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NOVEMBER 2005 58
在庫の時価評価への流れ
企業活動のグローバル化、企業間取引のボ
ーダレス化の流れに対応し、我が国において
も財務会計の国際的な標準化が長期にわた
り検討されてきた。 その流れを受けて、二〇
〇五年四月一日以降の事業年度から、固定
資産を時価に連動して評価しようとする減損
会計が適用されることになった。 この強制適
用に先行して昨年度から多くの企業が早期
適用に動いている。
簿価と時価とのズレは、その企業の財務実
態を不透明にする。 これは株主や取引業者、
社員などのステークホルダーの利益阻害とい
う問題を引き起こすだけではない。 むしろ経
営者、管理者が経営の実態を把握できなくな
ることの方が大きな問題である。 一部企業に
よる早期適用も、保有固定資産の簿価をな
るべく早く実態に合わせたほうが良いという
判断から行われたものと想定される。
ロジスティクス担当者としては、同じく資
産の項にある在庫についても適正な簿価にし
たいところである。 不動在庫の価値は、作ら
れたとき、あるいは仕入れたときと比較して
明らかに下がっている。 ところが財務会計上
は、それを作ったとき、あるいは仕入れたと
きと同じ価格で資産として計上している。 そ
のため在庫を削減しようとすると、往々にし
て各所から反論が出る。 しかし、そのような
棚卸資産もまた、国際会計基準に沿うように、
時価評価を行う方向で検討が始まっている。
棚卸資産の時価評価は「低価法の適用」と
いう。 我が国の企業会計では、時価が取得原
価より著しく下落した場合は、回収する見込
みがあると認められる場合を除き、時価まで
減額しなければならないと定められている。
これを「強制低価法」という。
一方、時価と原価にそれほどの差がなくて
も時価に合わせた在庫の減損処理を行うこと
も認められている。 これを「任意低価法」と
いう。 だが、これまでは強制低価法が適用さ
れる場合を除き、原価のまま簿価に計上する
ことが推奨されてきた。 結果として日本企業
の会計では、ほとんどの場合、取得原価ベー
スでの棚卸資産評価が行われてきた。
これに対して国際会計基準は棚卸資産も時
価評価することとしている。 実際、諸外国で
は棚卸資産を時価で評価するところの方が多い。 日本もこの動きに合わせ、すべての棚卸
資産について、低価法を適用することになる。
低価法の強制適用である。 現時点では二〇〇
七年四月一日以降に開始される会計年度か
ら実施される予定だ。 このような動きに伴い、
在庫の時価についての意識が高まることは、
在庫削減への追い風となるであろう。
ロジスティシャンと
在庫の財務会計
一般にロジスティクスの教科書では、棚卸
資産の簿価をどのように計算するかという問
題を、ほとんど扱わない。 これは米国でも同
様である。 扱っても、さわりの基礎知識で終
在庫を時価で評価する
減損会計の強制適用の影響は、近く在庫にも及ぶ。 これまで大部分
の日本企業は在庫を取得原価のまま資産として計上してきた。 しかし
在庫の実際の価値は、時間と共に目減りする。 時価評価によって、そ
れが表面化する。 ロジスティクス改革に弾みをつけるチャンスだ。
第8回
梶田ひかる
アビームコンサルティング製造事業部
マネージャー
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わっている。 棚卸資産の扱いは各国の税法に
大きく依存する。 つまり税金の政策で頻繁に
変化するものであり、また会社として株主等
に財務状況をどう見せるかということと、ロ
ジスティクスのオペレーションをどういう方
向で進めるのかは別の問題だからである。
SCMを上手に管理している欧米企業で
は、財務部門が財務の仕事として在庫の価
値を適切に判断している。 そしてロジスティ
クス部門は関連部門が在庫量を適切にコント
ロールすることを誘導するように管理会計を
活用している。 前号で紹介した在庫金利も、
それにより算出された在庫保有コストを事業
部に配賦するなどして、在庫削減への意欲を
高めさせるテクニックの一つなのである。
これに対して日本では、財務会計と管理会
計の違いがこれまであまり明確にされてこな
かった。 多くの企業が、財務会計上の数字を
そのまま部門別に配賦するレベルにとどまっ
ている。 この場合でも、在庫を常に適切な時
価で評価替えを行っているのなら、少なくと
も在庫に関しては、問題はあまり生じない。
しかしながら、これまでの税法は評価減を発
生させることを推奨してこなかった。 これは
損金が発生することにより利益が減り、それ
によって税金が減るからである。
そのような税法の現状もあり、日本企業の
財務部門は一般に、在庫に関する関心があま
り高くない。 欧米で用いられているSCMの
ための管理会計テクニックも、あまり紹介さ
れていない。
我々が今、考えなければならないのは、ど
うやったらSCMに沿った形での管理が行え
るかである。 管理会計はそのための技法の一
つである。 現状の財務とロジスティクス部門の役割分担、管理会計制度などを前提とす
るなら、日本のロジスティシャンは在庫の時
価評価の考え方を知っておく必要がある。
時価評価の方法
財務会計上の在庫の時価計算方法は国に
よって異なる。 本誌の読者にはグローバル展
開している企業の方も多いため、ここでは国
際的にどのようなものが時価を換算するとき
の基準として使われているのかを紹介する。
時価を判断するときの目安は四つある( 図
1
参照)。 一つは、時価評価実施前のその在
庫の現在の簿価である。 その在庫を製造した、
あるいは仕入れた期であれば、その時点にお
ける製造原価あるいは売上原価がそれにあた
る。 ここであえて「期」という言い方をして
いるのは、評価替えは月次でも、四半期でも、
半期でも可能だからである。 ちなみに「低価
(Lower of Cost or Market value)」という
用語は、この「原価(Cost)」と「市場価格
(Market value)」とを比較し、安い方をと
ることに由来する。
市場価格の目安となるものは三つある。 一
つは市場での販売可能価格から、それを売る
ためにかかると想定される販売管理費と一般
管理費を引き、さらに想定利益を引いた金額である(
図2)。 ライフサイクルの極端に短
いもの、たとえば外衣やデジカメ、PCなど
は、この方法での計算に適している。 この販
売可能価格から逆算した計算を用いれば、値
引き販売によるロスも含めた形で評価損が試
算できる。
二つ目は再調達価格、つまりその在庫を現
時点で市場から調達した場合の想定価格で
ある。 これは汎用樹脂、汎用部品、半導体
等競合他社製品との違いのほとんどないもの
の場合に用いることができる。 三つ目は現時
点における製造原価である。 時間が経つにつ
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れ、多くの場合、原材料、部品等の価格は
下がるし、また製造にかかるコストも低減し
てくる。
原価と、この三つのタイプの市場価格を比
較し、最も安いものがその時点の在庫の時価
となる。 米国基準ではこの時価が翌期首以降
の在庫の簿価(原価)となる。 一方、国際基
準ではその時点で低価法を適用して簿価を直
し、翌期首に簿価を元の原価に戻す。 日本で
はどちらの方法も認められている。
ここで紹介した方法は、国によって一部認
められていないものもあるし、またここで紹
介しなかった別の方法が認められている場合
もある。 したがって財務会計上は、連結会社
であっても国によって算出方法が異なるということがあり得る。 しかし先に述べたように
管理会計は財務会計通りの値を用いなければ
ならないというわけではない。 それぞれの国
の税法に合わせて算出した在庫の評価損をそ
のまま部門別収支にのせて部門評価に用いる
か、あるいは財務会計と切り放して実質的な
評価損として算出した額を管理会計上で用い
るかは、個々の企業で自由に選択すればよい。
時価評価の活用
実際に企業で行われている在庫の時価評
価の方法は、これら基本の考え方をベースに
しながらも、かなりのバラエティがある。 も
ともと想定市場価格は明確なものではないた
め、製品毎の厳密な市場価格調査は不可能
である。 また税務署も製品すべての簿価をチ
ェックするわけではない。 評価減を行った理
由が監査人や税務署の納得できるものであり、
必要な証拠が揃っているなら、その範囲内で
の裁量の余地は残されている。
たとえばある情報機器関連メーカーでは、
減価償却の定率法とほぼ同様の割合で評価
減を行っている。 過剰在庫は中古市場と競
争するのだと考えれば、この方法も妥当性がある。 数年分もあるような過剰在庫について
は、現在価値法を用いている企業もある。 現
在価値法は将来的な収入や支出について、利
率を用いて現時点での金額に換算する方法で
ある。 期毎の想定市場価格と販売予想数量
に基づいた売上想定額と、想定市場価格か
ら逆算した在庫の価値を、現時点の価値に
置き換える(
図3)。
さらに積極的に管理会計と結び付けている
企業もある。 まず在庫数量、評価損等につい
て事業部別に予算を作成する。 在庫管理部
門は四半期毎に実態をチェックし、在庫の数
量計画に対して荷動きの遅いアイテムをピッ
クアップし、事業部に対しアイテム別に対応
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策を求める。 事業部長は販売量を増やすため
に予算計上した評価損を使って原価を下げる、
つまり売価を下げても良いし、それ以外の方
法をとっても良い。 ただし一定期間在庫が動
かないものについては、財務が強制的に評価
減を行うルールが設定されている。 このよう
な仕組みでは、過剰在庫が発生するとその分
だけ、事業部収支が悪化する。 在庫の適正
化をより強く意識するように事業部を誘導で
きるのである。
これらのケースのベースにあるのは「営業
の粗利評価」である。 原価が下がれば営業は
それに合わせて販売価格を下げられる。 営業
からは、簿価を下げることは売りやすくなる
と好意的に受け取られているようである。
日本企業の低価法導入状況
現在、日本の上場企業で任意低価法を適
用しているのは全体の約二割といわれている。
だが、各社の有価証券報告書を見る限り、部分的にでも導入している上場企業が二割ある
といったところが実状であろう(
図4)。
在庫の時価評価は、海外では強制化して
いる国が多い。 そのため日本企業でも米国の
株式市場に上場している場合には時価評価
を適用せざるをえない。 また、日本に展開し
ている外資企業、日本企業の海外子会社に
も、時価評価を適用しているケースは多い。
しかし、それ以外には、相場のあるような原
材料について時価評価を適用している例が散
見される程度である。 これらのことから推測
されるように、日本の製造業の国内事業にお
いては、任意低価法を適用している企業は数
えるほどしかない。
卸売業でもその状況は同じである。 相場制
のある商品について低価法を適用しているの
が中心であり、ライフサイクルの短い商品に
適用している例はまれである。 小売業ではそ
もそも在庫の簿価を販売予定価格から逆算
して求めることになっている(売価還元法)。
市場価格が低下しているものについては必然
的に低価法が適用されているのと同じことに
なる。 したがって小売業における低価法は、
それと再調達価格との比較ということになる。
そのような形での低価法を適用している企業
は極めて一部である。
製品や商品の過剰在庫、不動在庫がこれ
だけ問題になっていながら、簿価を実態に合
わせて下げている会社はほとんどないのが実
態なのである。 低価法が強制適用されると決
定した場合、それへの対応が必要になる企業
は多い。
在庫削減に向けた積極的な活用
低価法の強制適用は、最も簡単に対応す
るのなら、財務が期末在庫を評価してそれを
財務諸表に反映させるだけで事足りる。 だが、
製品別事業部制をとっている場合には、事業
部別に評価損を配賦するように仕組みを変え
る必要が生じる。 そのためには、少なくとも
予算の立て方、部門別配賦の方法、在庫評
価替えのタイミングとルールを取り決めてお
く必要がある。
さらに積極的に、在庫適正化を推進する
方向で管理会計制度を見直すということも考
えられる。 それぞれの部門の収支配賦を、よ
り責任範囲や評価に見合った形に変えるので
ある。
変化はチャンスである。 この低価法の強制
適用を機に、管理会計の枠組みを、より関連
部門の在庫削減へのモチベーションを高める
ように変更することを検討してみてはいかが
であろうか。 現時点では、平成一八年前半に
は会計基準案および同適用指針案が公表さ
れる予定となっている。
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