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世界でも例のない返品大国・日本
日本ほど返品の多い国は、恐らく世界中どこにもな
い。 この国の百貨店取引、書籍流通、宝石・貴金属
取引ではいまだに返品が横行している。 最近では菓子
や加工食品などの分野でも目立つ。 商取引における古
今東西の常識である、買い手側によるリスク負担とい
うルールが軽視されてきた結果だ。
返品は古くて新しい問題だ。 誰もがムダだと感じて
いながら、これが一向になくならないのには理由があ
る。 もし誰かが返品問題に取り組んでも、損をする可
能性こそ大きいが、得をする見込みは薄い。 それがメ
ーカーや卸であれば、販売先の小売りから煙たがられ
るだろう。 小売りが自ら返品をやめれば、商品の廃棄
リスクばかりを抱え込むことになる。
行政機関にとっても、長い時間をかけて商慣行とし
て定着した返品問題にメスを入れるモチベーションは
乏しい。 産業の育成を至上命題としてきた官公庁の
役人にとって、産業構造の歪みを是正することによっ
て業界規模が縮小しでもしたら、個人としては出世の
妨げにしかならない。 実際、過去に返品問題に本気で
取り組んできた官庁は公正取引委員会くらいだ。 しか
も公取には、不公正な取引をただす力はあっても、産
業構造にメスを入れる機能はない。
四半世紀にわたって返品問題を研究し続けてきたマ
ーケティング・サイエンス研究所の江尻弘代表は、「日
本でも大半の小売業は自らのリスク負担で商品を仕
入れて、懸命に努力しながら販売している。 しかし、
ごく一部に限った話だが、仕入れ商品のリスクをまっ
たく負担せず、売れ残った商品を納入業者に返却して
いる例がある。 欧米でも貴金属取引などでは委託取引
が常態化しているが、日本における返品の多さは世界
的にみても特異な現象だ」と指摘する。
返品はまた、膨大な物流のムダを生みだす。 その象
徴的な事例が百貨店とアパレルメーカーの取引だ。 同
じように大量の返品を発生させている取引でも、オペ
レーションの効率化に熱心な書籍流通やコンビニエン
スストアチェーンの流通では、納品物流の帰り便でほ
とんどの返品を処理する。 このため、少なくとも物流
に限れば、返品によるムダは小さい。 ところが、もと
もとコスト意識の希薄な百貨店取引では、返品物流
にともなうムダが構造的に垂れ流されている。
百貨店の横暴を逆手にとった納入業者
ダイエーに代表される総合スーパーが台頭する以前
の日本では、百貨店が絶対的な販売力を誇っていた。
それだけに、その取引姿勢も高飛車だった。 物流関係
者のあいだでは、ヤマト運輸が一九七二年に、最大の
荷主だった三越の仕打ちに耐えかねて自ら関係を断っ
たことは有名なエピソードだ。 百貨店の専横な振るまいを示す格好の証といえる。
このような姿勢はアパレルメーカーとの取引におい
ても同じだった。 戦後まもない頃には、売れ残った商
品を納入業者に強引に返品する百貨店の姿勢が大き
な社会問題になった。 買い取りを前提としていた商品
の返品という明白な違法行為が頻発し、たまりかねた
流通関係者は一九五一年に公正取引委員会に苦情を
申請。 その事実を確認した公取は、百貨店による「優
越的地位の濫用」の禁止を表明した。
これによって社会的には厳しい立場に置かれたはず
の百貨店だったが、その販売力は相変わらず圧倒的だ
ったため、力を背景とする返品は一向に減らなかった。
百貨店にとっては水面下で処理すればいいだけの話で、
若干の後ろめたさを感じつつも、返品という商慣行そ
返品問題には環境から斬り込め
返品ほどムダな行為はない。 CO2の排出削減に本気で
取り組むのであれば、この悪弊にこそメスを入れるべきだ。
既得権者以外には何のメリットももたらさない返品をな
くせば、産業の競争力は高まり、環境は改善し、消費者
はより安く商品を入手できるようになる。 (岡山宏之)
第4部
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のものを自ら正そうとはしなかった。
ちょうどその頃、この状況を逆手にとって、一気に
百貨店との力関係を逆転させることになる稀代の商人
が出現した。 アパレルメーカー大手、オンワード樫山
の創業者、樫山純三である。 小学校を卒業後、すぐ
に三越に入って一〇年を過ごした樫山は、百貨店の
本質をよく理解していた。 だからこそ百貨店に対して
?委託取引制度〞を持ちかけ、売れ残った商品を堂々
と返品できるという枠組みを考案できた。
さらに樫山は?派遣店員制度〞も実現させた。 こ
れは百貨店の売場が多忙になる週末に、納入業者が
人手を派遣して販売活動を手伝うというものだ。 自著
『走れオンワード』(日本経済新聞社)の中で樫山は、
これら二つの取り組みを考え出したことが「昭和二八
年当時としては画期的な試みであった」と自賛してい
るが、まさにこれはウルトラCだった。
委託販売と派遣店員制度の導入は一見、納入業者
であるアパレルメーカーの側が、百貨店に屈して貧乏
クジを引かされた結果に見える。 しかし、この取引形
態を百貨店が認めた瞬間、商品の価格を設定する権
利は百貨店からアパレルメーカーに移った。 これによ
って主導権の確保に成功したアパレルメーカーは、以
降は徐々に自分たちにとって都合のいいように取引を
操作できるようになっていった。
非効率な仕組みそのものが問題
これを機にオンワード樫山の業績は急拡大した。 こ
の状況を目の当たりにしたライバルたちは、こぞって
委託取引制度を採用。 公取としては、たとえ委託取
引であっても不当返品であれば禁止するという姿勢を
見せたが、現実の百貨店取引の中ではこのやり方がス
タンダードになっていった。
一方でこのことは、日本の百貨店取引を非常に歪
んだものにした。 江尻氏の試算によると、日米の百貨
店が原価六三〇〇円の同じ紳士ジャケットを扱う場
合、米国では一万四六四五円で売られるのに対し、日
本では二倍以上の三万三〇〇〇円になる(
上図)。 し
かも米国の百貨店は五〇%を超すマージンを確保して
いるため、最後は自らの販売努力で商品をさばくのが
当然だ。 片や日本の百貨店は、売れ残れば何のためら
いもなく返品する(本誌二五ページのインタビュー記
事参照)。
流通の現場で主導権争いがあるのは世の常だし、現
実に日米の百貨店取引の構造が異なるとしても、それ
が公正なルールに基づく活動なのであれば非難はでき
ない。 結果として日本の消費者がべらぼうに高い買い
物をさせられていることも、だからこそ青山商事やユ
ニクロなどのカテゴリーキラーが急成長できる余地が
あったわけで、市場原理のなかで解決していくべき問
題だ。 ただし、こうした行為が、明白に社会的なマイナス
を生みだしているのであれば見過ごすわけにはいかな
い。 五〇年前には正解だったことでも、地球温暖化問
題などを抱えている現在では、企業活動を営む前提そ
のものが変わっている。 いまや百貨店の返品制が引き
おこしている数々のムダは、社会的にはまったく必然
性のないCO2を撒き散らすだけの行為とすらいえる。
コストを負担しているのだから別にいいじゃないかと
いう話では、もはや済まされない。
アパレル以外の分野でも、百貨店が引きおこしてい
る返品問題は多い。 たとえば中元・歳暮の時期に大
量に発生するギフト商品の問題がある。 あるメーカー
の担当者はこう嘆く。 「この時期になると百貨店は、単
に商習慣として納入業者に大量の在庫を用意させる。
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店頭に山積みする商品も、実際には持ち帰り客などほ
とんどいないため、ほぼ全てが戻ってくる。 ギフト商
品の返品率は二割にも上る」
むろん百貨店にだけ問題があるわけではない。 取引
業者のなかには、自ら能動的にオペレーションの効率
化を図って、余計な在庫を持たずに済む仕組みを構築
している事業者もある。 そこではロジスティクスの担
当者が、コスト削減をめざして仕組みを高度化したこ
とが、結果として環境負荷をも減らしている。
最も進化した業態でも発生する返品
一般には、高度にシステム化されていると思われて
いるコンビニエンスストアチェーンの流通でも、実は
大量の返品が発生している。
スペースによる制約が大きく、全部で三〇〇〇アイ
テム程度の商品しか陳列できないコンビニの店舗では、
売れ行きが落ちればどんどん商品を入れ替えていく。
そうした不安定な取引であるにもかかわらず、納入業
者の立場では受注時の欠品は許されず、いつ取引停
止になるとも知れない商品の在庫を抱えざるを得ない。
これが時に、大量の返品を生みだす。
さらに深刻なのは、メーカーが新製品を発売する際
に発生する返品だ。 需要の読めない新製品を全国のコ
ンビニで同時発売しようとしたら、メーカー側はあら
かじめ大量の在庫を用意する必要がある。 にもかかわ
らず、店頭での売れ行きが芳しくなければ、発売から
一週間もすると取引は停止される。 大量の在庫は行き
場を失い、流通の川上へと逆流していくことになる。
もちろん、こうしたリスクは関係者も承知している。
このためコンビニからの返品については、他業態のそ
れに較べるとメーカー側も甘受している面がある。 「こ
うした事情があるため、コンビニ取引の流通コストは
他業態より明らかに高い。 そういう意味では、先日、
セブンイレブンが飲料の価格を大幅に引き下げるとい
う話がマスコミを賑わせたが、実態を知る者にとって
はとんでもない話だ」とメーカー関係者は明かす。
コンビニが巧妙なのは、百貨店取引のように、返品
が生みだす物流のムダを上流企業に肩代わりさせるよ
うな不細工をしない点だ。 新製品の販売が打ち切りに
なっても、店舗からの返品物量はわずかで、大半は外
注先の共配センターから卸へ、卸からメーカーへの返
品になる。 コンビニにとっては、ある意味で対岸の火
事に過ぎないのである。
製販配がそれぞれに抱える課題
百貨店のアパレル取引とは違って、食品流通の世
界では、買い手側によるリスク負担の常識が一応は通
用している。 いったん仕入れた生鮮品や日配品の廃棄
ロスは小売りが被らざるを得ないため、値引きしてで
も売り切ろうとする。 商品管理の特性上、返品をすることが現実的ではない冷凍食品についても、小売りが
定期的にセールを行うことが多い。
このような食品分野にあっても、返品は根強い課題
だ。 食品卸の業界団体である日本加工食品卸協会は、
三年おきに返品問題に関するアンケート調査を手掛け
ている。 今年三月に報告書をまとめた平成一六年度
の調査では、全国を一〇ブロックに分けて地域ごとの
返品の実態を調べた。
この調査で浮き彫りになったのは、返品には大幅な
地域間格差があるという事実だ(
図3)。 極端に返品
の多い地域では、そのエリアにおける有力小売業者の
姿勢が周囲に影響を及ぼしている。 「買った商品につ
いては自ら責任をもって販売しようとする小売りと、
余ったら返せばいいと安直に考える小売りがいる。 後
日本加工食品卸協会の
奥山則康専務理事
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者の場合は、発注のときから無茶な量を注文してくる。
それでも卸の立場では対応せざるを得ない」と、ある
流通関係者は嘆く。
近年になって、食品を扱う業態が急拡大してきた影
響も大きい。 加食卸協会の奥山則康専務理事は、「食
品の取り扱いに慣れていないドラッグストアとかホー
ムセンターによる返品が目立つ。 こうした後発業態に
対して、食品流通のルールを徹底していくことが必要
だと感じている」という。
意外だったのは、返品発生の要因として一昔前には
圧倒的だった「悪いのは小売業」という声が減ってき
たことだ。 今回の調査では、メーカー、卸、小売りの
三者ともそれぞれに責任があるという意見が三一%を
占めた。 「返品問題に対する意識の変化を感じる」と
奥山専務理事が指摘するように、一方的に誰かを悪
者扱いする後ろ向きの認識は薄れつつあるようだ。
流通を溯る消費者の鮮度志向
むしろ今、食品分野で問題視すべきは、消費者の
間にはびこる過度の?鮮度志向〞だろう。 近年では、
これまでにはあまり目立たなかった加工食品の鮮度に
起因する返品が増えている。 食品企業による問題が頻
発したことで、消費者の「食の安全と安心」に対する
意識は急速に高まった。 これが加工食品の分野にも影
響して、少しでも賞味期限が残っている商品を選ぶと
いう消費者の行動を助長している。
一部の消費者の声だけを先取りして、小売業者が
店頭における商品の鮮度競争を加速していることも問
題を複雑にしている。 最近では、メーカーが表示する
賞味期限とは別に、小売業者が自主的に「販売期限」
を設定し、これを過ぎた商品を返品する行為が増えて
いるという。 店頭で賞味期限切れになった商品の廃棄
ロスを回避する狙いもあって、まだ三分の一程度の期
限が残っているうちにメーカーに処理してもらおうと
いうわけだ。
こうした小売業の動きは中間流通にも伝播する。 卸
売業者の間で、小売りが設定するよりもさらに期限に
余裕をもたせて商品を管理しようとする動きが加速し
ている。 一方では、食品の表示問題に関する熱心な議
論が繰り広げられているのに、食品流通の現場では大
元になるメーカーの賞味期限の役割すら形骸化してい
るのである。
内閣府の食品安全委員会や国民生活審議会の委員
などを務める、全国消費者団体連絡会の神田敏子事
務局長はこう訴える「現状では食品の賞味期限とか
消費期限に対する周知徹底がなされていない。 われわ
れも消費者に対する学習会を催しているが、それだけ
では限界がある。 小売りの店頭などで、もっとこうし
た活動に力を入れて欲しい」
この発言からも伺えるように、消費者団体の姿勢も一昔前とは変わりつつある。 消費者の立場から企業を
突き上げるだけでなく、関係者すべてが一緒になって
問題を解決しようとする姿勢になってきた。
機は熟している。 消費者、小売り、卸、メーカーが
問題意識を共有できれば、ムダな返品を続ける理由は
もはや見当たらない。 そして、返品という不合理な仕
組みを見直せれば、一部の既得権者を除く大多数の
人たちにとって好ましい結果が期待できる。
返品問題にメスを入れるという行為は、物流分野の
プレイヤーが主導して実現できる話ではない。 しかし、
ロジスティクスの視点から、物流関係者が社会的な非
効率を指摘することは可能だ。 それこそが運輸部門が
CO2の排出削減を進めるうえで、最も効果的かつ有
効な道といえるのではないだろうか。
全国消費者団体連絡会
の神田敏子事務局長
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