ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年11号
ケース
東京牛乳運輸――定温物流

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

NOVEMBER 2005 38 海上での運行管理実現への課題 牛乳を船で運ぶことなど過去にはありえな い話だった。
ロングライフ牛乳のように特殊 な製品を除けば、牛乳の品質保持期限は通常、 製造後七日間。
これだけ短い期間で消費する ためには輸送リードタイムを極力短くする必 要がある。
このため従来は、消費地の近くに 工場を配置して、地域内で需給が完結する形 態が最も望ましいとされてきた。
この常識を覆したのが、ヒット商品にもな った明治乳業の「おいしい牛乳」だ。
独自の 製法によって品質保持期限を製造後二〇日間 まで延ばすことに成功。
これにより、原料の 豊富な北海道の工場で生産して首都圏や近畿圏の大消費地へフェリーで供給するという、 かつてない試みに挑戦することが可能になっ た。
新製品の登場が、牛乳の物流に一つの革 新をもたらしたといっていい。
ただし、この物流革新は、同時に大きなリ スクを抱え込むことを意味していた。
言うま でもなく牛乳は、品質保持のために輸送中も 厳密な温度管理を必要とする商品だ。
輸送が 広域化すれば、それだけ管理対象となる距離 と時間も延びる。
さらに船を使うとなると、 輸送中の温度管理を行ううえで海上輸送に特 有のいくつかの問題が避けられなかった。
北海道の工場から首都圏や近畿圏の消費地 へ、フェリーを利用してトレーラーで一貫輸 送する場合、太平洋、日本海のいずれの航路 乳製品の輸送を海陸で一貫管理 無人運行中の温度変化も監視 明治乳業の物流子会社・東京牛乳運輸 は、食品の安全性に直結する輸送品質の 向上を図るためトレーラーの運行管理を 強化した。
無人運行となる海上輸送中に も、ほぼリアルタイムで温度変化を監視 できるシステムを導入。
これによって、 冷凍機の故障などが大きな製品事故につ ながるのを未然に防ごうとしている。
東京牛乳運輸 ――定温物流 39 NOVEMBER 2005 を利用しても、海上輸送に二〇時間以上かか る。
これに発側と着側での陸送時間も合わせ ると、工場から消費地の拠点に着くまでのト ータル・リードタイムは三日間に及ぶ。
しか も、その間に、海上輸送をはさんでトレーラ ーを牽引するトラクターとともにドライバー が入れ替わり、着地側では発地とは別の運送 会社が輸送を引き継ぐケースが多い。
運行管 理はどうしても複雑になる。
そのうえ海上輸送中や、フェリーへの乗船 前後にトレーラーを埠頭に留置する間は、ト レーラーは無人状態となる。
コンテナ内の温 度変化をドライバーが監視できない時間帯が、 長時間にわたって続くことになる。
温度変化は、ドアの閉め忘れなど人為的な ミスによっても起こるが、比較的多いのは冷 凍機のトラブルが原因となるケースだ。
船の 利用はこの点でも不安要因を抱え込むことに なる。
通常、トレーラーで陸送する場合は、 エンジンを冷凍機の動力源に使う。
だが、船 内では動力源をモーターに切り替えねばなら ず、こうした作業は冷凍機のトラブル発生の 原因になりやすい。
ドライバーによる常時監 視ができない環境となるのに加えて、温度変 化を引き起こす要因も増大してしまうのだ。
温度異常なら製品は廃棄 明治乳業は、東日本地区の工場の製品輸 送を含めた物流業務を子会社の東京牛乳運輸 に委託している。
北海道から本州への輸送を 担当するのも同社だ。
東京牛乳運輸では、海上ルートを経由する広域輸送を実施するにあ たり、トレーラーの全運行工程について温度 管理を行い、輸送品質を確保するための動態 管理システムを導入することにした。
海上ルートで本州に運ぶ製品は牛乳だけで はない。
バターやチーズ、生クリームといっ た乳製品も含まれる。
生クリームなどは、基 準となる温度に対してプラス・マイナス二度 と管理幅の設定が極めて狭く、温度管理の難 易度が最も高い。
海上での輸送中、冷凍機の トラブルなどによるコンテナ内の温度異常に 気づかず、対応が遅れれば、製品は損傷を受 けて廃棄せざるを得なくなり、大きな経済的 損失へとつながる。
こうしたことから、無人運行となる船内で も温度を監視できる何らかの手段を講じる必 要があった。
また、広域化によって一運行当 たりの輸送日数が長くなることからも、それ にふさわしい管理体制を整えなければならな いと考えた。
動態管理を機械的に行うためには車両の位 置情報などを収集する車載システムがいる。
だ が同社が検討をスタートした二〇〇二年当時、 無人運行トレーラー用の車載システムはまだ 実用化されていなかった。
そこで三菱自動車 エンジニアリング(現ふそうエンジニアリン グ)製の車載機に改良を加えたものを同年五 月に導入、初めて実用化に踏み切った。
これは、GPS(全地球測位システム)に よって車両の位置を把握し、センサーが収集 するコンテナ内の温度やドアの開閉情報とと もに、パケット通信網を経由して一〇分間隔 でサーバーにデータを送るシステムだ。
海上 輸送中は無人運行となるため、一般の車載シ ステムのように本体をトラクターの助手席に は置かず、トレーラーの車両下部に装着する。
それでも、寒冷地で零下になる外気温や車両 の振動に耐えられる点が、従来のシステムに はないユニークなところといえる。
ただし車載システムだけでは運行全体を管 理することはできず、また機能を追加するの はコスト面などから難しかったため、東京牛 乳運輸では、車載システムから情報を吸い上 げて動態管理を行う上位システムを自社仕様で開発した。
社内通信網やインターネットを 経由して、同社や協力会社の営業所で端末の 画面から車両の運行状況や温度変化を管理で きるシステムだ。
これを「T ―TOCS(東 乳トレーラ運行管理システム)」と名づけて、 二〇〇三年四月から運用し始めた。
「T ―TOCS」には、協力会社への配車依 頼や、ドライバーの手配、フェリー予約の確 認など、運行予定を作成する機能もついてい る。
運行管理者は、画面上でこの運行予定と 対比しながら実際の運行を管理する。
下船してから別の運送会社に輸送を引き継 ぐ際には、連絡ミスからトレーラーの引き取 りが遅れるなどのトラブルが発生しやすい。
事前に「T ―TOCS」に登録を行い、協力 物流会社と画面で情報を共有できるようにし ておくことで、こうしたミスを回避する。
三日間の運行状況がひと目で 「T―TOCS」のオーバービュー画面を開 くと、三日間にわたる車両の運行状況がひと 目でわかるようになっている。
工場での「積 み込み」から港への「走行」、港での「留め 置き」、「フェリー」への乗船、着地での「留 め置き」、「走行」、「荷降ろし」、「完了」まで の各動態ポジションを横軸にとった画面で、 一台一台の車両が、現在その車両のあるポジ ションに表示される。
温度センサーがとらえたコンテナ内の温度 も、車両ごとに一〇分間隔で把握できる。
管 理温度帯は製品によって異なるため、「T ―T OCS」にはあらかじめ製品ごとの管理温度 の幅を設定しておく。
設定値を超えてコンテ ナ内の温度が上昇するとアラームで警告を発 する仕組みだ。
ただし、単に設定値を超えた というだけでむやみにアラームが鳴るわけで はない。
温度が変化する原因はいくつかある。
例え ば、積み降ろしの際に車両のドアを開ければ 当然、温度は急上昇する。
またバターのよう な製品を運ぶときには、一定の間隔で自動的 に冷凍機の霜取りを行う設定にしてあり、そ の際にも温度が一気に上昇する。
こうしたケ ースでは通常、温度が上がってもすぐに下が るため、製品の品質には影響は出ない。
このため「T―TOCS」では、温度がどんな上がり方を しているのか、上昇してから どれだけ時間が経過したかな どの状況によって、警告のレ ベルを判断できる仕組みにな っている。
その判断基準は製 品によっても異なるが、いず れも設定温度を超えると、ま ず該当する車両の表示が赤く 変わる。
さらにこの状態が一 定時間以上にわたって続くと、 初めてフラッシングや警告音 で管理者に注意を促すように なっている。
必要なときにだ け危険を知らせるようにした ところが運用上のミソだ。
また別の画面では、コンテ ナ内の温度変化とドアの開閉状況とが並行し てグラフに示され、時間軸で照合しながら見 られるようになっている。
管理者はこの画面 から、温度の上昇がドアの開閉によるものか どうかを確認することができる。
こうして、二〇〇三年春から動態管理シス テムが稼働したが、当初はまだ完全と言える 状態ではなかった。
肝心の海上輸送中のデー タを、陸のようにほぼリアルタイムで見るこ とができなかったからだ。
船内ではパケット通信が使えず、通信が途 切れてしまう。
このため、海上輸送中に車載 システムが収集したデータは、下船してから 一括してサーバーへ送る方法をとらざるを得 なかった。
これでは海上でトラブルが発生して も、ただちに発見することができない。
そこで同社は二〇〇四年に、海上輸送中も 陸上と同様にトレーラーの運行を管理できる 「海陸一体ネットワークシステム」を、ドコ モ・センツウ、商船三井フェリー、ふそうエ ンジニアリングと共同で新たに開発した。
船内に通信装置と無線LAN フェリーの船内に衛星パケット通信装置 NOVEMBER 2005 40 41 NOVEMBER 2005 (NTTドコモの「ワイドスター」)を設置し て、トレーラーを積み込むデッキ内で無線L ANを構築し、トレーラーの車載システムが 収集する情報をこれらの船内システムを経由 して「T ―TOCS」のサーバーへ送るとい うものだ。
陸上のパケット通信から海上の衛 星パケット通信へ切り替えることで、海陸で の一貫した運行管理が可能になった。
また、これと並行して東京牛乳運輸は、ド コモ・センツウと共同で新たな車載システム の開発にも取り組んだ。
二〇〇二年に導入し たシステムはこの分野で初めて実用化したも のだったため、温度測定の精度などに問題が あった。
これを改善するとともに、保全性を高める工夫を施した。
従来の車載機は、簡単 に取り外しができないため、輸送中に故障し てもトレーラーが戻るまで修理ができなかっ た。
往復で一週間近くかかる長距離運行では、 これは致命的だ。
そこでユニット交換できる タイプを開発し、途中で故障したときは取り 外してすぐに修理に回せるようにした。
東京牛乳運輸では、海陸一体ネットワーク システムとともに新車載システムの稼動を昨 年七月から本格的に開始した。
これまでに運 行管理用の車載装置を新旧合わせて一二五台 のトレーラーに装着。
協力会社八社が「T ―T OCS」を導入している。
十一月中に装着車 両台数を一五〇台まで増やす計画だ。
また海上輸送中の通信手段である「海陸一 体ネットワークシステム」も、商船三井フェ リーの苫小牧〜大洗航路で二隻、貨物フェリ ーの苫小牧〜有明航路で二隻、新日本海フェ リーの小樽〜舞鶴、苫小牧〜敦賀航路で各二 隻、合わせて八隻に導入された。
北海道〜本州間では常時、一〇〇台近い トレーラーが運行されている。
このうち「T ―TOCS」で運行管理を実施している車両 は八五%程度に上り、海陸一貫で管理できる 車両も六割に近いという。
冷凍機のトラブルは、スイッチを入れ直す といったような船内での処置で復旧するケー スが多いため、システム稼動後は、モニタリ ングによって異常を早期に発見し、船内での 応急処置によって事故を回避できたことがこ れまでに何度かあった。
これにより、製品事 故の件数はかなり減ってきたという。
ただし、冷凍機が故障してしまった場合に は下船するまで手の施しようがない。
そこで 同社では、メーカーに働きかけて冷凍機その ものの信頼性を高める研究も進めてきた。
こ の結果、長い輸送期間中にも故障の少ない海 上コンテナ用冷凍機に着目。
陸上輸送用にそ のまま使うにはいくつか問題もあるため、メ ーカーと改良に取り組み、昨年の夏から一部 の車両に導入を開始している。
「T ―TOCS」や「海陸一体システム」で 同社は、管理実態に合った開発を重視する一 方で、仕様に汎用性を持たせることを心がけてきた。
「海陸一体システム」が短期間で複 数の船社に導入されたのはこのためだ。
「温 度管理などの輸送品質を確保できる環境を整 備するには、一社ではなく、共同で取り組む 必要がある」と東京牛乳運輸の前多淳雄業務 部次長は言う。
今後、広域輸送で温度管理の 必要な企業などに、システムの利用を呼びか けていく考えだ。
食品の安全性を確保するためには、輸送中 の厳しい品質管理が欠かせない。
これを担う 物流会社の責任は当然重くなっている。
これ からは品質管理を強化するために、東京牛乳 運輸のように物流会社自身がイニシアチブを とって環境整備を進めていく必要があるだろ う。
( フリージャーナリスト・内田三知代) TTOCS-DASŽÔ—…‘•’u”z’u}

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