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湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
MAY 2010 60
主任がやや恐縮気味に誰にともなく言う。
生産という言葉に工場出身の物流センター長
が即座に反応して、主任の方に身を乗り出し
た。 主任を見て大きく頷く。 何でも来いとい
う風情だ。 センター長に身構えられて、主任
がちょっと怯んだように身を引く。
「大丈夫。 取って食ったりしないから。 何
でもどうぞ」
センター長の言葉に主任が頷いて、資料を
手に取って話し出す。
「えーとですね、この資料によると、滞留
在庫が発生してしまう原因として生産効率と
か生産調整とか、何ていうんでしょうか、つ
まり生産側の都合に起因するケースが多いで
すよね? 市場で売れている状況などとは関
係なく、自分たちの都合を優先させて勝手
に生産しているという印象を受けるんですが、
そういう理解でいいんでしょうか?」
67「何でそんなことが罷り通るんでしょうか?
やっぱり常識的にはおかしいと思うんですが・・・」
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それは社内の常識ではない
大先生がロジスティクスの導入コンサルを
しているあるメーカーの会議室。 まるで大先
生などそこにいないかのように、プロジェク
トメンバーたちの間だけで活発な議論が展開
されている。 クライアントが自分たちで考え、
自ら答を出すように導くのがコンサルの真髄
だと言う大先生の思惑通りに進んでいる、と
いえばいえなくもない。
テーマを決めて議論するという形ではなく、
経営企画室の主任の疑問に適任の人が答える
というやりとりで進んでいるのが議論を活発
化させている要因のようだ。
「ちょっと気になってるんですが、生産に起
因する在庫について聞いてもいいですか?
プロジェクトメンバーのくせに何も知らなく
て、私ばっかり質問して、済みません」
メーカー物流編 ♦ 第8回
大先生 物流一筋三〇有余年。 体力弟子、美人弟子の二人
の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
物流部長 営業畑出身で数カ月前に物流部に異動。 「物流
はやらないのが一番」という大先生の考え方に共鳴。
業務課長 現場の叩き上げで物流部では一番の古株。 畑違
いの新任部長に対し、ことあるごとに反発。 コンサルの導入
にも当初は強い拒否反応を示していたが、大先生の話を聞
いて態度が一変。
経営企画主任 若手ながらプロジェクトのキーマンの一人。
人当たりは柔らかいが物怖じしない性格のようで、疑問に感
じたことは素直に口にする。
売り上げから製造原価を引いたもの
が粗利だ。 粗利を増やすには、方法は
二つ。 売り上げを伸ばす。 製造原価を
下げる。 そのために営業部門は一つで
も多くの商品を販売することに精力を
傾け、生産部門は日夜コストダウンに
励んでいる。 ところが、利益は残らない。
何かがおかしい。
61 MAY 2010
ここまで一気に話し、ちょっと言い過ぎか
と思ったのか、一呼吸置いて続ける。
「さすがに、そこまで言うと、言い過ぎで
しょうか?」
「いや、簡単に言ってしまえば、そういう
理解でいいと思う。 言い過ぎではないよ」
センター長が簡単に肯定する。 予期はして
いたが期待はしていなかった返事に、主任が、
複雑な顔で独り言のように言う。
「でも、何で、そんなことが罷り通るんで
しょうか? やっぱり常識的にはおかしいと
思うんですが‥‥」
主任の何とも納得できないといった表情
に、センター長は、どうきちんと説明しようか、
迷っているようだ。 ちょっと間を置いて、大
先生が助け舟を出した。
「いま、常識って言ったけど、要は、その
常識の中身なんだよ。 何を常識として認識し
ているかってこと。 その意味で、いま主任が
言った常識っていうのは、具体的に何を指し
ている?」
大先生に問われて、主任が戸惑った顔をす
る。 当たり前のことで説明するまでもないの
ではといった顔で答える。
「えーと、生産というのは売れているものを
作ればいいんではないでしょうか? それが
常識的な考えだと思うんですが‥‥」
大先生が頷き、さらに質問する。 大先生は、
やりとりを楽しむ顔になっている。
「うん、それも一つの見識だ。 でも、残念
ながら、それは社内の常識ではないと思う。
多分、論理的に納得できる考えがすべて常識
というわけではない。 たとえ論理的ではない
としても、社内のみんながその方向に動くと
なれば、それが常識ということになる。 どう?」
大先生の問い掛けに、主任が怪訝そうな顔
でみんなの顔を見る。 ところが、みんなは大
先生の言葉に賛同して頷いている。
「安く作る」が生産の常識
主任が、意外そうな顔で確認する。
「売れているものを作るのが常識ではないと
いうと、常識は何なんですか?」
主任の問い掛けに誰も返事をしない。 大
先生がセンター長に「どうぞ」と返事を促す。
センター長が頷いて答える。
「私の認識では、うちの生産部門の常識は
簡単です。 安く作るってことです。 売れてい
るものを作るという考えは生産部門にはない
と言って過言ではないと思います」
その言葉を聞いた途端、主任が思い当たる
ことがあるように、何度も大きく頷いた。
「はー、なるほど。 たしかに、そう言われ
ればわかるような気がします」
業務課長が、言葉を挟む。
「要は、生産部門の評価基準がそうなって
いるのさ。 評価されるわけだから、当然、誰
もがその方向に進む。 つまり、評価基準が社
内の常識を作っているってわけだ」
主任が頷き、大先生に向かって「そう言え
ば、たしかにそうです」と独り言のように言う。
それを受けて、大先生が主任の顔を見て、確
認する。
「あー、そうか、たしか主任は経営企画室
だったな。 それなら損益計算書において利益
をどう生み出すかという、御社の常識につい
てはよく知っているね?」
「はい、こういう言い方で正しいかどうか
わかりませんけど、これまでの話の関連で言
うと、うちの場合、利益は、売り上げを上げ
るか、売上原価を下げるか、もちろん両方同
時でもいいのですが、要はそれらにより生み
出すというのが常識になっていると思います。
あ、売上原価ってとこがポイントです。 売上
原価だけなんです。 コスト削減の対象は‥‥」
主任の言葉に大先生が応じる。
「つまりは、売り上げから売上原価を引い
た売上総利益、これは粗利とも言うけど、こ
れを大きくすることにしか経営の関心はない
ってことだ。 そこまで言うと言い過ぎかな?」
主任が真面目な顔で首を振る。
「いえ、決して言い過ぎではありません。
おっしゃるとおりだと思います。 うちの幹部
たちはそれで成功体験を積んできていますか
ら。 販売費や管理費はほとんど固定費のよう
に認識してきたというのがうちの実態だと思
います」
大先生が、みんなに解説するように話す。
「うん、御社に限らず、そういう認識をし
ている会社が多くある。 販売費や管理費は人
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件費の割合が高いし、社員の首を切るわけに
はいかないので、ほとんど固定費として位置
づけている。 つまり、利益という点では関心
がないということだ。 ということは、さっき
の粗利から販売費・管理費を控除すると営業
利益になるので、結局、営業利益を大きくす
るためには粗利を大きくすればいいというこ
とになる。 そのためには、とにかく売り上げ
を上げろ、売上原価を下げろという二つのテ
ーマに絞られる。 ここまでは、わかるよね?」
大先生の確認にみんなが頷くが、企画課の
女性課員が「ちょっといいですか?」と小さ
く手を挙げる。 大先生が「どうぞ」と促す。
「そこでおっしゃってる売上原価というのは、
売り上げに相当する製造原価ということで‥
‥」
女性課員の言葉が終わらないうちに主任が
口を挟む。 主任の得意分野のようで、説明が
詳しい。
「そうです。 たとえば、ある製品の前期末の
在庫が三〇〇個あったとして、今期一二〇〇
個作ったとします。 そうすると、その製品は
一五〇〇個になるわけですけど、今期売れた
のが一〇〇〇個だとすると、その一〇〇〇
個にかかわる製造原価が売上原価になります。
売り上げからその売上原価を引くと、さっき
先生がおっしゃった粗利が出ます。 これを大
きくしたいわけです」
ずっと黙っていた物流部長が補足する。
「残った五〇〇個が在庫つまり棚卸資産と
と思ったようだ。 部長が頷く。
「なるほどー。 そういうことだったんですね。
ようやくわかりました」
若手課員が一人で勝手に納得している。 部
長が呆れたように「何がわかったって?」と
大きな声を出す。 若手課員が「済みません」
と言いながら、納得顔で話し出す。
「いえ、大した話じゃないかもしれません。
そんなことは常識だって言われればそれまで
なんですが、あれじゃないですか、うちの会
社なんか典型なんですけど、社内で威張って
いるのは営業と生産の連中ですよね。 われわ
れも含めて、他の部門は彼らからは下に見
られていますよね。 何でそうなのかっていう、
その理由がやっとわかりました。 営業と生産
の二つの部門だけが会社の利益源だったから
なんですね。 なるほどー、やっとわかった」
若手課員が一人で悦に入っている。 「あの
ね」と上司の業務課長がたしなめる感じで割
って入る。
「それもそうだけど、会社というのは、要は、
売り上げを獲得するまでの活動が重視される
のさ。 新商品を開発し、それを生産し、それ
から広告宣伝をし、営業が売る。 そして、売
り上げが実現する。 ここまでが会社にとって
重要な活動で、それ以降の物流や集金などの
活動、それから事務業務など売り上げと関係
のない活動は価値のない仕事と思われてきた
ってのが実態だ。 そんなの常識で、そんな感
心するほどのこっちゃない」
して貸借対照表に計上されて、来期の販売用
として持ち越される。 在庫は資産だから、い
くらあっても誰も気にしない。 どうせ、その
うち売れるんだから持っていてもどうという
ことはないという感覚だ。 つまり、在庫など
どうでもよくて、最大の関心事は製造原価の
低減ということだ。 さて、それでは製造原価
を下げるにはどうすればいい? 経営にとっ
て、ここが一番の関心事」
すぐに女性課員が手を上げて「大量に作れ
ばいいってことですよね?」と元気に答える。
センター長が「そう、お馴染みの単品大量生
産。 在庫がどかっと出る」と応じる。 物流部
長が苦笑交じりに言う。
「そう、工場は固定費のウェイトが高いので、
大量に作れば作るほど、製品の単価は下がっ
てくる。 つまり、単品大量生産が、最も簡単
に製造原価を下げる方法だった。 まあ、いま
でも、多くの連中がそう思っている。 製品の
単価が下がれば、当然、売上総利益は大きく
なる。 めでたしめでたしと、まあ、こういう
メカニズムだ。 だよね?」
部長が主任に振る。 突然問われて、主任
が慌てて答える。
「はい、そうです。 そういうことです。 い
までも、そう認識している役員が多くいます」
これまでの前提条件が崩れてきた
何を思ったか、業務課の若手課員が部長に
向かって手を挙げた。 自分も参加しなければ
湯浅和夫の
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上げと売上原価だって認識は変わってないと
思う」
「となると、その社内常識がロジスティク
ス導入の大きな壁になると思っていい?」
大先生がなぜか嬉しそうな顔で、部長に確
認する。 部長が大きく頷く。
「はい、実は、そのような社内常識の存在
が、今回のロジスティクス導入の契機になっ
ているんです。 いつまでも、そんな社内常識
で利益を生み出そうなどと考えても、もはや
そんなことでは利益は出なくなっているとい
うのが常務の考えなんです。 早いうちにその
常識を改めないと、大変なことになるという
危機感が今回のプロジェクトにつながってい
るということです」
「その認識は、いまのところ常務しか持っ
ていないというのが実態?」
大先生の質問に部長が頷き、プロジェクト
メンバーたちと情報共有するかのような感じ
で話す。
「はい、いまのところ、そんな状況です。
常務は、これまでの常識が拠って立つ前提が
崩れてきているという認識がありますが、残
念ながら、他の役員たちにはそういう認識は
希薄です」
部長の話に業務課長が「わかる、わかる」
と呟き、部下の若手課員に「既存の常識が
拠って立つ前提って何かわかるな?」と聞く。
若手課員が、そんなこと当然知っているとい
う顔で頷き、答えない。 それを見て、代わり
に主任が答える。
「その常識は、在庫は決して不良在庫化し
ないという前提で成り立っているということ
ですよね? しかし、これだけ滞留在庫が出
ているということは、その前提が崩れている
ということですね?」
それまでみんなのやりとりをじっと聞いて
いた企画課長が、ここで議論に参加した。
「しかし、他の役員たちにそれを納得させ
るのはやっかいですね。 もともと在庫なんか
に関心はないって人ばかりですから‥‥」
企画課長の言葉に、みんなが溜息混じりに
頷く。 悲観論の登場とそれへの同意は議論を
滞らせる。 いよいよ大先生の出番がきた。
(続く)
業務課長の話に女性課員が頷き、自分の
疑問を口にする。
「私たち物流の仕事は、費用区分で言うと
販売費に入るんですよね。 でも、さっきの話
だと固定費って見られてたってことですけど、
いまは物流費を下げろとか言われていますの
で、経営側の見方が変わってきたってことで
しょうか?」
部長が、ちょっと首を傾げながら答える。
「うーん、正直なとこ、それほど変わって
はいないな。 コスト削減は全社的に言われて
いるけど、企業の利益を生み出すのは、売り
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究
所入社。 同社常務を経て、2004 年4
月に独立。 湯浅コンサルティングを設立
し社長に就任。 著書に『現代物流システ
ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の
手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド
ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』
(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コン
サルティング http://yuasa-c.co.jp
PROFILE
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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