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NOVEMBER 2005 4
技術より仕組み
――企業の環境対策が、公害防止技
術の活用からロジスティクスへと拡
がってきました。
「公害をなくすには科学技術だけで
はダメなんです。 例えば低公害車や
ハイブリッドカーなどは科学技術の成
果ですが、実はそれにシフトすると結
果として全体の消費量自体が増えて
しまう。 身近な例では、省エネ型の
テレビの開発が進んでいますが、それ
に伴って家庭にあるテレビの画面自
体が大きくなってしまっている。 同じ
ように環境負荷の低い自動車ができ
ても、それを普及させるだけでは自動
車を使う機会自体が増えてしまう。 つ
まり技術の進歩には利用を加速させ
る側面があるわけです」
「もちろん環境負荷を抑えるための
技術革新は大切です。 しかし、それ
だけでは環境負荷は下げられない。 科
学技術だけで実現できるのは、半分
に過ぎません。 環境問題に携わって
いる人たちの間では、それが今や常識
になっています。 それでは残りの半分
は何なのか。 それを私は?仕組
み〞だと説明しています。 社会の仕
組みを変えることで環境負荷を減ら
していくのです」
――「仕組み」という言葉は抽象的
ですが。
「例えばロジスティクスで言えば、今
の日本では物流費が商品価格に含ま
れてしまっていて、購買側は物流サ
ービスを無料だと思っている。 そのた
めにサービスの要求がエスカレートし
ているところがあります。 これを改め
て、取引条件によって料金が変わる
ようにすれば、購買側の行動も変わ
ってくる。 まとめて買うようになれば
輸送の積載率も上がって効率化が進
む。 同時に環境負荷も下がる」
「また宅配便の時間指定にしても、
一般には顧客ニーズに対応したサー
ビス、顧客オリエンテッドなサービス
とだけ認識されていますが、あれは配
送効率という面から見ても大きなメ
リットがある。 不在で持ち帰る必要
がなくなるわけですからね。 手間も増
えるでしょうが、全体の効率はそれ以
上に向上する。 それだけ環境負荷が
減る。 別に輸送に使うトラックやフ
ォークリフトを変えたわけではない。
ただ手順を変えているだけです。 それ
が私の言う?仕組み〞です」
――環境技術の分野では、日本は世
界的にもトップランナーだと聞いて
います。 仕組みの分野ではどうなん
でしょうか。
「確かに公害対策の科学技術で日本
は間違いなく世界のトップランナーで
す。 しかし仕組みに関しては、やはり
ヨーロッパが先を行っている。 技術の
問題と違って、仕組みにはどうして
もその国の文化や価値観が強く影響
します。 廃棄物の回収やリサイクル、
法律などの仕組み作りは、今でも基
本的にはヨーロッパがお手本になって
います。 とはいえ日本も遅れているわ
けではない。 少なくともロジスティク
スの分野は、かなりのレベルにある」
――日本の何が進んでいるのでしょう。
少なくとも日本の消費者が環境対策
に敏感だとは思えませんが。
「日本はものづくり主体の国ですか
らね。 やはりメーカーがロジスティク
スに目覚めたことが大きい。 日本で
もグローバルに事業を展開している会
社は、ヨーロッパの仕組みを採り入
れざるを得ない。 そうしたグローバル企業が日本では一つの原動力になっ
ている」
――しかし日本の消費者はヨーロッパ
と違って、環境に優しいかどうかなど
考えずに購買します。 そうである以上、
グローバル企業も日本市場では本気
にはなれないのでは。
「今の若い世代はかなり変わってき
ました。 同じ機能であれば多少価格
が高くても環境に優しい商品を買う
武蔵工業大学
増井忠幸
環境情報学部
教授
「技術は環境対策の半分に過ぎない」
環境対策には二つのアプローチがある。 科学技術とロジステ
ィクスだ。 科学技術の活用とは異なり、ロジスティクス改革に
よる環境負荷の軽減は、効率の向上を通して企業経営にプラス
に働く。 グリーン・ロジスティクスの巧拙は、企業の収益力を
大きく左右する。
(聞き手・大矢昌浩)
5 NOVEMBER 2005
という人が増えている。 それが社会的
にも格好良いことだという価値観が
芽生えてきました。 それに便乗してメ
ーカーも製品を作ろうとする。 そうい
う回転が始まっています」
――国が排出ガスの削減を約束した
京都議定書は、日本企業の活動にど
こまで影響しているのでしょうか。
「今年二月に京都議定書が発効した
ことは非常に大きなインパクトになる
と思います。 また来年四月に施行さ
れる『改正省エネ法』では、基準を
満たせない企業に対する罰則規定も
設けられる予定です。 また仮にそうし
たプレッシャーがなかったとしても、
日本企業は遅かれ早かれ変わってい
かざるを得ない」
「これは私が以前から指摘し続けて
いることですが、環境負荷の低減を
イコール金がかかると考えるのは間違
いです。 先ほどの宅配便の時間指定
の例でもそうですが、環境負荷を下
げるということは効率を上げて燃料
消費量を抑えるということです。 つま
り経営効率が上がる。 少なくとも、仕
組みを変えるというアプローチの場合
にはそうなります」
――科学技術でアプローチすればコ
ストアップになるけれど、仕組みはそ
うではない?
「仕組みの改革には比較的、投資は
かからない。 逆に効率を上げることが
できる。 環境というアプローチで新し
いビジネスを作ることさえできる。 そ
のことに企業も徐々に気づいてきま
した。 実際、一〇年前と今を比べれ
ば日本企業の意識は全く変わりまし
た。 かつての環境対策は義務でした。
企業にとっては、嫌だけれどもやらな
くてはしょうがないというテーマだっ
た。 それが今は環境規制を守ること
自体は当たり前になり、逆に環境対
策に新しいビジネスチャンスを見出そ
うとしている」
ロジスティクスが全て
――社会全体の仕組みを環境という
視点でとらえた時に、ロジスティク
スはどの程度の重要性を持つのでし
ょうか。
「ロジスティクスは社会システム全
体のなかでも極めて大きな領域を占
めています。 少なくとも私は、ロジス
ティクスが全てを握っているとまで主
張しているほどです。 なぜかと言えば、
モノを運ぶ時の効率を考えると、積
載率は当然高いほうがいい。 この積
載率には運び方だけでなく製品自体
の設計も大きく影響します。 つまり
ロジスティクスを変えるには設計から
考えなければならない。 ものづくりの
原点から変えなければならないわけで
す」
「しかも今日の情報社会では、注文や決済は瞬時に処理できる。 しかしモ
ノは瞬時には動かない。 注文はすぐ
にできても、商品はすぐには届かない。
情報化が進むことで、ロジスティクス
には一層の高度化が要求されるよう
になってきている。 さらにその先には
使用済み製品の回収とリサイクルの
問題まで控えている。 つまり設計段
階からリサイクルまでの仕組み全体
を考えなければならない。 しかもグロ
ーバルに。 まさしくロジスティクスが
問われているわけです」
――しかし、そこまで見渡してロジス
ティクスを管理している企業などあ
りますか。
「確かに、そこまで広い範囲でロジ
スティクスを考えている企業は、まだ
わずかでしょう。 それを考える部署自
体が社内にない。 そういう人材もい
ない。 人材を育てるところから始めな
ければならない」
――設計や生産分野にも、そうした
発想に立つ人は少ないのでしょうか。
「そうした意識はまだ薄いと言わざ
るを得ない。 もちろん段々と必要に
迫られるようにはなっています。 とく
に最近では設計段階で再利用やグリ
ーン調達を考える必要が出てきてい
ます。 EUの『RoHS(ローズ)指
令』を始め、有害物質規制も意識す
る必要がある。 しかしロジスティクス
全域を見渡しているかと言えば、そ
うではない。 組織の構造自体が、そ
れが可能な形にはなっていない。 とく
に日本人はそうした全体設計が得意
ではないように思います」
――結局、環境対策も組織や人材の
問題に行き着くわけですね。 とくに
日本企業はまだ経営層のほとんどが
?公害世代〞の年輩者で占めてられ
ています。
「その意味では大変失礼ながら、まだ公害時代の発想から抜け出せてい
ない経営者も少なくないのかも知れ
ません。 しかし、若手には意識の高
い人材が育っている。 実際、環境問
題で活躍している人には中堅から若
手の社員が多い。 そうした人材のい
る会社は、環境対策をビジネスチャ
ンスとして活かすことができるように
なるでしょう」
ますい・ただゆき早稲田大
学理工学部工業経営学科卒業。
同大修士課程、博士課程修了。
工学博士。 1974年、武蔵工
業大学工学部経営工学科助手。
同学部助教授、教授を経て、
同大環境情報学部設立に携わ
り、97 年に同学部に移籍。
2004年4月より本学部環境
情報学科主任教授。
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