ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2009年6号
判断学
第85回「銀行と証券の奇妙な関係」

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 JUNE 2009  68         四大証券の時代  かつて「四大証券」といわれた時代があった。
 野村、大和、日興、山一の四大証券会社が日本の証券業 界で圧倒的な存在であったばかりか、「銀行を追い抜く時代 がやがて来る」とまでいわれたものである。
 山一、日興の両社は戦前から東京を本拠とする「株 屋」であったが、戦後になって証券会社として大きくなっ た。
日興は旧興銀証券と遠山証券が合併してできたもので、 興銀と三菱銀行の系列色が強かった。
そして山一証券は旧 小池証券を母体としていたが、旧富士銀行の系列とされて いた。
 これに対し、大阪を本拠としていた野村と大和は戦後にな って東京に進出して大きくなったが、野村は旧野村財閥の関 係で大和銀行と兄弟会社であった。
そして大和は藤本ビルブ ローカーが前身であり、住友銀行との関係が深かった。
 ところが一九五五(昭和三〇)年ごろからの高度成長時代、 これら四大証券が大きく飛躍し、銀行を追い抜くような存在 になっていった。
一九五〇年代、日興証券の店頭に「銀行 よさようなら、証券よこんにちは」という看板が掲げられ て大きな話題になったことがある。
 四大証券はいずれも株式を大衆投資家に大量推奨販売し、 そして投資信託を売り込むことで急成長したのである。
 とりわけこれをリードしたのが野村証券であり、その野村 証券は兄弟会社であった大和銀行を追い抜くような存在にな った。
 ところが一九六五(昭和四〇)年の?証券恐慌?で山一 証券が経営破綻し、他の三社も経営難に陥った。
そしてい ずれも銀行の支配下に置かれるようになったのだが、その後、 バブル時代になって再び活気を取り戻したのかにみえた。
し かし、バブル崩壊後、山一証券は倒産し、他の三社も苦況に 陥るような有為転変を繰り返してきた。
       売りに出された日興  こうして四大証券のうち山一が消えて三大証券の時代に なっていたが、それが今、さらに崩れようとしている。
 バブル崩壊後、山一がつぶれたあと日興はアメリカのシテ ィグループの傘下に入り、そして大和は三井住友銀行の傘下 に入った。
そうして独立した証券会社として残ったのは野村 だけということになったが、そこへ今回、シティグループが 経営難から日興を売りに出した。
 それを三井住友フィナンシャルグループが五〇〇〇億円以 上で買収することになったのである。
これには三菱UFJフ ィナンシャルグループも買収の意向を示したのだが、金額の 点で三井住友に負けたのだといわれる。
 こうして日興が三井住友の傘下に入れば、それまで三井 住友の傘下にあった大和との関係が問題になる。
日興と大和 が合併することになればよいが、大和の経営者や従業員の 間ではそれに反対する者が多い。
というのも、もともと旧四 大証券の時代から証券会社間での競争は激しく、昨日まで の敵と合併することはむずかしい。
それ以上に、銀行の意 向によって旧ライバルと合併することに反対する声が強い。
 もともと銀行と証券は激しく対立してきた。
これはア メリカでも日本でも共通しており、そのためアメリカでは 一九三〇年代から銀行と証券の間に垣根を設け、両者を兼 営することを禁止してきた。
 日本でも戦後、このアメリカの制度を取り入れて銀行と証 券の間に垣根を設けてきたのだが、一九九〇年代に入って規 制緩和によってこの垣根を低くしてきた。
 その結果、銀行が証券会社を傘下に入れ、さらに合併を 強要するようになった。
これに対して証券会社の方から反発 する声が出るのは当然だし、この方に合理性がある。
 銀行と証券は水と油といってもよい程で、それを融合する のはむずかしい。
 銀行が金融危機に乗じて証券会社を支配しようとしている。
しかし、危機 にあるのは当の銀行も同じだ。
それを忘れて夢を見ていれば、いずれ手痛い しっぺ返しを食うことになるだろう。
第85回「銀行と証券の奇妙な関係」 69  JUNE 2009        金融資本全体の危機  銀行と証券は兄弟関係にありながら、激しく対立してきた。
そのなかで四大証券の体制ができて、それが巨大化すると ともに、銀行と系列関係を結んできた。
 そして今、世界的な金融危機のなかで銀行も証券会社も ともに経営危機に見舞われている。
にもかかわらず、表面 の動きをみると、この危機に乗じて銀行が証券会社を支配し ようとしている。
これまで証券会社が危機に陥った際にこれ を系列下に入れるということは繰り返されてきたのだが、今 回もまたそうなるのだろうか。
 日興をシティグループから買収した三井住友フィナンシャ ルグループには、この危機を利用して日興を傘下に入れ、さ らに大和と合併させて、野村をしのぐ大証券会社を作ろう という意図が感じられる。
だが果たしてその作戦はうまくい くのか?   今回の世界的な金融危機で問われているのは単に銀行と証 券の関係ではない。
銀行も証券もともに経営危機に陥ってい るのである。
それは銀行、証券、保険を合わせた金融資本 全体の危機なのである。
一九七〇年代から金融資本が肥大 化したことが世界的な投機化をもたらし、その結果がサブプ ライム危機として爆発したのである。
 そこでこの金融資本をどうするか、ということが問われ ているのだが、それを銀行と証券の問題とし、そして危機 に乗じて証券を支配しようとしているのが三井住友をはじめ とする銀行側である。
 なるほど危機に乗じて飛躍するという戦術もある。
しかし 本体そのものが危機に陥っていることを忘れて、昔の夢を見 ていると大変なことになる。
このことは倒産したリーマン・ ブラザーズの欧州・アジア部門を買収した野村にも当てはま ることだが、現状を見誤ると大変な失敗をする。
日本の金 融資本はいまそういう危機に立っているのだ。
         野村の大赤字  ところが問題は証券会社の方にもある。
これまで三大証 券のトップとして君臨してきた野村証券が、二〇〇九年三月 期決算で七〇九四億円もの連結赤字を計上したのである。
 アメリカのサブプライム危機から始まった世界的な金融恐 慌のなかで、アメリカやヨーロッパ、そして日本の銀行や証 券会社はいずれも大幅な赤字を計上し、なかには倒産する ものも出ている。
そういうなかで野村も史上最大の赤字を出 すことになったのだが、これはまさに経営危機である。
 これまで野村証券が経営危機に見舞われたことは何回か ある。
バブル崩壊後の一九九一年に、いわゆる証券スキャン ダルで、大口顧客に対する損失補填が問題になり、野村が 総攻撃されたこともあるし、さらにそのあと九七年には総 会屋事件を起こして酒巻社長らが逮捕されるという事件も あった。
 ただ、これらの事件は野村証券の経営そのものに致命的 な打撃を与えることにはならなかったが、今回の七〇〇〇億 円を超える大赤字は野村証券の経営そのものを揺るがせている。
 おそらく今回の世界金融恐慌についての経営陣の見通し が甘かったことがこのような結果を招いたものとみられる。
その証拠に、野村は昨年倒産したアメリカのリーマン・ブラ ザーズの欧州、アジア部門を買収したが、これが今回の赤字 決算に大きく影響している。
 そこで慌てて野村は劣後ローンや劣後債などの発行で窮地 を脱しようとしたが、それでは足りず公募増資まで行ってお り、それによって野村の株価は暴落している。
 かつて日本の証券業界に君臨してきた野村だが、今では その面影はないどころか、経営危機に陥って慌てふためいて いる、といってもよい。
これは単に野村証券の危機というに とどまらず、日本の証券業界全体がいまや存亡の危機に立 たされているということである。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『世界金融恐慌』(七 つ森書館)。

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