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MARCH 2009 48
SCM
セーレン
繊維加工メーカーがSPA事業に進出
全工程を内製化して超短納期を実現
ファッション製品を小ロット生産
セーレンは古くから絹織物の生産が盛んな
福井で創業一二〇年の歴史を持つ染色加工メ
ーカーだ。 社名は織物を染める前に不純物を
取り除く工程の「精練」に由来する。 繊維製
品の製造工程は、原糸の加工から生地の生産、
染色、裁断、縫製まで多段階にわたり、工程
ごとに分業化が進んでいる。 この川上から川
下に至る繊維産業の分業体制のなかで、セー
レンは創業以来一〇〇年近く、川中の染色加
工工程を担うメーカーとして自らを位置づけ
てきた。
その同社に一九八〇年代後半、大きな転機
が訪れる。 当時、日本の繊維産業はプラザ合
意に伴う円の高騰を背景に急速に国際競争力
を失い、アジアからの輸入品に市場を奪われ
つつあった。 産業の空洞化が懸念されるなか、
同社の業績も悪化した。 それまでのような単
なる染色加工の受託メーカーに甘んじていて
は会社の存続が難しくなると判断した同社は、
ITの活用による事業の再構築に取り組んだ。
それまで工場では、デザイン画を色分解し
て一色ずつ版をつくり、大型のオートスクリ
ーンで生地の上にプリントしていくという染
色加工を行っていた。 この方法だと一度に二
〇〇〇メートル以上の単位で大量生産しない
と採算がとれない。 しかも生産にかかる期間
が半年から一年と長い。 大量販売の時代には
効率のいい生産方法だったが、近年のように
短いサイクルで販売状況が目まぐるしく変化
する時代には、不良在庫を抱えるリスクが大
きくなってしまう。
そこで同社は新しい生産システムの開発に
着手。 八九年にコンピューター技術を染色加工
に活用したデジタル生産システム「Viscotecs
(ビスコテックス)」を完成させた。 デザイン
画をパソコンでデジタルデータに変換してCA
Dに取り込み、版の要らないインクジェット
方式でデータをそのまま生地にプリントする。
さまざまな色柄のデザインを一枚の生地に連
続してプリントすることができる。 一着分の
注文にも応じられる、究極の小ロット生産を
可能にしたシステムだ。 しかも生産に要する
時間を大幅に短縮した。
同社はこの生産システムが、染色加工工程
だけでなく繊維流通全体の効率化にも有効だ
と考えた。 ファッション製品は需要予測が著
しく困難な上、従来の多段階生産による複雑
な流通構造のもとでは需要の変化に迅速に対
応できなかった。 しかし、ビスコテックスの
生産方式を導入すれば、商品の企画から製造
までの期間を短くして、売れるものを必要な
分だけ市場に投入することができる。 無駄な
在庫を一掃して販売効率を高められると見た。
同社はビスコテックス用のCAD/CAM
の装置まで自社で開発して、新設の工場に導
入し、アパレルメーカーに対する営業活動を
開始した。
ビスコテックスにはいくつかの利点がある。
染色加工メーカーでSPA事業も展開するセーレンは
昨年、水着とデニムパンツのカスタムオーダーメイドサ
ービスを直営店などで開始した。 客が選んだ色・柄・
サイズ商品を2週間で製造して店に届ける。 コンピ
ューター技術を染色加工に活用した一貫生産システム
により短納期・多品種少量生産を実現。 無在庫化挑んでいる。
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一つは商品企画にかかる期間とコストを大幅
に削減できること。 商品を企画する際には、
デザインした柄の大きさ、配置、配色などの
シミュレーションや柄合わせなどの作業が発
生する。 従来の染色方法では、柄の大きさ・
配置・色を変更するたびに新たに版をつくり
直さなければならないため、シミュレーショ
ンの回数が増えるほど製版コストがかさんだ。
これに対しビスコテックスはデジタルデータを
使うため、柄の拡大縮小、色やレイアウトの
変更が容易だ。 コストをかけずに短時間でシ
ミュレーションを繰り返せる。
二つ目の利点は、多品種小ロット生産によ
って期中に商品のフォローを迅速に行えるこ
と。 通常、アパレルメーカーはシーズンごとに
販売計画を立て投入数量を決める。 予測が狂
えば品切れによる販売機会損失や過剰在庫が
生じてしまう。 ビスコテックスなら初回の投
入数量を最小限に抑え、店頭での売れ行きを
見ながら追加生産することができる。 無駄な
在庫を排除するとともに欠品も回避できる。
さらにビスコテックスには色の表現力がず
ば抜けて豊富だという特徴がある。 昨今はデ
ザイン画の多くが手書きではなくコンピュー
ターソフトで作成される。 デジタルデータ上で
は多彩な色表現が可能なことから、コンピュ
ーターソフトによるデザイン画の作成には一〇
〇色以上の色が使われることが多い。 だが従
来の製版プリントでは使用できる色が二〇色
程度に限られるため、デザイン画の色が正確
に反映されない。 これに対してビスコテック
スは一六七七万色もの色表現が可能で、デザ
イナーが描いた色をそのままプリントできる。
二週間で生産し店頭へ
もっとも、こうしたビスコテックスの利点
は、すぐには理解されなかった。 そこで同社
は、自らが製品の企画から製造・販売まです
べて手がけることによってビスコテックスのメ
リットを実証しようと目論んだ。 ビスコテッ
クスの生産方式をフルに活用すれば、在庫を
一切持たず、客の求めるものだけをつくるこ
とも可能になる。 この究極の在庫レスモデル
を実現するには、自社で一貫体制を整えるの
が最も早道だと考えたのだ。
まず、染色工程よりも川上の、製織・編み
立て工場と川下の裁断・縫製工場を相次いで
グループ内に整備した。 これに続いて福井県
内に直営のアンテナショップを開設し、ビスコ
テックスの特徴を活かすにはどんな商品をど
のように販売するべきかを探るためのマーケ
ティング活動を開始した。
さらにアンテナショップのオープンから五年
を経た九九年には、同社初のオリジナルブラ
ンド「マッシュマニア」を立ち上げ、SPA
(製造型小売業)事業に本格的に参入した。
それまで工場で製造業務などに携わってい
た社員がSPAグループのメンバーとなり、染
色加工メーカーの同社には全く経験のなかっ
た商品企画や店舗・ウェブサイトの開発運営
も、外部に委託せず自分たちで一から取り組
んだ。 最初のうちは出店が思うように進まな
かったが、ネット販売を通じてブランドが認知
されるようになると、徐々に百貨店やファッ
ションビルにも出店できるようになった。 現在、
マッシュマニアの直営店は全国九店舗まで増
えた。 このほか「楽天」や自社サイト、携帯
サイトのオンラインショップでも販売している。
一般的なファッション製品の販売と同じよ
うに、同社も年に四回展示会を開き、店舗の
発注数量をもとにそのシーズンの販売数量を
決めるという販売方法をとっている。 ただし
ビスコテックスを核にしたSCM システム
直営店・インショップ
オンネット店
店 舗
本 社
ネット回線
商品は1W で
店頭へ
生地企画
パターン企画
生地生産管理
進捗管理システム
営業管理
システム
衣料販売
システム
物流配送システム縫製管理システム
経理会計
システム
ビスコ
スクエア
縫製
工場
情報を
リアルタイムで
委託店
縫製会社
生地
工場
物流センター
SPA 本部
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同社の場合は初回の投入数を極端に少なくし、
売れ行きを見ながらの追加生産に重点を置い
ている。
展示会での発注が少ないと、初回に一店
舗あたり一、二枚程度しか投入しないことも
ある。 その商品が予想以上に売れた場合にも、
工場で追加生産して二週間以内に店に届ける
ことができる。 従来の生産方式と比べてリー
ドタイムが圧倒的に短いビスコテックスの利点
と、織り編み・縫製を含む製造の一貫体制が
それを可能にした。
ビスコテックス・ファッション事業部の多田
圭太ビスコテックスSPAグループ長は「染色
の機械や染料まですべて内製化しているので
コストを抑えられる。 一つの工程でも外部に
委託すればコストと品質を維持した上でこれ
だけの供給体制はとれない。 自分たちで何も
かもやってきたことが当社の強みだ」と強調
する。
製造だけでなく物流工程もグループ会社が
担当し、すべての業務をSPAグループの管
理下においている。 SPAグループの本部と
までを受注生産することも可能だ」と多田グ
ループ長 は分析する。
自分だけのオリジナル商品を
さらに昨年は、カスタムメイドシステム「ビ
スコナビシステム」を新たに開発した。 客自身
が店舗に設置されたパソコンを操作し、パソ
コン画面上で好みのシルエットやスタイル、デ
ザイン、色、デコレーションなどを選ぶ。 デニ
ムパンツの場合、三五〇億通りの組み合わせ
ができる。 サイズは七〜一七号まであり、店
のサンプルを試着して確認する。 股下サイズ
は販売員に採寸してもらう。
店のパソコンで情報が入力されると、SC
Mシステムによって各製造工程、物流センタ
ーに必要な指示が出る。 プリント・裁断・縫
製の各工場にはビスコナビシステムの専用ライ
ンが設けてあり、ほかの商品と同様に注文か
各工場、物流センター、各店舗の間でインタ
ーネットを介して店の販売情報やプリント・裁
断・縫製など工場の進捗情報、物流センター
の入出荷情報を共有するSCMシステムを運
用し、最小限の在庫で効率よく販売できるよ
うコントロールしている。
この管理体制により、同社の直営店では売
れ残って処分される商品を一般の店に比べて
格段に少なく抑えることができている。 平均
的なファッション製品の店頭消化率が七割程
度といわれるなかで、同社の直営店の消化率
は九三〜九五%だ。
ただし同社にとってSPA事業の最終的な
目標は、あくまで在庫レスモデルの完成にあ
る。 その実現に向けて、まず二〇〇七年に、
直営店で一部の商品を対象に受注販売を始め
た。 店にはサンプル商品だけを展示して客か
ら注文をとり、受注分だけを生産して二週間
で店に届ける。
客は商品を引き取るため二週間後に再び来
店しなければならない。 ネット販売の客とは違
って、店舗販売の客は二週間も待って商品を
購入する習慣がない。 試行錯誤ののち、一年
前くらいからようやく注文が継続的に入るよ
うになった。 対象商品も少しずつ増やし、現
在では店舗で販売する商品の二割近くが受注
生産に切り替わっている。
「?待ってもらう?と考えるのではなく、?商
品を展開する前に注文を受ける?という説明
をして客に納得してもらえれば、八割くらい
ビスコテックス・ファッション
事業部の多田圭太ビスコテッ
クスSPAグループ長
ビスコナビの操作画面。 350億通りの
組み合わせが可能
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素地は十分にあるといっていい。 現在、ネッ
ト販売用のソフトを開発中で今年中のスター
トをめざしている。
また受注から納品までのリードタイムも現
状の半分まで短縮し、一週間で生産して店ま
たは個人宅へ届けられるようにする。 ビスコ
テックスの工場をはじめグループ会社の縫製
工場、物流センターはいずれも福井県内に集
中しており、工程間の移動には時間がかから
ない。 「現状でもオーダーごとに進捗・納期管
理を行っておりシステム上の問題もない。 裁
断・縫製工程の生産能力を増強すればリード
タイムの短縮に充分対応できる」と多田リー
ダーは見ている。
最終的には、カスタムオーダーメイドの専門
店を展開することがSPA事業の到達点だと
同社は考えている。 近い将来、カスタムオー
ダーメイドの特徴を活かした新ブランドを立ち
上げる計画だ。 対象商品もレディースからメ
ンズまで、トップスからボトムスまで、さら
にカジュアルアイテムからドレッシーアイテム
まですべてのアイテムに広げる。 店舗で客が
商品をセレクトする際に等身大のCAD画面
に自身を投影する「バーチャル試着」や、サ
イズを自動計測するシステムを導入する計画
で、現在開発を進めている。
� 咤丕舛了�箸�案擦望茲蟷呂瓩榛△�蕁�
アパレルメーカーとのビスコテックス商品の取
引も増えてきた。 とりわけここ数年は受注件
数が大幅に増え、ビスコテックスの工場では
コンピューター制御による二〇〇台のインク
ジェットプリンターがフル稼働状態だという。
� 傳辧淵�ぅ奪�譽好櫂鵐后砲魘�修垢襪�
めに展示会用のサンプルづくりから共同で取
り組み、縫製まで同社に一括委託していると
ころもある。 同社のファッション事業のなか
でアパレルメーカー向けビスコテックス商品の
売り上げはすでに大きなウエートを占めるよ
うになっている。
「在庫をなるべく持たない考え方がようや
く浸透してきた。 最近では消費者が身近なも
のに自分だけのオリジナル商品を求める傾向
を強めていることも、我々のビジネスにとっ
て追い風だ」と多田グループ長は話す。
� 咤丕岨�箸稜笋蠑紊乙�麓�里呂泙世修�
ほど大きくはない。 だが事業を通じて同社が
実証してきた、消費者が購入したいものだけ
をつくる究極の在庫レスモデルは今後、消費
行動を大きく変える力を秘めている。
(フリージャーナリスト・内田三知代)
ら二週間で店に届く。
昨年四月にまず百貨店のイベントなどで、ビ
スコナビシステムによる水着の販売を開始し、
十二月には全直営店にこのシステムを導入し
てデニムパンツのカスタムメイドサービスを本
格的にスタートした。 水着は限定販売期間中
に一〇〇〇着以上を販売。 デニムパンツは発
売開始から一カ月で三〇〇本を売った。
それまでの店頭の商品より高価格帯の設定
だったにもかかわらず、販売数は既存のもの
より多かった。 しかも、ビスコナビシステムで
商品を購入する比率が高かったのは、マッシ
ュマニアのリピーターではなく、新規に来店
した客だった。 このことから同社はビスコナ
ビシステムによる新しい顧客層の開拓に期待
を寄せている。
次のステップでは、ビスコナビシステムをイ
ンターネット上でも展開する考えだ。 客が自
宅のパソコンにソフトをダウンロードしてデザ
インや柄を選べるようにする。 店舗では一人
の客がビスコナビシステムで好みの組み合わせ
をセレクトするのに一時間以上かかることも
しばしばあった。 店頭に設置できるパソコン
の台数には限りがあるため、これでは商品の
販売数が制約される。 インターネット販売が実
現すれば自宅でのセレクトが可能になり、販
売機会は一気に拡大する。
もともと同社はネット販売の比率が高く、S
PA事業の売り上げのうち三割を占めている。
オーダーメードサービスがネット販売で伸びる
店で客自身がパソコンを操作し
色・柄・デザインをセレクト
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