*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。
DECEMBER 2009 4
公労は重要メンバーであり、連合とし
ても政府の行政改革にイエスとは言え
なくなった」
「つまり現在の連合が誕生して以降
は、政府と距離をとり、抵抗勢力と
して行政改革に反対のスタンスをとっ
ていくことになった。 昔のようにイ
デオロギーで闘うわけではないけれど、
メンバーの利益を守り、組織を維持し
ていくために政府と対決せざるを得
なくなった。 表立って対決はしなくて
も、以前ほど発言しなくなりました」
「また同じ民間労組でも、サービス
産業は当初から規制緩和に反対でし
た。 輸出志向の産業がフリーハンド
を欲しがった。 そのため今回の人材
派遣法の問題でも、連合の方針とし
ては規制強化なのだけれども、電機
連合などは慎重です。 本音では規制
反対なのでしょう。 それをやれば自
分たちの競争力が落ちることは分かっ
ているわけですから」
──労働組合が経済成長によるパイ
の拡大を志向して、さらに公的セク
ターより民間労組が優位にある時に、
経済パフォーマンスは向上すると、労
働政治の教科書には書かれてます。
それとは逆の方向ですね。
「規制緩和を揺り戻した結果、生産
性が大きく下がる可能性はあります。
その時にどうするのか。 本来であれ
「少数の優位」はなぜ起こる
──「連合(日本労働組合総連合会)」
を支持母体とした民主党政権の誕生
で日本の「労働政治(労働者の利益
が政治の世界で実現されるプロセス)」
は大きく変わりますか。
「今回の民主党政権の成立について
私は、一九九〇年頃に始まった現在
の日本の労働政治の方向性が、これ
で完成したという印象を持っていま
す。 自民党は九〇年代に新自由主義
へのシフトを強めていったことで、労
働組合とも妥協しなくなり、政府と
労働組合との対立が明確になった」
「それに対して連合は、今の民主党
に協力して政権交代の実現に動いた。
簡単に言えば、それが労働政治の九
〇年代の動きだったと理解しています。
しかし、九〇年代には政権交代は成
功しなかった。 いったんは非自民の細
川政権が成立したけれど結局一年も
保たなかった。 それが二〇〇九年に
なって初めて成就した」
──政権交代をきっかけに労働組合
が再び求心力を持ち、組織率が上昇
に転じる可能性は?
「公的セクターはあり得るでしょう
ね。 例えば日教組。 今や与党ですか
ら、現場としても変わってくる。 主
張を通しやすくなるし、民主党政権
が今後少なくとも四年は続く、それ以
上続くかも知れないとなれば、個々
の教員たちにも組合に入っておいたほ
うが得だという判断が働き、組織率
が上昇するということが起こるかも知
れません。 少なくとも公的セクターに
関しては、政権を取ったことが直接
的な効果を生む」
──その結果は“大きな政府”です。
「そうなるでしょう。 一方で民主党
は『脱官僚』を掲げていますから行
政改革はやらざるを得ない。 しかし
足元には官公労(官公庁の労働組合)
という支持母体がいる。 一体どうす
るつもりなのか。 私も興味を持って
見ています」
──連合はもともと労使協調で、自
民党政府とも対立する関係にはなか
ったはずです。
「連合の前身となった八〇年代の
『民間連合(全日本民間労働組合協議
会・連合会)』の時代には、輸出産業
の大企業が組織の中心で、政府とも
それほど対立しなかった。 しかし、八
九年に連合が誕生した時に、そこに
官公労が合流した。 民間の労働組合
が強くなって、官公労を吸収合併し
たという流れではあったものの、いっ
たん内部に入ってしまえば大組織の官
久米郁男 早稲田大学 政治経済学部 教授
「連合の政治運動は一つの完成を迎えた」
民主党政権の誕生で連合の政治目標は成就した。 今後は規制
緩和の見直しと労働規制の強化が進む。 連合傘下の官公労の発
言力も強まり、“大きな政府”への揺り戻しが始まる。 その一方
で、新政権は脱官僚と行政改革を進めなければならないという
大きな矛盾を抱えている。 (聞き手・大矢昌浩)
5 DECEMBER 2009
ばそれを自民党が考えるべきなので
しょう。 しかし、現在はまだ政権を
失ったショックから立ち直っていない
ように見えます」
──労働組合の組織率は低下してい
るにもかかわらず、政治的には成功
したことを、どう理解すれば良いの
でしょうか。
「民主主義は一般に多数意見が有利
だと考えられていますが、実際には
そうではありません。 『少数の優位』
と呼ばれる現象が起きる。 例えば自
動車の車検制度を考えてみても、マ
イカーを持っている人なら少しでも安
くして欲しいと思う。 しかし、その
ために運動したり、政治家に働きか
けたりするのは面倒なのでしない」
「一方で車検制度の仕事に係わって
いる人たちは、生活がかかっている
ために必死になって運動する。 しか
も、彼らは同じ業界の仲間内なので
運動をサボっている人がいれば、簡単
に見つけることができる。 サボった人
はそれがバレると、後から仕返しされ
る恐れがある。 そのため動員力があ
る。 今度の選挙もそうです。 民主党
としては、運動してくれる人が欲し
い。 その点で労働組合、官公労とい
うのは頼りになる」
「また組織率の低下も、個人的には
むしろ、よく今のレベルにとどまって
多くなる。 外国人労働者の受け入れ
は非正規労働者の利益とぶつかるは
ずなのに、消費者としての意識のほ
うが強く働く」
「つまり同じ人でも消費者として考
えるのと労働者として考えるのとで
は全く違う意見になる。 そこで次の調
査テーマとして、既存のメディアや政
党は、消費者を刺激するメッセージを
出しているのか、それとも生産者を
刺激するメッセージを出しているのか、
政党によってメッセージはどう違うの
かということを調べています」
──新しいタイプの政治的企業家は、
恐らく消費者を刺激する傾向が強く
なるのでしょうね。
「そうだと思います。 従来の消費者
団体は、商品やサービスの安全性を
重視して、価格という側面にはあま
りタッチしてこなかった。 それが変わ
ってくるかも知れません」
いるなあという印象を持っています。
世界的に見ても日本の組合組織率だ
けが特別に低いわけではありません。
米国と同じぐらい。 フランスよりは少
し高いレベルです。 よく北欧は組織率
が高いと言われますが、これは北欧
では従来労働組合が雇用保険を運営
していたからであって、そうした体制
を採っている国はどこも組織率が高い。
北欧では誰もが喜んで労働組合に入
っているというわけではありません」
「労働組合という組織は自然発生的
にできるものではないというのが、政
治学の常識です。 組合費など払いた
くない。 やめられるのものならやめ
たいというのが、今の組合員の本音
でしょう。 それは極めて合理的な考
えであって、自分は何もしなくても、
誰かが勝手に運動して自分の賃金も
上がってくれたら、それが一番いい」
「従って組合が成立するには、組合
員独自の利益であったり、あるいは
クローズド・ショップ制にして、その
会社に入ったら自動的に組合員にな
るといった、何らかのしかけが必要
です。 それが機能した時には組織率
は上がるけれど、自然に上がること
はない」
政治的企業家の登場
──既存の労働組合の埒外に置かれ
た非正規社員が今や労働者の三分の
一にも上っています。 彼らの労働政
治はどのようなかたちを取り得るの
でしょうか。
「派遣労働者の声を組織化していこ
うとする?政治的企業家?と呼ばれ
る人たちが、日本にもボツボツと出て
きています。 そのやり方を見ている
と労働組合というより市民運動的な
色合いが強い。 人を動員してデモを
するというのではなく、寄付を募っ
て情報発信していく。 組織に入る敷
居をぐっと低くして、非正規社員以
外の人からも寄付を募る。 米国のラ
ルフ・ネーダー(社会運動家)のよ
うな人が日本にも出てくる可能性が
あります」
──労働者は、一方で消費者でもあ
ります。 労働者保護を強めるあま
り、消費者の利益が損なわれれば結
局、暮らし向きは良くならない。
「確かにそうです。 ちょうど私は今、
自由貿易に対する人々の反応をインタ
ーネットを使って調査しているのです
が、事前に消費者として回答者を刺
激して質問した場合と、生産者とし
て刺激した場合とでは、回答結果が
全く違うんです。 非正規労働者に対
して消費者として刺激した後で、外
国人労働者の受け入れの可否を尋ね
ると、受け入れるべきだという人が
くめ・いくお 1957年、滋賀
県大津市生まれ。 87年、米コー
ネル大学大学院博士課程修了。
コーネル大学 Ph.D. (政治学)。
神戸大学法学部助教授、同教授
を経て、2004年、早稲田大学
政治経済学部教授。 現在に至る。
「日本型労使関係の成功:戦後
和解の政治経済学」(有斐閣)、「労
働政治」(中公新書)などの著
書がある。
|