*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。
湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
FEBRUARY 2010 76
たのか、やや控えめに声を掛ける。 それに対
して例によって業務課長がすぐに反応した。
「そういう会議なら先生方も交えてやった
方がいいんじゃないの?」
「いや、ここに先生がおられたとしても、き
っといま自分が言ったことと同じことを言わ
れると思うよ」
部長の言葉に業務課長が素直に頷き、「わ
かった」という顔でつぶやく。
「そうか、指示待ちじゃだめだということだ。
なるほど、たしかにそれは言える。 まずは自
分たちで考えろってことだ‥‥それで、部長
は、先生のお考えは聞いてるわけ?」
業務課長がしぶとくねばる。
「聞いてるというか、先生からは最初にコ
ンサル企画書をもらっているので、そこに何
をどんな手順で、どうやればいいかが書いて
ある。 だから、知ってるといえば知っている。
67「もともと問題と思ってないことを
問題視させるにはどうするかが問題だ」
94 まずは何から手を付けようか。 社内
のプロジェクトメンバーだけでブレイン
ストーミングを行った。 ロジスティクス
を導入しますと宣言しても、恐らく他
部門には何のことやら理解してもらえな
い。 工場や営業をどうしたら上手く巻
き込めるだろう。 これまで話を聞いて
いるだけだった若いメンバーたちも、そ
れぞれ意見を口にし始めた。
大先生 物流一筋三〇有余年。 体力弟子、美人弟子の二人
の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
メーカー物流部長 営業畑出身で一カ月前に物流部に異動。
「物流はやらないのが一番」という大先生の考え方に共鳴。
メーカー業務課長 現場の叩き上げで物流部では一番の古
株。 畑違いの新任部長に対し、ことあるごとに反発。 コン
サルの導入にも当初は強い拒否反応を示していたが、大先
生の話を聞いて態度が一変。
年明け早々社内のメンバーが集まった
年が明けて早々に、大先生がコンサルをし
ているメーカーのロジスティクス導入プロジ
ェクトが動き出した。 プロジェクトのリーダ
ーである物流部長がメンバーを招集して、作
戦会議が開かれた。 業務課長、企画課長、
若手部員二名と経営企画室の主任というこれ
までのメンバーに、業務課長の推薦で東京の
物流センター長が加わった。
全員の顔を見ながら、物流部長がおもむろ
に切り出した。
「さて、ロジスティクス導入プロジェクトだ
けど、何から始めようか? みんなもいろい
ろ考えるところがあるだろうから、まず自由
に率直な意見交換をしたいと思うけど、どう
だろう?」
部長が、押し付けにならないように配慮し
メーカー物流編 ♦ 第5回
77 FEBRUARY 2010
でも、先生がおっしゃるには、自分たちでこ
うした方がいいという考えがみんなで合意で
きれば、その方向で進めるのがいいというこ
とだった。 そこで、まずは社内で検討してみ
ようというわけさ」
部長の言葉に業務課長が「わかった」と言
って椅子にもたれてしまう。 それを部長が引
き戻すように聞く。
「それで、なんだかんだ言ってるけど、業
務課長はどうなの? どう進めるのがいいと
思うのか、考えを聞かせて‥‥」
部長に問われ、業務課長が「彼とも話した
んだけどね」と言いながら、部下の若手課員
に「おまえが話すか?」と聞く。 若手課員が「い
え、課長から説明してください」と遠慮する。
業務課長が頷いて身を乗り出す。 みんなが
興味深そうに課長を見る。 その視線に戸惑っ
たように、業務課長が顔の前で手を振る仕草
をして、言い訳じみた発言をする。
「そんなじろじろ見るなよ。 別に大した考え
というわけではないんだから。 誰でも考える
当たり前なことだよ‥‥」
業務課長が言いよどんでいる隙に企画課の
女性課員が口を挟んだ。
「たとえば、ロジスティクスが動いてないた
めに、こんなに多くの問題が出てるんだぞー
ってことを知らしめる、とかですか?」
図星だったようで、業務課長が「う、うん」
と顔をしかめて頷く。 女性課員と同期入社の
業務課の若手課員が余計なことをという顔で
女性課員をにらむ。 その視線を受けて、女性
課員が言い訳をする。
「済みません、突然口を挟んでしまって。
実は、私も課長と話していて、そういうとこ
ろから入るのがいいのではないかという結論
になったものですから‥‥」
女性課員をフォローするかのように、上司
である企画課の課長が頷き、続ける。
「まあ、まさに誰でも考える当たり前なこ
とって言えば、そのとおりですが、その当た
り前なことから入るのがいいのではないかと
思いますが、どうでしょう?」
一発で社内の意識を変えられないか
振られた部長が頷き、企画課長に確認する。
「そうだな、ロジスティクス不在であるがゆ
えの問題を明らかにするところから入るのは
素直でいいと思うけど、あれかな、前の物流
部長が本に記した例のメモは、そのあたりの
ことを調べたものなんだろうな?」
「はい、そうですね。 ただ、物流部として
調べたものではないので、データの裏づけは
弱いですし、ちょっと問題点の指摘が部長個
人の関心事に偏りがあったりしていることは
否定できません。 ただ、あのメモの内容それ
自体は間違ってはいないと思います」
部長と企画課長のやりとりに業務課長が割
って入った。
「何なの、その前部長のメモってのは?
なんかおもしろそうだな。 おれにも見せてよ」
部長が業務課長の顔を見る。 見せようかど
うか迷ってる風情をわざと見せている。 にこ
っと笑って部長が答える。
「そのメモ入りの本は、もともと前部長か
ら常務に贈られたものなんだけど、いまは、
自分の手元にあるから、いいよ、見せてあげる。
ただ、あれだな、業務課長の悪口なんかも書
いてあったから、どうするかな‥‥」
部長が企画課長に問い掛ける振りをする。
企画課長が思わずにこっと笑ってしまう。 そ
れを見て、業務課長がわざとらしく顔をしか
めて、やり返す。
「また、そういう根も葉もないことを言って。
そういうこと言ってるから、部下が離れてい
くんだよ」
「へー、部下が離れていくなんて、おれの
隠したい過去をよく知ってるね。 誰に聞いた
の? でも、業務課長がおれから離れること
は決してないな。 もともと離れてるから、こ
れ以上離れようがない」
部長の言葉に全員が笑う。 部長の人徳か、
会議の雰囲気はいい感じだ。 ただ、寄り道が
多くてなかなか先に進まない。 笑いが収まる
のを待って、経営企画室の主任が「ちょっと
いいですか」と部長に確認する。 部長が頷く
のを見て、自分の意見を述べる。
「えーとですね、ちょっと私なりに気にな
るんですが、ロジスティクスが動いていない
からこんな問題が出てるんだぞって言っても、
社内の多くは、もともとそれらを問題と思っ
FEBRUARY 2010 78
てないわけですから、そのへんの対応が重要
だと思います。 つまり、もともと問題と思っ
てないことを問題視させるにはどうするかが
問題だってことではないでしょうか?」
主任の妙な言い回しに感心したように、全
員が大きく頷く。 気をよくして主任が元気に
続ける。
「そうなると、見せ方というか、『ロジステ
ィクスが動いていればこんなに素晴らしい世
界になるんだぞ、それに引き換えいまのうち
の姿はこんなだぞ』っていう感じにするのが
いいのかなと‥‥つまり、まず『かくあるべし』
という姿を描き出して、それと現状との比較
で問題を浮き彫りにするというアプローチが
いいんじゃないかと思うんです。 うまく言え
ないんですが、私の言いたいこと、わかりま
す?」
部長が頷いて、同意を示す。
「もちろん、いいとこ突いている。 言いたい
ことよくわかる。 そのとおりだと思う。 営業
なんか特にそうなんだけど、在庫を持つのが
当たり前だと根っから思ってるやつに『在庫
は悪だ。 だから減らせ』って言っても、『そ
れで欠品が出たらどうするんだ、在庫がなき
ゃ商売にならんじゃないか』なんて反論され
て、妙な議論に持ち込まれたら収拾がつかな
い。 なんか一発で、なるほど在庫を持つこと
はたしかに問題だって思わせるような可視化
が必要だってことだ。 そう思わない?」
部長の問い掛けに企画課長が頷く。
ですし、自分の責任じゃないというのが、何
というか、常識じゃないでしょうか」
「なるほど、そういう考えもあるな。 ところ
で、センター長はどう思う?」
部長が存在を思い出したようにセンター長
に聞く。
「はい、私もみなさんのご意見に賛成です。
私の経験では生産の方は巻き込むのにそんな
に苦労しないと思うんですが、営業さんを同
じ土俵に立たせるのは結構大変なような気が
します。 やっぱり売り上げを上げるために懸
命にやってるわけですから、その足を引っ張
るわけではないですけど、そう思われかねな
いですよね? 営業ご出身の部長は実感とし
てご存知でしょうけど‥‥」
「まあ、自分たちの売り上げにマイナスの
影響が出ると思ったら、結構な抵抗勢力に
なると思うけど、むしろ売上増を支援するん
だ、在庫とか物流の心配は一切しないでいい
ようになるんだということなら、意外とすん
なり受け入れる可能性がある。 そのへんは営
業の連中は現実的さ。 そこをつくんだな。 まあ、
そういうこともこれからの検討課題としてあ
るということにして、まずは、ロジスティク
ス不在の問題なるものをどう見せるかだ。 そ
のあたりについて次回までにそれぞれで考え
ておいてくれ」
部長の言葉に全員が頷く。 部長が立ち上が
ろうとした途端、業務課長が声を掛ける。
「それで部長、先生の企画書には最初に
「一発でと言われても、それがどういうもの
か、いまは思いつきませんけど、部長がおっ
しゃることはよくわかります。 ロジスティク
ス不在が原因で生まれている問題を誰もが問
題と認めるように示す必要があることは間違
いありません」
「そうだな、おれたちだけが問題だって言い
張っても何も始まらん。 当事者を同じ土俵に
立たせなければ、物流が何かやってるらしい
ぞで終わってしまう。 問題を生み出してる連
中に『なんだこりゃ、ひでえな。 うちは何で
こんなことやってるんだ』って思わず言わせ
るような問題提起をしたい。 彼らにロジステ
ィクスという眼鏡を掛けさせればいいんだろ
うけど‥‥」
企画課長の意見に業務課長も同意する。
前向きな話し合いになってきた。
ロジスティクスと言わないほうが‥‥
業務課長の話に触発されたのか、部下の若
手課員が恐る恐るという感じで手を上げる。
部長が「遠慮することない。 思うところを
どんどん言えばいい」と背中を押す。 若手課
員が頷き、ちょっと不安げに話す。
「あのー、私思うんですけど、ロジスティク
スを入れるぞとかロジスティクスをやるんだと
か、そのー、ロジスティクスという言葉は使
わない方がいいんじゃないかと‥‥ロジステ
ィクスと言ったって、社内では誰も知りませ
んから。 自分の知らないことには関心がない
湯浅和夫の
79 FEBRUARY 2010
ゃない?」
「へー、それまたご賢察だ。 業務課長は油
断がならないな。 その仮説・検証というか推
理というか、そのへんをフルに活用すること
が今回のプロジェクトでは重要な要素になる
かもしれんな。 その意味では、業務課長は貴
重な人材だ」
「貴重な人材かどうかはいいとして、その
仮説・検証や推理をベースに展開するという
考えにはおれも全面的に賛成だ。 いやー、な
んか非常におもしろくなってきた。 なんかわ
くわくするな。 なぁ?」
業務課長に同意を求められ、部下の若手
課員が戸惑った表情を見せながらも、同意を
示す。
「はい、たしかに、そう言われれば、生産
や営業の思考や予想される反応、あるいは価
値観などを仮説として設定するというのはお
もしろいですね。 是非やってみたいです」
「私も興味あります。 推理ってとこが気に
入りました。 何をどう推理するのかまだよく
わかりませんけど‥‥」
企画課の女性課員が明るい声を出す。
「いや、言い出したおれも、実はどんな仮
説が出てくるのか、何をどう推理するのか、
まったく考えていない。 まあ、思い思いに自
由に考えてみてくれ。 それを持ち寄って、ま
た打合せをやろう」
こうして、答が出たのか出ないのかわから
ないまま、会議は終了した。 それでも、メン
バー全員が同じ方向に向いており、仲間意識
が醸成されていることがわかり、部長にとっ
ては意味のある会議だった。 この結果を持っ
て、大先生のところに報告に行こうと思いな
がら、部長が会議室を後にした。
部長がいなくなった会議室では、なんと業
務課長がみんなを引っ張る形で再び議論が始
った。 みんな、やる気十分だ。 経営企画室
の主任も残っている。 業務課長の声が聞こえる。
「それで、このプロジェクトは推理小説の
ような形で展開させるのがいいと思うんだけ
ど、そのためには‥‥」 (続く)
何をやれって書いてあったんですか? 問題
の見える化から入れって書いてあったんでし
ょ?」
「ご賢察。 そのとおりに書いてあった。 よ
くわかったな?」
業務課長がやっぱりという顔で頷き、理由
を述べる。
「いやね、今日の会議で、あんまり簡単に
部長が方向性を決めたので、今日の議論は先
生の方向性と一致したんだなって思ったわけ。
もし違っていたら、先生のご意見に少しでも
近づくように、もう少し議論を続かせたんじ
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課
程修了。 同年、日通総合研究所入社。 同社常務を経
て、2004 年4 月に独立。 湯浅コンサルティングを
設立し社長に就任。 著書に『現代物流システム論(共
著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物
流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる
本』(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コンサルテ
ィング http://yuasa-c.co.jp
PROFILE
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
|