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JULY 2010 56
年率十三%の増益シナリオ
三月二四日、日本通運は二〇一一年年三月期
から三カ年の中期経営計画「日通グループ経営
計画2012─新たなる成長へ─」を発表した。
最終年度の数値目標を売上高一兆八〇〇〇億
円、営業利益五八〇億円、当期純利益三五〇億
円、ROE(自己資本利益率)七・〇%に設定。
設備投資額(三カ年計)は一九二〇億円とした。
同社が過去一〇年間で五〇〇億円レベルの営業
利益を計上できたのは〇七年三月期の五〇三億
円(営業利益率二・七%)のみであり、今回の
五八〇億円(同三・二%)はアグレッシブな計
画とも取れる。
五月七日に発表した一一年三月期の営業利益
予想は四五五億円(前期比二一・二%増)。 こ
れを前提にすると、一三年三月期までの年平均
成長率は十三%程度と安定的な増益シナリオを
描いていることになる。 また、一〇年三月期実
績三七五億円からの増益額二〇五億円の内訳
は、単体および国内子会社でおよそ七割超、海
外子会社で二割程度と推測される。
営業利益五八〇億円の達成には、?増収、?
コスト削減、のいずれも欠かせない。 まず、?
の観点から中計に掲げた基本戦略の一つ、「グロ
ーバルロジスティクス企業としての成長」に注目
したい。 国内・海外でのグローバルビジネスを推
進し、国際関連事業の売上高比率を一〇年三月
期実績の二七%から一三年三月期に三三%に引
き上げ、将来的には五〇%を目指すという。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券(MUM
SS)では、グローバル事業の成長を左右する
のは中国・アジアマーケットでのポジショニング
だと見ている。 特にインフラ建設や所得格差の
是正等、中国政府の内需拡大策は建設機械、生
活用品、電気製品、自動車等の産業拡大につな
がる。 日通は現在、華東地区を主戦場として太
陽電池やアパレル等をターゲットに営業を展開し
ているが、内需拡大に呼応しGDPの成長著し
い東北地区および内陸地区の営業体制を強化し
ていく方針だ。
中国をカバーするためには広範囲かつ効率的
なネットワークが求められることは言うまでもな
い。 ただし、中国の経済成長は局地的、急進的
に進むことがある。 高速道路網、鉄道網の展開
も現在進行形だ。 同社は昨年、華東地区の主要
現地法人を統合し、今年一月時点の中国におけ
るネットワークは支店、事務所、営業部を含め
て一〇一拠点に達しているが、今後も必要に応
じて拠点ネットワークの見直しを柔軟に行う必要
があろう。
中国国内事業では、低レベルなサービス意識、
過積載輸送、不適正な運賃の蔓延、運転手の未
熟なマナー、未着・誤配達・紛失等々で問題のあ
る民族系物流業者に対し、オーダーメードの高
品質な物流によって差別化する戦略を取ってい
る。 しかし品質もさることながら、ここで忘れ
日本通運
国際関連事業を柱に成長戦略を明確化
固定費の削減とアジアでの増収策に期待
二〇一三年三月期を最終年度とする中期経
営計画で、国際関連事業を成長戦略の最大の
柱として位置付けた。 同事業の売上高比率を
将来的には五〇%に引き上げる計画だ。 ただ
し営業利益率三・二%という数値目標の達成
にはコスト削減が必須になる。 景気回復によ
る物量増が予想されることから、変動費より
も固定費の削減がポイントといえる。
姫野良太
三菱UFJモルガン・スタンレー証券
エクイティリサーチ部エクイティリサーチ課
シニアアナリスト
第60回
57 JULY 2010
てはならないのは価格競争力である。
日本企業は過去、製造業、つまりモノの輸出
で成功を収めてきたが、非製造業、つまりサー
ビスの輸出で成功した例はまだまだ少ない。 日
通も海外顧客のうち日系企業の割合が現在、約
九割を占めているが、よりグローバルな競争力
をつけるためには日系以外の顧客の取り込みが
必要であろう。 価値観や文化の異なる海外で成
功するには価格競争力が重要なファクターになっ
てくる。 加えて、引き続き海外現地企業との提
携や海外アセットの有効活用等もポイントになる。
一方、日本企業の生産、営業拠点が中国を中
心としたアジアへシフトするのに伴い、同地域
における国際輸送需要も増大している。 これを
最大限取り込むには、日本─中国内陸部間の
ネットワーク拡
充が不可欠だ。
そうしたネ
ットワークの一
つとして、子会
社の上海スー
パーエクスプレ
スが運航する
高速RORO
( ロールオン・
ロールオフ)船
(SSE)が挙
げられる。 SS
Eは博多─ 上
海間を二八時
間で結び、航空
便よりも低コストでコンテナ船よりも速い。 小
ロット、多頻度輸送による在庫削減を実現する。
SSEの収益を拡大させるには、日本全国と中
国内陸部との接続性を向上させていくことが必
要になろう。
宅配事業譲渡で資産リストラが加速
費用面では日通の場合、運送業務は基本的に
下請け業者に委託するため、変動費である傭車・
下請け費の占める割合が高い。 自前で人員やト
ラックを抱えるよりも、地域の中小トラック会
社を利用して業務を拡大する戦略を取ってきた。
海上、航空輸送でもフォワーディングが中心であ
り、変動費の構成比が高くなっている。
一般的に、変動費の割合が高ければ収益性の
ボラティリティは低下するが、収益レベルも低く
なる。 つまり、オペレーションをアウトソースす
ると、アウトソース先の事業者に利益が発生する
のに対し、自社でほぼオペレーションを完結する
場合は社内に利益を残すことができる。 日通の
過去五年間の営業利益率は平均二・四%と、海
外競合他社、例えば輸送手段を自社で所有する
UPSの九・七%、フェデックスの六・九%等
と比較すると見劣りするのもこのような点にあ
ると考えられる。
利用運送で営業利益率を上げていくためには、
?変動費コントロール、?固定費削減、が必要だ。
MUMSSでは、景気回復に伴い物量が伸びる
と変動費のコントロールは難しくなるため、今後
は固定費の削減がより重要になると見ている。
また、日本郵便への宅配便事業の譲渡によ
り不要となった国内資産の行方にも注目したい。
日通の一〇年三月期ROA(総資産利益率)は
三・四%で〇一年三月期とほぼ同様の水準にと
どまっている。 〇一年三月期以降利益レベルが
向上していないことが要因だが、資産効率の問
題も大きい。 同社の資産は日本全国に分散して
おり、そのことが資産の非効率性を招いている
が、宅配事業の統合によって資産リストラが加
速するものと考えられる。
以上のように、中期経営計画推進に際しては
収入と費用の両サイドでの取り組みに期待してい
る。 海外での増収施策はすぐに効果が出るもの
ではなく、むしろこの中計内で満足のいく実績
を上げるまでには至らない可能性があるが、中
長期的な成長という観点では着実に進めていく
必要があろう。 費用サイドについてはコスト削
減が計画達成のためには必須であるとMUMS
Sでは捉えている。
やや中長期的な話に偏ったが、最後に短期的
な観点から。 なんといっても日本郵便と共同出
資で設立した宅配便子会社、JPエクスプレス
の解散に伴う出向社員と資産の取り扱いである。
この点が今期、来期の業績に大きな影響を与え
る可能性があり、本稿掲載時には概ね方向性が
見えてきているだろう。
日本通運の過去10年間の株価推移
《出来高》
ひめの・りょうた
二〇〇四年慶應義塾大学経済学部
卒業、同年三菱証券(現三菱UFJ
モルガン・スタンレー証券)入社。 〇
五年から明治ドレスナー・アセット
マネジメントで建設、不動産、運輸、
公益セクターのアナリストを務め、〇
八年二月より現職。
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