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SEPTEMBER 2009 4
もらうことを目的にした授業でした」
「最初に講師が二人登場します。 一
人はアルバイトの店員役で、フィレオ
フィッシュにタルタルソースをかける。
マニュアルでは真上から真っ直ぐかけ
るとなっているのに、そのアルバイト
は斜めからかけてしまう。 そこでマネ
ージャー役のもう一人の講師がアルバ
イトに注意する。 この状況からどう
やって問題を改善するかが問題です。
なぜ彼はマニュアル通りにタルタルソ
ースをかけなかったのか、真上からタ
ルタルソースをかけるようにするには
どうしたらよいかを、受講者たちに
議論させて対策を考えさせる」
──正解はあるんですか。
「あります。 アルバイトの彼は先週、
出勤スケジュールの希望日を提出した
のに、それが変更させられていた。 先
月にも同じことがあった。 そのため
マネージャーとの信頼関係が崩れかけ
ていた。 その背景にある原因を、コ
ーチングなどの手法を使い、正しくな
い行動を取る理由を探り、どうやって
関係を再構築してゆくか、がポイント
なんです。 パフォーマンスの改善は上
司と部下の信頼関係によって成り立つ
と理解させることがゴールです」
「ただし、この授業は今はありませ
ん。 その後さらに進化させ、このよ
うな基本となる人間関係の考え方を
指示通りにできない理由
──マクドナルドのパート活用や人材
教育は物流分野でもベンチマークの対
象になっています。 しかし、マニュア
ルやトレーニングの内容について、マ
クドナルドは秘密主義をとっています。
「私も含め日本マクドナルドは既に
四〇〇〇人ものOBを輩出しています。
マクドナルドのことを紹介した本も既
に数多く世に出ている。 ただし、マク
ドナルドのやり方を他の会社がそのま
ま真似るのは止めたほうがいい。 アル
バイトの作業品質を向上させるために、
マクドナルドではこうしたツールを使っ
ているとか、こうしたテクニックを使
っていると知ってもあまり意味はあり
ません。 真似るべきはコンセプトであ
って、やり方はその会社に合ったオリ
ジナルを作らないと上手くいかない」
──日本マクドナルドが銀座に一号店
を出店したのは一九七一年七月です
が、社内大学の「ハンバーガー大学」
を日本に設立したのはそれより一ヵ月
早かった。 当時から人材育成プログ
ラムは完成されていたのでしょうか。
「当時と今とでは教育設計が全く違
います。 当初はチェーン展開に必要な、
標準化された現場オペレーションを教
えているだけでした。 しかし今はカリ
キュラムの大部分がピープルスキルと
コンセプチュアルスキルで占められて
います。 技術的な指導の割合はずっ
と少なくなっている」
──ピープルスキルというのは?
「店長向けのリーダーシップ開発や
コーチング、そして最も重視してい
るのはコミュニケーションスキルです。
マニュアルを教えるのは決して難しく
はありません。 難しいのは、上司が
見ていない時や気分の良くないときで
も、マニュアル通りにやらせることで、
強制しても絶対に浸透しません」
「決まり事を徹底するには、やり方
だけでなく、なぜそうしなければい
けないのかを理解させる必要があり
ます。 さらにトレーナーである上司に
は、なぜ教えてもその通りにやらな
いのかを考えさせる必要がある。 指
示した通りにやらない理由を推測し、
その原因を引き出して対応策を打つ。
そこがピープルスキルの最も大切なと
ころであり、人使いの根幹です」
──しかし、最もつかみ所のない部分
でもあります。 どう教えるのですか。
「以前『パフォーマンスの改善』と
いうタイトルの二時間の授業がありま
した。 店舗のマネージャーを対象にし
て、従業員の間違った行動をどのよ
うにして改善すれば良いか理解して
下山博志 人財ラボ 社長
「マクドナルドから何を学ぶべきか」
現場のパート管理から企業内大学の運営まで、マクドナルド
はサービス業の人材育成で世界最高のノウハウを持つとされる。
そこから物流担当者が学ぶべきは何なのか。 日本マクドナルド
で「ハンバーガー大学」の教授や人材教育・採用責任者を務め、
全世界の人材教育を再設計するプロジェクトにも参画した経験
を持つ人材育成の専門家が解説する。 (聞き手・大矢昌浩)
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研修に限らず、現場支援のあらゆる
所で活用できるように『インストラク
ショナルデザイン』(教育効果を高める
ための方法論)の技法で構築されて
います。 マクドナルドにはそういう仕
掛けが長い時間をかけて作り込まれて
います。 最近では日本でも企業内大
学を設立する会社が増えてきました
が、このようなインストラクショナル
デザインを基本とした教育設計はやっ
と始まったばかりだと思います」
──マクドナルドが人材育成で参考に
した手本はあったのでしょうか。
「現場教育のコンセプトは、八〇年
代にアメリカ海兵隊を手本にしたよ
うです。 組織も軍隊式のピラミッド構
造です。 正社員でも一般のパートと全
く同じ仕事から開始して、セカンドマ
ネージャー、ファーストマネージャー、
店長と一つずつ階層を上がっていく。
私のいた頃で、新入社員が店長にな
るまでには五年から八年ぐらいかか
っていました」
「そうしたピラミッド型のプロパー
組織では、上司は自分の部下の仕事
を一〇〇%こなすことができる。 昇
進は実力主義ですから、部下よりも
上司は全ての実務において仕事がで
きる。 オペレーションはもちろん、直
感力や洞察力も優れている」
「それと実はマクドナルドが現在の
ったのは事実ですが、その限界にも突
き当たっていた。 プロの経営者を外部
から招きプロパーと組み合わせたこと
で、初めて日本マクドナルドはグロー
バル企業として次なる変革ができたこ
とは今の成功を見る限り明らかです」
──しかし、それによって失われたも
のもあるのでは?
「経営層が変わったことで、マーケ
ティングやファイナンスなどの経営戦
略は全て変わりました。 しかし、組
織のDNAは変わっていない。 今も
現場には一六万人もの従業員が働き、
みんな会社のためではなく、自分の
職場が好きで働いていると思います。
店を離れた後も、ロイヤルティの高い
顧客となり、アルバイト時代の仲間と
の付き合いも続く。 私の見る限り、そ
こは微塵も変わっていません。 それだ
け根底の人を育てるコンセプトがしっ
かりしているんです」
ような、強固なシステムで運営される
巨大チェーンになるまでの歴史の中に
は、ある法則が働いていた時代があ
ると考えています。 それは、八とい
う単位を一つの組織を上限とする管
理の考え方です。 以前は、店長の上
にスーパーバイザーがいて、八人ぐら
いの店長を管理していました。 その
上が統括スーパーバイザーで、やはり
八人ぐらいのスーパーバイザーを管理
する。 さらに八人のスーパーバイザー
を部長が管理するといったかたちで、
八人を一つの括りにしてピラミッドが
構成されていました」
「これは一人のリーダーが全体を掌
握するには八つのセクション、八人ぐ
らいが限度だという経験則から来て
います。 八を超えるとリーダーの目が
行き届かなくなる。 極端にできると
ころと、特に問題のあるところばか
り管理する傾向になり、それ以外を
見なくなったりします。 また、内部
に派閥ができて結果としてサブリーダ
ーを置かなくては管理できなくなる」
「会社を出てから組織論を学ぶ中で、
この八を束にする組織パワーは近年、
軍隊をはじめ、拡大する組織構造を
持ついくつかのグローバル企業でも検
討していることもわかりました」
──創業者の藤田田氏の時代の日本
マクドナルドは、社員のプロパーの比
率が極めて高いことでも有名でした。
「正社員の七割が現場からの叩き上
げで、残り三割も新卒で入社する前
にたいていアルバイトを経験している。
つまり一〇〇%に近い社員が現場経
験者であって、そこで培われたDNA
が物事の判断に大きく影響し、現場
主義の一つの要素になっていました」
「マクドナルドを外からみるように
なり、改めて分かったこともあります。
それは、マクドナルドの成功は、単な
るいくつかの戦略の成功だけでは理
解できないということです。 マクドナ
ルドは徹底したシステム志向の会社だ
と思います。 世界三万店強・一四〇
万人とも言われるスタッフを機能させ
るために、組織全体に実に様々なシ
ステムが張り巡らされている。 最も基
本となる『QSC(Quality、Service、
Cleanliness)』と人材管理、マーケテ
ィング、ファイナンスなど、全ての仕
組みが繋がっている」
プロパー集団の強さと限界
──〇三年に藤田氏が退任した後は、
経営陣がほとんど入れ替わりました。
プロパー主義も崩れました。
「私自身、既に外に出た身ですが、
必要な変化だったとは思います。 現場
主義であること、プロパー集団である
ことが、日本マクドナルドの強みであ
しもやま・ひろし 1954年 東
京都生まれ。 アルバイトを経て
77年、日本マクドナルド入社。
店長、スーパーバイザー、企業内大
学プロフェッサー、営業部長、業
務部長を経て、99年、本社人事本
部トレーニング部長就任。 2004
年、リクルート部長。 同年9月末
退社。 同12月、人財ラボ設立、
社長に就任。 現在に至る。 07年
3月早稲田大学大学院修了。
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