*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。
湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
JULY 2010 64
部長の右に出るものは全社を見渡してもいな
いでしょう。 そうだよな?」
強いと名指しされた企画課長が業務課長や
主任に確認する。 二人が同時に頷く。
「要するに、結論は、三人とも強いってこ
とですね」
大先生の言葉に主任が「そういうことで
す」と言って、大きく頷く。 「ちなみに、私は、
お酒はからっきしだめです。 飲んでるのを見
ているだけで、酔いが回りそうです」と主任
が付け足す。
「われわれと違って、酒はだめだけど仕事に
は強い‥‥そこが主任のいいとこだな」
「そうそう、そこが主任の主任たるところ。
もっとも、おれは、主任とはこの仕事で初対
面なんだけどね‥‥」
部長の言葉に業務課長がいい加減な相槌を
打つ。 それを聞いて、主任が大先生に言う。
67「ここで運んでいるのは在庫だ。 それも出荷動向と
無縁の在庫が運ばれている。 当然、運ぶ必要のな
いものまで運んでいる」
99 井の中の蛙でした
ロジスティクス会議の後、物流部長が大先
生一行を食事に誘った。 部長のほかに経営企
画室の主任と企画、業務の両課長が同行した。
「ありがとうございました。 長時間、お疲
れ様でした」
部長の音頭で乾杯が行われ、宴会が始ま
った。 業務課長が豪快に生ビールを流し込む。
その飲みっぷりのよさに酒に弱い大先生が驚
いたような顔をする。
「なかなか小気味のいい飲みっぷりですね。
部内では、やっぱり業務課長が一番酒に強い
んですか?」
大先生に問われて、部長が首を振る。
「いや、酒が強いっていったら、やっぱり
企画課長に敵う者はいないと思います」
「何をおっしゃってるんですか、酒といえば、
メーカー物流編 ♦ 第
10
回
大先生 物流一筋三〇有余年。 体力弟子、美人弟子の二人
の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
物流部長 営業畑出身で数カ月前に物流部に異動。 「物流
はやらないのが一番」という大先生の考え方に共鳴。
業務課長 現場の叩き上げで物流部では一番の古株。 畑違
いの新任部長に対し、ことあるごとに反発。 コンサルの導入
にも当初は強い拒否反応を示していたが、大先生の話を聞
いて態度が一変。
経営企画主任 若手ながらプロジェクトのキーマンの一人。
人当たりは柔らかいが物怖じしない性格のようで、疑問に感
じたことは素直に口にする。
会議が終わり、大先生ご一行と物流
部長以下プロジェクトメンバーは居酒
屋に席を移した。 しかし、そこでも物
流談義は止まらない。 ビールが進むほ
どメンバーたちは本音を口にしていく。
当初はあれだけコンサルの導入に反対
した業務課長がなぜ態度を一変させた
のか、その理由も明らかになってきた。
65 JULY 2010
「あら、こちらはもう酔っ払ってしまったよ
うです。 酔っ払いは放っておきましょう。 そ
れにしても、先生、今日の会議は私にとって
大変有意義なものになりました。 ありがとう
ございます」
「いろんなやり取りがあったけど、どんな点
に興味を持ちました?」
「ちょっと妙な言い方をさせてもらいますと、
企業における在庫の位置づけについての変遷
が企業のビジネスモデルの変遷を物語ってい
るという点です。 ちょっとオーバーですが‥
‥」
この主任の言葉に美人弟子が反応した。 会
議中は、クライアント側の自主的なやり取り
を優先させるということで、敢えて弟子たち
は徹底した聞き役に回っていたが、この場で
はそういう配慮は必要ない。
「そうですね、在庫はあって当たり前、ど
うせそのうち売れるんだから、多くあっても
気にしない、持っていればいいじゃないかと
いう感覚が社内常識の場合は、売り方にして
も作り方、仕入れ方にしても在庫を一切気に
しない、つまり自分たちの都合だけを優先さ
せた仕事の仕方になりますね」
主任が、美人弟子の顔を見て、頷き、自
分の意見を述べる。
「そうなんです。 まさに、うちの現状がそ
んな状態です。 先ほどの会議でも話が出まし
たように、日常的に、誰も在庫を気にしな
いというのが実情です。 無管理状態ですから、
生産と販売の結果として存在しているだけで
す。 なんか、ひどいと思いません? うちな
んかでも数百億規模の在庫ですよ。 それが管
理されていなくって、おそらく不良資産とし
て多額の損失を抱えているかもしれないんで
す。 やっぱりおかしいですよ」
主任が憤懣やるかたないという顔をする。
話しているうちに腹が立ったようだ。 それを
見て、業務課長が口を挟む。
「そういう風に怒るのはあんただけだよ。 い
や、そういう風に怒れるのはと言った方が正
確かな。 ここにいる部長やおれたちは、そう
いう在庫実態の片棒を担いでいた口だからな
‥‥」
それを聞いて、部長がジョッキを片手に大
きく頷く。 淡々とした顔でジョッキを次々に
空けている。
「なるほど片棒を担ぐか、たしかに、それ
は言えてる。 おれなんか営業として、在庫は
いつでも自由に使える、なんというか、そう
空気みたいに存在を意識しないものだと認識
してきたからな」
「存在を意識しないですか、それはまずい。
あんまりだ」
業務課長がわざとらしく苦言を呈する。 体
力弟子がそんな業務課長を見て、確認するよ
うに聞く。
「片棒を担ぐとは言っても、物流センター
では、在庫が多いことに腹を立てていたんで
すよね? 業務課長は在庫を減らすように進
言などもしてたと聞いていますが‥‥」
「進言などという立派なことではなく、在
庫がセンター内作業の邪魔をしていたので、
腹を立てて、文句を言ったりはしてましたけ
ど、言いっ放しでしたね。 それに、井の中の
蛙的なところがあったことは否めません。 正
直なところ‥‥」
業務課長の言葉にみんなが興味深そうな顔
をして、業務課長の次の言葉を待つ。 ただ、
業務課長は黙ったままだ。 痺れを切らしたよ
うに、部長が早口で、確認するようにずばり
と聞く。
「そのさー、井の中の蛙ってどういうこと?
ロジスティクスという大海を知らないで、た
だ喚いていた蛙ってこと?」
部長の言葉に、業務課長が呆れたような声
を出す。
ロジスティクスへの期待
「なんとまあ、部長は本当に酒癖が悪いね。
そんな本音をずばり突いたような解説はしな
いでいいんだよ。 まったく。 せっかく、おれ
の気持ちを意味深に、かっこよく言ったつも
りだったのに」
業務課長が口を尖らす。 体力弟子が、率
直な感想を口にする。
「素晴らしく高度なお話ですね。 お二人の
やり取りは‥‥」
体力弟子の誉め言葉に部長と業務課長が
照れたように「いやいや、お恥ずかしい」と
JULY 2010 66
しきりに大先生を見る。
「それにしても、課長たちがお選びになっ
た若手のお二人も前向きに頑張っていますね。
さすが、いい人選をなさったと思います」
美人弟子が話題を変える。 業務課長が複
雑そうな顔で答える。
「いい人選というか、一番暇なやつを選ん
だだけなんです。 でも、たしかに前向きだな。
見直しました、あいつのこと」
「うん、私も同じです。 しかし、うちの彼
女があんなこと調べてるとは正直思わなかっ
た。 先輩に経済記者がいるなんて初耳でした」
企画課長も嬉しそうな顔で部長を見る。 部
長が頷いて、業務課長を指差す。 業務課長
が警戒するように身を引く。
「たしかに、あの若手連中は評価できる。
上司の教育が行き届いているってことだな」
「また、そういう心にもないことを言うんだ
から。 うちの部長にも困ったものだ」
業務課長の言葉に部長が「いやいや」と手
を振る。
「心にもないことなんか、おれは言わない
よ。 本気でそう思ってる。 ただ、それにして
も、おれが一番感心したのはあんただよ。 業
務課長がこんなに前向きに積極的に取り組ん
でくれるとは正直意外だった。 おれは、あん
たを見直した。 そう思わない?」
部長が企画課長に同意を求める。 何か言お
うとする業務課長を制して企画課長が思い切
ったように頷き、話し始める。
まあ当たってる。 おれは、長年物流をやって
きて、あんたの言葉を借りれば、そのー、言
われなき無駄の押し付けってやつに泣かされ
続けてきた」
ロジスティクスが物流をスリム化する
最後の言葉を聞き、みんなが「えっ」とい
う顔をする。
「まあまあ、実際に泣きはしないけど、腹
の中で泣いてたことはたしかさ。 それを上に
ぶつけても、おれの上司だったセンター長や
業務課長は、物流ってのはそういうものだか
ら仕方ないさって諦めてたな。 おれは諦めき
れずに、営業や生産の連中に文句を言ったり、
部長に発破を掛けたりしたけど、事態は一向
に改善しなかった。 そこに、このロジスティ
クスの話だ。 これはいいと思ったけど、これ
まで期待外れになることは何度も経験してい
るので疑心暗鬼で見ていたってのが正直なと
ころ‥‥」
業務課長が部長を見て、にたっと笑う。 部
長が「さもありなん」と頷く。
「ただ、先生はじめ部長や主任など、この
プロジェクトの陣容を見て、そして、常務の
思いを聞いて、おれはこれに掛けてみようと
思った。 ロジスティクスが動き出せば、物流
に押し付けられた言われなき無駄はなくなる
はずだから、やる価値はあるってことだ」
「なるほど、業務課長の思いはそこにあっ
たか‥‥ようやく納得できた」
「こう見えて、業務課長は結構勉強家なん
です。 人前では、そんな素振りを一切見せま
せんが、人の見てないところでは、結構勉強
しているに違いありません。 今回テーマにな
ったロジスティクスについては、ずっと前か
ら勉強していたはずです。 前部長とのやり取
りの中にも、ロジスティクス的な発想が垣間
見えましたから。 きっと先生のご本なども読
んだんだと思います」
ここまで話して、企画課長が一息入れる。
すかさず、業務課長が喚く。
「おいおい、あんた何を言い出すんだ。 勝
手なこと言わないでよ。 おれは勉強家なんか
じゃないし、ロジスティクスなんか初めて知
ったんだ。 さっき部長が言ったように、大海
を始めて知ったってことさ」
企画課長がにこにこしながら業務課長の言
葉を聞いている。 部長が興味深そうに、二人
を見ている。 企画課長が続ける。
「まあ、それならそれでいいけど、でも、こ
こが重要なポイントなんですが、私が思うに、
業務課長は、ロジスティクスが導入されるこ
とで物流業務への言われなきしわ寄せが徹底
して省かれると直感したんじゃないでしょう
か。 このプロジェクトへの業務課長の積極さ
はそこにあると思いますが‥‥どう?」
企画課長に問われて、業務課長がしぶしぶ
頷く。
「そこまで言われて、いまさらとぼけるのも
なんだから正直に言うと、企画課長の見方は、
湯浅和夫の
67 JULY 2010
状況では物流では関与できないところだ。 そ
の結果、センター内で在庫が膨れ上がる。 セ
ンターの規模は大きくなる。 動きもしない在
庫を保管しておくんだからバカな話さ。 それ
に在庫が多いと作業の邪魔をする。 在庫が作
業効率を落とす。 これらが全部物流コストに
跳ね返る。 そして、最悪なのは、物流コスト
は物流活動のコストだから、物流活動を行っ
ている物流部の責任だという誤った社内常識
が横行しているってこと。 うーん、こういう
ように話してると、ほんと腹が立ってくるな」
企画課長が一気に話す。 いつも冷静な企画
課長にしてはめずらしく怒りをあらわにする。
主任が「まあまあ」というように手を上げる。
「なるほど、それに物流サービスが加わるん
ですね。 センター内作業はサービスに振り回
されているってことですね?」
二人の課長が頷く。 ただ、何も言わず、黙
って酒を口に運んでいる。 その様子をみて、
主任が「ふー」とため息をつく。 美人弟子が
そんな主任に話しかける。
「いままでは、どの在庫をどれだけ動かす
か、どんなサービスを提供するかということ
について責任を持って意思決定するというこ
とがなされずにきた、とにかく在庫を切らす
な、お客の言うとおりに運べという無責任な
状態が続いてきたということです。 物流とい
うのは、その結果として発生する活動の遂行
に責任を持たされてきたわけです。 無責任な
意思決定をすれば、当然、無責任な無駄が
生まれます。 多くの物流部門は、それに悩ま
されてきたということです」
「なるほど、ロジスティクスというのは、供
給活動においてこれまで責任の所在が不明だ
ったところすべてを取り込んで責任を持つと
いうことですね。 そして、ロジスティクスが
物流をスリム化する。 なるほど、ようやっと
ロジスティクスの全貌が見えてきました。 私
も頑張ります‥‥といっても、ほとんど役に
立たないでしょうけど」
主任が意気込みを示す。
「とんでもない。 主任はそこにいるだけで役
に立ってるよ」
業務課長がわけのわからないことを言う。
「やれやれ、本当に酔っ払ったようですね」
主任が呆れたような声を出す。
部長がそう言って、業務課長にグラスを捧
げる。 いつの間にか部長は焼酎になっている。
業務課長が、照れ臭そうな顔でそれを受ける。
「物流への言われなき無駄というのは、や
っぱりすべて在庫がらみですか?」
主任が烏龍茶を片手に、確認するように聞
く。 企画課長が答える。
「そうだな、正確に言うと、工場から物流
センターへの輸送、知ってのように、ここで
運んでいるのは在庫だ。 それも出荷動向と無
縁の在庫が運ばれている。 当然、運ぶ必要の
ないものまで運んでいる。 もちろん、うちの
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究
所入社。 同社常務を経て、2004 年4
月に独立。 湯浅コンサルティングを設立
し社長に就任。 著書に『現代物流システ
ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の
手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド
ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』
(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コン
サルティング http://yuasa-c.co.jp
PROFILE
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
|