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39 JANUARY 2010
二〇〇九年一〇月から十二月ま
で、東京各所で開催された舞台芸術
の国際イベント「フェスティバル/ト
ーキョー」で、物流をテーマとした
ドキュメンタリー演劇が上演された。
観客は大型トラックの荷台を客席に
改造した車両に乗り込み、品川から
横浜まで輸送されながらパフォーマ
ンスを体験する。 欧州で人気の演劇
集団、リミニ・プロトコルの作品だ。
リミニ・プロトコルはこれまで、マ
ルクス研究者や革命家、旧東独の住
人、スイスの鉄道模型マニアの老人
たちなど、プロの俳優ではない市井
の人々を主役に据えて、彼らの記憶
や肉声をユーモラスな演劇に仕立て
てきた。
今回は東京で物流の仕事に従事す
る人々に目を付けた。 運送会社で働
くドライバーをオーディションで選
び、彼らに観客を乗せたトラックの
運転手と舞台の進行役を兼務させた。
客席となる荷台は片面全面がガラ
ス張りの窓になっていて、窓に正対
するかたちで四十五人分の座席が設
置されている。 窓には自動昇降式の
大型スクリーンも装備されている。 こ
れが移動中に上下することで、観客
は外の様子と物流にまつわる様々な
映像を交互に目にすることになる。
運転席にはドライバー二人が乗り
込み、交代で運転に当たる。 ドライ
バーの声はインカムを通じて客席に
流れる。 運転席の様子も時折、客席
のスクリーンに映し出される。
「ここの信号、いつも赤なんだよ
なあ」──独り言のような運転席の
会話が客席の笑いを誘う。 ドライバ
ーの二人は運送会社での普段の仕事
や首都圏の物流事情、自分の家族や
生活のことなど、トラックを運転し
ながら思いつくまま口にする。
びっくりするような話やストーリー
があるわけではない。 それでも運行
状況を記録するタコメーターのごま
かし方や大型トラックの運転のコツな
ど、脱力系のマニアックなトークにつ
い聞き入ってしまう。 渋滞する湾岸
道路の見慣れた風景も、アコースティ
ックなBGMが流れる荷台から見る
と、ロードムービーの映画のようだ。
途中、京浜トラックターミナルと横
浜国際ターミナルを経由し、窓ガラ
スごしに作業服姿の現地の物流会社
の所長たちから説明を受けた。 フォ
ークリフト作業の実演もあった。 物
流ビジネスとは無縁の人たちにとっ
ては新鮮だろう。
いくつかサプライズも用意されて
いた。 美しいメロディながらヘンテコ
な歌詞の女性ボーカルが客席に流れ
て、不思議に思っていると、寒空の
駐車場でポツンと歌手が一人で歌っ
ていた。 国道沿いの人気のない駐車
場では、電飾やペイントで派手に飾
り付けた「デコトラ(デコレーション
トラック)」と、そのオーナーが観客
たちを乗せたトラックの到着を待っ
ていた。
一連のパフォーマンスには政治的
なメッセージも込められているよう
だが、その意図は筆者にはよく理解
できなかった。 それでも普段はロジ
スティクスの視点からしか見ていな
い物流現場の風景を、まったく違っ
た角度から眺めることができて、二
時間を超える上演にも飽きることは
なかった。 (大矢)
トラックの荷物になって運ばれてみた
リミニ・プロトコル「Cargo Tokyo-Yokohama」
トラックの荷台の内部。 スクリーンに移動中の運転席の様子が映し出
される
スクリーンが開くと外の景色が
一杯に広がる。 ただし、外から
も客席が丸見え
10 年落ちのボルボの大型車を改
造して、荷台に客席を設置した。
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