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湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
APRIL 2010 68
流センター長などが社内事情に精通している
先生役、二人の若手課員と経営企画室の主
任が実態をあまり知らない生徒役という役割
分担である。 中でも、これまで物流はもちろ
ん生産や営業の実務などまったく経験のない
立場で来た経営企画室の主任が必然的に一
番の聞き役になっていた。
「あのー、ちょっとよろしいですか?」
その主任が遠慮がちに物流部長に聞く。
「もちろんいいよ。 何でも聞いて。 あんたの
素朴な疑問が問題を顕在化させるのに役立っ
ているから遠慮しないでいい」
部長にそう言われて、主任がちょっと複雑
そうな顔をするが、気を取り直すように小さ
く頷いて質問する。
「先ほど、うちでは在庫責任という認識が
希薄だというお話がありましたが、責任の内
容が希薄なのか、責任の所在が希薄なのか、
67「当然、反発はある。 その反発とやりあう。
そのやり合いの中から本当に意味のある
ルールが浮かび上がってくる」
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在庫責任って何ですか?
大先生のコンサルを受けているメーカーの
会議室でロジスティクス導入プロジェクトの
会議が続いている。 業務課の若手課員が作っ
た在庫関連資料をもとに活発な議論が交わさ
れている。
正確に言うと、議論というよりも、資料で
問題として提起された滞留在庫について、そ
れらの在庫を生み出している生産や営業の連
中の思考や行動パターンの分析に話が展開し
ていると言った方がよい。 プロジェクトメン
バー自身の社内におけるこれまでの経験から
蓄積された秘密めいた知識を披瀝し合ってい
るといった風情だ。
そんな展開のため、プロジェクトのメンバ
ーの間で自然と妙な役割分担ができあがって
しまった。 物流部長と二人の課長、それに物
メーカー物流編 ♦ 第7回
大先生 物流一筋三〇有余年。 体力弟子、美人弟子の二人
の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
メーカー物流部長 営業畑出身で数カ月前に物流部に異動。
「物流はやらないのが一番」という大先生の考え方に共鳴。
メーカー業務課長 現場の叩き上げで物流部では一番の古
株。 畑違いの新任部長に対し、ことあるごとに反発。 コン
サルの導入にも当初は強い拒否反応を示していたが、大先
生の話を聞いて態度が一変。
在庫責任とは何か。 誰がその責任
を負うべきなのか、責任を全うするた
めには、どのような仕組みが必要なの
か。 素朴な疑問から出発した話し合い
が、いつしか在庫管理の本質へと向か
っていく。 プロジェクトメンバーたちの
議論を大先生は静かに眺めていた。
69 APRIL 2010
そのあたりについてもう少しご説明いただけ
ないでしょうか?」
部長が頷いて、業務課長と企画課長の顔
を交互に見る。 業務課長が「それでは、私か
らご進講を」などと言いながら身を乗り出す。
「在庫責任という言葉を聞いたとき、あん
たはどんな責任をイメージする?」
突然、ご進講役の業務課長から質問され、
主任が「えっ?」と仰け反る。 しばらく考え
てから、恐る恐るという感じで自分の考えを
述べる。
「私は、在庫についての責任といえば、在
庫を一定の水準以下に抑える役割を負ってい
ると理解しますが、どうなんでしょうか?
普通そうですよね。 在庫金額に責任を負うの
ではないでしょうか?」
主任の言葉に業務課長が頷き、部下の若
手課員を見る。 業務課長の意を汲んだのか、
若手課員がすぐに違う答を提示する。
「たしかに、そういう責任もありますが、一
方で在庫を切らすな、欠品を出すなという点
でも責任を追及されるように思います。 うち
の場合、むしろ、こちらの責任追及の方が厳
しいんじゃないでしょうか?」
業務課長が頷き、「どっちも正しい。 その
両方が存在するってことが重要なんだよ。 ど
っちを欠いてもだめだ」と独り言のように呟
く。 それを聞いて、企画課長が卒なくまとめる。
「簡単に言えば、在庫はお客さんの注文に
応えるために存在するのだから、できるだけ
欠品を出さないように持つことが求められる。
ただ、余分な在庫を持てば、コスト的に大
きなロスを生むので、できるだけ少なくする
ことも要求される。 いま業務課長が言ったよ
うに、どっちも必要なことなんだよ。 だから、
これらを両立させることが在庫責任の本来の
姿といえるんじゃないかな」
企画課長のざっくばらんな説明に主任が頷
き、感想を述べる。
「なるほど、おっしゃるとおりだと思います。
そうなると、うちの場合は、その両立ができ
ていないってことですね? どう両立するの
かが大きな課題になるように思いますが、そ
れは横に置いておいて、その、欠品を出すな
っていう責任だけが追及されるって状況は困
ったもんですね。 在庫がどんどん膨れてしま
うんじゃないでしょうか。 そういう会社が現
実には多いんでしょうか?」
それまで黙って聞いていた大先生が、ここ
で議論に参加した。
「多いかと問われれば、そういう会社は多い。
ただ、どんな会社でも最初はみんなそうだっ
たって言うのが当たっている。 それはなぜだ
と思う?」
主任が首を捻る。 大先生が二人の若手課
員を見る。 企画課の女性課員が思い切ったよ
うに背筋を伸ばし、ゆっくりと答える。
「私の勝手な判断かもしれませんが、要は、
在庫はあって当たり前だ、在庫は資産だ、在
庫は欠品を出さないために持つものだという
認識が強かったからではないでしょうか?
在庫を減らすなんて発想はまったくなかった
と言ったら言い過ぎでしょうか‥‥」
女性課員の遠慮っぽい言い方に業務課の
若手課員が大きく頷き、「自分もそう思うよ」
と声を掛け、自分の考えを述べる。
「在庫は置いておけばそのうち売れるものだ、
まとめて作れば製造原価が下がるじゃないか、
といった考えから在庫が多くても気にならな
い人が多い。 それに倉庫費用など高が知れて
るっていう感覚がうちでも強いですよね」
在庫責任部署の設置が第一歩
二人の若手課員の話を聞いていて、主任が
何かに気がついたような顔をして頷き、口を
挟む。
「いまのお二人の話に関連すると思うんで
すけど、組織的に在庫責任の所在が不明だっ
たということが実質的に影響しているのでは
ないんでしょうか? 在庫について好き勝手
な要求をするのは、在庫に責任を負ってない
からだと思います。 無責任が在庫をだめにし
ていることは間違いないですね」
「そうだな、実質的にはそれが大きい。 責
任のないところに管理がないことは明らかだ
からな」
主任の問題提起に部長が同意を示す。 二
人のやりとりを受けて企画課長が続ける。
「その意味では、在庫問題解決のためには、
まず在庫の責任部署を組織的に明確にすると
APRIL 2010 70
いうことが必要になるということですね」
「そう。 それは間違いない‥‥」
部長の言葉が終わらないうちに、業務課長
が口を挟む。
「それそれ、そうなると、誰がその責任を
負うかってことだな。 やっぱり生産寄りの立
場じゃだめだし、営業寄りでもだめだ。 中立
的な立場にある部署ってことになるだろうな。
簡単に言うと‥‥」
業務課長につられて、業務課の若手課員が
声を弾ませて割り込む。
「そうなると、それはやっぱり、ロジステ
ィクス部門ということになるんじゃないです
か? そうですよね?」
業務課長と若手課員に対して部長が「まあ、
抑えて」という感じで手を振る。
「まあまあ、そう急ぎなさんな。 ここは在
庫責任の所在を組織的に明確にしなければな
らないってことを共通認識で持つということ
でいいだろう」
部長の言葉に頷きながらも、主任がねばっ
て質問する。 主任は、たしかに会議の潤滑油
としての役割を果たしている。
「具体的な責任部署の位置づけはいいとし
て、在庫については、その資料にもあるように、
生産や営業の活動に起因するものが多いと思
うんです。 そうなると、在庫責任といっても、
在庫責任部署だけでなく、生産や営業の人た
ちも何らかの形で責任にかかわるって理解し
ていいですか?」
わかりやすくって単純なルールにしたいけど、
どんな形にすればいいと思う?」
「えっ、単純なルールですか? えーと、
それは‥‥」
主任がしきりに頭を振る。
「単純なルールってことは一つのルールです
べてを飲み込んでしまうってことだよ」
大先生がちょっとしたヒントを出す。 大先
生の顔をぼんやりと見ながら主任が頷く。
「ちょっと休憩しよう」と部長が助け舟を
出す。
禁止事項ばっかりのルールにしよう
休憩後、みんなが席に戻ると、主任の顔が
元気になっていた。 答を見つけたらしい。
「おっ、答が出たようだな?」
部長の声に主任が頷く。
「はい、簡単なルールとしてはこれしかない
と思います」
そう言って、もったいぶった風情でみんな
を見る。 みんな、答をじっと待っているが、
主任はなかなか答えない。 業務課長が痺れを
切らせて催促する。
「そんなもったいぶらずに、早く答えろちゅ
うの」
主任が、そんな催促を待っていたかのよう
に、頷いて答える。
「はい。 営業は勝手に生産に発注してはい
かん。 すべて在庫責任部署を通せというのが
営業に対するルール。 生産は在庫責任部署が
主任の疑問に業務課長が先を争うように声
を出す。
「そうそう、当然そうなる。 あいつらに、
何と言うか在庫責任部署というのかな、そ
の部署の手の届かないところで悪さされたら、
どうにもならん。 在庫責任なぞ負えるわけが
ない。 生産や営業はこういうことはしてはい
かんぞ、こういう場合はこうするんだぞとい
ったルールをきちんと決めておく必要がある。
在庫責任というのはそれを含めていうってこ
とだ。 ねえ、部長?」
「うーん、まあ、いちいち細かいルールを作
るかどうかは別として、そういうことはたし
かに必要だ。 そのあたりの責任をルール化す
るためにも、生産や営業の動きが在庫にどん
な影響を与えるかという実態を把握しておく
ことが大切だな。 その意味では、この資料は
大きな意味がある」
部長に誉められ、作成者の業務課の若手
課員が嬉しそうな顔をする。 その顔を見なが
ら、主任がさらに疑問を口にする。
「なるほど、そういうことなんですね。 この
資料の意味はよくわかりました。 しかし、そ
うなると、こんなにいっぱい在庫が溜まる原
因があるんですから、ルール作りも大変です
ね。 何十にも及ぶルールが必要になってしま
うんですか?」
部長が「いい質問だ」というように、微笑
みながら答える。
「いいや、そんな面倒なことはしたくない。
湯浅和夫の
71 APRIL 2010
さっきのようなルールが出てきました。 その
ままルールになるとは思いませんが、コンセ
プトは理解していただけるでしょうか?」
「いやいや、そのルール、なかなかいいよ。
そのまま使えばいいんじゃない。 業務課長は
どう思う?」
突然の部長の問い掛けに業務課長が慌てて
答える。
「はい、いいと思いますけど、なんでもかん
でも営業からこうしたいなんて言われるのは
面倒ですから、営業には禁止事項ばっかりの
ルールを持ち込みたいですね」
「あれ、まともな答が返ってきた。 あれだね、
業務課長を在庫についての対営業窓口にすれ
ば、営業関係の在庫問題は一挙になくなって
しまうかもしれないな」
部長に振られて、企画課長が答える。
「たしかにそうですけど、強面の人的要因
でないところで問題解決したいですね。 まあ、
その意味で、業務課長の意見はなかなかいい
と思います。 今後営業は一切在庫にかかわる
なって言って、それで商売上困ることが何か
あるかって手順で迫れば、本当に必要なルー
ルだけが残ると思います。 どうでしょう?」
部長が興味深そうに頷く。
「まず全面禁止をする。 当然、反発がある。
その反発とやりあう。 そのやり合いの中から
本当に意味のあるルールが浮かび上がってく
るってわけだ。 たしかに、それも一つのやり
方だな。 よし、それはいい。 実際にそれをや
ってみよう。 営業に対してはおれが憎まれ役
を買って出る」
部長の言葉にみんなが興味深そうな顔をす
る。 業務課長がすぐに反応する。
「へー、それはおもしろそうだ。 その場に是
非同行させてください」
部長が頷いて、みんなの顔を見る。
「もちろん、メンバー全員参加だよ。 そう
そう、生産に対する憎まれ役は業務課長に頼
むので、よろしく」
役割を振られた業務課長が満面の笑みを浮
かべる。
「はいー、任してください。 工場出身のセ
ンター長と相談して作戦を練ります」
みんな活き活きとしている。 楽しい会議は
まだまだ続く。 (続く)
指示する数字をベースに作れ。 生産効率など
で勝手に作るなというのが生産に対するルー
ル。 これだけです。 どうでしょうか?」
一瞬間を置いて、全員から拍手が起こった。
手を叩きながら、女性課員が興味深そうに質
問する。
「どういう論理思考でそういう答えに辿り
ついたんですか?」
「要は、勝手な都合を反映させないことが
ポイントだと思ったんです。 営業や生産に対
して在庫責任部署をかかわらせることで役割
分担、責任分担が見えてくるのではと思って、
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究
所入社。 同社常務を経て、2004 年4
月に独立。 湯浅コンサルティングを設立
し社長に就任。 著書に『現代物流システ
ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の
手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド
ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』
(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コン
サルティング http://yuasa-c.co.jp
PROFILE
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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