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奥村宏 経済評論家
JANUARY 2010 72
崩れる?政・官・財の三位一体構造?
鳩山内閣の成立で一九五五年以来の自民党一党支配が崩
れた。 この一九五五年体制は?政・官・財の三位一体構造?
といわれ、そこでは政治家と官僚、そして財界が一体となっ
て日本を支配しているとされてきた。
その構造がいま音をたてて崩れているのだが、まず問題に
なったのは政治家と官僚の関係である。
鳩山内閣はこれまでの官僚支配の構造を崩すために次つぎ
と手を打っており、官僚の天下りにメスを入れている。 日本
郵政の社長人事のように官僚が表に出るということも起こっ
ているが、これまでの政治家と官僚との関係が大きく変わろ
うとしていることは否定できない。
そこで次に問題になるのが政治家と財界との関係である。
これまで財界の中枢である日本経団連は巨額の政治資金を
自民党に寄付し、これによって大企業に都合の良いような政
策をやらせてきた。 鳩山内閣がその構造にメスを入れること
ができるのかどうか、国民はいま大きな関心を持ってそれを
見守っている。
これまで鳩山内閣が打ち出した政策として、温室効果ガス
の排出量を二五%削減するという方針と中小企業や住宅ロー
ンの返済猶予法案がある。 いずれも大企業(銀行を含む)に
とって都合の悪いものである。
このうち後者の中小企業等金融円滑化法案について初めは
全国銀行協会が強く反対していたが、やがて亀井金融担当大
臣はこれを入れて、金融機関の経営の安全性が悪化しないよ
う配慮するという内容に変えていった。
こうして財界の要望を取り入れていったのだが、果たして
今後もこのような路線で行くのか、それとも財界に対してあ
くまで抵抗していくのか、国民はその対応を注視しており、
鳩山内閣としてもそれを無視することはできない。 このよう
に鳩山内閣はいま難しい局面に立たされているのだ。
財界とは何か
財界とは何か? その定義はない。
財界という言葉は戦前から伝えられており、広い意味では
「経済人」、すなわち経済活動、あるいは事業に携わる人を指
す場合もあったが、現在ではそのような用法は使われていな
い。
財界、あるいは財界人という言葉の意味はもっと限定され
て、日本経団連や経済同友会、あるいは日本商工会議所な
どの経済団体で主要ポストを占めている大企業経営者を指す
場合が多い。
ただし、これら大企業経営者たちもそれぞれの会社の経営
に当たっている場合には財界人とはいわれないで、単に経営
者といわれる。
このように財界という言葉は戦前と戦後で変わっているし、
戦後でも必ずしも統一して使われているわけではない。 しか
し一般的には大企業の経営者が企業の外部、とりわけ政治家
や官僚に対応する場合に使われると考えてよい。
財界という言葉に当たる英語はない。 アメリカやイギリス
ではビジネス・サークルという言葉はあるが、それは単なる
経営者の集まりというような言葉でしかない。
またプレッシャー・グループという言葉もあるが、それは
政治に対する圧力団体という意味で、経営者に限られるもの
ではない。
このように財界は日本語に特殊な言葉で翻訳しにくい。 そ
れは財界そのものがあいまいな存在で、定義しにくいという
ことによるものである。
もちろんアメリカにも大企業経営者の集まりがあるし、政
治家や官僚に対して圧力をかけるということもある。
それどころかアメリカの政治や行政を動かしているのは大
企業経営者であるといわれるし、いわゆるロビイストがそれ
をつなぐ役割を果たしている。
“政・官・財の三位一体構造” といわれた“1955年体制” の下、財界は経
団連などを通じて自民党に巨額の政治献金をしてきた。 その自民党に代わっ
て与党となった民主党は財界とどのような関係を築こうとしているのか。
第92回 問われる民主党と財界の関係
73 JANUARY 2010
民主党はどう動く?
こうして民主党の財界に対する態度が問題になっているの
だが、同時にそれは財界のあり方そのものにも関係する。
戦後の財界のあり方は一九五五年体制以前と以後で大きく
変化した。 五五年体制以前は財界実力者といわれる人たちが
個人的に政治家と結びついて大きな力を発揮した。
一九五五年以後は大企業経営者が経団連や経済同友会な
どの財界団体を通じて、いわば組織的に政治家や官僚に働き
かけていった。 そのための武器が巨額の政治献金であったこ
とはいうまでもない。
このようなシステムが?一九五五年体制?であったが、鳩
山内閣になってそれがいま崩れている。
民主党は大企業の経営者たちとどのような関係を作ってい
くのか。
これまでに伝えられているところでは京セラの稲森和夫会
長などと民主党がつながっているといわれるが、そのように
これまでの大企業体制のアウトサイダーと結びついていくの
か、それともこれまでの主流であった経団連を中心とした大
企業経営者たちと、何らかの新しい関係を作っていくのか。
それ以前に日本の大企業の配置図そのものが変化していく
ことが考えられる。 例えばトヨタ自動車やキヤノンの経営者
が経団連会長になっていた体制は、輸出重点の機械工業が日
本経済の主流を占めていた体制だが、それがいま崩れ始めて
いる。
では、それらに代わってどのような企業がこれからの財界
主流になっていくのか。 おそらく民主党の内部でもそのこと
が大きな問題になっていくだろうが、その前提としてそもそ
も財界、というよりも大企業との関係そのものをどうするの
か、ということがいま民主党に問われている。
それは民主党にとっての課題であると同時に、日本の政治、
そして大企業体制の大問題でもある。
アメリカと日本の違い
ワシントンの町を歩いているとロビイストの事務所が多い
のに驚かされるが、近年それがますます大きくなっている。
アメリカの場合、大企業経営者はこのロビイストを使って
政府や議会に働きかけ、大企業にとって都合の良い政策を実
行させようとする。 それには政治献金が使われるが、アメリ
カでは日本と違って法人である会社が政治献金をすることは
禁止されている。
そこで大企業経営者、さらには従業員が政治献金をするた
めに、企業にそれぞれPAC(ポリティカル・アクション・
コミッティ)という委員会を作っている。
これはニクソン政権の頃からできたシステムであるが、そ
れは単なる個人献金ではなく、企業単位で、大企業が深くか
かわった政治献金である。
これに対し、日本では企業そのものが政治献金をしている
ことはいうまでもない。 それだけ日本では企業と政治家との
関係が直接的であるといえる。 それだけに政治献金に対する
国民への批判は強くなる。
これまでも大企業が直接政治家に献金するということはあ
ったが、それ以上に大企業が日本経団連を仲介して政治献金
をする額が大きかった。 経団連が各企業に政治献金の額を指
定し、それを集めて自民党に渡していたのである。
このようなシステムが確立したのがいわゆる?一九五五年
体制?であった。 しかし自民党の一党支配が崩れると、当然
のことながらこのような政治献金のシステムも崩れていくこ
とになる。
これまで経団連は民主党にも政治献金をしていたが、その
額は自民党にくらべると比較にならないほど少なかった。
果たして経団連は民主党に対する政治献金を増やすのか、
そして民主党はそれを受けとるのか受けとらないのか、それ
がこれから大きな問題になる。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にも希な「法人資本主義」であ
るという視点から独自の企業論、証券
市場論を展開。 日本の大企業の株式の
持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判
してきた。 近著に『徹底検証 日本の三
大銀行』(七つ森書館)。
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