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OCTOBER 2005 12
放置すれば肥大化する
「ウチが新しいサービスを始めようとすると、業界
の同業者に迷惑がかかるからといって免許をくれない。
邪魔される。 そうかと思えば、ウチが郵政省とケンカ
になっても一言も口を出さない。 業界保護だと言うの
なら、ヤマトのような民間企業では力が弱いから、運
輸省から言ってやるというのが普通だと思うけどね。
それが本来の業界保護だろう。 だから役所なんていら
ない。 役人なんかいないほうがいいね」
規制緩和推進論者として知られたヤマト運輸の小
倉昌男元会長は生前、そんな言葉で当時の運輸省を
批判していた。 その後、物流業の規制緩和は進み、運
輸省は国土交通省に再編されたが、依然として三万
人を超える役人が今も物流業を監督する立場にある。
ただし、その役割は様変わりした。
一九九〇年に施行された「物流二法」を転機とし
て、日本の物流行政は業界保護とは決別した。 新規参入を制限する需給調整や認可制運賃などの規制を
撤廃、自由競争を促すと同時に、行政の役割を減ら
して「小さな政府」を実現しようという狙いだ。 先の
衆院選で最大の争点とされた郵政民営化も最終的な
ゴールは役人の数を減らすことにある。
小さな政府は、もともと「夜警国家」という考え方
に基づいている。 単純に言えば国防以外には、検察と
警察と公正取引委員会だけに国家の役割を絞り込む。
それによって税金の負担を減らす。 産業政策は自由競
争による淘汰に任せ、国家は競争の健全性だけを担
保すればいいという発想だ。
しかし日本では物流業の規制緩和は進んだものの、
役人の数にはほとんど手が付けられていない。 本来は
規制がなくなることで、それを監督していた地方運輸
大きな政府の小さな役割
第1部
規制緩和によって物流行政の役割は小さくなった。 と
ころが、役人の数はほとんど減っていない。 常に新たな役
割を作って組織を維持拡大しようとするメカニズムが霞
が関には組み込まれている。 しかし、それを批判するだけ
では物流マンは務まらない。 (大矢昌浩)
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局は不要になる。 中央官庁の役割も減る。 実際、欧
米先進国の物流規制の緩和では、いずれも実施後に
監督官庁の廃止や大幅な人員削減を断行している。
旧・運輸省出身で規制緩和問題に詳しい青山学院
大学の井口典夫経営学部教授は「規制緩和後に政策
官庁として物流行政の仕事があるとすれば、警察や公
取では管理できない安全基準や環境問題などの社会
的規制、つまり物流業が発生させている社会的な費
用をきちんと内部化させること。 あるいは国際物流に
おいて企業同士では解決できない問題を、国同士で調
整する仕事ぐらいだろう」と解説する。
しかし、もともと霞が関には放っておけば肥大化す
るメカニズムが組み込まれている。 課長になるまで、
中央官庁の役人には新しい仕事を作ることが何より求
められる。 課長になると、さらにOBの面倒まで見る
必要が出てくる。 そして退官近くになると、今度は自
分のための天下り先の確保に動き出す。
そこでは国家公務員の定員削減でさえ悪用される。
小さな政府を目指すという名目で、行政機能の一部
を外部団体に移管する。 実際には行政主導で設立し
た団体であっても、あたかも民間の意向を受けてか、
あるいは民間が自主的に作ったかのように装い、そこ
に適正化機関や監視団体のような役割を持たせる。 そ
して民間からお呼ばれする形で役人が天下る。 実際、
物流関連の業界団体の大部分が今も国土交通省や旧
運輸省の天下りを幹部として抱えている。
井口教授は「業界団体は族議員の温床にもなって
いる。 そもそも業界団体の成り立ち自体、族議員と結
びつくために作られたケースが多い。 法律としての規
制が緩和されても、そうした業界団体が独自に業界内
のルールを作って競争を制限しようとする。 これも一
種の規制だ。 本当に国民の利益を第一に考えるなら、
規制と同時にそうした業界団体自体も全廃すべきだ」
と指摘する。
天下りも役割を失う
規制緩和によって行政と事業者の関係は大きく変
容せざるを得ない。 現在の物流行政の最大の役割は、
ユーザーや消費者の利益を代弁して、物流業者に対す
る社会的な規制を強化することだ。 業界を守るどころ
か、むしろ業界と対決しなければならない立場にある。
実際、現在行政が進めている環境規制や安全規制の
強化は、いずれも物流企業にとってはコストアップ要
因だ。
行政とのパイプ役も今ではその価値を失った。 行政
にはもはや運送事業者の経営を左右するような権限自
体がない。 九七年には、当時の運輸省や通産省など
十二省庁横断で「総合物流施策大綱」を発表。 従来
の保護行政に変わる新たな物流行政の指針を示した。
しかし大綱はあくまでも目標であって、民間企業に対する拘束力はない。
さらに業界の懸案する軽油引取税の問題では、天下
りの存在がブレーキとしてしか機能していない。 道路
建設のための特定財源として設置された軽油引取税の
税率は当初一リットル一五円だったものが、一時的な
措置という説明で徐々にアップしていき、今では三二
円一〇銭にまで引き上げられている。 しかも、道路建
設の見直しが進んでいるにもかかわらず、暫定税率は
繰り返し延長され、財務省による一般財源化まで検討
される始末だ。 行政は業界との約束を反古にした。 事
業者の間では、行政訴訟に踏み切るべきだとの声が強
い。 しかし、天下りの受け入れを始め、行政との蜜月
に慣れた業界団体は強硬手段には及び腰だ。 規制緩和
は業界団体にも役割の再考を促している。
青山学院大学の
井口典夫経営学部教授
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