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沖データ
収益悪化を機にプロセス改革を本格化
組織改革とKPI整備で棚卸資産を半減
急務になったキャッシュフロー改善
プリンターメーカーの沖データは、世界一
二〇カ国を超える地域でビジネスを展開して
いる。 海外売上比率は八五%超。 製品の九
割以上をタイと中国で生産し、そこから米国
や欧州など世界各国に供給している。
通信システムやATM(現金自動預け払い
機)を主力とする親会社の沖電気工業は国内
ビジネスが中心で、サプライチェーンが沖デー
タとはまったく異なる。 そうした事情もあっ
て、沖電気は一九九四年に一〇〇%子会社
として沖データを設立し、プリンター事業を
分離・独立させた。
その後、沖データはLED光源を使った製
品の優位性と、オフィス用カラープリンター
の需要拡大という追い風を受けて出荷台数を
伸長。 いまや沖電気グループを支える中核企
業へと成長している。
沖データがSCMに本腰を入れたきっかけ
は、二〇〇七年三月期(〇六年度)の業績の
悪化だった。 このとき同社の連結売上高は一
八七一億円で前期より一七%近く伸びた。 と
ころが、営業利益は前期比六一%減の一七億
円しか確保できず、営業利益率は〇・九%ま
で落ち込んでしまった。
売り上げの伸び以上に借入金や棚卸資産が
膨らみ、営業利益が圧迫された。 しかし「こ
れによってキャッシュフローの改善を計画的に
進めざるをえない状況になり、改革に取り組
む気運が生まれた」と、当時は情報システム
部門の責任者を務め、現在では沖データのサ
プライチェーン改革を牽引している大泉洋子
SCMセンタ長は振り返る。
厳しい決算を控えた〇七年三月に「サプラ
イチェーン・プロセス」と「ロジスティクス」
という二つの社内プロジェクトを立ち上げた。
まずは改善すべき点を明らかにするため実態
調査に乗り出した。 〇六年度末にグループ合
計で四四〇億円にまで膨らんだ棚卸資産(在
庫)が、世界各地にどのように配分されてい
るのかを徹底的に調べた。
物流コストの現状把握も進めた。 当時の沖
データはグローバル・ロジスティクスの実態を
ほとんど把握していなかった。 経費の計上方
法がまちまちで、誰も全体の物流コストを管
理していなかった。
サプライチェーン改革の専門部署を2008年4月に
新設した。 複数の関係部門ベクトルを合わせるた
めに共通のKPIを整備し、需給調整のプロセス改革
を推進。 07年3月期末に440億円あった棚卸資産を2
年間でほぼ半減させた。 物流コストの削減にも取り
組み、売上高物流費比率は7.4%から6%に低減し
ている。
SCM
沖データ
収益悪化を機にプロセス改革を本格化
組織改革とKPI整備で棚卸資産を半減
売上高が減少するなかで経営効率を高めてきた
グループ売上高
(億円)
期末棚卸し金額
(億円)
在庫回転率
(回転)
借入金
(億円)
営業利益
(億円)
営業利益率
(%)
1,871 1,858 1,607 1,500
440 314 232 232
4.54 4.99 6.12 6.60
642 531 458 416
17 86 78 80
0.9 4.6 4.9 5.3
2007 年
3月期
2008 年
3月期
2009 年
3月期
2010年
3月期
(見込み)
41 MAY 2010
三カ月かけて内実を調べ上げた結果、〇七
年三月期の物流コストは合計一三八億円で、
売上高物流費比率は七・四%であることが判
明した。 緊急時にしか利用しないはずの航空
貨物だけでも一八億円を費やしていた。 これ
らの調査結果を入口としてサプライチェーン
改革を本格化していくことになった。
需給にかかわる組織を一気に集約
沖データがSCMに取り組むのは今回が初
めてではない。 過去にも専門の機能子会社を
設置したり、販売部門が中心になってグロー
バル・サプライチェーンの効率を高めようと試
みたことがある。 しかし、いずれも満足のい
く結果は得られなかった。 営業や工場などと
SCM部門の役割分担を徹底できず、部分最
適を払拭することができなかった。
〇四年から〇六年にかけては、SAP社の
ERP導入プロジェクトも実施している。 会
計や販売管理だけでなくSCMツールの「A
PO」も採用。 従来は五週間を要していた販
社のオーダー確定から生産までのリードタイム
を、週次でこなせる体制に移行した。
このときITの刷新に伴ってプロセス改革
を進め、販売予測や生産の計画周期も週次に
短縮した。 システム部門としては、そうすれ
ば自ずと需給調整の精度も高まっていくもの
と期待した。
しかし、これは期待外れに終わった。 「週次
で計画を見直すのなら直前に数字を変えても
いいのだと販売部門は理解してしまった。 結
果として販売のフォーキャスト(需要予測)は、
収斂するどころか大きくぶれることになった」
(大泉センタ長)。 需給調整機能に問題がある
のは明らかだった。
そこで今回のサプライチェーン改革では需
給調整のあり方を抜本的に見直していった。
〇八年四月に組織体制を改め、「生産統括本
部」(現生産本部)の下に「SCMセンタ」を
発足させた。 「全体最適のためのオペレーショ
ンを実行する、統合された機能と役割をもっ
た組織が必要」という判断から、需給調整の
専門部署を新たに設置したのだ。
発足当初のSCMセンタの人員は約六〇人。
生産部門で計画業務に従事していた人材や、
国内営業、海外営業、情報システムなどで需
給調整にかかわる業務に携わっていた人材を、
機能と人間をワンセットにしてごっそり新設
部門に集約した。
以前の取り組みとの大きな違いは、経営陣
の強力なバックアップがあった点だ。 生産統
括本部長としてSCMセンタを管轄するのは、
CFO(最高財務責任者)とCIO(最高情
報責任者)を兼務する坪川裕専務(現常務理
事)。 〇六年にCFOとして沖データに赴任
SCMセンタの大泉洋子
センタ長
サプライチェーン改革の全体像
SCM 在庫削減ロジスティクス
07 年度1Q 2Q 3Q 4Q 08 年度1Q
←2008 年4月SCMセンタ設立
2Q 3Q 4Q 09年度1Q 2Q
緊急施策と生産強化SCM センタ定着化と機能見直し
(プロセスでの在庫削減)
グローバルネットワークの見直し域内ネットワークの見直し
グローバルSCM 機能の
強化と体制の確立
生産力の向上(供給回答の提示) 納期遵守率の向上(プロセスKPI 設定)
PSI 管理・インターロックプロセス(欧米)
物流費実績モニタ
KPI 管理:CTR&リードタイム
欧州:コンフィグ移管&倉庫統廃合
日本:BID 実行
米州:構造改革計画
西倉庫閉鎖&生産ライン改善
CTR 管理(グローバルでの予算管理)
PSI 管理・インターロック(国内)
供給管理
(金融危機対応)
AIR 削減
プロセス
域内物流費削減
mCA
追加ネットワーク見直し
(EU 域内、中南米、
アジア、日本)
AIR 半減不要なAIR ゼロ
棚卸分析
プロジェクト
インターロック
プロセス
構築
新SCMプロセス
構想・実行計画
グローバル
ロジスティクス
構想策定
(実態調査)
基本
計画
ネットワーク
見直し
(現地 計画
合意)
各種会議体の運営
統一指標の導入
在庫の可視化と分析
DOS / DOI 分析
MAY 2010 42
する以前は、沖電気で半導体のサプライチェ
ーン改革に携わった経験もある実力者である。
この坪川氏を経営トップが全面的に後押しす
る体制の下で改革が進められた。
さらに、「グローバル棚卸改革プロジェク
ト」という部門も新設した。 これは坪川専務
直属のセクションで、SCMセンタからは独
立し、達成すべき数値目標などをトップダウ
ンかつ客観的に設定する。 SCMセンタのメ
ンバーは実務部門の出身者ばかり。 現場の実
情に精通しているがゆえに、改革の遂行に手
心を加えたくなることもありうる。 こうした
事態を防止するための措置だった。
改革意識の共有へKPIを整備
組織改革と並行して、沖データグループ全
体で共有すべきKPI(重要業績評価指標)
の整備を進めた。 従来は各部門が独自の管理
指標を使っていた。 物流コストの計上方法一
つとっても、部門によっては一部を販管費と
して計上するなど処理の仕方が統一されてい
なかった。 これらを整理し、各部門が責任を
もつべきKPIを明確化した。
販社からの発注(PO:パーチェス・オー
ダー)がルール通り実施されたかどうかを数
値化する「POルール充足率」、工場が計画
通りに製品を出荷したかどうかを示す「PO
納期遵守率」、工場の活動が生産計画に沿っ
たものかを測る「生産計画遵守率」││。 各
指標は連動しており、問題が発生すれば即座
ク」と呼んでいる独自のプロセス改革も実施
した。 フォーキャストの数値を二カ月前に生
販で暫定的に合意するという社内ルールであ
る。 販売部門は二カ月前にいったん数値を確
定しなければならないが、その代わり生産部
門はこの予測値と週次の確定数値がプラスマ
イナス二〇%の範囲内で変動することを許容
する。 週次計画のフレキシビリティを維持し
ながら、生産活動を効率化する工夫だ。
当初は出荷停止や納入制限などかなり手荒
なこともやった。 新たな需給調整のプロセス
に納得してくれない担当者の配置転換もいと
わなかった。 不退転の姿勢で改革をつづけた
結果、〇七年三月期に四四〇億円あった棚卸
資産を、二年後の〇九年三月期には二三二億
円とほぼ半減させることに成功した。
物流コストを削減するための施策としては、
輸送ルートの見直しや倉庫の集約などを行っ
た。 沖データにとって最大の商圏である欧州
向けの出荷は従来、すべてイギリス国内の工
場倉庫を経由して各地の販社に運んでいた。
これをオランダのハブ倉庫に直送し、ここか
ら供給するように変更。 併せて複数の外部倉
庫を集約したことで年間一億二〇〇〇万円の
コストを削減した。
北米市場においても、従来は東西二カ所に
構えていた倉庫を東部一カ所に集約した。 ま
た日本国内では、福島工場の周囲に分散して
いた外部倉庫を集約した。
最も効果の大きかったのは、航空貨物輸送
に原因を特定できるようにした。
これらのKPIの動きをウォッチしていく
ため、各種会議体の運営を定例化した。 「需
給決定会議」にはじまり、在庫削減の進捗状
況をレビューする「棚卸し会議」、改革の状況
を共有する「SCM進捗会議」などだ。 それ
ぞれの会議には、関係セクションの部門長だ
けでなく、坪川専務をはじめとする経営陣が
参加して活動を支援した。
在庫削減を進めるために、「インターロッ
「インターロック」と呼ぶ需給調整の工夫
OKI
データ
販社
工場
販売予測 インターロック(納期/台数) 販 売
FC
2 カ月前1 カ月前当月(週次)
PO 発行(B)
生産計画生産
FC 充足率
納期回答(A) 出荷
POルール
充足率
PO 納期
遵守率
(A)と(B)の差
±20%以内
インターロックプロセス指標の推移
【インターロックプロセス指標】
工場
責任
■FC 充足率:
FCを満足しているか
販社
責任
■PO ルール充足率:
工場
責任
■PO 納期遵守率:
PO 通りに出荷しているか
インターロック通りにPOを発
行しているか(納期/台数)
※FC=フォーキャスト、PO=パーチェスオーダー
4月5月6月7月8月9月10月11月12月
100%
50%
0%
44%
60%
83%
100%
95%
81%
PO 納期遵守率
POルール充足率
FC 充足率
工場⇔販社の信頼関係向上
(2008 年)
43 MAY 2010
ロジ部門を新設し物流管理を内製化
一連の改革を進めるなかで、物流事業者と
の付き合い方も見直した。 以前の沖データは、
沖電気グループの物流会社である沖ロジステ
ィクス(OLC)に物流管理をほぼ丸投げし
ていた。 しかし、沖データのサプライチェー
ンはグループ内で異質であり、OLCを使う
ことによる相乗効果は乏しかった。
またサプライチェーン改革の一貫として物
流実務の見直しを進めれば進めるほど、荷主
である沖データ自身が物流戦略を策定し、改
善策を実行していく必要性を痛感させられた。
だが管理業務をOLCに委ねている状態では、
沖データの社内に人材が育たず、物流ノウハ
ウを蓄積していくこともできない。
このため〇九年一〇月にSCMセンタの中
に「ロジスティクス部」を新設。 OLCで沖デ
ータの物流業務を手掛けていた約一〇人の担
当者を委託先のパートナー企業もろとも移管
した。 これによってSCMセンタは総勢九〇
人近い大部隊となり物流管理業務まで手掛け
ることになった。 大泉センタ長としては、「今
後は3PL事業者も活用しながら競争力を強
化していきたい」と考えている。
今年四月一日付けの組織改正では、改革
路線を組織面からさらに強化した。 生産部門
の傘下にあった「棚卸改革プロジェクト」を、
まったく指示命令系統の異なる「経営企画
室」の傘下に移管。 これによって経営上の数
値管理と、サプライチェーンを運用する役割
を、いっそう明確に分離した。
沖データがSCMを本格化してから約三年、
すでに華々しい成果をあげている。 〇七年三
月期に一三八億円だった物流費は、一〇年三
月期には八六億円程度に抑制できる見込みだ。
売上高物流費比率にすると六%を切る水準と
なり約一・五ポイント改善できた。
世界同時不況の影響で一〇年三月期の連結
売上高は三期前より約二割減って一五〇〇億
円程度にとどまる見込みだが、営業利益は約
八〇億円を確保できそうだ。 営業利益率は
五%台まで回復し、親会社の連結業績に大き
く貢献することが確実な情勢となっている。
(フリージャーナリスト・岡山宏之)
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