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囲気を持っている。
役員氏が「もしよろしければ、お昼をご一緒
にいかがでしょうか?」と大先生を誘う。 特に
用事のない大先生が頷く。 三人でぶらぶらと御
徒町まで歩き、ちょっと名の知れた和食の店に
入った。 若手部員氏が気を利かせて個室を取る。
食事をしながら、話題は当然昨今の厳しい情勢
に移っていった。
「うちに限らないんでしょうが、物流子会社は、
どこでも、いま厳しい状況に置かれていると思
います」
役員氏が、しみじみした口調で言う。 それに
大先生が即座に応じる。
「物流子会社に限らず、どんな企業もそれ相
応に厳しいはずです。 これだけ需要が落ち込め
ば、供給側は、それに合わせた対応を迫られま
す。 対応の度合いは各社によって違うでしょう
けど、何もしないで済む会社なんてないでしょ
う」
「はぁー、それはそうなんですが、うちは親会
社がかなり厳しい状況で、聖域なしの改革に取
り組むとか言って、人員削減まで手をつけてい
ます。 当然、うちにもかなりの支払額の削減を
言ってきてます。 噂では、うちの身売り話まで
出ているようなんです」
役員氏がいかにも困ったという表情で声をひ
そめる。 何が気に入らないのか、大先生が意地
悪な質問をする。
親会社の業績悪化から多くの物流子会社が窮地に立た
されている。 メーカーとして物流のリソースをグループ内
に抱えておく必要がどれだけあるのか。 その存在意義が
改めて問われている。 物流子会社は親会社の判断を待つ
のではなく、自らその答えを提示して難局を乗り越えろ。
湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第67回》
物流子会社に春は来るか
大先生の日記帳編 第19 回
満開の桜の下で声を掛けられた
上野公園の桜が満開だという最近のニュースを
思い出し、大先生は、上野駅からいつもの地下
鉄に乗らずに、公園に向かって歩き出した。 昼
前のせいか駅の公園口あたりは花見客でいっぱ
いだ。
公園内の桜のトンネルをのんびりと見上げな
がら歩いていると、突然横から「あっ、先生!」
と意外そうな口調で声を掛けられた。 声の方を
見ると、二人連れがにこにこしながら大先生を
見ている。
どこかで見たことある人だなと大先生も微笑
むが、どこの誰だか思い出せない。 大先生にと
ってはよくあることだ。 それを察したのか、二
人のうち声を掛けた年長者が前に踏み出して、社
名と名前を名乗り、ある委員会で一緒だったと
直近のつきあいまで教えてくれた。
そこまで言われて、大先生もようやく思い出
した。 その人はある物流子会社の役員で、委員
会では「結構はっきりと適切なことを言う人だ
な」という印象があった人だ。
その役員氏が「お花見ですか?」と率直に聞
くので、大先生も「はい。 出勤途上ですが」と
正直に答える。 彼らは、近くに用事で来て、せ
っかくだからと花見としゃれ込んだそうだ。 同
行者は、役員氏が担当する経営企画部の部員だ
という。 まだ若いが、賢そうな印象を与える雰
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「身売りされると困りますか?」
「いやー、それはやっぱり‥‥。 なあ?」
役員氏が若手部員氏に向かって同意を求める。
若手部員氏が大きく頷き、「社員の士気もそうで
すが、処遇とかいろいろ問題が出ます」と言葉
を足す。
「そしたら、そう言えばいいんじゃないですか、
親会社に」
大先生の言葉に役員氏が煮え切らない風に「そ
れはもちろん言ってるんですが‥‥」と答える。
役員氏は、委員会での発言と違って自分の会社
のこととなると歯切れが悪い。 大先生が何か言
おうとしたときに、襖が開き、食後のコーヒー
が運ばれてきた。
大先生の言葉にいきり立つ二人
大先生が「たばこ喫ってもいいですか?」と
二人に聞く。 役員氏が「もちろん、私も喫いま
す」と応じる。 ちょっと沈んだ雰囲気がリラッ
クスムードに変わってきたところで、役員氏が
話題を変えようとした矢先、大先生が話を戻す
ように、また意地悪な質問をした。
「要するに親会社にとって、御社は身売りして
も差し支えない程度の存在だったってことです
か。 まあ、思うに、物流業務しかやってなかっ
たろうから、物流業者に売っても何の支障もな
いってことか‥‥」
大先生の言葉に、さすがに二人ともむっとし
た表情をする。 それを見て、大先生が平然と聞
く。
「まあ、御社の実情についてほとんど何も知ら
ない私からそんなこと言われるのはおもしろく
ないかもしれないけど、そんな怒った顔をする
ことはないですよ。 もし、私の言ってることが
事実なら、まずそれを認めないと活路は拓かな
いんじゃないですか? こんなときこそ自社を
冷徹に客観的に見つめることが必要だと思いま
すが、違います?」
役員氏が、はっとしたような顔で答える。
「いや、失礼しました。 怒っているわけでは
ありませんが、なんか痛いところを突かれた感
じで、つい。 たしかに、おっしゃるとおりです。
うちの会社は親から見れば、その程度だったと
いうのは認めざるを得ません」
役員氏があっさり認めてしまう。 ただ、若手
部員氏は不満そうな顔をしている。 なぜか、大
先生もおもしろくなさそうだ。 役員氏の覇気の
なさが気に入らないようだ。 大先生が質問を変
える。
「御社では、自社の強みとか弱みとか分析した
ことあります?」
「あー、SWOT分析ですね。 もちろん、あ
ります」
若手部員氏が自信たっぷりに答える。 浅薄な
知識をひけらかすような感じが大先生は気に入
らない。 大先生が若手部員氏に聞く。
「その強み、弱みは何に対するもの?」
若手部員氏が怪訝そうにぶつぶつ言う。
「何にって言っても‥‥うちの強みとか弱みで
すから」
大先生はその答が気に入らないようで、嫌味
たっぷりに確認する。
「ふーん、きっと誰かが頭で考えて、うちの強
みは、自分の業界の物流に精通しているだとか、
知名度や信頼度が高いだとか、人材が豊富だと
か、そんな愚にもつかないことを列挙したんじ
ゃないの」
大先生の言葉に若手部員氏の顔が一気に紅潮
した。 明らかに怒っている顔だ。 そんなことに
かまわず、大先生が質問を続ける。 役員氏は困
った顔で二人を見ているだけだ。
季節がもたらす外の華やぎとは対照的に大先
生たちの周りは寒風が吹き荒れそうな雰囲気に
なってきた。
「それでは、別の聞き方をするけど、親会社に
対する御社の強みは何? 要するに、他社には
できない物流子会社ならでは強みってことだけ
ど‥‥」
大先生の質問に若手部員氏が「うーん」と言
って、腕を組む。 すぐにも言える答えはあるの
だが、それを言ってまた大先生にいちゃもんつけ
られてはかなわんという風情が見え見えだ。 大
先生が、「何でもいいよ」と促す。 それに応じて
若手部員氏が頷いて自分の考えを言う。
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「親会社の内部事情に精通しているってことだ
と思います。 もっとも、私はプロパーですから、
正確に言うと、私どもの社内には精通している
人が少なからずいるってことではないでしょう
か」
大先生が大きく頷く。
「それそれ、その『内部事情に精通している』
っていう表現は的を射ている。 親会社に対する
物流子会社の強みはまさにそこにある。 親会社
の業務や風土に精通しているし、親会社と人的
なつながりもあるという強みは、一般の物流業
者ではどんなに頑張っても手に入れられないも
の。 そしたら、その強みを最大限活かした業務
代行をやることを本来まず考えるべきだったん
じゃないですか?」
大先生が役員氏に向かって過去形で聞く。 役
員氏が「たしかに」と言いながら、伏し目がち
に頷く。 それを見て、大先生は、今度は若手部
員氏に向かって話し掛ける。
親会社にも専業者にも出来ない仕事
「いま御社で受託している業務は、その強みを
活かしたものではないでしょ? 運ぶ、保管す
るっていう業務は本来物流業者の仕事。 取り扱
いに特別な注意が必要なら、それは誰かが管理
すればいいことで、その役割は御社じゃなくて
も親会社でもできることだ。 そこでだけど、『親
会社でやるのはちょっと面倒だ、ただし一般の
なければならなかったですね」と自嘲気味につ
ぶやく。
「そうです、これは、身売りされそうだから
どうだという話じゃなくて、物流子会社のそも
そも論です。 親会社にとって価値があるという
のは親会社ではやるのが難しい、しかも親会社
にとって非常に価値のある仕事を代行してくれ
ているってことでしょ?」
大先生の問い掛けに二人が同時に頷く。 それ
を見て、大先生が続ける。
「こういう厳しい状況の中で、幸い身売りされ
ずに、物流子会社としてこれからもやっていこ
うというなら、そして、いまを再出発としてと
らえるなら、親会社にとっての自社の存在価値
を発揮する役割とは何かを改めて必死に考える
ときだと思いますが、どうです?」
二人が頷くのを見て、大先生が続ける。 大先
生が饒舌になってきた。
「現下の状況を乗り切るためにどうするかに留
まらず、将来どうあるべきかをいまこそ真剣に
考える絶好のチャンスだと役員の方々は考えて
行動すべきだと思います。 これまでの延長線上
では決して安泰ではないことは身に染みてわか
ったはずですから、彼のように将来のある若い
社員たちのためにもこの機会を逃すべきではな
いと思います。 まあ、余計なお世話かもしれま
せんが‥‥」
「いえ、余計なお世話だなんてとんでもありま
物流業者に任せるのはちょっと抵抗がある』と
いうもので、親会社にとって極めて価値の高い
業務、それが物流子会社ならではの仕事なので
はないですか?」
大先生の問い掛けに若手部員氏が何度も小さ
く頷いて、「わかります、わかります」と言う。
もう先ほどの怒りの気配は消えて、しきりに何
かを考えている。 それがどんな仕事なのか探し
ている風情だ。
役員氏が、そんな部下の様子を見ながら、「た
しかに、そういう仕事を早いうちから担ってこ
湯浅和夫の
IllustrationcELPH-Kanda Kadan
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せん。 たしかに、それが役員の責務ですね。 正
直、うちは、これまで親会社の成長とともに大
きくなってきただけで、実質何もやってきませ
んでした。 この反省を糧にして、新たな取り組
みをしなければいけないと‥‥」
役員氏の言葉に割り込むように、若手部員氏
が「ちょっといいですか」と口を挟む。 役員氏
の実体のない話はもう結構という様子が窺える。
「あのー、先生がおっしゃられる、親会社でや
るのは面倒で、物流会社にやらせるのは抵抗が
あるという業務、というのは、もしかしたらロ
ジスティクスですか?」
大先生が微笑みながら大きく頷く。
「そう、まあ、そういう仕事なら何でもいいの
だけど、私が物流子会社に是非やってもらいた
い、いや、物流子会社ならではの仕事じゃない
かと思ってるのがロジスティクス。 どう思う?」
大先生にそう聞かれて、若手部員氏が興奮気
味に同意する。
「はい、私もまったく同感です」
若手部員氏の断定的な物言いに役員氏が驚い
たように彼の顔を見る。 若手部員氏が続ける。
「実は、私はプロパーですけど、親会社の物流
を見ていて気になることがいっぱいあって、な
ぜそうなのかという疑問から親会社の関係者の
言動をそれとなく見ていて、何て言うか、うま
く言えませんけど、在庫の動き全体をうちが管
理した方がいいのではないか、物流サービスも
実態を知らせて、もっとちゃんとした方がいい
のではないか、そうすれば拠点配置だってもっ
と変えられるのではないかといったような思い
をずっと持ってました」
若手の問いかけに役員は深く頷いた
ここまで一気に話して、若手部員氏が役員氏
の顔を見た。 役員氏が思い当たったように「そ
ういえば、君は、以前、そんなことレポートし
たことがあったな」と言い、「あのときは誰も関
心を示さなかったけど」と付け足す。 若手部員
氏が頷き、言葉を足す。
「営業の方々は在庫手配なんかやりたがってい
ませんし、生産の方々は在庫や出荷についての
的確な情報がなくて困っていることはたしかで
す」
役員氏が頷く。 若手部員氏が続ける。
「在庫とか生産に必要な情報はもちろん物流サ
ービスの実態に関する情報もすべて物流にある
んですから、顧客納品から生産計画支援まで一
手にわれわれが代行して然るべきだと思うんで
すが、どうでしょう?」
若手部員氏に問われ、役員氏が大きく頷き、一
つの決断をした。
「そうだな、たしかにその業務は、おれが考え
ても、親会社の中でやるよりもうちがやった方
がいいかもしれない。 在庫削減や物流コスト削
減など効果が大きいから、親会社でも関心を示
すことは間違いない。 よし、親会社に提案しよ
う。 おれが交渉の先頭に立つから君は中心にな
って提案文書を作ってくれ」
二人で妙に盛り上がっている。 大先生は、居
場所がなくなってきた感じだ。 「おもしろそうだ
から、おれも参加させろ」と言っていいものか
迷いながら、たばこに手を伸ばした。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課
程修了。 同年、日通総合研究所入社。 同社常務を経
て、2004 年4 月に独立。 湯浅コンサルティングを
設立し社長に就任。 著書に『現代物流システム論(共
著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物
流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる
本』(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コンサルテ
ィング http://yuasa-c.co.jp
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