ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2005年10号
判断学
アスベスト害の責任

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

OCTOBER 2005 50 日本はだれも責任を問われることのない「無責任資本主義」国だ。
死者10 万人とも予測される今回のアスベスト害でさえだれも責任を取らない。
会社 が罰せられることもない。
これで法治国家と言えるのだろうか。
これまで最大の公害 アスベスト被害が大きな問題になっている。
六月二九日、 クボタが尼崎市の旧神崎工場で毒性の強い青石綿を大量に 使って上下水道や電線用のパイプ管を製造していたこと、そ してそれを止めたあとも一九九五年に同工場の操業を停止 するまで白石綿を作って住宅建材を製造していたことを認 めた。
そして工場の周辺住民五人が中皮腫を発病し、二人はす でに死亡しており、残る三人については見舞金を二○○万 円払うと発表した。
このクボタの発表からすぐにニチアスをはじめ多くのアス ベスト会社に波及し、三菱重工業をはじめとする造船大手 各社から、JFEエンジニアリングなど重機械業でアスベス トによる死者が出ていたことが明らかになった。
アスベストを吸ったために中皮腫になって死んだ人の数は 一九九五年には五〇〇人だったが、二〇〇三年には八七八 人とされているが、死者の数は今後さらに増えて一〇万人 に達するだろうという報告もある。
アスベストの粉が身体の中に入ってガンが発生するまで四 〇年も留まっているというから、これから死者の数が増える のは確実だが、一〇万人も死者が出るとなると、それはこれ までのどの公害事件よりも大きな事件である。
「ビジネス・ウイーク」の最近号も「環境の時限爆弾」と いう記事でこのアスベスト被害問題を取り上げているが、そ れによるとアメリカでは過去四〇年間でアスベスト被害での 死者は二〇万人を超えているというが、日本でのアスベスト の使用状況からみると一〇万人の死者という観測は多すぎ るとは思えない。
「これはもはや公害だ」という見出しの記事が新聞に出て いたが、冗談ではない。
「これはこれまでに起こった最大の 公害だ」と言わなければならない。
それにもかかわらず、そのことが認識されていない。
これ はマスコミの報道のあり方にかかわる重大問題だ。
政府の責任 アスベスト被害でなによりも追求されなければならないの はこれを放置していた政府の責任である。
一九七三年にWHO(世界保健機関)が石綿の発ガン性 について指摘しており、七八年にはアメリカ政府が国民に石 綿の危険性について警告を発している。
そしてヨーロッパでは石綿の使用禁止をする国がつぎつぎ と出ているにもかかわらず日本政府はこれを放置していた。
クボタの発表のあと事件が拡がったためあわてて日本政府 も対策に乗り出したが、その後環境省は「規制導入がヨー ロッパと比べて遅れたのは事実」「振り返ればもっと早期に規制を講じることが可能だったという批判も行いうる」と、 まるで他人事のようにその責任を認めているが、しかし誰ひ とりとして責任をとる者はいない。
もちろん、これだけ被害者の数が多くなり、社会不安が 拡がると政府としてもなんらかの対策をとらざるをえないだ ろう。
そして患者救済のためにカネを出すということになるだろ うが、もちろんこれは国民の税金であって、政府の役人が自 分の財布から支払うのではない。
政府の失政の責任を国民に負担させ、役人はなにも負担 しない。
あれだけきびしく官僚批判をすることで選挙民に訴 えてきた小泉内閣だから、当然のことながらアスベスト害に ついても官僚の責任を追及し、彼らに被害者に対する補償 をさせてはどうか。
もちろん政府に責任があるのだから、首相以下各大臣も 弁償してはどうか。
国民の税金で患者や死者に対する弁償 をしてはならないというのではない。
ただ、その前に官僚や 政治家の責任をはっきりすべきだと言いたいのである。
51 OCTOBER 2005 たった二〇〇万円の見舞金 これまで公害事件で大きな問題になったチッソにせよ、薬 害のミドリ十字にせよ、あるいは欠陥事件を起こした三菱 自動車にせよ、それによって死者が出、多くの患者が発生 しているにもかかわらず法人としての会社はなんら罰されて いない。
人が他人を殺せば殺人罪を犯したとして死刑になるか、刑 務所に入れられるが、法人としての会社はなんら罰せられず、 そのまま事業を続けている。
まことに不思議な話だが、これ で法治国家として通っているのである。
もちろんこれらの会社は民事上の責任をとって損害賠償 はしている。
チッソも三菱自動車も被害者に弁償金を支払 っているのだが、今回のアスベスト害についてはそれさえもない。
ただ、クボタなどが払った二〇〇万円の見舞金がある だけである。
おそらくこれからアスベスト被害の患者から会社に対する 弁償の訴えが起こされると思われるが、会社は見舞金という かたちでこれをごま化そうとするのではないか。
「朝日新聞」(八月一九日夕刊)は「解散企業、被害に見 舞金」という見出しで、住友大阪セメントが患者に二〇〇 万円支払うということをまるで美談のように報じている。
アスベスト建材会社である関西スレートに住友大阪セメ ントが資本参加していたが、その関西スレートが二〇〇一 年に会社を解散しているにもかかわらず、中皮腫の患者には 見舞金として二〇〇万円を支払うというのである。
これをまるで美談のように報道しているである。
アメリカ ではアスベスト害で倒産している会社がたくさんあるという のに、日本ではたったの二〇〇万円の、それも見舞金で済 むというのだが、こんなことが美談として伝えられるニッポ ンとはどんな国か。
「無責任資本主義」というしかないでは ないか………。
おくむら・ひろし1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『最新版法人資本 主義の構造』(岩波現代文庫)。
企業の責任 私が『無責任資本主義』という本を東洋経済新報社から 出したのは一九九八年のことだったが、その中で、日本は 「だれも責任をとらないシステム」になっていると書いた。
政 治家も官僚も、そして経営者もだれも責任をとらない。
この ことが日本経済の高度成長を可能にするとともに、バブルを 発生させ、そしてバブル後の長期停滞をもたらしたのだと指 摘した。
ところが奇妙なことにバブル崩壊後、急に「企業の 社会的責任」ということがいわれるようになった。
これまで 公害や薬害をはじめ原子力発電の事故や欠陥車についても企 業は加害者でありながら責任をとろうとしていなかったにも かかわらず、急に「社会的責任」を果たすというのである。
アスベスト害を発生させた企業の事業所はこれまで三八 四であると環境省は発表している。
その多くは中小企業だ が、しかしクボタはもちろん三菱重工業をはじめとする大企 業も数多く含まれている。
ところが不思議なことにアスベス ト害についての企業の責任についてマスコミは全く伝えてい ない。
クボタはアスベスト害の患者に対して二〇〇万円の見 舞金を支払うと発表しているが、これは「見舞金」であって 弁償金ではない。
ということは企業としての責任を認めてい ないということである。
アメリカではアスベスト害の患者による集団訴訟でジョン ズ・マンビル社が倒産したのをはじめ、これまで多くの会社 が経営に行き詰まっているという。
ところが日本では一人当 たりわずか二〇〇万円の見舞金で解決しようというのだから、 アメリカ人が聞いたらきっと驚くだろう。
日本人はいかに従 順なのか、と感心するかもしれない。
同時に日本の会社がい かに無責任かということにも驚くだろう。
会社が起こしたア スベスト害について、その患者には国民の税金で弁償するが、 会社はなんらの責任もとらないというのだから、日本はまさ に「無責任資本主義」と言うしかない。

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