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OCTOBER 2005 44
秋本番!
まどろむ大先生事務所
とある会場で大先生の講演が終わった。 いつも
とは違って、参加者からの質問が相次ぐ。 それも
大先生の主張に疑問を呈するものばかりだ。 気を
よくした大先生が丁寧に答えていく。
「先生、物流はコア・コンピタンスたりえないとお
っしゃいましたが、物流は、それが行われてはじ
めて商売が完結する重要な活動です。 それでもコ
ア・コンピタンスではないんですか?」
「そもそも企業の中に重要でない活動なんか存在
しない。 みんな重要なんだよ。 だが、コア・コン
ピタンスは限られている。 わかる?
要するに、あ
んたがコア・コンピタンスの意味を理解してない
だけ」
「先生、物流管理とは物流をやらないためのマネ
ジメントだということですが、一般的には、物流
部でそういうマネジメントをやるのは難しいので
はないでしょうか?」
「逆に聞くけど、物流をやらないためのマネジメン
トって具体的には何をすることだと思う?」
「市場が必要としない在庫は動かさないとか、過
剰と思われるサービスはやめること‥‥と理解し
ましたが」
「なぜ、それができないの?」
「権限とか社内の壁とかデータがないとか‥‥」
「ようするに、あんたにやる気がないだけだよ」
「先生、物流コストを半減せよとおっしゃいますが、
それはいくらなんでも非現実的なのではないでし
ょうか?」
「実際に半減に挑戦してみた?
やってないんだ
ろう。 やってもいないうちからそんなの無理だな
んて言うやつには一円の削減もできないさ。 現実
に半減している会社はあるし、十分可能さ」
「先生、物流ABCの有効性はわかりますが、そ
れをやるとなると、作業時間や処理量のデータを
とらなければならず、結構大変だと聞いたことが
あります。 多くの会社にとって、それが導入のネ
ックとなってしまうのではないでしょか?」
「そんなのがネックになるということは、結局、
物流ABCの有効性を理解してないってことだよ。
有効だとわかれば、それくらいのデータなんぞ何
《この連載について》
本連載の主人公である“大先生”は、ロジスティクスの分野で
有名なカリスマ・コンサルタントだ。 アシスタントを務める“美人
弟子”と“体力弟子”とともに日々、クライアントを指導してい
る。 大先生の事務所では1年余り前、ある卸売業者の女性経営者
の依頼に応えて、この会社が物流を切り口に経営を立て直すのを
手助けしたことがある(本誌2003年4月号の本コーナー「卸売業
編」)。 そのときの憎めない人柄の物流部長が、久しぶりに事務所
を訪ねてくることになった。
湯浅コンサルティング
代表取締役社長
湯浅和夫
《第
42
回》
〜ロジスティクス編・第1回〜
45 OCTOBER 2005
なく取るさ。 まあ、物流ABCは差別化の手段だ
から、それを入れてる会社からすれば、ネックだ
の何だのといって導入できない会社が多い方が好
ましいってことかな」
「先生、さきほど物流拠点の集約と在庫削減とは、
まったく無縁だというお話しがありましたが、拠
点集約によって安全在庫が減るという説もありま
す。 その点はいかがでしょうか?」
「あんたの会社では、安全在庫をちゃんと計算している?
計算なんかしてないだろう。 アイテム
別の一日当り平均出荷量という数値を毎日計算し
てつかんでいる?
それがなければ安全在庫なん
ぞ計算できないよ。 まあ、多くの企業では、安全
在庫なんか現実に存在しない。 存在しないんだか
ら、減るも減らないもないさ」
「先生、愚問と言われるのを承知でお聞きします
が、物流をアウトソーシングした後、われわれ物
流部門は何をすればいいのでしょうか?」
「たしかに愚問だ。 でも、勇気のある質問だ。 答え
は決まってる。 ロジスティクスをやればいいのさ。
ロジスティクスはアウトソーシングできない。 それ
こそ、物流部門が取り組むべき本来の仕事‥‥」
「‥‥先生‥‥先生‥‥」
どこか遠くから大先生を呼ぶ声が聞こえる。 質
問者とは違うようだ。
「師匠!」
突然、肩を揺さぶられて大先生は目を覚ました。
事務所の窓から外を見ているうちに、秋のやわら
かな日差しにすいこまれるように眠ってしまった
ようだ。 スタッフたちが心配そうにのぞきこんで
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
OCTOBER 2005 46
いる。
「夢か‥‥」
「よかった、このまま目が覚めなかったら、どう
しようかと思いました」
「だめです。 そういうことを言っては」
体力弟子の不謹慎な物言いをたしなめた美人弟
子が、大先生を振り返って話しかけた。
「夢をご覧になっていたんですか?
気持ちよさそ
うにおやすみでしたよ」
「ああ、久し振りに楽しい夢を見た」
大先生が、満足そうに伸びをする。
「あれ、もうこんな時間か。 それにしても、いい
天気だな。 公園に散歩にでも行くか?」
「いいですね」
大先生の提案に自然派の美人弟子が即答する。
すぐに女史がダメ出しをした。
「今日は、午後からお客さまがいらっしゃることに
なってます。 ですから、外出はできません」
美人弟子が思い出したように頷く。 大先生も思
い出したようだが、素直には頷かずとぼける。 大
先生と女史の間で、弟子たちの言う「いつものや
りとり」が始まった。
「来客?
そうだっけ、こんな天気のいい日に誰
が何しに来るんだ?」
「例の問屋さんのロジスティクス本部長さんが、
コンサルの続きについてご相談に来られます。 先
週、先生に伺って、今日の予定を入れたのをお忘
れですか?」
「あー、あの女社長の問屋の物流部長か。 へー、
いまはロジスティクス本部長?
なんか偉そうだ
な。 でも来るのは、おれがよく知ってる、あのと
らえどころのない性格のやつだよな。 そうか、ロ
ジスティクスをやりたい本部長が来るのか‥‥」
大先生が独り言のように、窓の外を見ながらつ
ぶやく。 かまわず女史が確認する。
「ですから、お食事を早めに済ませた方が‥‥何
か買ってきましょうか、外に食べに行きますか?」
「こんなに天気がいいんだから、外に決まってる。 よし、行くか」
あの問屋の物流部長がやってきた
食事から戻った大先生が、会議机の端っこの喫
煙場所でたばこをくゆらせていると、約束の時間
の一五分も前に、本部長が事務所に着いた。
「こんちわー、いつもお世話になってますー」
扉を半分開けたまま妙な挨拶をし、中を覗き込
む。 会議机でたばこを喫っていた大先生と、いき
なり目が合ってしまった。 慌てて中に入り、大先
生にお辞儀をした。
「ご無沙汰しております。 申し訳ありません」
大先生が、ぶっきらぼうに答える。
「ご無沙汰はいいことだ。 申し訳なくない。 それよ
り、なんでこんなに早いんだ。 まだ一五分前だぞ」
「はぁ、昼ご飯が早く済んでしまったもんで‥‥」
「それなら、どっかで時間をつぶすとか、考えな
い?」
「はい、先生のとこで待たしてもらおうかと‥‥」
あっけらかんとしたところは相変わらずだ。 さ
すがの大先生も苦笑するしかない。
「あんたにはかなわん。 まあ、こっちに座って」
47 OCTOBER 2005
「失礼します」と大きな声で言うと、本部長は大
先生の前にちょこんと座った。
「どう、ABCの導入は進んでる?」
大先生の問いに、嬉しそうに答える。
「はい。 センター長を集めた最初の会議で、『作業
時間を計測するのが大変だ』などとほざくやつがい
ましたので、『そのための時間を取るのと、会社を
やめるのとどっちにする!』と一喝してやりました。
それが効いたようで、その後はどこからも文句も出
ず、順調に進んでます」
そこに、二人の弟子が加わった。 早速、体力弟
子が本部長の言葉を引き取る。
「一喝なさったんですか?
かっこいー」
「はい、私の後ろには社長がおりますので、虎の
威を借りて仕事をしてます」
本部長らしい率直な答えに弟子たちが苦笑する。
大先生は外を見ている。 社長の話題が出たところ
で、美人弟子が一番知りたかったことを質問した。
「社長さんはお元気ですか?」
「はい、もう元気過ぎて困ってしまうくらいです。
先生のコンサルを受けてから、元気が倍増した感
じです。 今日も会社を出る前に『またご指導いた
だけるよう、よーくお願いしてくるのよ。 あなた一
人で来るようにというご指示があったのだけれど、
それが心配。 あなたが行って先生の気が変わらなけ
ればいいけれど‥‥』なーんて言ってました」
大先生は首を傾げながら、つい聞き返した。
「なんか、話の脈絡がないな。 その社長の言葉と
元気倍増とはどんな関係にあるんだ?」
「すんません。 とくに関係ありません。 社長は元
気です、社長からこんなことを言われましたって
話を続けてしてしまいました。 ちょっと間を置け
ばよかったと反省してます」
「そういうのを間抜けっていうんだよ!」
大先生が、そう言って楽しそうに笑う。 本部長
もつられて笑った。 弟子たちは苦笑している。 ち
ょうど、お茶を持って給湯室から出てきた笑い上
戸の女史は、堪え切れずにふきだし、手に持った
お盆が震えている。 慌てて体力弟子が、女史からお盆を受け取った。
ロジスティクス導入コンサルの開始
「ところで、今日は何しに来たの?」
お茶を飲みながら、大先生がぼそっと聞く。
「はぁ、あっそうでした、そうでした。 はい‥‥
この前の続きのコンサルをお願いに来ました。 ぜ
ひとも、よろしくお願いします」
本部長はそう言うと、大先生や弟子たちに深々
とお辞儀をした。
「ああ、いいよ。 やるよ」
この大先生の返事に、思わず本部長が弟子たち
の方を見る。 あまりにも簡単に了解の返事をもら
えたため、かえって心配になったようだ。
「その件につきましては、この前のコンサルの最
後に社長さんからお話があり、こちらもそのつも
りでした」
美人弟子が説明する。
「また、ご一緒にお仕事ができ嬉しいです」
さらに体力弟子もフォローする。
弟子たちの言葉を聞いて、本部長もようやく安
今号からスタートした「ロジステ
ィクス編」の前段の「卸売業編」
(2003年4月号〜2004年5月号)は、
すでに『ミッション物流コストを
半減せよ!』(かんき出版)として
出版されています。 興味のある方は
御一読ください。 〈本誌編集部〉
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心したように頷くと話を続けた。
「こちらこそ、またよろしくお願いします。 とこ
ろで、今回は、前回のコンサルをベースに、新た
な展開をしていきたいというのが私どもの考えで
す」
すかさず、大先生が突っ込む。
「社長がそう言ったの?」
「はい、そうです」
「で、その新たな展開というのは?」
「新たな展開というのは、あっ、実は私、今度こう
いうことになりました」
そう言うと本部長は名刺入れを取り出し、肩書
きの改まった名刺をみんなに配った。
「へー、ロジスティクス本部長ですか。 かっこい
いですね。 なんか、えらくなったような‥‥感じ
ですね」
体力弟子の素直な感想に、本部長が嬉しそうに
同意する。
「はい、感じだけで、実際はえらくなんかなって
ません。 給料も変わりませんし‥‥」
あっけらかんとした本部長に、大先生が名刺を
見ながら先を促す。
「ここに書いてあるロジスティクスってのは何を
すること?」
「はい、当社の商品供給を徹底して市場動向に同
期化させるためのマネジメントと理解しています。
あっ、そこにある先生の本を全部読みました。 で
すから、受け売りです。 すんません」
大先生に突っ込まれる前に、本部長はサイドボ
ードの本を指差しながら白状する。
「その導入の支援をしてほしいってこと?」
「そうです。 ロジスティクスが何かはわかります
が、実際の導入は私どもだけでは難しいと思いま
す。 私がリーダーですし‥‥」
「そりゃそうだな。 今回のコンサルもあんたとや
るの?」
「いえ、社長も先生とタッグを組んでやるって張り切ってます。 先生にお会いできるのを楽しみに
‥‥」
本部長の言葉にかまわず、大先生が念を押す。
「ロジスティクスとなると、これまでの社内常識を
ぶっ壊し、既得権益を犯すことになるから、社内
の抵抗や反発は激しいぞ。 大丈夫?」
「はい、私は、壊すのは得意です。 創造はダメです
が‥‥」
本部長の妙に力強い言葉に苦笑しつつも、この
問屋へのロジスティクス導入コンサルが始まった。
(本連載はフィクションです)
ゆあさ・かずお
一九七一年早稲田大学大学
院修士課程修了。 同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。 湯
浅コンサルティングを設立し社長に就任。 著
書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、
『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管
理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか
る本』(以上PHP研究所)ほか多数。 湯浅コ
ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp
PROFILE
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