2009年4月号
特集

儲かる中国物流 日中航路マイナス運賃のカラクリ

APRIL 2009  30 日中航路マイナス運賃のカラクリ  中国発日本向けの海上コンテナ輸送で“マイナス運賃”が横 行している。
船社が中国側輸出者にキックバックを支払い荷 物を受託、日本側輸入者に不当なチャージを請求し、その補 填に当てている。
荷物を人質に取られた日本企業は“ 泣き寝 入り”を強いられている。
           (石鍋 圭) 日本側の荷主は泣き寝入り  ?マイナス運賃?という言葉をご存知だろうか。
通 常の貨物輸送契約では荷主が輸送業者に運賃を支払 うが、これとは逆に、輸送業者が荷物受託の対価と して荷主に料金を払うことを指す。
荷主は?タダ?ど ころか、お金をもらって荷物を輸送できることになる。
にわかには信じ難いが、このマイナス運賃が中国側輸 出者と船社の間、つまり中国発日本向けのコンテナ海 運航路では、古くからの商慣習として今なお横行し ている。
 ダンピングによって運賃が?下がる?という話なら まだ理解はできる。
だが荷主に対価を支払ってまで荷 物を獲得しようとする理由は何か。
その答えはコンテ ナ船の海上運賃の構成にある。
 海上運賃は一般的に、基本運賃に加えてBAF(燃 料調整付加費用)やEBS(緊急燃料付加費用)、Y AS(円高調整付加費用)、THC(港湾作業費用) といった諸チャージから構成されている。
このうち基 本運賃部分は市況の影響によって大きく乱高下する。
基本運賃部分は赤字になっても、それ以外の各種チ ャージで儲けを出すというのが船社の戦略である。
そ してマイナス運賃とは、基本運賃が下がりに下がり、 ?ゼロ?を通り越し、チャージ部分まで割り引くこと を指す。
これが日中航路では荷主へのバックマージン まで発生させている。
 では、誰が最終的にコストを負担しているのか。
荷 物を輸出する中国側企業ではない。
先述のとおり、彼 らは対価を得て荷物を船会社に委託している。
全体 の運賃から基本運賃部分を割り引くということでは ないのだ。
となれば答えは自ずと見えてくる。
荷物 を輸入している日本側の企業である。
 日中間の貿易、特に中国発日本向けの商品の売買契 約は、取引条件として「CFR(Cost and Freight)」 や「CIF(Cost, Insurance and Freight)」の用い られるケースが大半を占める。
いずれも、海上運賃 は輸出者負担である。
そこには基本運賃はもちろん、 BAFやEBS、YASなども含まれる。
THCだ けは輸出入者の双方が、積み地・揚げ地それぞれの 港で支払うことが国際基準になっているため輸入企業 にも支払う理由はある。
しかし、それ以外の費用は 輸出した中国側が支払うべきものだ。
 にも関わらず、船社は本来なら運賃を請求するは ずの中国側企業に対価を支払って荷物を受託し、各 項目の費用を日本側企業に請求している。
しかも荷 受けの際に?Freight Prepaid?(料金前受け済)の B/L(船荷証券)を切っておきながら。
明らかな 契約違反である。
 ところが不当な請求を受けている日本側企業は、訴 えをおこすどころか、要望通りの金額を支払ってし まうことが多い。
支払わないと荷物の引き取りがで きないことに加え、交渉して決着が長引けば港に対す るデマレージ(保管料)も発生してしまう。
当然、リ ードタイムも大幅に伸びてしまう。
請求される金額が 二〇フィートコンテナ一本当たり数百ドルとそこまで 多額ではないことから、結局は権利放棄、つまり泣 き寝入りしてしまうという構図だ。
 理不尽な請求に対し、日本側企業が取り得る対策 はあるのか。
アジア・ロジスティクス研究所の白土茂 雄代表は次のように解説する。
 「まず絶対に泣き寝入りなどせず、少額でも訴訟を 辞さずという姿勢を打ち出すこと。
特に大手が訴訟事 例を数件でも作ってくれれば強い抑止力になる。
また、 取引相手とのビジネスが複数にわたるのなら、その後 物流ネットワークで国内需要を開拓第4部 特集 31  APRIL 2009 の仕入れ額を減額させるのも手だ。
輸入した商品自 体の重要性が高くないのなら、支払い拒否をするの も効果が大きい。
とにかく甘い会社だと思われないこ とが重要。
そのためにはインコタームズ(貿易条件定 義)の知識をしっかり身につける必要がある。
契約時 には運賃は輸出者負担であることを念押しし、文書 に残すくらいの周到さも欲しい」  日本側輸入者が船積み権を持つFOB( Free on Board)契約に切り替えるというのも一つの手段だ。
FOBであれば、積み地の港の船の横に届けるまでが 売主の責任となる。
それ以降のリスクは買主が負うた め、当然、船社を選定する権利もある。
だが船社を 自ら選定・手配するのが煩雑であることや、中国側 輸出者の反発があることなどから、なかなか大きな 流れにならないというのが実情のようだ。
ダンピング体質  世界広しといえどマイナス運賃の発生する航路は他 に見当たらない。
そもそも、日中航路はダンピングが 生じやすい要素を数多く含んでいる。
 まず、新規参入障壁が低く、プレーヤーの数が多い。
日中間のような近海航路は、遠洋航路に比べて設備投 資が少なく済む。
極端にいえば、二〇〇TEUほど の小型コンテナ船を一隻用意できれば参入できる。
現 在二〇社を超える船社が活動している。
「この狭い海 域に二〇社は多すぎる。
過当競争が起きて当然」と いうのが大半の市場関係者の見解だ。
 海運カルテルが存在しなかったことも過当競争の要 因になっている。
現在では廃止の方向に向かっている が、近年まで遠洋航路をはじめとする各航路には、独 占禁止法適用除外の公認カルテルが存在していた。
そ の実効性は限定的だったが、運賃水準と秩序を保つ 一定の歯止めにはなっていた。
 同じことが日中航路では成立し得ない。
ある船社 の社員は「船社間で運賃に関する取り決めをしても、 各社?商機?とばかりにその翌日からルール破りに走 るのは目に見えている。
ある意味で日中航路は市場 原理・自由競争の意識が最も高いマーケットだ」と皮 肉混じりに説明する。
 ちなみに日中航路の船社の九割は中国の企業だ。
コ ストの高い邦船社では利益が挙げられないことに加え、 マイナス運賃という「真っ当とはいえない」(前出・ 船会社社員)ビジネスに手は出せないという意識が働 くため、本格的に参入できる航路ではない。
 数少ない邦船社のうちの一社、神原汽船の岡利行 次長は「邦船社としてマイナスなどという運賃設定は できないが、どうしても価格競争に巻き込まれる傾 向はある。
非常に厳しい局面だ。
運航コストの抑制を 地道に続けるしかない」と苦渋の色を隠せない。
 日中航路でシェア約一〇%を占めるコスコはダンピ ングには付き合わない戦略をとっている。
同社の運 賃設定は他社に比べて二〇フィートコンテナ一本当た り三〇〇ドルから五〇〇ドルほど高い。
コスコ・ロジ スティックスジャパンの五十嵐公取締役は「我々は日 中航路でナンバー1になろうとは思っていない。
シェ アを取りに行けば常識はずれのダンピングに巻き込ま れるからだ。
それよりもハイエンドの顧客をターゲッ トにした独自のポジションを築くことを目標にしてい る」と語る。
 どこか一社が運賃を下げ始めれば、他の船社もそ れに付き合わざるを得ない。
それでも通常であればマ イナスになる前に歯止めが効くはずだが、日中航路で はこれが効かない。
「何故かと聞かれてもこればかり は考えてもわからない。
国民性かもしれない。
ある コンテナ海上運賃の構成 基本運賃 市況により大きく乱高下する。
時にはゼロ、マイナスに CFRやCIF では、THCを除いて輸出者が支払うのが国際基準だが、 日中航路では日本側の輸入者が支払っている BAF (燃料調整 付加費用) EBS (緊急燃料 付加費用) YAS (円高調整 付加費用) THC (港湾作業 費用) その他 チャージ APRIL 2009  32 のは実際にマイナス運賃が発生しているという事実だ け。
そういうマーケットだと認識して付き合うしかな い」と、ある市場関係者は語る。
 事態を是正すべく、中国政府が過去に何度か赤字 運賃禁止の通達を出しているが、効果は出ていない。
一時的に運賃は高騰するものの、数週間と待たずに 元の水準に戻ってしまう。
実際に経営停止の行政処 分を下しても、社名だけを変えて同じ人員・同じアセ ットですぐに再開するということも珍しくない。
 だが、船社は莫大な利益を挙げているわけではな い。
むしろ彼らの経営は逼迫している。
 昨年八月、SYMS(山東省煙台国際海運)とい う日中航路を主業とする船会社が破綻した。
同社は 日中航路のシェアの二〇%を占めており、SITCコ ンテナラインズ(新海豊集装箱運輸)と並んで最大手 の一角を担っていた。
約一〇年前に市場参入し、急 激にシェアを伸ばしてきたが、採算度外視の放漫経営 がたたりサービス停止に追い込まれた。
 日本側の荷主は大混乱に陥った。
日本に来るはず の荷物が一向に届かない。
調べてみると上海など別の 港に係留されたままとなっている。
引き取りを申し出 ると、荷役料やリリースフィーを港側から請求される といったトラブルが相次いだ。
中には荷物の所有権を 放棄した企業もあるという。
マーケットはスラック基調に  いびつな市場構造は、健全なプレーヤーの育成を阻 害する。
コスト以上に重要な安定運航が脅かされる。
荷物を輸入する日本側企業には大きなリスクだ。
しか も「今後はさらに破綻・撤退する船社が増えるかも 知れない」と、ある市場関係者はつぶやく。
その根 拠は落ち込み続ける市況にある。
 日中航路のコンテナ貨物輸送量は一九九〇年代初 頭から日中貿易の進展とともに急拡大してきた。
〇 六年には三〇〇万TEUを突破し、翌〇七年には過 去最高の三一五万TEUを記録した。
しかし伸び率 は徐々に鈍化し、昨年はついに前年対比でマイナスに 転じた。
昨年初頭の食品偽装問題、秋口から始まっ た世界経済危機が大きく影響した。
日中航路の成長 期に終止符が打たれた格好だ。
 年明けの足元の状況も例年以上に傷んでいる。
主 要港のコンテナ取扱量は軒並み前年割れしている。
今 年は通年で良くて横ばい、おそらく、さらに悪化する というのが一般的な見通しのようだ。
全体のパイがシ ュリンクする中で、各船社は減便や配船の見直しを迫 られている。
HASCO(上海海華輪船)の日本総 代理店であるセブンシーズエージェンシーズの松本秀 策取締役は「現在はサービス拡充よりも、やはり選択 と集中を進めなければならない状況だ」としている。
 運賃水準も下降の一途を辿っている。
前出の市場 関係者は「例年であればピークシーズン・スラックシ ーズン(閑散期)という波があるが、昨年あたりから それが無くなりつつある。
今年は年間を通してスラッ ク基調になるのでは」と危惧する。
 船社が倒産し、船腹が減少しても運賃の上昇には結 び付かない。
「SYMS破綻の時もそうだったが、す ぐに新しい船社が参入してきて、元の低水準に戻って しまう」と市場開拓者は説明する。
 日中貿易の規模は〇四年に二二兆円に達し、つい に日米貿易を上回った。
日本にとって中国はいまや最 大の貿易相手国だ。
その物流を担う日中航路の混乱 は日中双方にとって大きな障壁となる。
中国政府主 導の抜本的な改革が必要だが、目処はまったく立って いない。
350 300 250 200 150 100 50 0 日中航路コンテナ輸送量の推移 (単位:万TEU) 02 年 90 年代初頭から続いてきた拡大期に終止符が打たれた 03 年04 年05 年06 年07 年08 年 特集 33  APRIL 2009 一寸先は闇 ──〇八年の日中航路コンテナ輸 送量が前年対比で減少に転じまし た。
 「昨年は食品偽装と世界経済危 機というネガティブ・ファクトが 続いた。
一年を通して食品関係は 不調だったことに加え、秋口のリーマンショック の影響で年末の数字も著しく落ち込んだことが 要因だ」 ──年明け、足下のマーケット状況はどうでしょ うか。
 「やはり荷動きは鈍い。
毎年一、二月というの は日本の正月、中国の旧正月の影響で落ち込む 時期だが、今年は例年以上に傷んでいる」 ──今年はさらにコンテナ輸出入量が減るという 意見が一般的なようです。
 「?一寸先は闇?というのが今の状況。
それで も個人的には、そんなにひどく落ち込むことは ないだろうと考えている。
小幅の振れはあるに せよ、三〇〇万TEU前後で推移していくので は。
先述したように昨年はインパクトの強いネガ ティブ・ファクトがあったが、日中航路はこれま での成長期から成熟期に移行したと認識してい る」 ──運賃水準は著しく下がっています。
 「確かに下落圧力は強い。
供給が需要を大きく 上回っている。
バンカーも下がっているため、新 規参入の懸念もある。
船社は否応なく価格競争 に参加せざるを得ない」 ──そうなると昨年のSYMS破綻のような事 例も出てくる。
 「もちろんあり得るだろう。
日中航路は市場原 理が最も強く働いているマーケット。
まさに戦場 だ。
価格だけでなく、サービスレベルも含めて顧 客のニーズを掴めない船社は撤退するしかない」 ──日中航路が安定するためには何が必要でし ょうか。
 「やはり中国政府による規制はある程度必要。
今の状況はやはり異常と言わざるを得ない。
政 府の指導で、需給関係・マーケットの正常化が 図られるべきだ。
今のような状況がいつまでも 続けば、プレーヤーはみんな共倒れになってしま う。
さきほど?市場原理?と言ったが、まった くの自由競争では、?金融危機?と同じ轍を踏む ことになる。
近々、規制に向けた動きもあると 聞いているので、これに期待したい」 ──これまでも政府による規制は何度かあった が効果は出ていません。
 「中国政府も規制の方法を模索しているので は。
これまでのノウハウも溜まっているはずなの で、変化はあるはずだ。
政府としても今の状況 をずっと黙認するわけにはいかないだろう」 ──日中航路は今後どのような変遷を?  「一ローカルマーケットから一大マーケットに変 貌を遂げてきた。
時間はかかるだろうが、今後 は更にインターナショナル化が進むだろう。
その ためには担い手である船社自身の体質が変わら なければならない」 SYMS破綻で単独トップシェア ──翻ってSITCについてですが、SYMS が破綻したことにより単独でトップシェアを握る ことになりました。
 「以前は我々とSYMSが二〇%ずつシェアを 握っていたが、現在は我々が三〇%でトップシェ アを握っている。
SYMSの破綻がある種の商 機になった格好だが、重要なのは新たに取り込 んだ顧客のニーズに的確に応えることだ」 ──最大手の一角があっけなく破綻したことで、 荷主には動揺が広がりました。
ずばり、SIT Cに経営上の問題は?  「荷主にそういった不安が広がるのは当然だ。
実際、我々にも『大丈夫か?』という問い合わ せもあった。
明言しておくが、我々には一切懸 念はない。
我々は短期、そして中長期の明確な 戦略を立てた上で経営に取り組んでいる。
市況 が落ち込んだからといって、すぐに資金繰りに 窮するような放漫経営はしていない」 ──SITCは自社造船の比率も高い。
多額の 建造コストもかかっているはずです。
マーケット が下がる中で、レンダーへの返済に影響は。
 「それに関しても全く問題ない。
金融機関にも 予定通り返済し続けており、逆に信頼を増して いるほどだ。
先ほど?明確な戦略?と言ったが、 これは自社船の建造に関しても同様。
我々が造 船に着手したのは造船コストが低い時期のみ。
コ ストの上がり始めた〇五年以降は一切造ってい ない」 ──運賃水準が一様に下がる中で、SITCは どういった部分で強みを発揮するのでしょう。
 「価格はもちろん重要だが、それだけではな い。
重視すべきはサービスの価値と価格のバラ ンスだ。
例えば顧客が複数の拠点を持つ中国企 業で海運物流を一本化したいと考えている場合、 我々は全ての主要港にインフラを整備しているの でこのニーズに対応できる。
もしインフラが脆弱 な他船社が割安な運賃を提示しても、この顧客 は我々を選んでくれるだろう。
各荷主のニーズ を掘り起こし、それに対応できるサービスメニュ ーを用意できるかが今後のキーになる。
その点 において、我々にはアドバンテージがあると自負 している。
無論、今後もさらにサービスを拡充 していく方針だ」 「今の状況を放置すれば共倒れになる」 SITC JAPAN 呂開献 社長 Interview

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