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MARCH 2009 68
宇野修 ロジスティクスバンク代表
物流業のリスクマネジメント
物流業のリスクマネジメント
組織に定着しないISO
経営管理システムが国際標準を満たしてい
ることを証明するため、多くの企業がISO
の認証を取得している。 物流企業も同様だ。 「I
SOを取得していますか」と聞くと、たいてい
は「ISO9001とISO14001は取
得しています」という回答が返ってくる。 企業
イメージの向上に加え、それが荷主企業の入
札条件や取引条件の一つに挙げられるようにな
ったことが認証取得の主な理由になっている。
しかし、ISOのコンセプトおよびプロセス
を組織内に定着させて活用できている企業は
少ない。 認証取得企業でも、ISOの知識を
持っているのは品質管理責任者および内部監
査員だけ。 しかも、ISOの審査機関による
定期監査の時にだけ形式的にプロセス・シス
テムを修正し、審査をパスすればまた元通り。
そんなその場しのぎの対応が多くの会社の実情
である。
実際、ISOに対する社内の不満は枚挙に
いとまがない。 筆者自身、次のような嘆き節
をよく耳にしている。
「書類が多くて管理が大変だ。 ISOなんて
取得しなければよかった‥‥」
「経営者がISOに全く関心を示さない」
「誰も見ないぶ厚いマニュアルが机の上に眠
っている」
「目的・目標が達成されず放置状態になって
いる」
「内部監査員がいるのに内部監査が実際には
行われていない」
「手順書(仕事のプロセスマップ)があるのに、
手順書通りに仕事が行われていない」
「経営幹部はマネジメントレビュー(経営者
による見直し)を行っていない」
「品質改善や環境改善に対する積極的な姿勢
が見られない」
「社内にISOに対する嫌悪感がある」
「何のためにISOを取得したのかよくわか
らない」
「なぜISO担当者だけが時間外にISOの
認証作業をしなければならないのか、強く疑問
を感じる」
このような従業員の声は、その会社のIS
Oに対する認識と位置付けを見直さなければな
らないことの必要性を示唆している。 社内の
不満や問題を解決し、ISOを生きたマネジ
メントシステムとして組織内に定着させるには、
多くの改善が要求される。 ポイントになるのは
次の二点である。
分かりやすくする
� 稗咤狼�覆離�螢献淵襪寮睫席犬砲蓮∧�
かりにくい表現が数多く使われている。 IS
O担当者(品質管理責任者および内部監査員)
でさえ理解するのに時間がかかる。 一般の従
業員ともなれば、理解をする機会も時間もな
いというのが現実である。 ISOの規格をや
さしい表現に書き換える必要がある。 その上で、
全従業員をISOの内部監査員を任せられる
レベルまで教育するのである。
《第2回》
ISO9001品質マネジメントシステム
ISO9001 を取得している物流会社は今や珍しくはなくなって
いる。 しかし、それを経営品質の改善に活かすことのできている
ケースは稀だ。 せっかく取得した認証が多くの会社で“お飾り”
になり、社内で厄介者扱いされている。 そこにメスを入れること
で、リスク管理能力を向上させることができる。
宇野 修(うのおさむ)
1946 年、長野県松本市生まれ。 青山学院大学法学部卒。 英国
航空、フライングタイガー航空、エア・カナダ、ジャパン・シェン
カー、エクセル・ジャパンを経て、2008 年にロジスティクスバン
クを設立。 代表に就任。 現在に至る。 著書に『国際航空貨物マー
ケティング』日通総研選書(白桃書房・1993 年)、『「売る」ロジ
スティクス品質の創造』白桃書房・2003 年がある。 http://www.
e-logisticsbank.com/、e-mail:uno-osamu@e-logisticsbank.com
69 MARCH 2009
経営戦略と一体化させる
� 稗咤呂�反イ膨蠱紊靴覆ぢ腓④瞥�海琉�
つは、その会社の経営戦略システムとISO
が分離している点にある。 そのために、従業
員はISOに携わることで通常業務とは別に
新たな仕事を抱えることになってしまう。
図1に示したように、ISO9001にお
ける顧客満足度の改善、品質改善目標、プロ
セスコスト削減目標を企業の経営戦略・管理
システムの中に一体化する必要がある。 この大
前提が守られないと、ISOの組織内定着は
難しい。 その結果、ISOの認証は取得したが、
現実的に機能していないという事態を招いてし
まうのである。
リスク管理になぜISOか
本連載の初回となる前号でも触れたが、端
から端までのサプライチェーン上には、多くの
リスクが存在する。 これらのリスクを低減する
ための対応策として、筆者はISO9001
の導入が必要であることを強調した。
サプライチェーンのリスクとは具体的には、
調達物流における調達プロセスの不備、協
力物流会社の評価システムが機能していない、
もしくは存在しないことによるコスト高、貨物
のトレーサビリティ機能の未整備による遅配、
生産工程のボトルネックを管理していないこと
からくる生産コストの上昇等々である。
これに対して、ISO9001とは経営品
質のマネジメントシステムであり、その原則の
一つは「端から端まで」のサプライチェーンプ
ロセスのボトルネックを改善し、その効率を上
げ、全体のコストを下げるというアプローチに
ある。 つまり、相互に関連するプロセスを管理
することにより、コストを削減し、効率を上げ、
経営全体の品質を向上させる。 それによって
顧客満足を創造することがISO9001の
基本コンセプトである。
その手法としてISO9001には、「PI
M(Process Improvement Methodology)」
と呼ばれるプロセス改善の方法論が示されてい
る。 それは図2に示したように、?品質改善
目標の設定、?プロセス改善、?生産性向上・
効率経営、?高品質・低コスト経営、?顧客
満足という手順を踏む。
具体的には、まず品質改善目標として
「スマート・ゴール(SMART GOAL)〈☞
Specific(明確に)、Measureable(測定可能
な)、Achievable(達成可能な)、Realistic(現
実的な)、Time-bound(期限付き)の目標の
こと〉」を決定し、それを数値化した「KPI
(Key Performance Indicators :重要業績評
価指標)」を設定する。 その上で目標達成の
ための実行計画を作り、計画に基づき実行し、
その効果を測定して改善するというサイクルを
繰り返すのである。
� 烹丕廟瀋蠅梁仂櫃蓮�兵漸�韻亡悗錣訌�
ての領域に及ぶ。 経営戦略、財務、顧客満足、
従業員満足、株主満足、業務プロセス、マー
図1 最善のISO の組織内導入方法
企業の経営戦略・
管理システム
《経営改善の目標》
●顧客満足度の改善
●品質改善目標
●プロセスコスト削減
●顧客満足度の改善
●品質改善目標
●プロセスコスト削減
ISO9001 の顧客満足度の改善、品質改善目標、プロセス
コスト削減目標を企業の経営戦略・管理システムの中に統
合する。 その結果、ISO は自然に組織に定着していく。
《ISO9001 品質
マネジメントシステム》
統 合
図2 顧客満足創造へのプロセス(プロセスの効率改善手法)
図3 品質マネジメントシステムのモデル
【プロセスを基礎とした品質マネジメントシステムのモデル】
品質マネジメントシステムの継続的改善
参考文献:『品質マネジメントシステム- 要求事項』財団法人日本企画協会発行、
平成13 年
顧客
経営者の責任
Clause5
資源の運用管理
Clause6
測定、分析及び改善
Clause8
製品実現
Clause7
価値を付加する活動 情報の流れ
?顧客満足
?高品質・低コスト経営
?生産性向上・効率経営
?プロセス改善
?品質改善目標の設定(KPI / SMART GOAL)
●PDCA サイクルによる
継続的改善
●内部監査による改善
●第三者認証による改善
●品質改善チーム
●従業員提案制度
●顧客満足度調査
●教育・訓練
Clause0-4
Plan & Act
PLAN
Check & Act
DO
アウトプット
インプット
要求事項
顧客満 足
製品
MARCH 2009 70
ケティング、営業行動、カスタマーサービス、
オペレーション、教育、購買、サプライヤー管
理などが含まれる。 本稿ではロジスティクス業
界における営業活動を題材にして以下にその
実務を解説する。
物流業の営業プロセスにとって核となる成果
物とは、予算の達成である。 そのために営業
戦略を策定し、目標を設定する。 その達成度
を測定する指標がKPIである。 KPIは定
性的な指標でなく、測定可能な定量的指標で
なければならない。 一般に物流業の営業部門
における予算達成のためのKPIとしては以下
が挙げられる。
?予算に対する売上達成度(金額と%)
?既存顧客の売上予算達成度(金額と%)
?新規顧客の売上達成度(金額と%)
?既存顧客の重量開発目標に対する達成度(重
量と%)
?新規顧客の重量開発目標に対する達成度(重
量と%)
?顧客数の開発目標に対する達成度(顧客数
と%)
?営業マン一人当たりの売上金額、重量、件
数の目標に対する達成度(%)
?営業マン一人当たりの顧客開発数の目標に
対する達成度(%)
?営業マン一人当たりのコスト(人件費と販
売費)
?キログラム当たりの売上、利益、コストの達
成度(%)
?荷物当たりの売上、利益、コスト(%)
?セールス・リードの成約率(%)
?営業マン一人当たりの顧客訪問件数と成約
率(%)
このほかにも、トラックの積載効率や倉庫
の回転率、集配時間、トラック一台当たりの
生産性、航空機の有償貨物積載率など、物流
業に関連するKPIは無数にある。 これらの
KPIの中から、その会社、その部門にとっ
て最も適当な指標を選択し、目標達成度の管
理に使用するのである。
ISO9000ファミリー規格とは
日本において、ISO9001が注目され
始めたのは二〇年ほど前からである。 大手企
図4 ISO9001/2000 年版規格の要求事項
4.1
4.2
5.1
5.2
5.3
5.4
5.5
5.6
6.1
6.2
6.3
6.4
7.1
7.2
7.3
7.4
7.5
7.6
8.1
8.2
8.3
8.4
8.5
23
一般要求事項
文書化に関する要求事項
経営者のコミットメント
顧客重視
品質方針
計画
責任、権限及びコミュニケーション
マネジメントレビュー
資源の提供
人的資源
インフラストラクチャー
作業環境
製品実現の計画
顧客関連のプロセス
設計・開発
購買
製造及びサービス提供
監視機器及び測定機器の管理
一般
監視および測定
不適合製品の管理
データの分析
改善
1
4
1
1
1
2
3
3
1
2
1
1
1
3
7
3
5
1
1
4
1
1
3
51
規格項目
条項規格項目(大分類) 条項規格項目(中分類) 小分類の数
4.
(Plan)
5.
(Plan)
6.
(Plan)
7.
(Do)
8.
(Check&Act)
合 計
品質マネジメントシステム
経営者の責任
資源の運用管理
製品実現
測定、分析および改善
図3 ISO9000 ファミリー規格/2000 年版の構成
?要求事項
ISO9000:2000
(JIS Q 9000:2000)
ISO9001:2000
(JIS Q 9001:2000)
ISO9004:2000
(JIS Q 9004:2000)
ISO19011:2000(未発行)
(JIS 19011:未制定)
『品質マネジメントシステム
ー基本及び用語』
『品質マネジメントシステム
ー要求事項』
『品質マネジメントシステム
ーパフォーマンス改善の指針』
『品質及び環境マネジメント
システムの監査の手引き』
?パフォーマンス改善の指針:推奨事項
?基本および用語
?監査の指針
71 MARCH 2009
業が入札の要求事項の一つとしてISOの認
証資格を求めるようになったことが普及のき
っかけだった。 ロジスティクス業界においても
今では、「RFQ(Request for Quote:入札
要求書)」の要求事項の一つとして、ISO
9001の認証取得が挙げられるようになって
いる。
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ISOが経営品質改善の標準モデルであるか
らだ。 つまり、経営品質の改善を実行しない
企業は競争力がないということであり、取引先
として選定するのは相応しくないという考え方
が芽生えてきたのである。
もう一つは、取引先の信頼性を判断するう
えで、何より重要になるのが、品質保証と品
質管理であり、それを判断する基準としてI
SOが使われているのである。 ISOの認証
を取得している物流企業であれば、取引先と
しての最低条件を満たしていると判断されるわ
けである。
� 稗咤錬坑娃娃韻�餾歸�雰弍追兵漸�韻�
標準モデルであるということは、その歴史をひ
も解けば理解できる。 ISOの誕生は第二次
世界大戦の終戦から間もない一九四七年に遡
る。 この年に先進各国の標準化機関の連合体
として「ISO(International Organization
for Standardization :国際標準化機構)」が
設立され、スイスのジュネーブに本部が置かれ
た。 ちなみに四七年は日本において「工業標
準化法」が施行された年でもある。
� 稗咤錬坑娃娃哀轡蝓璽困竜�焚修�圓錣�
たのは八七年である。 この規格は、五九年に
発行された米国の軍事スペック「MIL─� 僭�
9859規格」がベースになっている。 その後、
九四年にISO9000シリーズの第一回改
訂版が発行され、二〇〇〇年十二月一五日に
第二回改訂版として二〇〇〇年版が発行され
て今日に至っている。
この二〇〇〇年版は、四つの規格(四人家
族:ファミリー)によって構成されており、「I
SO9000ファミリー規格」と呼ばれる。
四つの規格とは「?基本及び用語」、「?要求
事項」、「?パフォーマンス改善の指針:推奨
事項」、「?監査」である(図3)。
このなかで、ISO認証時にカバーすべき
課題となるのが「?要求事項」である。 具体
的には図4の「4・品質マネジメントシステム」
から「8・測定、分析および改善」までの五つ
の条項からなっている。 この五つの条項は二三
に中分類され、それがさらに五一に小分類さ
れている。 この五一の要求事項を理解して品
質マネジメントシステムを確立し、文書化し、
実施し、維持することでI S O 9 0 0 1/
二〇〇〇年版の認証が取得できることになる。
MARCH 2009 72
システムを作る。 (労働安全衛生マネジメン
トシステム)
■品質、顧客満足度、あらゆるプロセス、不
適合プロセスに関する定量的な測定システム
を構築し、それらの分析を客観的なデータ
に基づいて行う。 さらに、分析したデータ
に基づき改善点を見つけ、それを是正し予
防するプロセスを構築する(経営品質の測定、
是正措置、予防措置:リスクマネジメント)
このように、ISO9001/二〇〇〇年
版には、顧客満足経営、経営方針、経営戦略、
経営目標、目標による管理、コミュニケーシ
ョン・システム、リーダーシップ、リソースマ
ネジメント・システム、労働安全衛生マネジメ
ントシステム、生産性向上システム/サプライ
チェーン・マネジメント、購買品の価値分析、
購買システム、教育システム、経営品質の測
定、是正措置、予防措置(リスクマネジメント・
コンセプト)など、経営に必要な要素がすべ
て入っている。
これらのコンセプトの基盤となっているのが
プロセス・アプローチとPDCAコンセプトで
あり、それを支えるISOの基本コンセプトが
「継続的改善」である。 すなわち経営品質を継
続的に改善し、顧客満足を提供することこそが、
予算達成に必要なリスクマネジメントなのであ
る。
営方針、経営戦略、経営目標、目標による
管理、コミュニケーション・システム、リー
ダーシップ)
■顧客満足を実現するために、製品・サービ
スの品質を保証をするだけでなく、それを提
供するためのマネジメントプロセスを確立し、
改善し、経営トップによる継続的な見直し
を行う。 (顧客満足経営の実現・継続的改善)
■品質改善に必要な経営資源を提供し、その
管理を確実にする。 さらに、それを見直し、
顧客満足の提供が可能な資源(人、物、金、
情報、施設・設備、プロセスなど)を競争
力のあるものにする。 (リソースマネジメン
トシステム)
■顧客ニーズに基づく製品・サービス提供の
プロセスを確立し、その中にプロセス・ア
プローチおよびPDCAコンセプトを導入し、
「インプット─活動─アウトプット」という
連鎖したプロセスを構築する。 さらにそれを
見直し、プロセスの効率を向上する。 経営
コンセプトの一つであるBPR(ビジネス・
プロセス・リエンジニアリング)の考え方を
導入する。 (生産性向上システム/サプライ
チェーン・マネジメントの強化)
■サプライヤー管理の効率的なプロセス・シス
テムを確立する。 (購買品の価値分析、購買
システム)
■訓練・教育によって、質の高い、競争力の
ある人材を育成する(教育システム)
■働きやすい作業環境、インフラストラクチャ
ーを整備し、提供し、さらにそれを見直す
規格要求事項の概要
小分類された五一の要求事項が求めている
ことを要約すると次のようになる。
■経営者は顧客満足を向上するための品質方
針を述べ、それを全社員に徹底する。 それ
に基づき各部門のトップは品質改善目標を
立て、それを遂行し、見直すことにより品
質保証・品質マネジメントシステムを継続的
に改善する。 さらに、それを実行するため
の組織、権限を明確にし、有効性のあるコ
ミュニケーション・システムを導入する。 (経
参考文献:『品質マネジメントシステム要求事項の
解説』細谷克也著、日科技連出版社、二〇〇一年
図3 品質マネジメントシステムのモデル
【プロセスを基礎とした品質マネジメントシステムのモデル】
品質マネジメントシステムの継続的改善
参考文献:『品質マネジメントシステム- 要求事項』財団法人日本企画協会発行、平成13 年
顧客
経営者の責任
条項5
資源の運用管理
条項6
測定、分析及び改善
条項8
製品実現
条項7
価値を付加する活動 情報の流れ
条項0-4
Plan & Act
PLAN Check & Act
DO
アウトプット
インプット
要求事項
顧客満 足
製品
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