ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年11号
道場
ロジスティクス編・第2回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

NOVEMBER 2005 50 問屋の社長室で初会合が招集された 目的はロジスティクスの方針決定だ 「なんなの、これは?」 ロジスティクス本部長が差し出した資料を見て、 社長が呆れたような声を出した。
大先生と弟子二人は、一年半ぶりにコンサルを 再開した問屋の社長室を訪れている。
なじみのメ ンバーが久しぶりに顔を合わせた会議は、のっけ から荒れ模様だ。
今日の社長は、勝負服の白のスーツとこの秋流 行の紫のブラウスで決めている。
ロジスティクス 本部長の隣に座っている営業本部長は、机に置い た資料に見入ったまま顔を上げない。
矛先が自分 に向きそうだと思って身構えているようだ。
その また隣に座った常務は、興味深そうに頷きながら 資料を見ている。
社長の隣に座っている大先生はといえば、楽し そうにロジスティクス本部長の顔を眺めている。
大 先生の隣に控える弟子二人も、この場を静かに見 守っている。
この七人が、ロジスティクス導入の ために開かれた初会合の出席者である。
実は今回のコンサルにあたって、ロジスティク ス本部長は、社内の関係者を集めてプロジェクト・ チームを立ち上げたいと大先生に申し出た。
とこ ろが「そんな意味のないプロジェクトはやめてお け」と即座に却下されてしまった。
「ロジスティクスを導入するにあたっては、まず、 自社に適したロジスティクスのやり方を探す作業 が必要だ。
それをやらずに、対立する利害関係者 を集めたって、自分たちの利害を守るための発言 しか出ない。
やるだけ時間と労力の無駄さ。
ロジ スティクスの方向性が決まってから、導入のため のプロジェクト・チームを作ればいい。
何でもす ぐにプロジェクトなんぞを作るから、結局ダメに なる。
ロジスティクスの方向性はトップが決める べき案件だから、まずそのチームを作ればいい」 こうして、経営トップと関係者だけを集めた会 議が催されることになったのだが、この会合に出 席するにあたりロジスティクス本部長は、大先生 の指示である事柄について調べていた。
その調査 結果をまとめた資料を最初に持ち出したところ、い 《この連載について》 本連載の主人公である“大先生”は、ロジスティクスの分野で 有名なカリスマ・コンサルタントだ。
アシスタントの“美人弟子” と“体力弟子”とともに日々、クライアントを指導している。
大先 生は1年余り前、ある卸売業者の女性経営者の依頼で、その会社 の物流改善を指導したことがある(本誌2003年4月号からの本コ ーナー「卸売業編」。
『物流コストを半減せよ!』と題して、かんき 出版より既刊)。
この卸から改めてロジスティクス導入コンサルを 依頼された大先生は快諾し、新たな案件が動きだした。
湯浅コンサルティング 代表取締役社長 湯浅和夫 《第 43 回》 〜ロジスティクス編・第2回〜 51 NOVEMBER 2005 きなり社長の不興をかこってしまった。
もっとも社長の呆れ声にもロジスティクス本部 長は動じない。
自分が非難されているわけではな いと勝手に思い込んでいるようだ。
ロジスティク ス本部長の目が自然と営業本部長に向く。
別に営 業本部長のせいというわけでもないのだが、身に 覚えがあるのか肩身が狭そうだ。
大先生に指示されてロジスティクス本部長が調 べたのは、いま物流センターに置かれている在庫の発生原因である。
それらが羅列された資料をみ んなが見ている。
「在庫を削減するにはどうしたらいい?」 ロジスティクス本部長に尋ねた そこには、売れ残り品、取り寄せ崩れ、返品未 処分品、特定顧客用在庫、廃棄在庫未処分品、特 定営業担当用在庫、仕入れ値引き目当ての大量仕 入、欠品回避の多めの発注――といった言葉が並 んでいる。
「この順番には意味があるの? 多い順とか‥‥」 「いえ、まったくありません。
聞いた順というこ とです。
まあ、あえて言えば、在庫について彼ら の印象の強い順ということかもしれません」 社長の問い掛けにロジスティクス本部長があっ けらかんと答える。
社長が重ねて聞く。
「彼らって、どこで聞いたの?」 「はい、物流センターの連中です。
営業に聞いても、 在庫のことなどようわからんということでしたの で」 ロジスティクス本部長は、こう言いながら営業 Illustration©ELPH-Kanda Kadan NOVEMBER 2005 52 本部長の顔をチラッと見た。
営業本部長は、しら んぷりして資料から目を離そうとしない。
少しの 間、沈黙のときが流れた。
それを打ち払うように、 常務が聞いた。
「この、取り寄せ崩れというのは‥‥?」 「はい、うちに在庫がない商品を注文されたとき、 メーカーに発注して取り寄せるんですが、メーカ ーからはケース単位で買って、顧客にはバラ単位 で売るものですから、残ってしまうんです。
これ がそのまま売れずに残ってしまったものですが、こ れが結構あるんですわ」 なぜか嬉しそうにロジスティクス本部長が説明 する。
常務が首をひねりながら独り言のようにつ ぶやく。
「在庫品しか売らないとか、取り寄せ品は取引単 位を決めておくとか、なんかルールはないんかな?」 「営業としては、少しでも売りたい一心で‥‥」 意を決したように営業本部長が事情を説明しよ うとするのを、大先生が止めた。
「まあ、理由はいいでしょう。
ここは詮議の場では ないから。
それにしても、社長もこんなにいろん な原因があるとは思ってなかったでしょう?」 「はい、私は、欠品が心配でたくさん仕入れてしま うのが主たる原因かと思ってました。
そうそう、仕 入原価を下げたいがための大量仕入れというのも よくわかります。
前社長が『利は元にあり』と言 って、仕入部門に安く仕入れろってよく発破を掛 けていましたから。
まあ、いくら安く仕入れても、 売れ残ったらそこには利はないのですけど‥‥そ れにしても‥‥」 社長が軽くため息をついた。
大先生が続ける。
「ようするに、これまで誰も在庫に関心を持ってこ なかったってことですよ。
こういう資料を見せら れて、みんな驚いているんだから。
関心がなけれ ば、そこには当然管理もない。
つまり、いまの在 庫状況については誰の責任でもないということで す。
みんな、自分の仕事にとってよかれと思って やってただけってことにしておきましょう」 大先生の言葉にみんなが頷く。
営業本部長が一 瞬ほっとしたような表情を見せた。
ロジスティク ス本部長は、ちょっとつまらなそうな顔をしてい る。
それを見て、大先生が声を掛けた。
「ところで、本部長は‥‥」 ロジスティクス本部長と営業本部長が同時に大 先生を見た。
「あ、ロジスティクスの方の本部長。
なんか本部長 が二人いると、呼び掛けが面倒だな。
ロジスティ クス本部長なんて長ったらしいし‥‥」 「先生、以前と同じように、物流部長、営業部長 と呼んでください。
まだロジスティクス本部も営 業本部も存在しませんので。
二人には、ロジステ ィクス本部、営業本部とは何をするところかを自 分の問題として考えさせようと肩書きを先行させ ただけですから」 社長が、簡単に二人を降格させてしまった。
二 人も納得顔で大きく頷いている。
実体のない肩書 きが、何となく照れ臭かったようだ。
「それでは、そう呼ぶとしようか。
このコンサル が終わる頃には、二人とも立派な本部長になって いるだろうからな。
えーと、なんだったっけ? あ、 53 NOVEMBER 2005 そうそう、物流部長は、いま在庫について何か数 字を調査をしてるんだったな?」 ロジスティクス本部長あらため物流部長が、弟 子たちを見ながら元気よく答えた。
「はい、お二人の先生方のご指導で、いまデータ を取っているところです。
この結果が出たら、社内 にかなりの衝撃が走るかもしれません」 一人勝手に楽しんでいるような物流部長に社長 が鋭い目を向ける。
その視線をまともに受けて、物 流部長が慌てて付けたした。
「あ、いま、すべての在庫について、個々の品目 ごとに一カ月間の入荷量と出荷量を調べていると ころです。
現時点での在庫量についてはすでに数字 を取っていますが、在庫は、かなりあります‥‥」 社長の表情が硬いままなので、さすがの物流部 長も声が消え入りそうだ。
元気がなくなった物流 部長に大先生が声を掛ける。
「さっきも言ったように、どんな結果が出ようと、 別に驚くことはない。
誰も責めるつもりもない。
だ から、そんなに入れ込まないでいい。
まあ、その結 果については、改めて検討するとして、将来のロジ スティクス本部長としては、在庫を削減するにはど うしたらいいと思う?」 突然の大先生の質問に物流部長はあせりの表情 を浮かべた。
それを見て、社長の表情が和らいだ。
何と答えるのか、興味深そうに物流部長の顔を覗 き込む。
「は、はい。
在庫についての責任者を決めること が必要だと思います‥‥」 大先生が大きく頷く。
物流部長は、いつも通り、 思いついたことをそのまま口にしただけだったが、 これがポイントをついていた。
大先生に代わって、 社長が楽しそうに聞く。
「それで、その責任者というのは誰が適任?」 「はい、適任かどうかわかりませんが、私だと‥‥ 思います」 「そうね、在庫削減を行うのがロジスティクスです ものね」 「はぁ、正確に言いますと、在庫削減というよりは必要最小限の在庫を維持すると言った方がいいか と‥‥場当り的な在庫削減とは違いますので」 物流部長が妙なこだわりを見せた。
社長が苦笑 しながら、自分の言葉を訂正する。
「あー、そうでした。
あなたの表現が適切です。
それは誰に教わったの?」 図星をつかれた物流部長が、首をすくめる振り をしてチラッと弟子たちを見た。
なぜか警戒気味の大先生をしり目に 支店回りへの社長の同行が決まった お茶を片手に、社長が大先生を見ながら改まっ て質問する。
「さきほどもお話しましたが、肩書き先行でこの人 をロジスティクス本部長としましたので、組織的 には物流部長のときと同じままです。
ただ、在庫 の責任者には、いまここで彼を任命しようと思い ます。
そうなると、仕入部門を彼の下に置く必要 があると思いますが、それは早急にした方がいい でしょうか?」 社長の言葉に大先生が首を横に振った。
NOVEMBER 2005 54 「慌てることはありません。
ロジスティクス本部 としてやるのがいいのか、仕入、物流、営業それ ぞれにロジスティクス的な行動を取らせるのがい いのか、見極めてからでいいでしょう。
でも、今 日から物流部長を在庫責任者にするというのはい いことです」 さすがの物流部長も何か割り切れないような顔 をしているが、社長はかまわず発破を掛ける。
「わかりました。
それでは、今日から在庫はあなた に任せます。
期待してますよ」 常務と営業本部長が「頑張れよ、在庫責任者」 とかまう。
唇をとんがらせている物流部長を見な がら、社長が、興味津々といった顔で大先生に問 い掛ける。
「ところで、この後の進め方ですが、彼の話ですと、 先生は、当社の支店を何カ所か回りたいというお 考えをお持ちのようですが、本当ですか?」 大先生が、なぜか警戒気味に返事をする。
「そのつもりですが、いけませんか?」 「いえいえ、いけないなんてとんでもございませ ん。
もし、できましたら、私も同行させていただ こうかと思ってます」 社長が勢い込んで答える。
この話を事前に物流部長から聞いたとき、社長 は「まあ、それはそれは。
ちょうど私も支店回り をしようと思っていたところだから、それなら先 生にご一緒するわ。
あなたも同行なさい」と居合 わせた営業部長に命じたのだった。
物流部長はそ のことを思い出しながら、興味深そうな顔で大先 生の返事を待っている。
「支店も行くけど、同時に在庫管理のシステム作 りも始めた方がいいな。
いま取ってる在庫データ の整理も急いで、頃合を見てまたこの会合を開こ う」 社長の同行については何も返事をせず、唐突に 大先生が話を先に進めた。
美人弟子が笑いを堪え ている。
『いいですよ。
一緒に行きましょう』とだけ言えばいいものを、大先生はなぜか素直に返事 をしない。
大先生を見ながら、社長が勝手に答を 出した。
「支店に行っていただくのは大変ありがたいです。
先生が来られると知ったら、みんな慌てるでしょ うけど、それだけで意識改革になりそうです。
そ れでは、私どもは、私と彼ら二人の三人で同行さ せていただきます。
どうぞ、よろしくお願いしま す」 最後の言葉は、弟子たちに向けられたものだ。
「こちらこそよろしくお願いします」と弟子たち が答え、総勢六人で支店回りをすることが決まっ た。
(本連載はフィクションです) ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、 『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管 理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか る本』(以上PHP研究所)ほか多数。
湯浅コ ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp PROFILE

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