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湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
JANUARY 2010 68
「東京の物流センター長です」
センター長がお辞儀をし、「お名前はかね
がね‥‥」とか言いながら、名刺を差し出す。
名刺交換が終わると、大先生が会議テーブル
に座るよう促す。 座った途端、業務課長が話
し始めた。
「実は、うちの部長に、先生のとこ伺いま
すけど、部長はどうしますって聞いたら、び
っくりした顔をして、あんたらだけで行って
おいで、なーんて言われてしまいました」
それを聞いて、若手課員がびっくりした顔
で聞き返す。
「えっ、部長を誘ったんですか? 課長に
してはめずらしいですね。 どうしたんです?」
「どうしたって、やっぱコンサルの先生のと
こ伺うんだから、部長に無断でってわけには
いかんだろ?」
若手課員は頷きながらも、納得できない風
67「在庫を減らしても誰からも評価されないっ
ていうのがウチの実情さ。 評価されないこと
を誰がする?」
93 物流をゼロベースで見直したいという
メーカー経営陣の依頼を受けて、コン
サルティングに乗り出した大先生。 そ
れに最も強く反発したのが、現場を仕
切る業務課長だった。 ところが大先生
から直接話を聞いて、反対派から積極
推進派に、業務課長は立場を一転させ
てしまったようだ。
大先生 物流一筋三〇有余年。 体力弟子、美人弟子の二人
の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
メーカー常務 経営企画担当役員で社内の誰もが認める実
力者。 抜本的な物流改革が必要との判断から大先生にコン
サルを依頼した。
メーカー物流部長 営業畑出身で一カ月前に物流部に異動。
「物流はやらないのが一番」という大先生の考え方に共鳴。
メーカー物流業務課長 現場の叩き上げで物流部では一
番の古株。 畑違いの新任部長に対し、ことあるごとに反発。
コンサルの導入にも当初は強い拒否反応を示していたが‥‥
あの業務課長が新年の挨拶に訪れた
新年早々に大先生事務所に意外な来客が
あった。 意外と言っては失礼だが、大先生と
しては「まさか、この人たちが最初に訪ねて
くるとは‥‥」という思いを持ったことはた
しかである。
午前中に電話があり、「午後にでもご挨拶
に伺っていいか」という急な訪問だった。 約
束の時間に「失礼しまーす」という大きな声
とともに扉が開き、いまコンサルをしている
メーカーの業務課長が顔を覗かせた。
大先生が「いらっしゃい」と言いながら、
中に入るように手招きする。 業務課長がから
だを滑り込ませ、同行者にも入るよう促す。
大先生がよく知っている業務課の若手課員と
大先生の知らない年配の人が恐縮そうな風情
で入ってきた。 業務課長が年配の人を紹介する。
メーカー物流編 ♦ 第4回
69 JANUARY 2010
情で、思い切って聞く。
「それはそうですが、今日突然先生のとこ
ろに伺うって課長が言い出したこと自体驚き
だって部のみんなは思ってるんじゃないです
か? 正直なところ‥‥あっ、済みません、
変なこと言ってしまいました」
言ってしまってから、これはまずいこと言
ったかもしれないと気がついたように、若手
課員が顔を真っ赤にして、慌てて取り繕う。
それを見て、業務課長が納得いかないような
声で答える。
「みんながどう思ったか知らんけど、おれが、
新年の挨拶で先生にお会いするというんはそ
んなおかしいことか? それに東京センター
長にも会っていただきたいとも思ったし‥‥」
ちょっと落ち込んだ風情の業務課長を見
て、若手課員が元気付けようとでも思ったの
か、妙な説明をする。
「いえ、そういうことではなく、なんか、コ
ンサルについて課長の対応がちょっと初めの
頃と違うなとみんな思ってるんじゃないかと
‥‥」
「ん? 初めの頃? あっ、あの頃のこと
は忘れてくれ。 ちょっと誤解があっただけだ。
あれは部長の説明が悪かったんや」
二人のやり取りを楽しそうに見ていた大先
生が口を挟む。
「へー、部長はどんな説明をしたの? そ
のせいで、課長は、初めの頃コンサルタント
を敵視していたとか、そういうこと?」
「いえいえ、敵視だなんてとんでもないです。
いま言ったように、ちょっと誤解があっただ
けです」
「別に、そんなことどうでもいいけど、いま
は、誤解はないんでしょ?」
「はい。 状況はきちんと正しく理解してい
るつもりです」
業務課長の返事に大先生がにこっと笑い、
センター長を見る。
「そうですか、東京のセンター長ですか?
いつからですか?」
突然自分に振られて、センター長が戸惑い
の表情を見せ、一瞬間を置いてから答える。
「はい、センターには一〇年ほど前からい
ますが、センター長にさせていただいたのは
三年前です」
「なるほど、それで、業務課長は、三年前
は何を‥‥」
「はい、ご賢察です。 三年前まで東京のセ
ンター長をしていました。 当時の業務課長が
定年で辞められて、私があがりました」
「なるほど、実は、お二人にはいろいろ聞
きたいことがあるんですが、今日は、うちの
二人のスタッフがいないので、コンサルの一
環としてはまた改めてということで、今日は、
せっかくだから、ざっくばらんな話をしまし
ょうか?」
大先生の提案に業務課長が頷き、「はい、
お二人の先生方には改めてお話しします。 必
要なら何度でもします」と嬉しそうに言う。
こうして、とりとめのない雑談が始った。
物流部への関心が一気に高まった
「唐突ですけど、御社では、物流部は社内
でどんな扱われ方をしていますか? 妙な聞
き方ですが‥‥」
大先生の質問に業務課長が身を乗り出した。
話したいことがいろいろありそうだ。
「間違いなく言えることは、物流部長とい
うポストは、うちでは決して出世コースでは
ないってことです。 まあ、若い連中は物流で
いろいろ覚えることがあるだろうということで
順番に配属されたりしていますが、私くらい
の年代や部長クラスだと、ここが最後のご奉
公の場ってことじゃないでしょうか」
若手課員に配慮しながら、業務課長が解
説する。 センター長が同意するように頷いて
いる。 それを見て、業務課長が続ける。 興味
深いことを言い出した。
「ただ、このところ、ちょっと風向きが変
わってきました。 ちょっとというより明らか
に変わってきました」
業務課長のこの言葉に若手課員が反応した。
「そうですね、同期の連中から物流は何を
やろうとしているのかなんて聞かれたりしてい
ます。 彼らの周りでも物流部の動きが話題に
なっているようです」
「それは、部長や常務とのかかわりで?」
大先生の言葉に業務課長が大きく頷き、勢
い込んで話し出した。
JANUARY 2010 70
「そうです。 部長は、これまで社内外の評
価も高く、間違いなく出世コースに乗ってい
ると見られてました。 そういう人が物流部長
を命じられたわけですから、うちの会社にと
っては大事件です。 何か大きなミスをして懲
罰的な人事が行われたんじゃないかという興
味本位の見方もありましたが、これはすぐに
否定されました。 常務の肝いりの人事だとい
うことがすぐに知れ渡ったからです。 決して
出世コースから外れているわけではないとい
うことです」
「なるほど。 そうなると、これまでの部長と
は付き合い方が違ってきますね、みなさんは」
大先生の質問に業務課長が精一杯顔をし
かめて答える。
「それはもう大変です。 どう対応したらい
いかわかりません」
「そんなこと言って、課長は相変わらずじ
ゃないですか。 大変そうには見えませんけど。
まあ、たしかに部長は課長が何を言おうが泰
然自若の風ですから、その意味では大変かも
しれませんが‥‥」
若手課員がそう言って、楽しそうに笑って
いる。 業務課長が何か言い返そうとしたとき、
センター長が口を挟んだ。
「それに加えて、先生にコンサルをお願いし
たことが決め手になり、社内で一気に物流部
への関心が高まりました。 これだけ関心が高
まったってことで、常務の第一段階のねらい
は当たったってことなんでしょうね」
という風に目で合図する。 それを受けて、セ
ンター長が話し始める。
「はい、いろんな切り口があるでしょうけど、
間違いなく言えるのは、在庫責任という認識、
それ以前に在庫責任の意味するところがいい
加減だということです。 当社では、在庫に責
任を負うというのは、欠品を出さない責任と
いう意味で使われてます」
業務課長が「そうそう」というように頷き、
続ける。
「普通、在庫責任と言えば、もちろん欠品
を最少にするということもあるでしょうけど、
常識的には在庫量を最少に維持する責任を言
いますよね? その在庫削減、適正在庫維持
についての責任がうちにはないんですよ。 そっ
から何もかにもおかしくなってきてるんです」
憤懣やるかたないという業務課長を見なが
ら、若手課員も参戦する。
「私の同期に発注担当をやっているやつが
いるんですけど、話を聞くと、いやーすごい
仕事ですよ。 とにかく欠品はご法度。 営業か
らはいついかなるときでも在庫はきちんと準
備しておけ。 それがおまえらの責任だって言
われてるようです。 営業は自分に都合のいい
勝手な売り方しますけど、それに対応しろっ
て言うんですから、めちゃくちゃですよ。 そ
う思いません?」
今度は若手課員が憤懣やるかたない状態に
なってしまった。 業務課長が笑いながら顔の
前で手を振る。
「第一段階のねらいって何よ?」
業務課長の問い掛けにセンター長が即答す
る。
「決まってるじゃないですか。 物流部を中
心にして、何か新しいことやるぞっていうメ
ッセージを社内に発信するってことですよ」
若手課員が頷き、独り言のようにつぶやく。
「たしかに、私に聞いてくる連中も何をや
ろうとしているのかに興味があるようです」
「そうか、おまえやセンター長は周りからい
ろいろ聞かれてるんだ。 おれのとこには誰も
何も言ってこん。 人気ないな、おれは」
業務課長のわざとらしい物言いにセンター
長と若手課員が大笑いする。 自分でも照れ臭
くなったのか業務課長も一緒に笑っている。
「ふーん、なるほど、社内の関心は出来上
がってきているんですね。 それはいいな。 あ
とは、節目節目で適切な情報発信をしていけ
ばいいということだ」
大先生の言葉に業務課長とセンター長が
「そう思います」と口を揃えて頷いた。
憤懣やるかたない在庫談義
「ところで、お二人は筋金入りの在庫嫌い
だと理解していますが、社内的に在庫につい
てはどんな認識が一般的ですか? 抽象的な
質問だけど、思い当たることをざっくばらん
に言ってください」
大先生の質問に業務課長とセンター長が顔
を見合わせる。 業務課長が「あんたから話せ」
湯浅和夫の
71 JANUARY 2010
管理するシステムだって整備されてないんだ
ぞ。 それがうちの発注の実態」
「なるほど、よくある実態だ。 でも、とき
どき上から在庫を減らせなんていう号令がか
かるんじゃない? そのときはどうする?」
大先生の質問に、業務課長が大先生の予
期どおりの答をする。
「主力製品の生産調整で期末に一時的に在
庫を減らします。 そして、すぐに元に戻ります」
「営業は自分の都合のいいように在庫を使っ
ているようだけど、生産も似たり寄ったり?」
大先生の質問に以前工場にいたことがある
というセンター長が頷きながら答える。
「はい、在庫を生産効率のバッファに使っ
てます。 いまだに月次生産ですし、生産リー
ドタイムも長いです。 リードタイムが長いの
で、発注する側は余計多くの在庫を抱えます」
「そうか、在庫を管理するとなると、売り方、
作り方までメスを入れないといけないってこ
とですね? それは大変だ」
若手課員が率直な感想を口にする。 業務
課長が「他人事のような言い方するんじゃな
い」とたしなめる。 大先生が「たしかに大変だ」
と同意し、業務課長を見て続ける。
「でも、売り方、作り方はそう簡単には直
らないだろうから、最悪の場合、現状を前提
に在庫管理のためのルールを作り、楔を打ち
込むというところから始めることにしましょ
う。 まあ、これも大変なことだけど、避けて
通ることはできないので、御社の場合、どこ
をどうつつけば期待通りの成果を得られるか、
みんなで作戦を練ってやることにします。 そ
の作戦を実行する先兵隊長は業務課長が適
任ですかね?」
大先生の言葉に業務課長がなぜか嬉しそう
に「はい、お任せください」と大きな声を出
す。 何を思ったか、突然、若手課員が「隊長、
頑張りましょう」と声を掛け、敬礼している。
一人冷めたセンター長が呆れたような顔で二
人を見ている。 大先生が「これから、おもし
ろい展開になりそうだ」という顔で三人を見
ている。
「なんてことないさ。 過去データを見て最大
出荷に合わせて在庫を持てばいいんだよ。 何
たって、欠品出せば怒られるけど、在庫減ら
しても誰にも誉められないんだから、多めの
在庫を持つ方に動くさ。 おれだって、明日そ
こに配属されたら、そうする」
「えっ、課長は在庫嫌いだから、在庫を減
らす方向に動くんじゃないんですか?」
「だからいま言ったろ。 在庫減らしても誰
からも評価されないっていうのがうちの実情
さ。 評価されないことを誰がする? それ
に在庫を管理するデータだってろくにないし、
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課
程修了。 同年、日通総合研究所入社。 同社常務を経
て、2004 年4 月に独立。 湯浅コンサルティングを
設立し社長に就任。 著書に『現代物流システム論(共
著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物
流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる
本』(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コンサルテ
ィング http://yuasa-c.co.jp
PROFILE
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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