ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年11号
ケース
アボットジャパン――アウトソーシング

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

NOVEMBER 2005 34 世界有数だが日本では低い知名度 アボットジャパンの親会社、アボット・ラ ボラトリーズ(本社・米国)は世界有数の製 薬メーカーだ。
二〇〇四年度にはグループ全 体で一九七億ドル(約二・三兆円)を売り上 げ、三二億ドル(約三七〇〇億円)の利益を 計上した。
一三〇カ国に展開する多国籍企業 でもあり、日本市場には一九六二年に、大日 本製薬との合弁事業というかたちで進出して いる。
だが、その存在感は今ひとつ薄い。
このような見方に対し、アボットジャパン で医薬品事業部を率いるザヒール・ラフジ社 長はこう反論する。
「当社の非常にユニーク な点は、国内資本とパートナーシップを組んで販売活動を行っていることだ。
多くの製品 を大日本製薬の販売チャネルを通じて流通さ せているし、『クラリシッド』という薬では大 正製薬と提携している。
他に丸石製薬やアス テラスと共同販売している製品もある。
単体 の売上高だけを見れば少ないと感じるかもし れないが、他社とは異なる戦略をとっている ことを理解してほしい」 もっとも、この販売戦略は現在、転機を迎 えている。
日本進出時からのパートーナーで ある大日本製薬との契約は二〇〇六年四月に 満了する。
以降の販売チャネルについて検討 を重ねた結果、アボットジャパンは戦略転換 を決断した。
物流業務の管理を3PLに委ね、 新たに単独で販売チャネルを構築することを 物流を三菱倉庫に全面委託して 複雑化した販売チャネルを集約 アボットジャパンはこれまで、物流業 務の過半を販売パートナーである大日本 製薬に依存してきた。
この販売契約が満 了する2006年4月を機に、自社販売へと 切り替える。
これにともない三菱倉庫へ の全面的な物流アウトソーシングを決定。
2年前の合併で複雑化した物流を簡素化 し、コスト削減と品質向上を図る。
アボットジャパン ――アウトソーシング 35 NOVEMBER 2005 決めたのである。
同社の物流は近年、複雑化してしまってい た。
アボット・グループが二〇〇一年に北陸 製薬を買収した影響が大きい。
二〇〇三年に なると、大日本との合弁事業会社と、北陸製 薬の二子会社を合併。
現在のアボットジャパ ンを発足させたのだが、このときから物流ル ートは二系統に分かれたままだ。
さらに一部 の栄養剤も別扱いしているため、日本国内だ けで三つの販売チャネルがある。
これを来年四月から抜本的に改める。
三菱 倉庫に全面的に物流をアウトソーシングし、 販売チャネルを再構築する。
さらに、現状で は計六カ所ある在庫拠点を、東西二拠点にサ テライト拠点を加えた三カ所へと集約する。
「三つの選択肢があった。
まず従来通り大 日本と北陸製薬の販売ルートを維持するとい う選択だが、これは明らかに非効率だ。
すべ てを大日本ルートにまとめることも考えたが、 自ら販売ルートを持つのが最善という結論に 至った。
そうであるならばロジスティクスは 専門家に任せた方がいい。
われわれの専門分 野は研究開発やマーケティングであって、ロジスティクスではない」(ラフジ社長) 国内で五番目の「クラスA」取得 アボットジャパンの最近のサプライチェー ン改革は、いかにも欧米企業らしい手法で進 められてきた。
米アボット・ラボラトリーズ は近年、「クラスA」と呼ばれる認証の取得 を国際事業部門を中心に推進してきた。
すで に日本法人は今年五月に取得に成功した。
この認証制度は、米国のコンサルティング 会社であるオリバーワイト社(Oliver wight) が、企業の経営プロセスや顧客サービスをA 〜Dの四段階で評価し、それが世界最高レベ ルにあると認めた企業だけを「クラスA」に 認証するというものだ。
需給調整業務の高度 化などオペレーションのレベルも問われるが、 他にも、顧客ニーズに合致した企業文化の有 無や、戦略や経営目標の効果的な展開、組織 の活性化など広く企業活動の質が問われる。
日本ではほとんど知られていない認証制度 だが、世界各地で事業展開をする企業の注目 度は高いという。
日本で活動中の企業で「ク ラスA」を取得済みのなのは、シャネル、マ ックスファクター、P&G、イーライ・リリ ー、そしてアボットジャパンを含めた五社。
グローバル企業の間ではそれなりに浸透して いる制度であることが伺える。
「クラスA」の取得はロジスティクスやサプ ライチェーン・マネジメント(SCM)の高 度化に直結する。
実際、アボットジャパンは 約二年間を費やし、「ワン・セット・ナンバ ーズ」と呼ぶコンセプトに基づくプロセス改 革に取り組んで、大きな成果を上げている。
これは、ただ一つの数値に基づいて企業活 動全体を管理するという考え方だ。
たとえば、 販売予測という一つの数値を軸にするのであ れば、これをロジスティクス活動の数値にも アボットジャパンのザヒール・ ラフジ社長 置き換えるし、生産活動にも適用する。
販売 予測の数値が変われば、連動してロジスティ クスや生産活動も見直され、販売予測なくし て他部門が動くことはない。
一つの数字を共 通の軸に据えて、全体最適を追及していくた めの改善手法である。
一般的なメーカーでは、販売予測は営業部 門が、生産計画は工場がそれぞれ別々に立て ている例が少なくない。
このように作った計 画は結果的に数値にズレが生じることが多く、 ギャップを埋めるためにロジスティクス部門 が在庫を抱えることになる。
部分最適を排除 すればいいだけの話だが、国境をまたいで生 産や販売活動を行っている多国籍企業にとっ ては、これがそう簡単な話ではない。
企業は従来、製販会議による数値のすり合 わせや、SCMシステムの導入などによって 全体最適を実現しようとしてきた。
「クラス A」を取得するためにアボットジャパンが行 った改善活動もその延長線上にある。
業務プ ロセスを見直し、需要予測を高度化すべくマ ニュジスティックス社のソフトも導入した。
具体的な作業としては、まず中長期の販売計画に基づいて年間計画を作る。
これを月次 の計画に落とし込み、経営環境の変化に応じ て毎月見直し、ロジスティクスや生産活動も これに連動させる。
大元になる一つの数値を 決める段階で、経営レベルの戦略や意思決定 を反映できる点がこのコンセプトのミソだ。
理詰めで進めたパートナー選び 業務プロセスの再構築を進める一方で、二 〇〇六年四月の大日本製薬との契約満了に 備えて、物流もゼロベースで見直した。
二〇 〇二年の夏に社内で物流プロジェクトを立ち 上げると、経営コンサルタントの力も借りな がら現状分析と将来の方向性を模索。
それか ら約一年間の検討を経て、3PLにアウトソ ーシングするのが最適という結論に達した。
アボットジャパンの酒匂歳弘ロジスティク ス・サプライマネージメント部長は、「日本 の医薬品流通はどんどん変化している。
コス ト、ワーキング・キャピタル(運転資金)、キ ャッシュフローのすべてを考えたとき、自社 で物流を手掛けるのはリスクが大きい。
将来 のフレキシビリティを確保するためにも、ア ウトソーシングが最適と判断した」と語る。
この方針決定を受けて、3PLパートナー を選ぶ作業がスタートした。
まず著名な物流 業者五〇社をリストアップして、これを社内 で十一社まで絞り込んだ。
この十一社に実際 に声を掛けて、アボットの考え方などを説明。
二〇〇三年十一月に、守秘義務契約を交わ したうえで英文のRFP(Request For Proposal =提案依頼書)を出した。
このとき には過去一年間の出荷データ、配送先の情報、 中期的な事業予測データなども開示した。
RFPを出して以降、物流コンペの責任者 である酒匂部長は、候補企業十一社との接触 を絶った。
入札企業のなかには、他社より多 くの情報を得ようと、「すぐ近くまで来てい るから会って欲しい」と迫ってきた企業もあ った。
しかし、すべて断った。
候補企業から 寄せられる質問についても、質問内容と回答 を全十一社に公平に公開して、各社をまった く同じ条件下に置いた。
こうした対応は米国 流の競争入札では当然なのだという。
その約二カ月後に十一社の提案書を受け取 ると、アボットの社内で内容を検討した。
作 業品質やコストなどで候補企業を六社に絞り 込み、この六社にプレゼンテーションを依頼。
ようやく、互いのやり取りを通じて相手の能 力を精査する段階へと移行した。
ところがプレゼン実施の直前になって、六 社のうち三社が突然、辞退してきた。
理由は まったく不明で、酒匂部長としては釈然とし ないものがあったが、「こういう業界なのか な」と納得せざるを得なかったという。
残った三社のプレゼンは、アボット側から 参加した二十数人が評価した。
参加者の内訳 は、社長をはじめとする経営陣すべて、酒匂 部長ほかロジスティクス部門の担当者、各地 NOVEMBER 2005 36 ロジスティクス・サプライマネー ジメントの酒匂歳弘部長 37 NOVEMBER 2005 の営業責任者や、マーケティング担当者、生 産部門、特約店担当者などだ。
あらかじめ参 加者全員にロジスティクス部門が作ったスコ アカード(採点表)を渡し、これに沿って各 社のプレゼン内容を評価していった。
このスコアカードは、全一六項目とその一 部を細分化した内容で構成されていた。
作業 品質やカスタマーサービスに関するチェック 項目があり、サービスレベルについてはさら に細かく、リードタイム、着荷時間の正確性、 協力トラック業者の管理状況などに分かれて いた。
すべてはロジスティクス部門のメンバ ーが、議論を重ねて選りすぐったものだ。
定性的な項目についてはイエスかノーの二 択で、定量的な項目は五段階で評価した。
当然、アボット側の参加者の中には、ロジステ ィクスに関してほとんど知識のない人材も含 まれている。
こうした人たちが判断できない 項目については、空欄のままにしてもらって 評価の信憑性が損なわれないようにした。
プレゼンの次は、三社の物流現場の視察を 行った。
各社の拠点を一、二カ所ずつ訪問し て作業品質や現場の状況をチェックした。
こ の際の参加者はロジスティクス部門の担当者 五人だけだったが、先のプレゼンと同様、評 価結果はスコアカードによって数値化した。
こうしてコンペの一連のプロセスが終了し た。
あとはRFPに対する提案書の評価、プ レゼンを評価したスコアカードの集計、現場 視察のスコアカードの集計――の三つを総合 して、最終的なパートナー候補を一社に絞り 込むだけだ。
それが三菱倉庫だった(本誌四 八ページ「物流企業の値段」参照)。
三菱倉庫の評価は三社のなかでもダントツ で高かった。
スコアカードのうち一割程度の 項目こそ二、三番手だったが、かなりの項目 で首位を獲得していた。
それでも最終判断を 下すときには、コンペに関係した人すべてに 結果を開示して改めて意見を求めた。
「非常 に妥当という意見がほとんどだった。
ほぼ全 員一致で三菱倉庫をパートナーに選ぶことが できた」と酒匂部長は振り返る。
二〇〇四年五月に三菱倉庫を選んだのだが、 実際に契約書に調印するまでに、さらに約一 年を費やした。
三〇ページを超える契約書の 各項目を一つひとつ詰めていくためには、こ れだけの時間が必要だった。
結局、書面で正 式に契約したのは今年五月。
最初にRFPを 出してから約一年半が経過していた。
外部委託をテコにチャネル拡大 このほど三菱倉庫は大阪の此花区に五階建 ての物件を新設した。
十一月には入居できる 予定で、この施設の約半分をアボットジャパ ンの西日本DCとして利用する。
東日本DC には埼玉県八潮市にある既存物件のワンフロ アを使う。
今後は、まず十二月に旧北陸製薬 の販売チャネルを新ルートに移管し、さらに 来年四月までに大日本製薬の販売チャネルで扱ってきた製品もすべて統合する。
販売チャネルと物流拠点の統合により「新 体制の稼動から一年以内に在庫を一〇%削減 できると思う。
さらに中期目標として計二 〇%は減らしたい」と酒匂部長は意気込む。
近年の取り組みで、すでに在庫水準を半分以 下にしている同社にとって簡単な目標ではな い。
それでも「クラスA」で高度化したプロ セスが機能すれば達成は可能とみている。
来年の四月以降、アボットジャパンは自ら 販売チャネルをコントロールしはじめる。
統 合で物量が増えることもあって、これを機に 医薬品卸とのパイプを太くすることも狙って いる。
日本市場における同社の存在感が、一 気に高まる可能性が出てきた。
( 岡山宏之)

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