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APRIL 2009 82
SOLE 日本支部フォーラムの報告
The International Society of Logistics
ている。
食品製造の中小企業を例にとると、
四つの「ない」が生み出す困難な状
況に加え、大きな需要変動に悩まさ
れている。 水産加工食品はさまざま
な魚種の漁獲時期が、それぞれ大き
な需要シーズンを生み出す。 生鮮品
は待ったなしの出荷であり、加工品
であっても新鮮なうちに製品に加工
する活動が大きなピーク作業となっ
ている。 農産品も収穫時に加工して
おくものが多く、製造現場ではパー
トや季節労働者を使ってフル生産と
いう状態を引き起こしている(図1)。
この大きな需要変動と供給変動は、
工業製品とは比較にならないほどの
ものであり経営に及ぼす影響は計り
知れないものがある。 大きな需給変
動に対し、企業は必死になって対応
しようと、あらゆる手を尽くして要
員を確保し、設備をフル稼働させる。
販売は売り上げを確保するために利
益を度外視する。
しかし大きな需給のピークは二、
三カ月で過ぎ去ってしまう。 その後
には余剰の人員、低稼働の設備、売
れ残った材料や製品、多量の産業廃
棄物が残される。 中小企業ではこの
ような現象は当然のことと受け取ら
れ、需給がピークの時に儲けておき、
それ以外の時はじっと耐えるのが当
たり前という認識になっている。
生産金額で七倍もの供給変動
需給変動の要因は製品によって異
なるが、自然現象によるものが最も
大きい。 気温・湿度・天候などが
消費者の生活スタイルに大きく影響
し、供給側の製造メーカー、特に食
品製造業や衣料品製造業は季節によ
ってさまざまな対策をとらなければ
ならない。 暦・行事なども短期間に
大きな変動を引き起こす。 正月、ク
リスマス、中元、バレンタインデー
などの時期には食品製造業は大きな
需要に対応せざるを得ない。 食品で
は多くはないが、それ以外の業種に
よっては決算期に大きな需要が生ま
中小企業にみる需給超変動への対応
大不況時代を生き残る強い企業に
二月度のフォーラムでは、ロジス
ティクス・ブレインの小林俊一代表
が「中小企業にみる需給超変動に対
する供給施策事例」をテーマに講演
を行った。 企業の体力は受給変動へ
の対応で決まる。 漁獲時期によって
作業量が大きく変わる水産加工品を
例として、企業が生き延びていくた
めの施策を解説した。 (ロジスティク
ス・ブレイン代表/SOLE日本支
部幹事 小林俊一)
ピーク時に利益の大半を稼ぐ
今回、講演を務めた筆者は日本
能率協会コンサルティングを退社後、
中小企業に関する総合的な経営支援
に取り組んでいる。 多くの業種に渡
って経営改革の支援を行っているが、
現在活動の中心としている北海道の
地域産業の特性から、食品製造業
が多い。 食品は一般的にも需要の季
節変動が大きく、特に水産加工品は
漁獲時期によって仕事量が極めて大
きく変動する。 以下、講演内容を報
告する。
中小企業とは、製造業、建設業、
運輸業などの資本金が三億円以下の
会社ならびに常時使用する従業員の
数が三〇〇人以下の会社である。 た
だし、卸売業は資本金一億円以下
の会社ならびに従業員数が一〇〇人
以下の会社で、サービス業は資本金
五〇〇〇万円以下の会社ならびに従
業員数が一〇〇人以下の会社、小
売業は資本金五〇〇〇万円以下の
会社ならびに従業員数が五〇人以下
の会社と、中小企業基本法によって
定義されている。
中小企業は「金がない」、「人材が
いない」、「技術がない」、「販路がな
い」という厳しい状況の中で生き残
りをかけて必死になって活路を求め
て努力している。 しかし一方で「経
営者の意思決定が早い」、「利益に非
常に敏感」、「地域での強い団結力が
ある」という強みがあり、大企業に
はない環境に対応する行動力を持っ
図1 中小食品製造業の悩み
大きな季節変動
新製品開発が
進まない
流通会社に
振り回される
後継者がいない
育っていない
改善手法を
知らない
何が儲かっているか
分からない
品質・衛生管理まで
手が回らない
原材料の確保に
苦慮
先の見通しが
立たない
立てられない
83 APRIL 2009
保である。 水産品や農産品の産地に
は複数の企業が存在する場合が多く、
近隣の労働力が駆り出される。 人材
派遣会社が作られている場合もある
が、企業が直接、パートやアルバイ
トを雇うことが多い。
企業にとっての売上確保や利益確
保は、このピークに応じた要員確保
にあると断言する経営者も多い。 生
産能力や供給体制が要員数に左右さ
れるために、会社を挙げて要員確保
に血眼になっているのが現状だろう。
しかしこうした要員確保には、大
きな落とし穴がある。 ピーク時にそ
の場限りの要員を確保しても、実際
には作業がうまく回らず、常日頃か
れることもある。 さらに最近の未曾
有といわれる大不況による落ち込み
は、その変動自体のブレ幅も継続す
る期間も、誰にも予測は不可能だ。
中小の食品製造業には季節的なも
のに加えて月単位、週単位、曜日
単位、時間単位の需要変動も発生
する。 水産品は季節によって魚種が
異なり、サンマなどは七月から九月
に漁獲が集中し大きなピークになる
が、海が時化(しけ)のときには漁
ができず、手配した要員を遊ばせる
ことになりかねない。 セリで落とせ
ず必要な原材料が確保できない場合
も起こる。
変動の大きさは企業によって異な
ク量が大きく変動する。
変動の山が年に一つとは限らない
場合もある。 水産業は企業の得意と
する魚種が偏っている場合は年に二、
三カ月連続して発生するが、他の魚
種も扱う場合には年に二、三回、し
かもそれぞれ異なったカーブを描く
ピークが発生することもある。 農産
品の場合には盆、暮れの消費シーズ
ンに対応した製品を市場に出すこと
が一般的で、年に二回のピークが発
生する。
ポイントはオフピークの生産性
一般的に、大きな需給変動に対し
て各社の打つ手はピーク時の要員確
る。 私がみてきた企業の例では、平
均に対するピーク時の作業量の倍率
が水産会社は三倍、農産加工品・
菓子製造業は二倍になっていた。 生
産金額でみると、水産品ではピーク
時の金額が、最も生産が落ち込む時
期の七倍、農産加工品で二倍、菓
子製造業で四倍にも達している。
ピーク時期は二、三カ月間と前述
したが、期間中でも需要変動はあり、
必ずしも同量ではない。 最も大きな
需要は二番目に大きな需要の五割増
しという状況も発生している。 毎年
漁獲量が異なる水産品では特にその
傾向が強く、しかも少しずつピーク
時期が移動したり、年によってピー
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月目が二五人、三カ月目が三二人と
すると、雇用期間は一五人が三カ月、
一〇人が二カ月、七人が一カ月とな
る。 計算通りに雇用契約を結べない
こともあるだろうが、計画人員を明
確にしてできるだけ早く要員を確保
しておく。 残業や休日出勤の計画も
先行して立案する。
このような要員計画は需要予測と
同様、まずは年間で立案し、毎月、
需要量を見直しながら必要人員を見
それは誤りだ。 い
ったん一年の計画
を立てれば、その
後の四半期や月次
の計画は年計画を
修正するだけでよ
いのである。 つま
り、変化の程度を
把握すればよい。
要員計画は年間
計画で、従来の季
節変動や月別の生
産実績などを参考
にすれば、比較的
簡単に作成できる。
その月別計画など
を基に、まずでき
る限りの最小限の
要員を固定的に計
画する。 その上で、
季節や月別に必要
な要員数を明確にする。 固定的な要
員にプラスする要員数は月別に異な
る。 場合によっては調整も必要にな
るが、固定的な要員は自社の従業員
が中心になるであろう。
月別に必要なブラス要員は人材派
遣会社、季節工、パート、アルバ
イトで対応することになるが、でき
る限りその中で継続的な雇用を行う
努力をする。 例えば一カ月目のプラ
ス要員の必要人数が一五人、二カ
の半分にしかならないということは、
製造原価の労務費が必要以上に使わ
れていることにほかならない。 この
事実をきちんと把握することがすべ
ての対策の始まりといえる。 いくつ
かの中小食品製造業の生産性をみて
みると、オフピークの生産性はピー
ク時の三分の一というところも珍し
くはない。 こうした状況が中小企業
の経営者には正しく認識されていな
いといえる。
要員計画策定で数千万円削減
ピーク時には需要に対応するため
に要員を確保し、オフピークには必
要最小人員で効率的に作業をするの
が理想的な姿だ。 このためには、人
員計画を常に早め早めに立案し、対
策を打っていかなければならない。
それには需要予測が必要になる
が、予測値と実績の差は必ず発生す
る。 しかし、立案する人員計画の時
期が、実際のピーク時に近づけば近
づくほど予測精度は向上する。 従っ
て、一年、四半期、月次、週次の
タイミングで市場の状況、自社の販
売動向、商品別の売れ行き状況、原
材料の漁獲および収穫状況などを常
に押さえ、必要な生産能力を確保し
たり、調整したりしなければならな
い。 中小企業ではそこまでの計画は
立てられないという声をよく聞くが、
ら、ピーク時の能力を確保するため
に多めの要員を抱えざるを得ないの
が現実である。
問題はピーク時とオフピーク時の
労働生産性の状況が十分捉えられて
いないことにある。 多くの中小企業
は製造現場の生産性を明確に捉えて
いない。 生産性向上よりも売上高向
上という観点の方が強く、支払われ
ている労働力に経営者の意識が向い
ていないことが多い。 経営管理の知
識も不十分で生産性の把握すらして
いないところも少なくない。
大きな需給変動で企業が最も注意
すべき点は、ピーク時ではなくオフ
ピークのマネジメントである。 オフ
ピークにはピーク時と比べて少ない
要員で作業を行ってはいるが、現場
ではさまざまな現象がみられる。 例
えば出勤率が落ちる。 作業が早く終
わり清掃に多くの時間を使っている。
作業者の作業スピードがスローダウ
ンしている。 ある職場に人を必要以
上に投入している、などだ。 仕事が
少ないことを感覚では理解していて
も、生産性の指標で定量的に把握し
ていないため問題の程度が分からず、
そのまま放置されている。 ピーク時
には生産性が大きく上がるが、オフ
ピーク時にはそれが半分程度に落ち
てしまっていることが多い。
オフピーク時の生産性がピーク時
図2 生産・販売計画と要員計画
品目別(顧客別)
年間売上計画
得意先別
品名別
月次売上計画
品名別
在庫計画
工場別品名別
月次・週次
生産計画
工場別月次・週次
必要人員見積
工場別年間月別
必要人員見積
工場別月次・週次
要員配置指示
工場別月別
要員配置指示
外部からの
仕事の獲得
常勤パート・外注
雇用契約
見直し
工場別職場別
翌日・当日
要員配置指示
原魚:入荷情報
仕事量に応じた
人員での作業
工場別品目別
年間月別
生産計画
調達計画
資金計画
品名別
在庫基準
品目・品名別
処理量/ h
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積もり、ピークに備えることが重要
である。 実際、水産品や農産品の中
小企業が需要予測と生産計画、人
員計画を月次サイクルで見直し、結
果的に労務費を年間数千万円節減
できた事例もある。 ただし雇用の契
約はデリケートな問題だ。 時間単価
をスポット的な雇用の場合は一般よ
りも引き上げたり、比較的安定して
いる場合にはある程度抑えることも
必要になる(図2)。
瞬発力を上げて需要変動に対応
ピーク時に向けて画期的なビジネ
スモデルを作り上げ、成功した例も
ある。 水産業では魚の鮮度を維持
するために、大量の氷が必要となる。
しかもこの氷は漁獲量に比例して消
費され、需要期には漁港一港で数千
トンの氷が必要だ。 しかし、氷の製
造には一般的な一三五キロの角氷で
四八時間かかる。 需要期に氷を大量
に作るためには莫大な製氷設備の費
用が必要になる。
そこでH社は閑散期に氷を連続的
に、計画的に製造し冷凍庫で大量に
保管することにした。 パネル式の冷
凍庫を数カ所に設置し、計画的に閑
散期に氷を製造して備蓄。 需要期に
なると砕氷機で大きな氷のブロック
を砕き、魚市場や加工業者に氷を供
給して大幅に売り上げを伸ばしてい
る。 通常の砕氷機では大きな氷のブ
ロックは砕けないため、独自に開発
した大型砕氷機も導入した。
さらに同社は雪のような氷や、プ
レート状の氷を使っている。 氷も製
造時の氷の粒が小さければ、固まっ
た後に砕いてもその特性が発揮され、
魚の種類や保存期間によって使い分
けすることができ、魚の品質も従
来の氷よりも高く保つことができる。
需要期に大量の氷を、しかも品質的
に優れた氷を供給できるようにした
ことが同社の素晴らしいところであ
る。
よく大きな需要変動に対応する供
給体制のためには瞬発力を上げるこ
とだといわれるが、単に需要期のた
めに設備を導入するのではなく、H
社は大きな氷のブロックを在庫する
体制も整えたのがポイントだ。 革新
的なビジネスモデルを築き上げた同
社は、さらに魚市場全体の物流の中
に、氷の供給システムを組み入れよ
うと試みている。 今後の事業展開が
非常に注目される。
他社と連携しオフピークを解消
大きな需要変動とそれに対応する
供給体制を効率的に運営するために
は、供給能力の確保と負荷量の調
整が必要になる。 これまで述べた事
例は、自社内でなされているものだ
った。 しかし自社内にとどまらない、
社外をも含めた対策も必要だ。
要員の有効活用は企業間をまたい
で行われることもある。 いや、自社
だけでは不十分であり、他社と連携
した要員計画こそが大きな効果を生
み出す。 例えば夏型のピークを持つ
企業と、冬型のピークを持つ企業が、
要員を流動的に相互に活用するとい
ったことも現実に始まっている。
大きな需要変動の裏には閑散期、
つまり仕事の不足している時期があ
る。 氷の在庫の例のように、在庫
生産を行い工場負荷を増やす場合は、
もう一方ではリスクが発生すること
も忘れてはならない。 在庫を持つよ
りもその時期に本当に売れるものを
生産し販売したいと誰しもが思うだ
ろう。
中小の食品製造業では自力で技術
開発、商品開発を行うことは困難で
あるが、公設試験研究機関や大学
と連携して商品開発を行っているケ
ースは多い。 単なる商品開発ではな
く、オフピークを解消するための新
製品を企画している企業も少なくな
い。 また、他社の製品をOEMとし
て生産し、オフピークを解消してい
る企業もある。
ここで述べた大きな需給変動への
対応策は、自らの需給変動の状況を
冷静に見つめることから始まり、早
めの需要予測、予測の繰り返し、要
員計画の立案、要員の雇用形態のバ
ラエティ化、具体的な労務対策が必
要になる。 これらに他社との連携策
を加えた企業が、大不況にも強い企
業として生き残るであろう(図3)。
次回フォーラムのお知らせ
SOLE日本支部では毎月「フォーラム」
を開催し、ロジスティクス技術やロジステ
ィクス・マネジメントに関する活発な意見
交換、議論を行っている。 このフォーラ
ムは年間計画に基づいて運営しているが、
単月のみの参加も可能。 一回の参加費は
6,000円。 4月のフォーラムについては事
務局(sole-j-offi ce@cpost.plala.or.jp)
までお問い合わせください。
図3 重要変動への対応策
アクションの
範囲
能力対策
自社のみ外部と連携
負荷対策
・事前の予測
・雇用調整
・工場間
人員移動
・OEM
・閑散期の
商品開発
・在庫の確保
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