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JUNE 2009 64
頷く。 役員氏も思ったとおりだと言わんばかり
に部長氏の方を見て頷く。
そんなやりとりを見ていた美人弟子が、微笑
みながらフォローする。
「たしかに遅れた状態ではありますが、御社に
限ったことではありませんよ。 よくあることで
す。 御社だけ遅れてるってことではありません
から‥‥」
美人弟子の言葉を聞いて、部長氏が、ちょっと
安心したように「あ、そうですか」と言い、す
ぐに気を引き締めるように「それでも、うちが
遅れてることに違いはないですね」と頭を下げ
る。 大先生が頷くのを見て、部長氏が続ける。
「そんな状態ですので、実は、いま部内に『物
流見える化プロジェクト』というのを作って、デ
ータ整備にかかわる作業を進めてます。 どこか
らどこにという『OD表︵ Origin Destination
Tables :起終点表︶』に留まらず、作業効率は
もちろん拠点規模なども含め、徹底的に見える
化しようと取り組んでるところです。 物流にか
かわるすべてのコストも見える化します。 社外
への支払額だけでなく、社内のコストを含めて
取らせています。 後ほど、それを先生に見てい
ただいてご指導願えればと思ってます」
大先生が、楽しそうな顔で「一九七〇年代の
状態だ」と言う。 部長氏が怪訝そうな顔で大先
生を見る。 大先生が、椅子に座り直して解説す
る。
必要な実績データがない。 「提案依頼書(RFP)」を作
ろうとして、すぐに直面する難題だ。 それまで物流を処
理してはいても、物流を管理することはできていなかっ
た、という証明でもある。 そのままアウトソーシングし
てしまえば、結果は目に見えている。
湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第67回》
提案依頼書(RFP)の作り方【その2】
大先生の日記帳編 第21 回
物流管理の原点は七〇年代にある
物流をアウトソーシングしたいので支援してく
れという、中堅メーカーの役員と物流部長の二
人が大先生事務所を訪れた。 大先生がコンサル
を了解した後、打ち解けた雰囲気で、大先生と
二人の雑談的なやりとりが続いている。
「あなたは工場関係で仕事をされてきたという
ことですから、活動実態を数字で見えるように
するってことには慣れてるでしょう? 御社の
物流はどうですか? 数字で見えるようになっ
てます?」
大先生にそう聞かれて、部長氏は、小さく頷
き、困惑気味に答える。
「実は、物流に来て、最初に面食らったのはそ
れでした。 いわゆる『見える化』というのがほ
とんどできてなかったんです。 どこからどこに
どれくらいの量がどんな輸送手段で、いくらの
お金を掛けて送られているのかという基本的な
数値さえ押さえられていないというのが実態で
した‥‥」
部長氏の話に大先生がいかにも驚いたという
表情で「へー」と声をあげる。 大先生の反応に
部長氏が慌てたように「やっぱり、うちは遅れ
てますか? そんな会社、ほかにはありません
か?」と聞く。
大先生が頷き、「遅れてる」と呟く。 それを
聞いて、部長氏が役員氏を見て「やっぱり」と
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65 JUNE 2009
「七〇年代というのは、日本の企業が物流に
関心を持ち、物流管理に取り組み始めた時期に
あたる。 私が企業の物流にかかわり始めたのは
その頃のことなんです」
部長氏が、興味深そうに頷き、身を乗り出す。
それを見て、大先生が続ける。
「その頃、物流の担当を命じられた人たちが何
をしたかというと、御社がいまやろうとしてい
るOD表作りと社内コストも含めた物流コスト
の算定だったんです。 同じことを御社がいまや
ってるから三〇年以上の遅れってことかな‥‥
という話」
「なるほど、たしかにそうです。 そうですか、
物流事始はOD表と物流コストからだったんで
すね」
部長氏が「さもありなん」という表情で独り
言のようにつぶやく。 大先生がたばこを手に取
り、「そう」と頷き、続ける。
物流の「見える化」に取り組んだ
「当時、突然トップから物流を何とかしろと命
じられた担当者は、当然、物流について何も知
らなかった。 そもそも、物流をやってる部署は
あったけど、物流を管理する部門などなかった
わけだから、それは戸惑った。 物流についての
データなどはまったく整備されていない。 そこ
で、物流を知ると同時に問題を見つけるために、
まず物流の見える化に取り組んだ。 それと同時
に物流コストなど企業会計の中には存在しなか
ったので、物流コストを特別に計算することに
も取り組んだ。 下げろと言われた物流コストが
見えなければ、何もできない。 まあ、いまのあ
なたと同じ感覚かも‥‥」
大先生の話を聞いて、役員氏が「なるほど」
と言って、部長氏を見て、話しかける。
「うちは、あれだよ、いま先生がおっしゃった
物流をやってる部門はあるけど、物流を管理す
る部門がなかったって状態が三〇年以上続いて
きたってことだよ。 違うか?」
部長氏が苦笑する。 返事に困っているようだ。
大先生が助け舟を出す。
「まあ、御社も物流事始の頃は、いろいろデー
タを集め、拠点集約などして合理化を進めてき
たんでしょうが、いつ頃からか、大きな仕組み
作りが一段落して、物流処理業務の方に関心が
移ってしまったってことでしょう。 日常の物流
業務管理と業務処理上生まれる問題点つぶしに
物流部門の仕事の比重が移ってしまったという
ことだと思いますよ」
大先生の話を受けて、部長氏が自分の見解を
述べる。
「はい、おっしゃるとおりだと思います。 物流
部に来てから、部員の話を聞いていますと、た
しかに日常の業務処理に追われているという印
象を強く持ちました。 うちの物流は果たしてい
まの状態でいいのかという視点は皆無に近いと
いって間違いないと思います。 まさに『木を見
て森を見ず』の状態と言えます。 その意味では、
物流全体を改めて見える化してみようという取
り組みは、原点に立ち戻るってことになります
ね?」
「そうねー、たしかに物流管理の原点という
のは七〇年代の物流事始の頃にあるんだろうな。
あの頃は、みんな、これまで誰も関心を持って
いなかった物流を何とかするぞって燃えてたか
らな。 物流担当者用マニュアルとか販売担当者
用物流マニュアルなんかも作っていた」
大先生の言葉に物流部長が興味深そうに質問
する。
「販売担当者用の物流マニュアルですか?」
「そう、どんな内容かというと、在庫の補充
要請をしてから入荷までの流れやリードタイム、
お客さんの注文内容が物流コストに与える影響、
注文締め時間が守られないとこれだけのロスが
出るといった警告、受注単位を厳守する必要性
などを数字で示していた。 お客さんが合理的な
注文を出してくれるなら、物流コストを原資と
していくらまで値引きしてもいいといったこと
まで触れてあるものもあった。 販売部門の動き
が物流に与える影響が大きいので、その影響を
事前に公表して、営業担当者に対し自制を呼び
かけたってことかな‥‥」
「なるほど、うちはそういうのはありません。
たしかに、それは必要ですね。 そういうマニュア
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ル整備も検討させます。 そうそう、先ほど、当
時の担当者は燃えていたってお話がありました
が、実は、うちの見える化プロジェクトの連中
も結構燃えてます。 最初は、『そんな面倒なこ
と。 新任部長がまた何を言い出すんだ』って顔
をしてましたが、実際やり始めますと、楽しん
でいるというか、結構のめり込んでます。 出て
くる数字を見て、なんだこりゃなんて声を上げ
てますし、そのたびに集まって、ああだこうだ
議論したりしてます」
アウトソーシングの失敗事例
部長氏の話に体力弟子が、感心したように相
槌を打つ。
「それはいいですね。 部員の皆さんが、それ
だけ前向きになれば、物流の抜本的な改革が自
然と進みそうですね」
美人弟子が、頷いて続ける。
「そうして整備されたデータは、そのまま物流
事業者さんに提示するRFPに使えますね。 現
状の物流についてのデータがなくて、物流事業
者さんが出してくる生産性の数値が評価できな
いなんて荷主さんもいますから」
美人弟子の言葉に体力弟子が、大きく頷きな
がら「います、います」と同感の意を示す。
部長氏が二人の顔を見ながら、「おっしゃると
おりです」と頷き、「自分の会社が見えていなく
ては、アウトソーシングなどできませんし、物流
ですが、みんなうまく行ってるんでしょうか?
そんなことないんじゃないかと思うんですが?
実態はどんなものでしょうか?」
部長氏の質問に大先生が「うーん」と言って、
座り直し、「物流に限らずアウトソーシングのす
べてがうまく行くなんてことはありえないでし
ょ?」と逆に聞く。 部長氏が大きく頷く。 大先
生が続ける。
「アウトソーシングしたという話は物流関係の
雑誌や新聞で記事になるけど、失敗したという
話は公表されることは滅多にないな」
「それはそうでしょうね。 恥ずかしいことです
から。 公表されたくはないでしょうね」
部長氏が自分のことのように、しみじみと相
槌を打つ。 大先生が「そうだけど、でも実際は
隠しようがない」と言って、続ける。
「アウトソーシングしたけど、結果として思う
ように物流が動かず、顧客納品で問題が発生し
たというケースは、ときどき耳に入ってくるけ
ど、実態としては結構あるんじゃないかな。 公
にならないだけで」
部長氏が「そうでしょうね」と頷く。
「実際に委託を開始した途端に混乱に陥った
というんで、そこは知り合いの会社だったので、
現場に行ったことがあるけど、それは大変だっ
た。 伝聞情報で入ってくる話を聞いても、それ
は荷主の物流担当者は命が縮む思いだろうと思
う。 なんせ、まともに出荷できないのだから、当
業者さんの提案の評価もできません」となぜか
自信たっぷりに言う。
その言い方に大先生が皮肉っぽく小さく拍手
するのを見て、部長氏が「いやいや、当たり前
のことをえらそうに言いました。 済みません」
と照れ臭そうな顔をする。
大先生が頷くのを見て、部長氏が、突然何か
を思い出したように、「ちょっとお聞きしたいの
ですが‥‥」と大先生を見る。 大先生が頷く。
「アウトソーシングというのは、最近始まった
ことではなく、以前から行われていたと思うん
湯浅和夫の
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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然顧客からやいのやいの言ってくる。 言ってく
る先は、その会社の営業担当だから、営業から
猛烈な批判を浴びせられる。 ある会社では、営
業みずからが物流センターに来て、自分のお客
の商品を出荷させようと作業者に指示すること
までしてしまう。 混乱に拍車が掛かかるだけ
‥‥」
役員氏が頷いて「私も営業の経験があります
ので、その気持ちはわかります」と言葉を挟む。
部長氏が「そうでしょうね」と頷き、その原因
はどんなとこにあるんでしょうか?」と聞く。
責任の大半は荷主にあると考えろ
「理由としてはいろいろあるけど、中でもやっ
かいなのがシステム関係の不具合じゃないかな。
その不具合が想定の範囲内ならいいけど、想定
しえないものだとどうにもならない。 結局、人
海戦術での対応ということになるけど、それで
は到底対処できない」
「システムですか‥‥よくわかります。 工場の
ときに経験したことがありますので‥‥あのと
きのことを思い出して私なりに事前に対策を立
てます。 たしか、始末書と一緒に反省文書も残
ってると思いますので、手元に取り寄せます」
「始末書も取り寄せて、毎日拝むといい」
大先生がからかう。 部長氏が、苦笑しながら
「はい、そうします」と素直に受け、大先生に
改めて依頼する。
「いろいろご経験がおありでしょうから、アウ
トソーシングした場合の移行期間のご支援もお
願いします」
「それはいいけど、基本的には、御社の物流を
一番よく知っているのはあなた方だから、あな
た方の実現可能性のチェックが重要になる。 われ
われは、第三者的に、これは大丈夫だよね、あ
れはチェックした? って移行に当たってすべ
きことをチェックするという立場に立つという
関係になる」
部長氏が頷き、「はい、そのようなチェックが
希望するところです」と答える。
「言うまでもないことだけど、さっきのような
トラブルが起こる原因は、一方的に物流事業者
が悪いわけではない。 その責任は、荷主、事業
者半々というのが正しい。 いや、新しい仕組み
が動き出すとき、そのゴーサインを出すのは荷主
側だから、荷主の責任の方が大きいかな。 アウ
トソーシングについてのすべての責任は自分たち
物流部にあるという気持ちを持つことからアウ
トソーシングはスタートすると思ってください」
最後に、大先生が締め括った。 大先生の真剣
な顔に役員氏と部長氏が「肝に銘じます」と緊
張した顔で答えた。 ゆ
あ
さ
・
か
ず
お
1971 年
早
稲
田
大
学
大
学
院
修
士
課
程修了。 同年、日通総合研究所入社。 同社常務を経
て、2004 年4 月に独立。 湯浅コンサルティングを
設立し社長に就任。 著書に『現代物流システム論(共
著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物
流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる
本』(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コンサルテ
ィング http://yuasa-c.co.jp
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