ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年10号
特集
物流行政の新常識 陸運──自由化の悪用に気を付けろ

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

OCTOBER 2005 14 陸運──自由化の悪用に気を付けろ 参入自由化を悪用する運送会社が後を絶たない。
違法 営業で利益を上げて、問題が発生すれば会社を潰し、別に 新しい会社を立ち上げる。
中途半端な政策や、徹底できな いルールが、荷主に被害を与え、真っ当な業者の経営を圧 迫している。
(大矢昌浩) 新規参入が減らない理由 九〇年の規制緩和とそれに続くバブル崩壊をピーク として、トラック運送の実勢運賃は一〇年以上にわた り下がり続けている。
武蔵工業大学の武田正治名誉 教授の試算によると現在、二トン車で一カ月当たり約 四六万円、一〇トン車で約七二万円がトラック運送 事業の損益分岐点になっている。
試算はドライバーの 賃金に全国平均を用いているため、実際の原価には地 域差があるものの、実勢運賃は既に原価割れに近いレ ベルまで値崩れしている。
参入規制がなくなれば供給が増える。
供給が増えれ ば運賃が下がる。
そこまでは規制緩和政策の狙い通り と言える。
しかし採算割れするほど運賃が低迷しても 新規参入が減らないという事態は想定されてはいなか った。
九〇年に約四万社だった事業者数は今年六万 社を超える見込みだ。
「まともな業者だけなら、そこまで数が増えるはず はない。
運送保険には入っていない。
自家用トラック のまま営業している。
事業ルールや交通ルールを守ら ないハチャメチャな業者が増えている。
問題が表面化 すると会社を潰してトンズラ。
知らん顔でまた新しい 会社を立ち上げる。
真面目な業者は損をするばかり だ」と、静岡県トラック協会会長を務めるハマキョウ レックスの大須賀正孝社長は現状を憂慮する。
トラック運送の事業者数とは異なり、登録車両台 数は九〇年代後半以降、増える傾向にはない。
輸送 トン数も横這いだ( 図1)。
価格以外に売り物を持た ない零細業者ばかり増えている。
市場の自由化は否応 なく混乱を招く。
そのため自由化は市場取引の監視 強化とセットで実施するのが規制緩和政策の常識だ。
ところが、その常識が守られていない。
不当廉売、いわゆるダンピングは公正取引委員会の 取り締まり対象だ。
しかし採算割れを続けていれば、 いずれ会社は倒産する。
倒産しないとすれば、どこか で利益が出ていることになる。
経営を維持できる値段 であるなら、不当廉売とは言えない。
それが日本の公 取の基本的なスタンスだ。
決められたルールを無視してコストを下げている場 合はどうか。
それを監督するのは現状では国土交通省 だ。
トラック運送事業の参入規制は大幅に緩和された ものの、安全性や環境対策を理由に国交省は最低車 両台数の制限(五台)と事業許可制を解いてはいな い。
もっとも実態としては、必要な書類を提出すれば、 ほぼフリーパスで許可は下りる。
大須賀社長は「そんな許可なら、ないほうがマシだ。
生みっぱなしにして放置するのであれば、許可制など やめて、一人親方も認めて完全自由競争にすればいい。
資本力のない会社に五台も持てと無理強いして、それ に中途半端なお墨付きを与えるから、裏でいい加減なことをやる業者が出てくる。
自分の生活のかかった一 人親方のほうが、ずっと真面目にやる」と憤る。
規制はあるのに実際には監督しない。
それは今に始 まったことではない。
戦後日本の物流行政は、その成 り立ちから破綻していた。
認可運賃制の下でも実勢運 賃は完全に市況化し、規制緩和以前から実態として は規制が守られていなかったことは周知の事実だ。
?押しつけ法〞が招いた裁量行政 日本のトラック運送業の規制は、米国で一九三五 年に作られた自動車運送事業者法を戦後GHQの指 示によって翻訳してしたものがベースになっている。
米国政府は一九二九年に始まった大恐慌の時代に、雇 用対策として軍用トラックを大量に払い下げた。
それ 第2部 15 OCTOBER 2005 を使って零細のトラック運送業者が雨後の竹の子のよ うに誕生した。
それに対して、鉄道会社が文句を付けた。
トラック 運送業者が鉄道貨物輸送と競争するのであれば、同 じ条件にするよう行政に要請したのだ。
トラック業者 が業界保護のために法律を作って欲しいと訴えたわけ ではなかった。
そのため米国の三五年の法律は基本的 には鉄道と同じルールをトラック運送に転用した形に なっている。
そして米国政府は規制を厳格に運用した。
一方、日本では戦前まではトラック運送の監督官 庁は警察であり、競争規制は存在しなかった。
戦後そ れを運輸省が担当するようになったが、米国市場に合 わせて作られた輸入法は日本市場の実態とそぐわない 面が少なくなかった。
運輸省はそれを通達などで柔軟 に運用することでしのいだ。
つまり法律を変えて規制 緩和するのではなく、通達によって運用を緩和してい った。
法律はなし崩しになり、いびつな裁量行政が横 行した。
倫理的にはともかく、この時代には業界団体 の活動や天下り役人の存在が実際に運送事業者の経 営にとって重要な意味を持っていた。
物流二法による規制緩和も、それまで守られていな かった規制を正式に取りやめただけであり、市場の実 態の追認に過ぎなかった。
実際にはほとんど影響は出 ないだろうという見方が、当時は大勢を占めていた。
そのため運送事業者や業界団体の行政に対する認識 も規制時代と変わることがなかった。
しかし今になって振り返ると、物流二法は予想され た以上に大きな影響を物流業界に与えたことが分かる。
九〇年までのトラック運送事業は不況に強く倒産の 少ない安定したビジネスとして認識されていた。
しか しトラック運送事業の総資本利益率は九一年をピー クに低下に転じ、その後は利益の出ない水準で低迷を 続けている。
ハマキョウの大須賀社長は指摘する。
「もはやお役 人は何も助けてはくれない。
本当はこれまでだって助 けられたことはないし、これからも期待もしてはいけ ない。
それなのに業界団体や一部の業者は、いまだに お役人の顔色をうかがっているところがある。
自分の ことは自分で守るしかない。
物流業者はそのことに早 く気づくべきだ」 淘汰はこれからが本番 本来は九〇年の物流二法の段階で、物流事業者や 荷主企業はポスト規制緩和時代の行政の在り方を充 分に検討しておく必要があった。
しかし流通経済大学 の野尻俊明学長は「当時、そんな議論に耳を傾ける 風潮はなかった」と振り返る。
結局、日本では大した 議論もないまま、中途半端な形で物流業の規制緩和 が実施されてしまった。
そして霞が関は新たな役割を 勝手に作り出そうとしている。
米国のトラック運送市場では一九八〇年の規制緩 和後の一〇年間に、新規参入が急増し運賃水準が低 下、倒産とM&Aによって大手五〇社のうち半分の 顔ぶれが入れ替わるほどの業界再編が起こった。
米国 に一〇年遅れて規制緩和を実施した日本市場も、ほ ぼ同じシナリオを演じている。
ただし、大手の倒産や 極端な再編劇はこれまでのところ起こっていない。
淘汰は、まだ終わっていない。
むしろ、これからが 本番だ。
その前にできる限りの手を打っておく必要が ある。
霞が関の体質にメスを入れて、物流市場の正当 な競争を担保させるように導く、新しいタイプの業界 活動が求められている。
企業経営を行政に頼ることは できない。
しかし不公正な市場には真っ当で優れた企 業は育たない。
ハマキョウレックスの 大須賀正孝社長

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