ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年11号
特集
環境物流で差をつけよう 消費者の犠牲で成り立つ返品制

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

NOVEMBER 2005 24 改革に挑んだ人たちの死屍累々 ――先生は一九七九年の著書『返品制』で真っ向か ら返品問題を批判しました。
この本を読んだ百貨店や アパレル関係者は反発したのでは? 「反発もありましたね。
『江尻という男は危険思想の 持ち主だ。
許せない』と言う人たちがいたことは確か です。
でもね、当時の日本百貨店協会の会長などから は、『問題点をよくぞ指摘してくれた』と感謝されま したよ。
なかには『うちはこの方針で返品制を変えて いく』と言った経営者すらいました」 ――しかし、アパレルをめぐる百貨店取引は、現在で も二六年前とさほど変わっていないように見えます。
「変わらないどころか、より悪くなっています。
アパ レルメーカーが一層強くなり、百貨店は完全に不動産 業へと成り下がってしまった」 ――一時は百貨店協会のトップまで先生の指摘に賛同 したのに、なぜ変われなかったのでしょうか。
「トップと現場とのあいだに大きな認識の溝があり ました。
百貨店のトップは確かにそうしようと思い、 それを下の人たちにも言いました。
下の人たちもその 通りだと思って実際にやろうとした。
しかし、それを やられると、返品制によって百貨店取引の主導権を握 ることに成功していたアパレルメーカーは困る。
それ で彼らは対抗策に出ました」 「百貨店の人事部長だとか人事担当の役員に対して、 『おたくのあの人はおかしいですよ』と?ささやき作 戦〞を始めたんです。
当初は百貨店の人事担当者も 耳を傾けなかったのですが、繰り返し囁かれているう ちに、『納入業者がここまで言うということは、やは り問題があるのかもしれない』となってしまった」 「結果として、そういう人たちの多くは配置換えを され、最後には首を切られてしまいました。
そういう 人たちを私は何百人も見てきましたよ。
その状況を見 ていた他の現場担当者は尻込みするようになり、保身 に走るようになってしまいました」 ――組織そのものが疲弊してしまったんですね。
「そういうことです。
あるとき、私がそのことについ てアパレルメーカーの担当者に問い質したら、彼は 『うちは百貨店の人事権を持ってるからね。
うちに対 して好ましくない人間は外せる』と言い放ちました。
もちろん大勢の前では、そんなこと言わないけどね。
結局、百貨店は、何とかしなければいけないと分かっ ていながら手を打つことができなかったんです」 百貨店取引にみる日米の商慣行の違い ――著書の中にありましたが、百貨店で売られている アパレル製品の価格設定というのは不可解です。
「少し古いデータですが、これは紳士ジャケットが 原毛の段階から、百貨店で売られるまでの値段を示したものです( 図)。
完成したジャケットをアパレルメ ーカーが六三〇〇円で買い、二万円で百貨店に売る。
百貨店はこれを三万三〇〇〇円で消費者に売ってい ます。
これがアメリカの百貨店であれば、卸を経由せ ずに六三〇〇円で直接仕入れて、一万三〇〇〇円か ら一万五〇〇〇円くらいで消費者に売るはずです」 「日本の百貨店が、二万円で仕入れて、三万三〇〇〇 円で売るということはマージン率は三〇数%になる。
一方、アメリカの百貨店はマージンを五〇%は取りま す。
これほど高いマージンを取る理由は、買い手側で ある百貨店がリスクを抱えているからです」 ――同じ百貨店取引なのに、なぜ日米でこれほど違う ものになってしまったのでしょうか? 「もともとの発端は、半世紀以上前から日本では、百 「消費者の犠牲で成り立つ返品制」 マーケティング・サイエンス研究所江尻弘代表 日本の百貨店取引では、返品制がいまだに大手を振っ てまかり通っている。
世界の小売りビジネスの常識に反す る不思議な商慣行だが、一向に改まる気配はない。
発生 するムダなコストは商品価格へと転嫁され、消費者の犠 牲の上に制度が維持されている。
(岡山宏之) 第4部Intervew 25 NOVEMBER 2005 貨店が売れ残った商品をアパレルメーカーに返品して いたことにあります。
しかも今のように合法的にでは なく、取引の力関係の中でこれをやっていた。
当時、 アパレルメーカーの側は泣く泣く返品を受け取ってい ました。
で、どうせ返品を受け取らざるを得ないので あれば、いっそ委託取引に切り替えましょうと言い出 した。
そうなれば堂々と返品もできるでしょと言うわ けです。
この提案に百貨店が乗りました」 「ところが委託取引に切り替わった瞬間、委託商品 の価格設定をする権利も、百貨店からアパレルメーカ ーの側に移ってしまった。
そのことに百貨店は気づか なかったんです。
小売り価格の設定権を、小売店が放 棄するという深刻な問題を見過ごしてしまった」 「日本の百貨店は、リスクを負わなくて良い分、マ ージンが小さくなっていることを気にしていません。
これがアメリカであれば、返品はしないよ、その代わ りマージンはこれだけれくれなければ困るという交渉 をします。
アメリカの百貨店経営者の発想では、六三 〇〇円で仕入れた商品を一万五〇〇〇円で売れば大 儲けできると考える。
消費者にしてみれば三万三〇〇 〇円で売られていた商品が一万五〇〇〇円で手に入 るのであれば、喜んで買うはずですからね」 ――そうした構図が、日本では青山商事やユニクロな どの急速な台頭につながったわけですね。
「そういうことです。
だからね、私は日本の百貨店 の返品制というのは、現実には消費者の犠牲の上に成 り立っていると思っています。
しわ寄せは、値段の高 さとして、すべて消費者にきているわけですから」 返品が生みだす凄まじい物流のムダ ――いったん百貨店の店頭にならんだ衣料が返品され るとき、どのような物流で処理するのでしょうか。
「たいてい納品車両とは別の、新しい車両で返品し ています」 ――少しでも物流コストを減らそうとしたら、翌日の 納品時に返すといった工夫くらいするのでは? 「私の知る限りそうなってはいません。
そもそも返 品物流の手配をして実際に車に積み込む業務は、たい てい百貨店がコントロールしています。
この人たちに してみれば、物流費はすべてアパレル持ちですから、 どんなにコストのかかる業者であっても商品を持って 帰ってくれさえすればいいわけです」 ――返品を引き取ったアパレルメーカーは、その商品 をどうやって処理するのでしょうか。
「他の百貨店に持っていきます。
アパレルメーカー が百貨店に商品を納めるときには、通常、二週間で売 れる分だけを納めます。
納品から二週間して商品が残 っていれば、すべて返品するわけですが、たとえば都 内の一等地にあるA百貨店から戻ってくる商品を、今 度はB百貨店に持っていくわけです。
さらにB百貨店で売れ残った商品を、次は地方のC百貨店に回すとい ったことをしています」 「どうして、そんなことをするのかというと、百貨店 にはランクがあるんです。
ランクの高い百貨店で売れ 残った商品を、少しずつランクの低いところに回して いく。
そうやって商品を何度も移動するわけですが、 当然その都度、物流費がかかる。
合計すると、もの凄 い物流費になっているはずです」 ――その構図を聞くと、百貨店返品制の物流のムダが いかに大きいか分かります。
「そうでしょ。
だからね、なぜアパレルメーカーが六 三〇〇円で仕入れたジャケットを二万円もの高値で売 るのかというと、そこで稼ぐ利益のかなりの部分は物 流費に回されているはずなんです」 PROFILE えじり・ひろし1932年生まれ、57年東京大学法学部 卒業、同年東洋レーヨン入社、66年流通経済研究所入所、 その後は立教大学、早稲田大学、明治学院大学の講師を経 て、87年徳島文理大学短大教授、96年流通経済大学教授、 2002年退官、現在は79年に設立したマーケティング・ サイエンス研究所の代表、著書『百貨店返品制の研究』 (中央経済社)、『事例分析データベース・マーケティング』 (中央経済社)、『返品制』(日本経済新聞社)ほか多数 一九七九年に発刊した右記の 「返品制」について、さらに綿 密に分析した約五〇〇ページ の労作。
二〇〇三年四月刊行。
独禁法の規制を受けながらも 根強く存続する不当返品。
こ の特殊な商慣行を真っ向から 取り上げた。

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