮するチャンスだ。 場当たり的な安売りや
御用聞き営業とはおさらばして、目の覚めるような提案を
荷主にぶつけてみよう。 大先生がその支援に乗り出した。
湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第67回》
不況の今こそ提案営業【その1】
大先生の日記帳編 第17 回
厳しいときこそ営業は楽しい
大先生が自席で窓の外を眺めている。 外は寒
風が吹き荒んでいる気配だ。 大先生が「外は寒
そうだな」と女史に声を掛けたとき、突然、事
務所の扉が開き、「先生いらっしゃいますか?」
と大きな声がした。 「一体誰なんだ?」と大先
生が怪訝そうに扉の方を見ると、そこに旧知の、
ある大手物流企業の営業部長がにこにこして立
っていた。
実は、ある物流団体の新年賀詞交歓会で久し
振りに顔を会わせ、慌しく近況報告をしたあと
「近くに来たら事務所に遊びに来るように」と大
先生が誘っていたのである。
部長氏はいかにも寒そうな風情だ。 女史がコ
ートを受け取るために手を出すと、「冷たいで
すよ」などとさりげなく気を遣う様子を見せる。
大先生が呆れた顔でそのやりとりを見ている。
大先生に促されて、ソファに座ると、部長氏
が唐突に話し出した。
「寒風も厳しいですけど、世間の風も厳しいで
すね。 うちは惨憺たる状況です。 今年度の決算
が思いやられます。 寒さの方は、もう底をうつ
んでしょうが、景気の方はどうなるんでしょう
かね?」
部長氏の独り言のような物言いに大先生が意
味不明に答える。
「どうなるんだろうね。 なるようになるんだろ
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なった」
大先生の意味深な物言いに同じ早稲田出身の
部長氏が乗ってきて、しばらく駅伝談義が続い
た。
根拠のない料金値引きはしない
いつまで駅伝の話を続けるのだろうと、女史
が時計を見ながら心配そうな顔をしたとき、突
然、大先生が話題を変えた。
「昔から、物流は『不況の落とし子』と言わ
れていて、不況になると、コスト削減という点
で物流が脚光を浴びる。 トップから物流コスト
を下げろという指示が出る。 まあ、決して好ま
しい脚光じゃないけどね」
大先生の言葉に部長氏が頷き、身を乗り出し
て話し出す。
「たしかに、コストを下げる提案をしてくれと
いう要請は多くあります。 ただ、私は、うちの
営業マンたちには根拠のない料金値引きは一切
禁じています。 安易に安い料金で受けてしまう
と、既存のお客さまとの関係もあって、場合に
よっては際限のない料金ダウンに追い込まれる
危険がありますので」
大先生が大きく頷くのを見て、部長氏が続け
る。
「それに、一般的に言って、どの企業も、こ
れまで物流の効率化はそこそこやってきてます
から、これまでと同じ土俵では、そう簡単にコ
ストなど下がりません‥‥」
部長氏の話を遮るように、大先生が興味深そ
うに聞く。
「これまでと同じ土俵?」
「はい、これまでの物流のやり方のままでコス
トを下げようとしても、そんな大きなムダが存
在するわけではありませんから、無理というこ
とです。 そうなると、コストを下げるためには、
われわれの身を削ることをしなければなりませ
ん。 そんなことまでして仕事を取っても、決し
ていいことはありません。 もちろん、仕事を取
らないでいいというわけではありませんが‥‥」
「そこで、何か新しいことをやろうとしてるわ
けだ?」
「はい、うちの部は新規顧客の開拓が中心です
が、新規の仕事を取るために、部を挙げて新し
いことにチャレンジしている最中です。 その意
味では、たしかに私だけでなく、部全体で楽し
んでます」
大先生が「へー、すごいな」と言って頷くの
を見て、部長氏が鞄から一冊の本を取り出して、
大先生に見せる。 大先生が先月出版したばかり
の新しい本だ。
「へー、それもう読んだの? 早いな。 おれだ
って、まだ読んでないのに‥‥」
大先生が軽いジャブを飛ばすが、さすがに大
先生慣れしている部長氏は動じない。
「はい、先生より先に読ませていただきました。
一応、先生が出された本は全部読んでます」
「一応‥‥って何?」
大先生の問い掛けに部長氏が即答する。
「はい、読んではいますが、そのとおりでき
てはいないという意味での一応です」
大先生が苦笑する。 部長氏が続ける。
「この本の中に、本気で3PLをやるのなら、
これまでの延長線上での提案は一切するな、3
PLならこういう提案をしろというようなこと
が書いてありますよね。 そうそう、荷主の物流
担当者の目が覚めるような提案をしろともおっ
しゃってます」
大先生が、このあとどんな話になるのか興味
深そうな顔で頷く。 部長氏が続ける。
「先ほど、いまや企業の物流には大きなムダは
ないって言いましたが、それは目に見えるムダ
を言ってるんで、実は目に見えないムダという
ものが現実にはたくさんあります‥‥」
大先生が、ソファにからだを預けて、苦笑し
ながら部長氏を見ている。 それを見て、部長氏
が「あっ」と言って、頭を下げる。
「済みません。 釈迦に説法でした。 つい、お
客様への説明口調になってしまいました。 要す
るに、以前から先生が言い続けておられる、物
流活動の効率化ではなく、本来必要のない物流
を徹底して排除しましょうよという提案をして
いるわけです。 『物流コスト三〇%削減提案』と
銘打ってます」
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大先生が「ふーん」と言って、コーヒーを手
に取る。 大先生から何もコメントがないので、部
長氏がさらに続ける。
「えーとですね、先生お得意の在庫管理と物
流ABC(活動基準原価計算)という二つの技
法を使って、ある事例で、見えないムダを見え
る形にして示して、『一般的には、こんなに大
きなムダがあるんですよ。 御社もこのムダを明
らかにして、それを一緒になくしていきません
か』って提案してるんです。 尊大なチャレンジ
かもしれませんが、こんな時期ですから、そう
いう提案こそが意味があるのではないかと思っ
てやっているところです」
革新的な提案が荷主の興味を引いた
部長氏が一呼吸置くのを見て、大先生が、半
信半疑の風情で話しかける。
「在庫管理や物流ABCについて、おたくの営
業マンたちは熟知してるってこと? 正直、そ
れは凄いな。 それでは、コンサルの出番がなく
なってしまう」
「いえー、熟知なんかしていませんよ。 営業に
使える範囲の知識を私が教え込んだって程度で
す。 もし、それに荷主さんが本気で乗ってきて、
それをやりたいということになったら、すぐに
先生のご支援を‥‥」
「それは危ないな。 生兵法は怪我の基だよ。 そ
の提案に興味を持つ人は結構そのあたりについ
になってしまいました」
大先生が「さもありなん」という顔で頷き、楽
しそうに続きを聞く。
「それで、その二人は、もうこんな営業なんか
やりたくないって?」
「そう思うでしょ? ところがどっこいなんで
す」
「どうどっこいなの?」
妙なやりとりにパーテーションの向こうで女史
が笑いを懸命に堪えている様子が窺える。 部長
氏が続ける。
「やり込められはしたんですが、実は、彼らが
言うには、荷主の物流担当の方と物流のあり方
について真剣に話し合ったのは初めての経験だ
った、冷や汗をかいたけど、それは、彼らの言
葉を使えば『エキサイティングな経験』だったと
言うんです。 そして、荷主の担当の方と話すと
いうことがどういうことなのかわかった、もっ
と勉強するって、こうです」
部長氏がやや興奮気味に説明する。
「荷主の目を覚ます、じゃなく、自分で目覚め
たってわけだ。 いいことだ」
「はい、そうなんです。 その荷主の担当の方が、
別れ際に、『おもしろい提案だった。 うちの課題
を解決して実現可能な案ができたら、また来て
くれ』っておっしゃってくれたそうです。 その
言葉が彼らを奮い立たせたようです」
「へー、なるほど。 それで、他の営業の連中は
てよく知ってるって人じゃないか‥‥」
大先生の話の途中で部長氏が割り込んだ。
「それなんです。 実は、うちは八人の営業がい
るんですが、先週ですね、二人一組にして、ツ
テを頼ってアポを取った四社のお客様のところ
に行かせたんです。 そのうちの一社の担当者の
方が先生のご本を読んでいて、先生はおたくの
顧問をされているのかと聞かれ、さらに、こう
いう場合はどう対処するのかとか難しい質問を
されて、しどろもどろになって、結局うちの実
現能力を疑われてしまったという情けない結果
湯浅和夫の
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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なんて言ってた?」
「それなんです。 うちは、正直に言いますと、
これまでの営業は御用聞き営業でした‥‥」
「よく知ってる」
間髪いれずに大先生が返事をする。 部長氏が
小さな声で「はい」と言って、体勢を立て直す
ように座り直し、続ける。
「それが、今回は、まったく違う、まさに画
期的な提案でしたので、まずお客様のほうで驚
かれたようです。 なにか講義を聞くようにメモ
を取りながら聞いてくださったそうです。 うち
の連中の拙い話なんですけどね。 もちろん、そ
れですぐに仕事に結びつくことはありませんが、
いい感触だったと彼らも興奮気味でした。 あっ、
そのうちの一社から『おたくに物流センターを
任せると、物流ABCをやってくれるのか?』
って聞かれて、『はい』と答えたら、ちょっと検
討させてくださいと言われたそうです」
提案力を高めるために
「ふーん、初めての経験がエキサイティングだ
ったというのは興味深いし、さもありなんって
感じもする。 やっぱり何でも一度体験してみる
もんだね」
「いやー、思った以上にいい結果になりました。
これまでも、口では、荷主のパートナーになれ
とか相談相手になれとか言ってきましたが、そ
んなの空論に過ぎません。 今回、それなりの手
応えを感じたのは、提案がかなり革新的だった
からのように思えます。 荷主の興味を引いたと
いうことです。 これを続けてみようと思ってま
す」
大先生も手応えを感じたかのような顔で大き
く頷く。 それを見て、部長氏が恐る恐る大先生
に話しかける。 声が小さい。
「そこで、ご相談なんですが、提案営業の支
援というか提案能力を高めるためのご指導のよ
うなことはしていただけるんでしょうか?」
「なに、今日は、仕事の依頼に来たわけ?
雑談しに来たわけじゃなく‥‥」
「はい、そうなんです。 済みません」
「別に謝ることはない。 おれが常々物流業者に
やってほしいと思ってたことだから、非常に興
味がある。 いいよ、やるよ」
「よかったー、よろしくお願いします。 ただ、
成約する前のご指導ですので、そんなにお支払
することはできません‥‥」
「当然だよ。 成約したら一定の成功報酬をもら
うけど、それまでは教育費用程度でいいよ。 そ
れより、提案のために使っている資料とかある
んだろ? それは持ってきてるの?」
「は、はい、あることはあるんですが、お見
せできるようなものでは‥‥」
「なに言ってるの。 営業支援コンサルをやろう
としてるのに隠しごとはだめだよ。 あっ、資料
広げるんだとここでは狭いな。 向こうに移ろう」
そう言って、大先生が会議テーブルに移る。 部
長氏が「まずいな」って顔で後に続く。 これは
長くなりそうだ。 女史がお茶を入れるために立
ち上がった。 (次回に続く)
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課
程修了。 同年、日通総合研究所入社。 同社常務を経
て、2004 年4 月に独立。 湯浅コンサルティングを
設立し社長に就任。 著書に『現代物流システム論(共
著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物
流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる
本』(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コンサルテ
ィング http://yuasa-c.co.jp
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