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しまいました」
その言葉を聞いて、大先生が「へー、それは
おもしろそうだ」と言って、身を乗り出す。
この社長氏は熱烈な大先生ファンで、運送会
社のくせに「輸送しない」を提案の柱にしてい
る。 大先生も、竹を割ったような性格のこの社
長氏を好いている。 社長氏が大変な勉強家であ
ることも大先生好みだ。 大先生が「一体何があ
ったの?」と話の先を促す。
そこに女史が冷たい飲み物を持ってきた。 社
長氏が女史にお礼を言い、「今日は、お二人はお
出かけですか?」と弟子たちの不在について聞
く。 「はい、仕事で外出しています。 先生は暑
いときは外に出ませんので、外出が必要な仕事
はいつもお二人です」と女史が大先生をちらっ
と見ながら言う。 社長氏が「わかります、わか
ります」と言い、二人で笑い合う。
大先生が、「早く行け」というように、右手
で女史を追い払う仕草をする。 それを見ながら、
「実はですね」と社長氏が座り直して、話し出す。
「先日、ひょんなことから機会を得て、ある物
流子会社に合理化提案を持って営業に行ったん
です。 そしたら‥‥」
社長氏が勢い込んで話そうとするのを制して
大先生が口を挟む。
「物流子会社に提案って、それはあれ、親会
社物流の合理化提案ってこと?」
「はい、事前にいくつか倉庫を見せてもらった
物流コストに責任を負う部署が社内に存在しない。 物流
部門を丸ごと子会社に移管した親会社の多くが、そのこ
とに今悩まされている。 業績が悪化に転じたことで、こ
れまで見過ごされきた経営課題や矛盾が次々に表面化し
ている。 その結果、物流子会社問題が再燃している。
湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第67回》
物流子会社設立後のリスク
大先生の日記帳編 第24 回
﹁提案営業先で喧嘩しました﹂
大先生事務所の窓から見える道路に真夏のよ
うな陽射しが降り注いでいる。 道行く人たちも
暑さに辟易したように顔をしかめている。 そん
な残暑の厳しい日に突然、大阪に本拠を置く運
送会社の社長が大先生事務所を訪れた。
東京に用事で来て、時間ができたので寄ったと
いう。 大先生が「あまり暑いので、涼を求めて
寄ったわけ?」とかまう。 社長氏は「はい、先
生にお会いすると、さむーくなりますから」と
返す。 「なんのこっちゃ。 まあ、お座りな」と大
先生が促す。 ソファに座り、社長氏が改めて挨
拶する。
「突然押しかけて済みません。 先生にお会いで
きてよかったです。 お元気でしたか?」
「まあね。 おれは暑さにやられて、慢性バテ状
態だけど、あなたは元気そうだね」
「はい、元気だけが取り柄ですから」
「まあ、一つでも取り柄があればいいさね。 と
ころで、最近、何かおもしろいことあった?」
大先生のいつもの軽い問い掛けに社長氏が複
雑な顔をする。 大先生が「おや?」という顔で、
すかさず聞く。
「何かあったようだね。 何?」
「はぁー、おもしろいかどうかわかりませんが、
最近、腹が立つことがありました。 この前です
ね、提案営業に行って、提案先の人と喧嘩して
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んですけど、明らかに無駄な在庫移動なんかを
やっていたものですから、それをやめたらどう
かという提案です‥‥だめですか?」
大先生が首を傾げるのを見て、社長氏が不安
そうな声を出す。
「だめじゃないけど、相手によるな。 拒否反
応を示すところも少なくない」
「はぁー、先生はお見通しですね。 そうなんで
す。 そこの会社からはにべもない感じで拒絶さ
れました」
大先生が楽しそうに「何て言われた?」と聞
く。 社長氏が興奮気味に話す。
「それがひどいんですよ。 私の話の途中で、そ
こにいた中では一番えらいと思われる役員が、横
柄な感じで『もういい。 何なんだそれは。 そんな
ことしたら、うちの収入が減ってしまうじゃない
か。 そんな提案には興味ない』とこうきました」
大先生が笑いながら「そうきたか。 そう言わ
れて、あなたは頭にきて、やりあった?」と聞
く。 社長氏が大きく頷き、続ける。
「もともと物流子会社は親会社物流へ貢献す
ることに存在価値があるんであって、その貢献
は第一に親会社の物流コストを減らすことにあ
ると私は思うんですけど‥‥そうですよね?」
そう問われて、大先生が「まあ、そうだ」と
頷き、「相手にそう言ったんだ?」と聞く。
社長氏が小首をかしげながら、「はい。 ただ、
ちょっと言い過ぎたかもしれません」と苦笑い
する。 大先生が興味深そうに「何を言ったの?」
と聞く。
親会社の期待があってこそ
「はい、親会社の物流を合理化すると収入が
減ってしまうなんていう子会社にどんな存在価
値があるんですか。 あなた方の存在は親会社の
物流を遅らせるだけじゃないですか‥‥」
「そう言った? 向こうは怒ったろ? そんな
こと運送会社に言われる筋合いはない。 帰れ」
「そうです。 ほぼ同じこと言われました。 それ
で配った提案書を回収して帰ってきました」
「提案書を回収したの?」
「もちろんです。 結構ノウハウが詰まってます
から。 それにしても、ひどいと思いません?
ああいう子会社は多いんですか?」
社長氏が憤懣やるかたないという表情で大先
生に訴える。
「まあ、そう怒りなさんな。 あなたの意見は正
しい。 だけど、残念ながら、子会社の中にはそ
ういう正論を素直に受け入れられない子会社も
存在するということだ。 物流子会社があるがゆ
えに親会社の物流が遅れているというケースも
たしかにある」
大先生の言葉に社長氏が頷く。 それを見て、大
先生が続ける。
「でも、いまは、厳しい状況の中で親会社自
身がコスト削減に躍起で、物流子会社に対して
も大幅なコスト削減要求を出しているから、本
来いまのような提案は受け入れやすい素地があ
ると思うけどね。 現実にそのような取り組みを
している子会社もある」
「はあ、その会社は、なんか親会社からのコス
ト削減要求に対して、管理職だけでなく社員の
人件費もカットして、それをたてに出入の業者
に運賃や倉庫料の切り下げを要求したようです。
要求というか、彼らは協力と言ってるようです
が‥‥」
大先生がさもありなんという顔で頷く。
「なるほど、収入のベースとなる物流の枠組み
は温存するということだ」
「はい。 ただ、その枠組みに大きなムダがある
んですよ。 それを放っておいて単価を下げると
いうのは、なんかおかしいです。 そうお思いに
なりませんか?」
社長氏の口を尖がらせた顔を見て、大先生は
かまいたくなったようだ。 物流子会社側の肩を
持ったような発言をする。
「たしかにそうだけど、それは物流子会社の
経営という点では一つの行き方ではある。 経営
者なら誰も収入は減らしたくない。 あなたも経
営者だからわかるでしょ?」
大先生の言葉にしぶしぶ頷きながら、それで
も俄かに納得できない顔で抵抗する。
「それはそうですけど、そもそも物流子会社
というのはですよ‥‥」
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「それそれ、そのそもそも論。 子会社は親会社
に貢献するものだというのは誰が決めたの?」
大先生のちょっと意地の悪い質問に社長氏が
「はぁー?」という顔をする。 大先生が楽しそう
な顔で社長氏の戸惑った顔を見ている。 社長氏
が頭の中を整理するように話す。
「誰が決めたというか‥‥そもそもそういうも
の‥‥という押し付けはいけないとなると、え
ー、物流子会社がそういう認識をもっているか、
ということは、あっ、親会社がそれを要求して
いるかということがポイントになるのでしょう
か?」
社長氏の独り言のような話に大先生が笑いな
がら、同意する。
「そうだな、親会社なら子会社に対して貢献し
ろといえる」
「なるほど、親会社がそういう要求をしてい
なければ、貢献なんか意味がないということに
なるわけですね」
社長氏が少し納得したように言う。 大先生が
続ける。
「まあ、一般論として、評価は、する方とさ
れる方が同一の基盤に立ってはじめて成り立つ
もんだからね」
「うーん、そう言われるとたしかにそうですね。
私が行った会社は親会社から物流コストを減ら
せという要請を常日頃から受けていたわけでは
ないということですね」
われたことがある」
社長氏が頷き、自分なりの解釈を披露する。
「つまり、トップが物流コスト削減を期待して
いなければ、物流部といえども、物流コスト削
減などに手をつけはしないってことですね。 で
も、いまはそんな物流部門はないですよね?」
「そう、だから昔話。 ただ、いま問題になる
のは、物流子会社ができた後の物流管理体制じ
ゃないかな。 物流子会社ができて、物流はそこ
に任せればいいということで、親会社内で物流
管理責任が曖昧になってしまった場合、物流コ
スト削減という点で問題が出る危険があるとい
うこと」
社長氏が大きく頷く。
「なるほど、物流子会社ができると、物流は子
会社任せになってしまい、親会社内で物流を考
える人がいなくなってしまう。 そうなると、親
会社内で物流コスト云々という話は出る余地が
ない」
「特に、親会社の売上が伸びていて順調に利益
が出ているときはあまり関心がないというのが
実態だろうな」
社長氏が「それはそうですね」と言いながら、
一歩踏み込んだ意見を言う。
「そうなると、物流子会社ができても、親会
社内には物流コストに責任を負う部門が欠かせ
ないということですね」
大先生が「当然」という顔で頷き、社長氏に
親会社の管理部門はなくせない
社長氏の言葉に頷いて、大先生が独り言のよ
うに話す。
「あれだよ、昔ね、物流は、経営トップが物流
をどう見ているかによって管理のあり様が変わ
ってくると言われた。 経営トップの見方は、当
然社内全体に伝播する。 当然、物流部の人事に
も影響するし、結果として、物流に携わる人た
ちの思考、行動にも影響を与える。 だから、物
流にとってトップの期待が重要だとしきりに言
湯浅和夫の
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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聞く。
「ところで、あなたが行った子会社の親会社に
は物流部門はあった?」
社長氏が首を捻りながら答える。 声のトーン
が落ちている。
「いや、特に調べたわけではありませんが、な
いような感じがします。 そうか、今回の提案は
本来親会社に持っていくべき性質のものだった
ということですね」
社長氏の反省の弁に大先生が顔の前で手を振
る。
「いや、違うと思うよ。 たしかに、親会社の
物流部門はあなたの提案に大いに関心を示すだ
ろうけど、実際にそれをやろうとしたとき、提
案者であるあなたは子会社からにらまれて、仕
事はもらえないよ」
社長氏が苦笑いしながら、同意する。
「たしかに、そうだと思います。 先生のような
コンサルのお立場なら何も問題ないでしょうけ
ど、倉庫や運送の仕事がほしい私どものような
立場では、そんな提案は何の意味もないですね。
なんか物流子会社というのは面倒な存在ですね。
常に親会社の目が光ってないとだめってことで
すか?」
それでもあなたの提案は正しい
社長氏の問い掛けに大先生が首を振る。
「そんなことないさ。 親会社の目が光ってい
ようがいまいが、物流子会社が進むべき確実な
道が一つある。 それは、物流子会社は物流会社
になればいいってこと。 いつまでも子会社でい
るから妙な立場になってしまうんであって、売
上における親会社比率をどんどん落としていく。
そうなれば、親会社の物流を合理化して売上が
落ちても、それによって余裕が出た経営資源を
他の荷主で埋めればいいという発想になる。 あ
なたも、そういう会社に提案すれば、また違っ
た展開になったかもしれない」
社長氏が辛そうな顔をして頷く。 「持って行っ
た相手が間違ってったってことですね。 提案は
相手先のニーズや関心事に合わせて持っていか
ないとだめだという原点を踏み外していたとい
うことになります。 いやーまいったな」
大先生が楽しそうに笑い、「でも、あなたの
提案は正しい提案で、相手が自分の都合で受け
入れなかっただけだから、気にすることはない
さ」と慰める。
社長氏が小さく頷き、顔を上げずに「それで
は、これで失礼します」と立ち上がる。 大先生
が「またいつでも遊びにおいで」と声を掛ける。
社長氏が、喉を詰まらせた感じで「今日はお話
しできて本当に嬉しかったです。 おかげさまで
気が晴れました」と言う。
大先生が出口に向かう社長氏の肩を後ろから
励ますように叩く。 社長氏が振り返り、深くお
辞儀をする。
編集部より
本連載は今回で「日記帳編」が終了し、次号か
ら新シリーズがスタートします。 筆者曰く、「物流コ
ンサルの原点に改めて立ち戻り、物流を白紙から見
直すための教育型の指導を、メーカーの物流部門を
舞台に展開したい。 大先生と彼らのやりとりから読
者に?物流を考える道筋?を知ってもらえれば嬉し
い」とのこと。 ご期待下さい。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課
程修了。 同年、日通総合研究所入社。 同社常務を経
て、2004 年4 月に独立。 湯浅コンサルティングを
設立し社長に就任。 著書に『現代物流システム論(共
著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物
流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる
本』(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コンサルテ
ィング http://yuasa-c.co.jp
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