ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年10号
ケース
東京海洋大学――人材教育

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

OCTOBER 2005 38 海洋大学のもう一つの顔 東京海洋大学という校名を聞いて、どのよ うなイメージを思い浮かべるだろうか。
おそ らく読者の多くは研究室で海洋生物の解剖実 験を行ったり、実際に船に乗って海洋資源の 調査に出掛けるといったキャンパスライフを 想像するはずだ。
その認識は決して間違いではない。
例えば、 同大学の海洋科学部海洋環境学科の無脊椎 動物学研究室では、未だに数多くの謎が残さ れているイカ類の生態について日々研究して いる。
また、海洋工学部海事システム工学科 では約二カ月間の船舶実習を通じて学生たち に船舶運航の基礎を叩き込んでいるという。
このように東京海洋大学は?海のプロフェ ッショナル〞を養成する大学として広く知ら れているが、実は別の顔を持っている。
日本 では数少ない、ロジスティクスを専門的、か つ総合的に学べる大学でもあるのだ。
海洋工 学部に設置されている流通情報工学科は「ロ ジスティクスという言葉の意味を高校生は理 解できない」という文部科学省からの指導を 受けて、?流通情報〞という名称こそ付けら れているが、その実体はロジスティクス学科 と呼ぶに相応しい。
ロジスティクス先進国とされる米国ではミ シガン州立大学をはじめとする数多くの大学 でロジスティクスの専門コースが開設されて いる。
これに対して、日本ではロジスティク 国内唯一の工学系ロジスティクス学科 即戦力になりうる物流マンの卵を輩出 2003年に東京商船大学と東京水産大 学が統合して誕生した国立大学。
工学 系としては日本初となるロジスティク ス専門学科を設置している。
学生の定 員45人に対して教授・講師20人を充て る徹底した少人数教育を通じて、物流 の実務や情報システム、理論に強い人 材を育成。
物流企業や荷主企業のロジ スティクス部門に供給している。
東京海洋大学 ――人材教育 39 OCTOBER 2005 スを科目の一つとして用意する大学は増えつ つあるが、学科という大きな括りでロジステ ィクス教育に乗り出している大学はほとんど ない。
現在、ロジスティクス専門学科を持つ のは、文系では日本通運系の大学である流通 経済大学(流通情報学部流通情報学科)く らいで、理系(工学系)では東京海洋大学が 国内で唯一の大学とされている。
もっとも、東京海洋大学がロジスティクス 分野に強い大学であることはほとんど認知さ れていないのが実情だ。
海洋工学部の苦瀬博 仁教授は、「海洋大学と聞けば、一般の高校生 は『海について勉強する大学』を想像する。
そ の海の大学が教える?流通〞や?ロジスティ クス〞とはどのような中身なのか。
海水の運 び方でも教えてくれるか、という話になって しまう。
残念ながら、海洋大学という校名と流通情報工学という学科名からはロジスティ クスのイメージが湧いてこない。
ウチの大学 は名前で損をしている面がある」と説明する。
陸に目を向ける海の大学 東京海洋大学は二〇〇三年に東京商船大 学と東京水産大学が統合して誕生した国立大 学だ。
両校の歴史は古く、東京商船大学が三 菱財閥の創始者である岩崎弥太郎の経営する 三菱汽船会社によって一八七五年に創設され た「三菱商船学校」に、一方の東京水産大学 が一八八八年に設立された水産伝習所に端を 発している。
その後、両校は高等商船学校と第一水産講 習所に改称され、さらに第二次大戦後の一九 四九年には商船大学(一九五七年に東京商 船大学に改称)と、東京水産大学に生まれ変 わった。
以来、東京商船大学は船員をはじめ とする海運のプロを、東京水産大学は食品会 社などで活躍する研究者を数多く輩出するこ とで、日本経済の発展に大きく貢献してきた。
東京商船大学の商船学部にロジスティクス 専門学科の前身である「運送工学科」が誕生 したのは一九七八年。
日本の産業界で「物的 流通」や「物流」という言葉が使われ始め、 企業がその重要性を認識するようになった頃 だった。
当時はちょうど日本人船舶要員の需 要が減り始めた時期でもあったため、東京海 洋大学では航海学科、機関学科、船用制御 工学科といった船員を育てる学科だけではい ずれ学生が集まらなくなってしまうという危 機感から、今後は物流にも目を向けていくべ きだとして運送工学科を創設した。
運送工学科はトラックや倉庫といった陸上 部門の物流に詳しい人材の育成を目指して発 足したものの、航海学科から分離・独立した という経緯もあって、スタート当初のカリキュラムは海運系の色合いが濃かった。
船舶へ の最適な貨物積み付け方法を学ぶ「載貨論」 など海運関連の科目が大半を占めていた。
し かし、物流、とりわけ陸の分野に強い講師や 教授が招聘され、教壇に立つようになってい くにつれ、学科からは次第に?海〞の色が薄 れていったという。
九〇年四月、運送工学科は流通情報工学 課程に改組された。
そしてこのタイミングで 流通情報工学課程の守備範囲は「物流からロ ジスティクスへ」と広がった。
ロジスティク スの専門家には、物流だけでなく、情報の流 れについての知識が不可欠であるとの判断の 下、カリキュラムに新たに情報系の科目が加 えられた。
物流学科からロジスティクス専門 海洋工学部の苦瀬博仁教授 学科へと進化した流通情報工学課程は二〇〇 三年の大学統合を機に、流通情報工学科に改 称され、今日に至っている。
物流企業に学生を派遣 流通情報工学科では一学年の定員を四五 人に制限している。
これに対して教官は約二 〇人を用意。
教官一人が学生二〜三人の学 生を指導する「少人数教育」体制を確立して いる点が特徴だ。
現在、流通情報工学科のカリキュラムは大 きく分けて「流通工学」、「数理情報学」、「流 通経営学」の三つの科目を軸に構成されてい る。
学生は「流通工学」を通じてロジスティ クスの基礎知識や人間工学などを学び、「数 理情報学」で情報システムについての知識や 技術を身につける。
そして「流通経営学」で は物流に関する経済的課題や政策的課題など について理解を深めていくという。
「高校生に流通情報工学科の特徴を説明す る場合、コンビニの弁当を例にしている。
弁 当は物流センターから店舗に配送される。
そ の弁当をレジに持っていくと、店員がPOS システムで弁当に貼付されているバーコード をスキャンする。
そしてお客さんは料金を支 払う。
入学後はその一連の仕組みを勉強す る。
物流と情報流と商流をそれぞれに教えて くれる大学はほかにもいくらでもあるが、そ れらを三位一体で学べるのはウチの学科しか ない」と流通情報工学科長の松下修教授は 力説する。
専門科目の数は「流通工学」、「数理情報 学」、「流通経営学」の合計で五〇を超えてい る。
ロジスティクスの専門学科であるだけに メニューは充実している( 図2)。
原則とし て一科目は二単位で、学生はこの中から必修 科目で四〇単位、選択科目で三四単位の計 七四単位を取得する必要がある。
一年次の必修科目である「ロジスティクス 概論」はロジスティクスを学ぶうえで必要な 基礎知識を身につけるための科目だ。
今年度 は苦瀬教授が講義を担当している。
新入生に ロジスティクスへの関心を持たせることに重 点が置かれており、講義は「例えば中元・歳 暮品など学生にとって身近な題材を選んでロ ジスティクスの仕組みを理解してもらうとい った工夫を凝らしながら進めている」(苦瀬 教授)という。
学生は二年次になると、より専門的な知識 の習得に挑むことになる。
例えば、二年次前 期に開設されている必修科目「物流管理工 学」(担当は黒川久幸助教授)では、何をい つ、どれだけ発注すればよいのかといった在 庫管理の基本を徹底的に叩き込まれる。
同じ く必修科目である「流通最適化工学」(担当 は久保幹雄助教授)ではサプライチェーン最 適化の基礎理論を学ぶことができる。
二年次の選択科目の一つである「物流シミ ュレーション工学」(担当は渡邉豊教授)の ような人間工学系の科目は、学生からの人気 がとりわけ高い。
授業では物流センターで働 く作業員の動線をどのように設計すれば、無 駄な動きが減り、効率的なオペレーションを 展開できるようになるのか、実際に台車など を動かしながら実験を行っているという。
学科に在籍する学生のほとんどが履修する 科目に「インターンシップ」がある。
インタ OCTOBER 2005 40 流通情報工学科長の松下修 教授 41 OCTOBER 2005 ーンシップとは、ある一定期間、大学から派 遣された学生が企業などで就業を体験すると いうものだ。
現在、東京海洋大学では三年次 の夏休みを利用して、インターンシップを実 施している。
学生は約二週間、主に物流企業や情報シス テム会社などに派遣される。
物流系ですでに 派遣実績のある企業はシンクタンクの日通総 合研究所や、キリン物流、センコーなど。
例 えば、日通総研に派遣された学生は研究員の サポート役として調査データの分析作業など を手伝っているという。
「インターンシップ制度は五年ほど前にスタ ートした。
派遣を希望する学生、そして受け 入れを希望する企業の数は年々増えている。
インターシップは学生たちにとって二週間で 単位が取れることはもちろんだが、それ以上 に企業で働くことを通じて普段の講義からは 得ることのできない知識や経験を積める点が 最大の魅力となっている」と松下修教授は説 明する。
三割がロジスティクス関連に就職こうして一年次から三年次にかけてロジス ティクスの基礎と専門的な知識を得た学生は 四年次に進むと各研究室に籍を置き、「卒業 研究」に取り組む。
それと並行して就職活動 も進めるわけだが、就職率は大学院への進学 者を除けば一〇〇%に近いという。
近年は卒 業生の三割強が日本通運や日本航空、近鉄 エクスプレスといった物流・ロジスティクス 関連の企業に就職している( 図3)。
冒頭でも触れたように、日本にはロジステ ィクスの専門家の育成に特化した大学がほと んど存在しない。
そのため、ロジスティクス の知識が豊富な東京海洋大学の学生には物流 企業からの引き合いが後を絶たない。
毎年大 学で開いている就職説明会には、専門性の高 い人材を求める物流企業からの参加希望が殺 到しているが、会場スペースが足りずに参加 を断っているケースもあるという。
圧倒的な就職率の高さを背景に、流通情報 工学科の人気はここ数年、うなぎ登りの状態 が続いている。
二〇〇三年の大学統合時の入 試倍率は三倍程度にとどまっていたが、それ が昨年度は五倍に上昇した。
そして今年度は 十数倍にまで跳ね上がる見通しだ。
「ITブームの頃は?情報〞という言葉に 惹かれている受験者がほとんどだった。
とこ ろが最近では、はじめから物流やロジスティ クスを学びたいという明確な意志を持った受 験者が増えている。
情報を目当てに入学して きた学生も、勉強していくうちにロジスティ クス分野に将来性を感じ、卒業までの間に情 報からロジスティクスへ転向してしまうケー スも少なくない。
ロジスティクスのニーズは 高い。
入試の高倍率は当面続くだろう」と苦 瀬教授は分析する。
今後、流通情報工学科ではカリキュラムの 拡充に力を注いでいく方針だ。
とくに三つの 専門科目のうち、「流通経営学」の充実度を 高めていきたい考えだ。
具体的には「マーケ ティング」や「管理会計」、そしてグローバ ルに活躍するロジスティクス担当者には欠か せない「貿易実務」といった科目の強化およ び新設を検討している。
すでに講師の選定も進んでいる。
日本の大学はこれまで産業界からロジステ ィクスの人材教育の場として機能することを 求められてきたが、その役目をきちんと果た せないでいた。
そのため、企業の多くは日本 ロジスティクスシステム協会(JILS)や コンサルティング会社が用意する研修プログ ラムを活用したり、社内研修を繰り返すこと で物流マンを育ててきた経緯がある。
大卒入社の新人社員がロジスティクスの知 識やノウハウに長けた即戦力であれば、企業 は人材教育に余計なコストを掛けずに済むよ うになる。
日本の企業が国内唯一の工学系ロ ジスティクス学科を持つ東京海洋大学に寄せ ている期待は大きい。
( 刈屋大輔)

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