2009年8月号
特集
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第2部 アジアの新興国になぜ負ける
AUGUST 2009 12
物流は票にもカネにもならない
「物流において、日本がアジアの盟主に返り咲くこ
となど不可能と考えたほうがいい。
中国の物量は圧 倒的だ。
国力の違いを認めざるを得ない」──JIL S総合研究所の吉本隆一副所長はそう指摘する。
事 実、アジアの物流における日本の地位は低下の一途を 辿っており、その差は年々拡大している。
二〇〇八年の港湾別コンテナ取扱量を見ると、シン ガポールや上海といった港が三〇〇〇万TEUに迫る のに対し、日本は最大の東京港でさえ四〇〇万TE Uに満たない。
国際航空貨物も、一九九五年までア ジアでナンバー1を誇っていた成田空港は香港国際空 港にその座を明け渡し、韓国の仁川空港にも追い抜 かれた。
さらに〇七年には上海浦東空港にも抜かれ、 現在はアジア四位にまで後退している。
中国やシンガポール、韓国といったアジアの物流強 国は、政治主導で戦略を描き、国家首脳が強力なリ ーダーシップを発揮して政策を進めている。
日本には そうした政治家が存在しない。
物流の国際競争力を 向上させても票にもカネにも結びつかないからだ。
評価を受けるのは、地元に港湾や空港といったイン フラを呼び込んだときだけ。
その結果、狭い国土に数 多の地方空港・港湾が出来上がった。
官僚主導、し かもモード別・インフラ別の縦割り行政がそれに拍車 をかけた。
港湾に関しては、失ったアジアのハブ港の地位を取 り戻すべく、〇二年から「スーパー中枢港湾プロジェ クト」が進められている。
細分化され、個別管理さ れているコンテナターミナルを一体的に運用すること によって国際競争力を高めることが目的だ。
東京港・ 横浜港から成る「京浜港」、名古屋港・四日市港から 成る「伊勢湾」、大阪港・神戸港から成る「阪神港」 がスーパー中枢港湾として指定されている。
投資を集中してIT化された荷役機械や水深一五m 以上の岸壁等を有する国際コンテナ埠頭を形成し、港 湾コストを従来より三割削減、ターミナル内リードタ イムを三日程度から一日程度に短縮することなどが目 標として掲げられている。
鳴り物入りで始まったプロ ジェクトだが、関係者からの評価は奮わない。
川崎陸送の樋口恵一社長は「本気でハブ港を取り 戻そうとするなら現状の投資額は少なすぎる。
そも そも、なぜ日本のような狭い国に三つも中核港湾が必 要なのか。
一つでいい。
多くても東西に一つずつで 十分だ。
中途半端な投資を続けるくらいなら、いっ そ日本はフィーダー港として生きていくことを選択し、 そのための施策を打ち出した方がよほど効果的だ」と 切って捨てる。
地元への利益誘導に走る政治と省庁縦割りのハコモ ノ行政を温存すれば、物流の国際地位がますます低下 するのは明らかだ。
事態の打開に向けて、橋本内閣時 代の九七年には「総合物流施策大綱」が策定されてい る。
物流という切り口で、国交省や経産省、財務省と いった関連省庁の政策に横串を刺そうという狙いだ。
閣議決定された大綱は、政府方針として各省庁の 政策を規制する強制力を持つ。
大綱から外れて縦割 りの個別最適に走ることは許されない。
しかも、そ の叩き台を橋本内閣は国交省ではなく通産省(現・ 経産省)に作らせた。
それまで事業者の立場ばかり が重視されてきた物流政策に、利用者である荷主の 視点を本格的に持ち込んだ。
その後も大綱は五年ごとに内容を更新して継続して いる。
しかし、アジア物流における日本の国際的地位 低下には歯止めのかかる気配がない。
JILS総研 アジアの新興国になぜ負ける アジア物流の核は既に中国に移っている。
ハブ機能 もシンガポールや韓国に奪われた。
今では台湾やマレー シアと並ぶ2番手グループとしての地位さえ危うい状態 だ。
中国は別格としても経済規模でははるかに日本よ り劣る新興国に、なぜ物流で負けるのか。
(石鍋 圭) 第2 部 川崎陸送の 樋口恵一社長 政治と物流──荷主主導に舵を切れ 13 AUGUST 2009 の吉本副所長は「確かに大綱ができて省庁間の連携 を取れるようになった意義は大きいが、内容は深化し ていない」という。
大綱の原案作成は今では経産省から国交省の手に 移っている。
今年七月一四日に閣議決定された新た な大綱は、国交省の政策統括官付参事官(物流政策) 室が主催した「2010年代に向けた物流戦略委員 会」の報告書が叩き台となっている。
担当した坂本慶介国際物流政策企画官(当時、八 月現在は中国運輸局交通環境部長)は今回の大綱の 内容について「環境という切り口でサービスレベルの 見直しに踏み込めたことが大きい。
前大綱ではむし ろディマンドサイドのニーズである多頻度少量に対応 することが強調されていた。
大きな変化だ」という。
国交省 VS 経産省 荷主企業の意見を代弁する立場にある経産省も黙っ ていたわけではない。
経産省で大綱作りを担当する 商務情報政策局商務流通グループ流通・物流政策室 は八人という小部隊ながら五〇社以上の荷主企業・ 物流事業者をヒアリングに回って、経産省としてのビ ジョンを練り上げ、大綱の内容について国交省の担当 者と折衝を重ねた。
流通・物流政策室の浅野大介室長補佐は「国交省 に対して基本的に我々は攻める立場。
物流事業者の 話に偏りがちなところを、サプライチェーン全体の話 に引き戻した。
結果として最初の叩き台から文面は大 きく変わっている」と説明する。
とはいえ、一時期のように両省が物流行政の主導 権を巡って抜き差しならない緊張関係にあるわけでは ないようだ。
今回の大綱で経産省は具体的な項目と して貿易手続きの問題を重視した。
ヒアリングで最も ニーズが高かったテーマだった。
一方で国交省の権益 とぶつかる物流事業の規制緩和については「荷主ニ ーズとして既に旬を過ぎた印象を持っている」と浅野 室長補佐はいう。
国交省側でも経産省との連携は年々スムーズになっ てきていると感じている。
国交省の坂本企画官は「時 に難題を突きつけられることもあるが、経産省が荷主 の立場から物流に力を入れるのも必要なこと。
その結 果、通関の仕組みなどは、この数年でガラっと変わっ た。
ただし我々行政にできるのは政策決定の材料を 提供することであってそれ以上ではない。
最終判断 を下せるのはあくまでも政治だ」と説明する。
現在、省庁横断の物流政策立案組織としては、大 綱の推進戦略会議のほかに、安倍内閣時代に策定し た「アジア・ゲートウェイ戦略」のフォローアップ会 議、および「国際物流競争力パートナーシップ会議」 が並行して走っている。
この三つの会議体の合同幹 事会も今年三月から動いている。
民間企業の部長ク ラスや行政の課長クラスが参加して現場の意見を調整 している。
パートナーシップ会議は一五年のアセアン統合を視 野において、域内での物流コストとリードタイムの半 減を目標に置いている。
議長には経産省と国交省の 大臣が共同で名を連ねている。
しかし、政治が迷走 し担当大臣はもちろん首相まで目まぐるしく交代す る現状ではリーダーシップなど発揮しようがない。
アジアの物流強国は、地元住民の反対意見を押し 切ってもスピーディにインフラ投資を進める強権を政 治に持たせている。
官僚や利害関係者の圧力を排除 するリーダーもいる。
同じことが日本に可能だろうか。
国民がそれを望まない限り、物流の国際競争力低下 は恐らく止まらない。
国土交通省政策統括官 付参事官(物流政策) 室の坂本慶介国際政策 企画官(取材当時) 経済産業省商務情報政 策局 商務流通グループ 流通・物流政策室の 浅野大介室長補佐 JILS総合研究所の 吉本隆一副所長
中国の物量は圧 倒的だ。
国力の違いを認めざるを得ない」──JIL S総合研究所の吉本隆一副所長はそう指摘する。
事 実、アジアの物流における日本の地位は低下の一途を 辿っており、その差は年々拡大している。
二〇〇八年の港湾別コンテナ取扱量を見ると、シン ガポールや上海といった港が三〇〇〇万TEUに迫る のに対し、日本は最大の東京港でさえ四〇〇万TE Uに満たない。
国際航空貨物も、一九九五年までア ジアでナンバー1を誇っていた成田空港は香港国際空 港にその座を明け渡し、韓国の仁川空港にも追い抜 かれた。
さらに〇七年には上海浦東空港にも抜かれ、 現在はアジア四位にまで後退している。
中国やシンガポール、韓国といったアジアの物流強 国は、政治主導で戦略を描き、国家首脳が強力なリ ーダーシップを発揮して政策を進めている。
日本には そうした政治家が存在しない。
物流の国際競争力を 向上させても票にもカネにも結びつかないからだ。
評価を受けるのは、地元に港湾や空港といったイン フラを呼び込んだときだけ。
その結果、狭い国土に数 多の地方空港・港湾が出来上がった。
官僚主導、し かもモード別・インフラ別の縦割り行政がそれに拍車 をかけた。
港湾に関しては、失ったアジアのハブ港の地位を取 り戻すべく、〇二年から「スーパー中枢港湾プロジェ クト」が進められている。
細分化され、個別管理さ れているコンテナターミナルを一体的に運用すること によって国際競争力を高めることが目的だ。
東京港・ 横浜港から成る「京浜港」、名古屋港・四日市港から 成る「伊勢湾」、大阪港・神戸港から成る「阪神港」 がスーパー中枢港湾として指定されている。
投資を集中してIT化された荷役機械や水深一五m 以上の岸壁等を有する国際コンテナ埠頭を形成し、港 湾コストを従来より三割削減、ターミナル内リードタ イムを三日程度から一日程度に短縮することなどが目 標として掲げられている。
鳴り物入りで始まったプロ ジェクトだが、関係者からの評価は奮わない。
川崎陸送の樋口恵一社長は「本気でハブ港を取り 戻そうとするなら現状の投資額は少なすぎる。
そも そも、なぜ日本のような狭い国に三つも中核港湾が必 要なのか。
一つでいい。
多くても東西に一つずつで 十分だ。
中途半端な投資を続けるくらいなら、いっ そ日本はフィーダー港として生きていくことを選択し、 そのための施策を打ち出した方がよほど効果的だ」と 切って捨てる。
地元への利益誘導に走る政治と省庁縦割りのハコモ ノ行政を温存すれば、物流の国際地位がますます低下 するのは明らかだ。
事態の打開に向けて、橋本内閣時 代の九七年には「総合物流施策大綱」が策定されてい る。
物流という切り口で、国交省や経産省、財務省と いった関連省庁の政策に横串を刺そうという狙いだ。
閣議決定された大綱は、政府方針として各省庁の 政策を規制する強制力を持つ。
大綱から外れて縦割 りの個別最適に走ることは許されない。
しかも、そ の叩き台を橋本内閣は国交省ではなく通産省(現・ 経産省)に作らせた。
それまで事業者の立場ばかり が重視されてきた物流政策に、利用者である荷主の 視点を本格的に持ち込んだ。
その後も大綱は五年ごとに内容を更新して継続して いる。
しかし、アジア物流における日本の国際的地位 低下には歯止めのかかる気配がない。
JILS総研 アジアの新興国になぜ負ける アジア物流の核は既に中国に移っている。
ハブ機能 もシンガポールや韓国に奪われた。
今では台湾やマレー シアと並ぶ2番手グループとしての地位さえ危うい状態 だ。
中国は別格としても経済規模でははるかに日本よ り劣る新興国に、なぜ物流で負けるのか。
(石鍋 圭) 第2 部 川崎陸送の 樋口恵一社長 政治と物流──荷主主導に舵を切れ 13 AUGUST 2009 の吉本副所長は「確かに大綱ができて省庁間の連携 を取れるようになった意義は大きいが、内容は深化し ていない」という。
大綱の原案作成は今では経産省から国交省の手に 移っている。
今年七月一四日に閣議決定された新た な大綱は、国交省の政策統括官付参事官(物流政策) 室が主催した「2010年代に向けた物流戦略委員 会」の報告書が叩き台となっている。
担当した坂本慶介国際物流政策企画官(当時、八 月現在は中国運輸局交通環境部長)は今回の大綱の 内容について「環境という切り口でサービスレベルの 見直しに踏み込めたことが大きい。
前大綱ではむし ろディマンドサイドのニーズである多頻度少量に対応 することが強調されていた。
大きな変化だ」という。
国交省 VS 経産省 荷主企業の意見を代弁する立場にある経産省も黙っ ていたわけではない。
経産省で大綱作りを担当する 商務情報政策局商務流通グループ流通・物流政策室 は八人という小部隊ながら五〇社以上の荷主企業・ 物流事業者をヒアリングに回って、経産省としてのビ ジョンを練り上げ、大綱の内容について国交省の担当 者と折衝を重ねた。
流通・物流政策室の浅野大介室長補佐は「国交省 に対して基本的に我々は攻める立場。
物流事業者の 話に偏りがちなところを、サプライチェーン全体の話 に引き戻した。
結果として最初の叩き台から文面は大 きく変わっている」と説明する。
とはいえ、一時期のように両省が物流行政の主導 権を巡って抜き差しならない緊張関係にあるわけでは ないようだ。
今回の大綱で経産省は具体的な項目と して貿易手続きの問題を重視した。
ヒアリングで最も ニーズが高かったテーマだった。
一方で国交省の権益 とぶつかる物流事業の規制緩和については「荷主ニ ーズとして既に旬を過ぎた印象を持っている」と浅野 室長補佐はいう。
国交省側でも経産省との連携は年々スムーズになっ てきていると感じている。
国交省の坂本企画官は「時 に難題を突きつけられることもあるが、経産省が荷主 の立場から物流に力を入れるのも必要なこと。
その結 果、通関の仕組みなどは、この数年でガラっと変わっ た。
ただし我々行政にできるのは政策決定の材料を 提供することであってそれ以上ではない。
最終判断 を下せるのはあくまでも政治だ」と説明する。
現在、省庁横断の物流政策立案組織としては、大 綱の推進戦略会議のほかに、安倍内閣時代に策定し た「アジア・ゲートウェイ戦略」のフォローアップ会 議、および「国際物流競争力パートナーシップ会議」 が並行して走っている。
この三つの会議体の合同幹 事会も今年三月から動いている。
民間企業の部長ク ラスや行政の課長クラスが参加して現場の意見を調整 している。
パートナーシップ会議は一五年のアセアン統合を視 野において、域内での物流コストとリードタイムの半 減を目標に置いている。
議長には経産省と国交省の 大臣が共同で名を連ねている。
しかし、政治が迷走 し担当大臣はもちろん首相まで目まぐるしく交代す る現状ではリーダーシップなど発揮しようがない。
アジアの物流強国は、地元住民の反対意見を押し 切ってもスピーディにインフラ投資を進める強権を政 治に持たせている。
官僚や利害関係者の圧力を排除 するリーダーもいる。
同じことが日本に可能だろうか。
国民がそれを望まない限り、物流の国際競争力低下 は恐らく止まらない。
国土交通省政策統括官 付参事官(物流政策) 室の坂本慶介国際政策 企画官(取材当時) 経済産業省商務情報政 策局 商務流通グループ 流通・物流政策室の 浅野大介室長補佐 JILS総合研究所の 吉本隆一副所長
